15.乾 東悟のニエブラ庄探訪(2)
先日午後14時頃、投稿していたはずの14.が消えて今回分の話にすり替わる、と言うアクシデントが発生しました。その時間にお読みになった方にはご迷惑をおかけして申し訳なく思っております。もし今回の話を「あれ? 昨日見たぞ?」と思われた方は前話をご覧下さい。
探訪と言いつつまったく探訪出来ない第2弾。まだまだ続きます。
ようやく集落の中に案内された俺は、はじめて目の当たりにする異世界の人の営みに目を輝かせ……るような暇はなかった。またこのパターンか。
俺が集落に入って真っ先に通されたのは、斜面に穿たれた洞窟のような石室だった。10畳程度の室内は薄暗く、壁にある窪みに置かれた灯明皿の明かりがボンヤリと揺らめいている。食料貯蔵庫だというそこは慌てて片付けられたそうで、食料のたぐいは芋のしっぽひとつ見当たらない。代わりにあるのは部屋の隅にある掃き残された埃と、巡回騎士の率いてきた皮鎧の兵士達に改めて縄を掛けられ縛られた山賊達4人の姿だけだった。貯蔵庫は今や臨時の牢屋なのである。
そしてその周りを取り囲むように俺たちがいる。集落の入り口で最初に会った老ゴブリンと恰幅の良い壮年のゴブリンと、彼らの後ろに付き従うように立っているクナンの合計3名のゴブリン達。マントを羽織ったひときわ大柄な騎士、彼が巡回騎士ウルスカル卿であるそうだ、と小札鎧を着た女性の騎士の2名。そして山賊を縛っていた肉紐を返して貰ってフルスケール奉仕種族に復活したにょろと最後に俺である。
ここで今から行われるのは、巡回騎士への山賊達の引き渡しと、山賊発見に伴う今後の事情説明なのだった。
「……大まかな顛末は先ほど長老がたと若者頭どのに窺いましたが……」
まず口を開いたのは女性の騎士である。ヒト族で、見た目では30歳に届くか届かないかぐらいか。青黒い長髪を後ろでひっつめ髪にした、いかにも仕事のできる雰囲気を纏う妙齢の女性だ。眼鏡を掛けてタイトスカートでも履くとあっと言う間に社長秘書の出来上がりといった風情を持つ人だが、実際は細刃の長剣を腰に佩き中肉中背の身体に鎧を纏っている。
彼女は先だって行われた自己紹介で巡回騎士であるウルスカル卿の副官を務める騎士、ポラリア=アーヴィングと名乗っていた。
もう一度事情をお聞かせいただいても? と彼女は俺を目で窺った。俺は頷いて初顔合わせになるゴブリンの長や騎士達にこれまでの顛末を最初から説明する。
俺は諸国を巡っている旅人で、たまたまこの森を歩いていたら偶然に襲われているクナン達を見つけた。ゴブリン側に子どもがいたこと、彼女が高価な森林ツノジカの角を持っていたことを認めた俺は、もう一方がタチのよろしくない連中だと当たりを付けゴブリン達に加勢することを決める。そして連中がクナン達に気を取られているところを騙し討ちにして無事に山賊達を無力化することに成功したのだ。
「……それで、そこにいるクナンたちに今日集落にあなた方巡回騎士の一行がいらっしゃると教えていただき、この集落の方々の力を借りてここまでコイツらを連行してきた訳です」
と、最後に山賊達を顎でしゃくって示し、俺は説明を終えた。
床に胡座を掻いた姿勢で拘束されている山賊達は歯を剥いて憎々しげに俺を睨んでいる。俺はそのおっかない視線から目を反らした。
俺の話を聞き終わると女騎士、ポラリア卿は小さくひとつ頷いた。そして彼女は自分の上官に無言のお伺いを立てる。するとウルスカル卿も腕を組みながら低いが若々しいハリのある声で「なるほど」と自分の副官と同じように頷いてみせた。そして口を開いた。
「いやいや。話はよく分かった。――――確かイヌイ=トーゴ殿と言われたか? 家名があるところを見ると謂われある家の生まれとお察しするが、なかなかどうして、このゴロツキどもを1人で片づけるとは、大した腕だ。
貴殿の勇気ある行いに、治安を預かるものとして心より感謝するぞ」
ウルスカル卿の言葉は言葉遣いこそ鯱張っているが、不思議と権高な印象を与えない気安い口調だった。
彼がこのニエブラ庄をはじめとする周辺の村落の治安を預かる巡回騎士ウルスカル=エクエス=クマン卿である。2mは越えようかという長身に分厚い胸板を持った雲突く大男で、副官であるポラリア卿より仕立ての良い鎧姿の上に濃紺のマントを羽織った偉丈夫だ。その姿は『これぞ職業軍人』という無言の説得力に満ちあふれている。
俺はそんなウルスカル卿に「恐れ入ります」と頭を下げた。それを鷹揚に受け取るウルスカル卿。しかし下げた頭の影で俺は顔を顰めていた。
今のウルスカル卿の言葉には、俺が1人で4人を相手取ったという下りに本気の賞賛が滲み、その巨躯にそぐわないつぶらな瞳がきらきらと輝いて見えた。卿はかなり本気で俺のことを褒めているのだ。俺には明らかに自分より強そうな軍人さんに褒められるほどの腕はない。俺はあらかじめ『分かっていた』相手に、にょろと言う秘密兵器へおんぶだっこした不意打ちをかましただけなのだ。呆けた相手へ槍を突っ込むだけの簡単なお仕事に対して、必要以上に感心されたりするのは正直堪らなかった。俺は顔を上げると慎重に言葉を返していた。
「……乾の一族はこのミーリアには私以外にはおらず、かつての縁に縋って名乗っているだけで語るべき謂われを持つような家でもありません。
また、私はそこにいるクナン達ゴブリンの若者達が必死に戦っている隙を突いて横やりを入れただけで、騎士様に褒めていただくような腕前を持ちません。功は命がけで少女を守ったクナンとスヴェン、それと最後まで泣かずに気丈に振る舞ったニオブにあると思し召し下さい」
我ながら勿体付けた、いかにもそれっぽい口上で『俺は大したことのない、ただの流れ者ですよ』と言う内容の言葉を噛まずに述べる。中世的世界だからお偉い人に会う機会だってあると、こういう言い回しをさくら相手に遊び半分に練習したのだ。
すると俺の練習の成果に対する反応は、ウルスカル卿からではなく真っ先にクナンから返ってきた。何故か彼は、俺に非難がましい目を向けてきたのである。
クナンは助けて貰ったのは自分の方なのに功績を譲られるのは不本意だ、といういかにも男っぽい矜持に憤っていた。生真面目と言おうか。俺は今にも何か言いたそうな彼を「何も言うな」と目で制した。クナンは俺の意を汲んではくれたが不承不承だという態度は崩さなかった。
しかし、クナンの口を塞ぐと今度はウルスカル卿と2人のゴブリンが何故か頬を緩ませて笑い出す。ついには卿など声を出して笑い出した。付け焼き刃のメッキが剥がれたのか? 俺は少し頬を引きつらせて卿を窺う。すると彼は2m越えの巨躯を揺らしながら朗らかに言った。
「徒らに功を誇らないのは優れた騎士の矜持だが、謙遜が過ぎるのもまた心得違いというものだイヌイ殿。
そこのクナンは先ほどからしきりと貴殿を褒めていたぞ? 貴殿がいなければ自分達は助からなかったし、その後の振る舞いも実に性根正しいものだったと」
卿がそう言うと、次に老ゴブリンと恰幅の良い壮年のゴブリン、集落の長老と現在の庄長がその過分な言葉の尻に次々と乗ってくる。
「おお、そうですな。例え不意打ちだったとしても命を賭けていただいたのは同じ事。我らの同胞を救っていただき、心からお礼申し上げる」
「俺も、霧の森の小鬼族全てを代表して、イヌイどのの振る舞いに敬意を表しますぞ」
ゴブリン首脳部は頭を下げた。遠回しにケチな風来坊です、ってちゃんと言ったのに、何故か一かどの人物みたいな扱いを受けていた。解せぬ。正直むず痒い。
そりゃ恩を売る気だったんだから高く買って欲しいには違いはないが、もっとこうビジネスライクな感じでお願いしたい。偉い人に頭を下げられ慣れていない小市民的日本人なのだ俺は。真っ先に金金金!とAB○Aのように連呼でもすれば良かったのか? それも日本人的に無理である。
「ま、まあ私のことはともかく!!
私はこの連中が街で手配されている賞金首だと聞いてここまで連れてきたのですが、この後は一体どうなりましょうか!?」
かなり無理矢理の方向転換。するとそれに答えてくれたのはさっきからただ1人、表情を動かさず冷静にこちらを窺っていたポラリア卿だった。
「――――はい。ここで引き渡して頂ければこの者達は我々が責任を持ってエンデボリの騎士屯所へ連行します。
その後、この者達の尋問を執り行い余罪を明らかにすることになると思いますが、先ほど伺った状況とこの者達の人相風体からすると、おそらくくだんの賞金首の可能性は極めて高いと思いますよ」
「……ええと。その場合、賞金についてはどうなるんですか?」
「組合が掛けた賞金については、この者達が賞金首と確定した時点で証明書を作成してお渡ししますので、それを持って組合に赴かれると良いでしょう」
「証明書、とは?」
「エンデボリの都督と巡回騎士連名の捕縛証明書ですが。それがあれば賞金首本人の身柄がなくとも街の組合窓口で賞金が貰えます」
「なるほど。……では、もしこの連中が賞金首じゃなかった場合はどうなりましょうか?」
「その場合は残念ながら賞金は諦めて下さい、としか言い様はありませんね。『剣の権利』だけで満足してください」
「剣の権利?」
俺の疑問にポラリア卿が矢継ぎ早に答えて曰く、こう言う場合、彼らの装備品は捕縛者にその権利があるという。一応連行に際しにょろに回収して貰って持ってきたが、彼らの所持金はもとよりだんびら4本や皮鎧にナイフなど山賊の装備品諸々を戦利品として剥ぎ取る権利が俺にはあるのだとか。これが『剣の権利』と言う一種の不文律のようなものなのだそうだ。なんとも殺伐としたシステムである。こっちの法律はそれなりに勉強したがさすがに知らなかった。それに俺がははぁと感心していると、何故かポラリア卿は少し怪訝そうな顔をしていた。
「今日はさすがにこのままこの者どもを連行すると夜になってしまうのでここで一晩厄介になるが、明日には集落から街に移送しよう」
ポラリア卿の説明が一段落すると、話の方向を俺にまんまと逸らされたウルスカル卿が今度はどちらかというとゴブリン達に説明するように口を開いた。
「――――それと、念のため兵士と騎士を半分ほどこの村に置いていく。
手配書によればおそらくこの連中、『法国』から流れてきた7人の傭兵崩れでな。『ぼろもうけ』という巫山戯た名前の傭兵団を作っていたのだが、最近では本業そっちのけでせっせと泥棒働きをしておったのだ。
この者らの内3人はすでに同僚の巡回騎士が討ち取っているから数も合うのだが、他に仲間がいないとも限らん。すまんがしばらく村の端にでも間借りさせてもらうぞ」
「おお……! それは喜んで!!」
「そうして頂ければ我々も安心ですな!!」
卿の言葉にゴブリンの長老達は一も二もなく頷く。彼の言う通り、7人の山賊が3人減って今この場に4人いるとなれば、騎士達が知らない仲間が存在しない限りは全滅したと言うことだ。そしてウルスカル卿の言葉には言外におそらく他の仲間はいないという雰囲気が見て取れた。だからこそ『念のため』なのだろうが念には念を押すことは悪い事じゃない。命がけならなおさらだ。
ゴブリン達もそれを当然分かっており見るからに安堵したような表情を浮かべる。そりゃ自分の村の周りにイカれた山賊がもういないとなれば安堵もするし、しばらくは兵士が詰めてくれるとなればさらに心強いだろう。
「しかしこの連中、本当に元傭兵だったのな……」
俺は自分達の悪行をある者はふてぶてしく、またある者は怯えたように聞きながら座っている『ぼろもうけ』の連中を眺めた。
「この連中はなあ、最初はまともな傭兵として商隊の護衛などをしていたようだが、そのうち雇用主と問題を起こしてな。それで信用を失ったのよ」
あとは坂道を転げ落ちるように身を持ち崩していつの間にか商隊を襲う側になっていたらしい。ウルスカル卿は腕を組んで話を続けた。
「一番最初の問題というのがそれはひどいもので、商隊で働いていた下働きの少女を奴隷と勘違いして強姦しようとしたのだそうだ。
すんでの所で雇用主が見つけて幸いにも未遂に終わったらしいが、この連中は『薄汚い亜人の奴隷女ぐらいけちけちせずに抱かせろ』と悪びれずに言ったそうだぞ」
「……最低だなオイ」
この場にいる山賊以外の全員が同じ気持ちで彼らを見た。「あ、あたしゃそんなことしてないよ!!」と赤毛の女性がたまらず叫ぶ。そりゃまあアンタは付いてないからな。だがその叫びは同性であるポラリア卿の「仲間の蛮行を見て見ぬ振りをした時点で同罪ですよ」という冷たい言葉によってばっさり切って捨てられた。時として同性の方が容赦がないのである。それにその件はともかく、一緒に仲良く山賊をしていた時点でゆうゆうアウトでもあるし。
ちなみに『亜人』とは、ヒト族がその他4種族のことを蔑称する時の呼び名で、ここ『連邦』ではまず口にした人間の方が軽蔑されるたぐいの言葉だった。さらにこの国は一部例外を除き奴隷制度は原則禁止されている。つまり山賊達に同情の余地はまるでなかった。
あと、ヒト族が『他の4種族』と言うことはヒト族をのぞく全5種族のうちあと1種族はどうしたと疑問を持たれる向きもいらっしゃるかも知れないが、海魔族は亜人に含まず『タコモドキ』と言う別の蔑称がある。まあタコだしな。閑話休題。
「……当然のようにその商隊の雇用主は烈火のように怒ってな。こやつらを即刻解雇して傭兵組合に厳しく抗議した。当然組合も一方的に傭兵側に否があることを認め、この連中に厳重注意を与えたそうだ。だがなあ……」
だが、当の彼らにはまったく響かなかったようだった。
ウルスカル卿が呆れたような口調で続けて言うに、それに対し『ぼろもうけ』は自分達に何の落ち度もなく、悪いのは護衛料をケチるために難癖を付けた雇用主とそれを鵜呑みにする組合だと逆ネジを食らわせたらしい。
強姦未遂についても「亜人の小娘がこっちを誘惑してきた」だのとひどい言い訳をしたのだとか。ちなみに下働きの少女は11歳。何だその凶悪犯罪。どうしてその時にコイツらをとっ捕まえなかったのか。
それについてはポラリア卿曰く、運良く未遂で防げたために、かえって少女が無傷だったので御上に訴えてもさほどの罪には問えず、商隊の主も下手に訴えて逆恨みを買うのを恐れたので訴えそのものが起きなかったからだそうだ。
そして匙を投げた組合は彼らの傭兵資格を剥奪し街の主立った商人達に通達を送り、結果彼らは『表』の仕事からは干されたのだった。
「所詮傭兵崩れの小物なのだが、やけに勘だけはいい連中でな。
小さな商隊ばかりを襲っては逃げ回り、今まで何度も追っ手の手をかいくぐってきたのだが、まさか霧の森にまで逃げてきていたとは。イヌイ殿がいなければ、また取り逃がすところだったやも知れぬ」
だがこれでこやつらも一巻の終わりだ、とまたウルスカル卿は愉快げに笑った。
何が本物の傭兵だ。聞けば聞くほどロクでもない連中だったのである。ゴブリン達も汚いものを見るような目で奴らを見た。
軽蔑の視線を向けられた彼らはふてぶてしくそっぽを向くもの、媚びたような愛想笑いを浮かべるもの様々で、赤毛の美人はいかにも哀れを誘うような風情で項垂れている。しかし、打ちひしがれた風を装って目線はしっかりウルスカル卿に秋波めいたものを送っていたりする。強かというか百年の恋も冷めるというか。いや、俺はもともと赤毛には何の感情も持ってはいないが。
「ちょ、ちょっと待ってくだせえ――――!!」
すると、突然大きな声が狭い石室の中に反響した。
ぎょっとなる一同。大声を発したのはそんな山賊の1人、俺が『丸盾』と仮称していた人相の悪い男である。
「……一体なにを待て、と言うのですか……?」
どこまでも冷静なポラリア卿の声が凍てつくような声で丸盾に問う。すると彼はそれに臆せず胡座のままにじり寄るように勢い込んで叫んだ。
「お、俺たちじゃねえ!!
俺たちはそんなことやってねえ――――――――ッッ!!!」
「…………はあ?」
ゴブリン達とウルスカル卿、そして俺の間抜けた疑問の声が、ものの見事に揃って発せられたのだった。
本作の文字数がついに10万字突破しました。でも話がぜんぜん進みません。気長にお付き合い頂ければと思います。
※非常にどうでもいいことですが、今日表示されていたユニーク数が893ユニークになってました。オゥ!? ジャパニーズヤ○ザ!? ユニーク!!
本当にどうでもいい話なんですけどね。スッゾオラー!!