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乾 東悟の行きて帰らざる物語  作者: 高原ポーク
第1章   乾 東悟、死んで神様と出会い異世界ミーリアに降り立つの段
16/31

13.乾 東悟と神様の転生相談

 主人公がチートをどうするのか。それが決まる回になります。




「――――それでは話し合いを再開しましょう!!」



 血で血を洗う(幼児レベルの)闘争の末、落ち着きを取り戻した俺たちは取りあえず非暴力による話し合いを行うことを誓い合い、今2人は大人しく向かい合っていた。


 ……まあこの顛末については俺の方の事情が大きい。男子にだってどうしても耐えられないことはある。()()()()の進退は男子一生の一大事なのである。





 茶の間に立ち、話し合いの再開を宣言したのはさくらだった。錯乱はしていないが奇妙なハイテンションに支配されているように見える。彼女は鼻息も荒くやる気に充ち満ちていた。茶の間の壁にはさくらの手による墨痕鮮やかな『第1回 乾東悟さんミーリア移住特典会議』の横断幕が掛かっている。最高神による神通力の無駄使いだ。どうあっても、俺に特典を選んで貰いたいさくらなのだった。





「……何でそこまで俺の特典に拘るんだよ……」


 これまで言わずにいた愚痴を思わずこぼす俺。胡座を掻き、すっかり温くなった缶ビールをこれ見よがしに飲む。ここまで頑強に抵抗されるとは思ってもいなかった。しかし当のさくらは俺に息巻いて「当たり前でしょう!?」とむしろ心外だとばかりに言い放つ。



「そりゃあ、受け取る受け取らないは東悟さんの自由かも知れませんけどね? わたしは東悟さんみたいな方達を責任持って次の生にご招待する責務を持った神ですよ?

 ……それに、義務とか関係なく、わたしはミーリアに移住される東悟さんに幸せになって貰いたいです。なのでみすみす命の危険に対する対策も取らせずに送り込むなんて、絶対に認められません!」

「だから……、何が何でも死ぬとは限らないだろうに……」

「じゃあ東悟さん、体長3mの狼の群れに囲まれて切り抜けられますか? 10m級ドラゴンの放つ炎の吐息(ファイアブレス)をまともに食らったら?」

「いや、そんな極端な」

「全部わたしの体験談ですよ。

 確かに日常茶飯事とまでは言いませんが、こんな事が起こりえる世界なんです」

「…………」

 俺はそんな魔界に送られる予定だったのか。



「危険の多いミーリアに転生を勧めるのは心苦しいです。でもこの世界にはそれでも素敵なものもたくさんあります。わたしたちが頑張って築き上げてきたこの世界を楽しく生きて貰いたい。わたしは東悟さんにそう言ったものを味わって貰いたいんです。


 ……東悟さんは、そのために必要な手助けを、わたしにさせてはくれないんですか……?」


 僅かに濡れたような光りを宿し、真摯な瞳が俺を射抜く。それはとても「今度は泣き落としか?」と俺の方から言えるような雰囲気ではなかった。

 そして、返す言葉が見つからず無言になる俺に、さくらが今度は「……わたしにも、東悟さんの気持ちは少し分かります」と呟くように言う。



「わたしは前任者に何の説明もなくミーリアに移住させられました。だからわたしは特典を自分で選ぶことは出来ず、勝手に力を与えられたんです」

「……何を貰ったんだ」


 聞くと、さくらは「東悟さんが一番イヤなものですよ」と淡々と答えた。



「わたしに与えられたのは分不相応な『強さ』そのものでした。

 剣で斬りつけられても火を浴びても死なない身体。素手で岩を砕く腕力に100㎞走っても息切れ一つしない脚力。剣術弓術格闘術といったいろんな武術もですね。それにミーリアでも有数の魔術の才能……」

「……まさにズル(チート)だな……」


 そうですね、とさくらが頷く。


「言葉も通じず、そんな特典だけを与えられてわたしはミーリアに放り込まれました。

 ……東悟さんの言う通り、過ぎたわたしの力はわたしを幸福にはしてくれなかったですよ。そのせいで辛い目にばかり遭ったという気がします。

 ――――本当に、『過ぎたるは及ばざるがごとし』ですね」

「…………」


 言葉すら与えられず、ひたすら『戦闘力』だけを詰め込まれて放り出されたとか。俺はさくらの話に呆然とした。

 意思疎通の取れない戦闘力だけはある異邦人とか、もうそれだけで厄介事の匂いしかしない。さくらの前任者には何かしらの悪意でもあったんじゃないかとさえ思える。


 しかしその果てに、その前任者に代わって神にまで成り上がった少女は「ですけどね?」と何かを懐かしむように淡く微笑んでいた。



「ですけどね……?

 その与えられた力があったからこそ出来たことは確かにあったんです。分不相応な力のお陰で、わたしは分不相応な事をして、その結果分不相応な地位にも就きました。そもそも普通の中学生が10年で神様ですよ? 分不相応って言うならこれこそ最大級の分不相応です。でもわたしは自分の決断に後悔はありませんし200年間それなりに神様業をやれてます。

 東悟さん。人は地位によって作られることだってあるんです。分不相応なものを得た人が、それ相応の人間に成長することだってあるんですよ」


 まだまだだって自覚はありますけどね、とさくらは苦い笑みを浮かべながらそう締めくくった。

 俺だって知っている。以前若い同僚に『リアルチート乙!』と評された若社長だって最初はずいぶん頼りなかったが数年で見違えるようになったものだ。人は高い地位にふさわしい人間に生まれつく訳ではなく、高い地位にふさわしく()()ということなのだろう。でも



「……でも、そうなるとは限らない。過ぎたものに振り回された挙げ句、もともと優れた人間がずぶずぶと深みにはまることだってある」


 俺はそう反論する。そしてそれに彼女は穏やかな声で「そうですね。それは認めます」とあっさり同意した。そして続けた。



「……認めますから、だからわたしは東悟さんにわたしの時のような『特典』を無理矢理押しつけようとは思いません。わたしはただ、東悟さんには迷惑かも知れませんけど、力になりたいんです」

「だから、こんなに真剣になってるのか……?」

 彼女がしっかりと頷く。


「わたしが、東悟さんにしてあげられることがきっとあるんです。

 東悟さん。一緒に考えましょう? 強くなれとか、大金持ちになれとか言いませんから、ミーリアで無事に、東悟さんがしたいことを出来るような、そんな特典を一緒に決めましょうよ」


 ――――もしそれでも何も要らないなら、その時はそれでいいですから。


 そう言って、さくらはゆっくりと頭を下げた。



「――――!! ちょっ!? 待て、待てよ!?」


 頭を下げられて俺は慌てた。だってさくらが頭を下げるのはひどい筋違いだ。どっちもお互いの意見を主張しているんだが、どちらかといえば我が儘言っているのは俺の方である気がしていた。中学生に無茶言った挙げ句相手から頭を下げさせるとかどんな鬼畜だ。俺は必死に頭を上げてくれと懇願するが、でもさくらは硬直したように頭を上げてくれない。見ると、ちゃぶ台にぽたりと、水滴なようなものが()()()()と、ひとつ落ちるのが見えた。


 ああ畜生。さくらは真剣だ。いろいろと贖罪の意識や自分の境遇に重ねてみたり、思い入れのようなものはあっても俺を心配してくれる気持ちは本物だ。自分の主張を取り下げる気はないが、申し訳なさだけはパンパンに膨れあがる。俺はさくらのつむじを睨んで唸った。



「……くそ、分かったよ!!」


 結局俺は根負けした。缶に残った最後のビールを飲み干して、俺はやけっぱち気味に言う。すると固まっていたさくらの身体がぴくりと揺れた。



「分かったから……!! もう一回、もう一回考えてみるよ!!」

「――――――――本当ですね!!!」


 ……その瞬間、()()()()()で顔を上げ、俺の両手を掴むさくらがいた。「言質取りました!! 神に対する契約不履行は神罰覿面ですからね!!」と、鬼の首を取った勢いで勝ち誇っているのは、アレ? さっき、まで……泣いて、たんじゃ……?

するとさくらはいけないいけないと口元をパジャマの袖でぐいと拭った。……涙はゆっくりと、まるで粘りけでもあるように机に落ちた……って



「――――ヨダレかよ!!!」

「……ふひっ♪」


 ひどい詐欺を見た。まさに泣き落としだったのだ。最高神(さくら)に対する殊勝な気持ちは今この瞬間欠片も残さず消え失せた。俺は今後二度と女の涙には騙されまい。ヨダレだったが。まんまとさくらに騙された俺はがっくりと脱力した。



「大丈夫です!! わたしがきっと東悟さんにぴったりな『特典』を見つけてあげますから!!」


 ふんぬー、と息巻くさくらに、俺は乾いた笑いしか出てこない。腹芸が苦手な神様だと馬鹿にしたのはいつのことだったか。何のことはない、俺はそれ以上にチョロかったのである。






 ※  ※  ※






「……もう一度考えると言ったが、それでもし良い考えが浮かばなかったら俺の好きにさせて貰うからな……?」

「はいっ♪ それはもう♥」


 調子のいい笑顔を貼り付けてさくらはビールをグラスに注いできた。

 あのあと。ちゃぶ台返しはしなかったもののそれなりにキレ案配だった俺に、台所からいそいそと新しいビールを持ってきたさくら。今までは缶から直に飲んでいたのにグラスを持ち出して俺の機嫌を取るように酌をする。俺はそんなもんに騙されねえぞとばかりに乱暴にそれを呷って無言でグラスを突き出した。「へっへ、旦那。良い飲みっぷりですねえ♪」と続けて酌をする最高神。いったいどこの幇間(たいこもち)だ。





「発想を変えてみてはどうでしょう」

「……発想を変える……?」


 やる気に満ちたさくらがそう言った。俺は胡乱げな瞳を向けてオウム返しに聞き返す。するとさくらが指を立てて説明をはじめた。



「そうです。『ミーリアで生きるのに必要な特典は何か』で何も思い付かないなら『じゃあ東悟さんが素の状態でミーリアに行って何が出来るのか』を考えてみましょう。

 東悟さんは余計なものを持ちたくないんでしょう? だったら足りないものを補うという形で考えてみるんです」

「……俺に何が出来るか、ねえ……」


 ううむ。ムカつくがさくらの言ったアプローチで考えたことはなかったかも知れない。



「例えば、東悟さんって、ミーリアに行ったらどうやって生活するつもりだったんです?

 お仕事とかは……?」

「……ああ。それは前世の仕事と同じ方向の職に就こうかとは考えていたが」

「東悟さんって、確か道路工事とかする人だったんですよね……?」

「土建屋のしがない営業兼運転手(オペレーター)だな」


 俺の前職は天界滞在1週間のあいだに交わされた世間話の中でさくらにすでに告げていた。俺は高校卒業後、1年の職業訓練校通いを経て地元の建設会社に就職していた。最初はツルハシ振るったりと普通の土方(どかた)屋さんをしていたが勉強して免許を取ってショベルカー(ユンボ)など重機の運転手になり、そのうち有難いことに会社の会長社長(ツートップ)に気に入られてデスクワークも仕込んで貰った。最近では入札の見積もりとか現場監督みたいなこともさせて貰っていたのである。

 道路工事や用水路、土地の造成や堤防の修繕。俺はそんな感じの土木工事にそれなりの経験を持っている。魔法の存在以外は中世に準じる技術力だというのなら、俺の土木技術者としての技術と経験は異世界でも多少のつぶしが利くんじゃないかと思うのだ。



「そうなると土木技術者、ということになりますよね?」

「ああ、そうだな。それなりに現場の場数も踏んでるし、そこそこ使える人間だと自負はしているが」

「なるほど……」


 さくらは俺の言葉に一つ頷いて考える風になる。そして数秒、んん? と僅かに唸ると少し難しげに顔を顰めた。何だ? と俺が訪ねるとうーん、とまた唸る。そして「それ、ちょっと大変かも知れないですよ」と苦みの混じる口調で言った。



「……ミーリアは社会制度的には中世的な社会だって言いましたよね? 中世的な社会って、技術者は基本的にいくつかの集団に纏まって技術を秘匿する傾向にあるんですが……」


 例えば、とさくらは例え話をはじめた。最近ではゲーム等でよくお目に掛かるお馴染みの『ギルド』は、中世ヨーロッパで大きな商人に発言力で対抗出来ない規模の小さな職人達が集まって出来た互助組織をそのはじめとしているが、後には技術者集団として外部勢力の排斥や徒弟の囲い込み、技術・利益の独占等を行う団体として成長をすることになる。

 特許もない中世、知識財産は当然秘匿されるべきものでホイホイ赤の他人に教えたりするものじゃない。知る権利など振りかざせば殺されたって文句は言えない時代なのである。職人だって優れた技術を持つということ()()が自分を守る生計(たずき)であることは分かっている。彼らは当然生活のために自分達でその技術を秘匿しあるいは仲間内で囲い込み、それを脅かす部外者の進入は拒むのだった。つまり


「土木技術って、立派な『秘匿されるべき』技術ですよね? だからミーリアの技術者達はきっと一族や組合的な集団でその技術の独自性と希少性を守っていて、いきなり東悟さんみたいな部外者が入り込む余地はかなり少ないと思うんですよ」

「だが、俺は現代日本の土木知識を持ってるぞ? それを提供する代わりに職を求めれば……」

 それは強い武器になりはしないか。そう思ったがさくらはそれにも否定的だった。


「そう言った技術者達はそれなりに閉鎖的ですから、何の縁故(コネ)もない住所不定の東悟さんが何の準備もなしに『やあやあ我は現代日本の技術者様なるぞ』って乗り込んでいっても摘み出されるのがオチじゃないですか?」


 最悪、進んだ技術を警戒されて、利用されるだけされて殺されるかも知れませんよ、という彼女に言葉が詰まる。じゃあ技術の進歩って言うのはどうやって起こるんだよ、と喘ぐように言うと技術者集団の中でも技術の切磋琢磨はされるじゃないですか、とのこと。

 さらに身元がないというのがこの場合大きなネックで、彼らだって働き手は募集しているが、その場合だって地元の身元が明らかな人間を優先して雇うのだ。それじゃあと変に優秀さをアピールすれば今度は産業スパイ的なものとして警戒されるかもしれない。八方塞がりである。

 要は得体の知れない部外者はまずそれだけで胡散臭くて仲間に入れて貰えないと言うこと、そして物珍しい出る杭は打たれるどころか頭を切り飛ばされる覚悟も必要だ、ということだ。就職出来る可能性はゼロではないが相当の苦労と運を味方に付ける必要があるのだった。


 なお端から選択肢にはないから言っても仕方のないことではあるが、ちなみにこれが転生だったら、技術者の息子とかに生まれさえすればそう言った点は簡単にクリア出来る。血は水より濃いという奴だ。縁故採用である。


 とにかく、『現代建築の技術で食いっぱぐれなし』とは容易にいかないと言う事だった。いや、考えてみればそれだって一種の『ズル(チート)』だ。当たり前に土木作業員をやってただけの経験で成り上がろうと言うことだからな。調子が良すぎたきらいがある。



「……なんだ。じゃあただの下っ端の作業員になればいいんじゃないか?

 別に技術者に拘らなくても、1人の土方として食うに困らないだけの稼ぎがあれば俺はそれで十分なんだからな」


 そうだ。それが正しく『身の丈にあった』生き方だった。現代知識で安定した生活とか、思えば俺らしからぬ分に過ぎた願いだったのだ。俺がそう納得すると、しかしさくらはまた首を左右に振っている。まだ何かあると申すか。



「ええと、残念ですがその場合、『食うに困らない』のあたりがかなり怪しくなるんですよね……」


 さくら曰く、ミーリアにおける一般の土木作業員とはそのほとんどが日雇い人足のようなもので、つまり賃金安い・仕事きつい・その上危険・さらに不安定という、三拍子どころか4拍子揃って数えで満貫になるようなきつい職業なのだった。さらに土木工事そのものが常にあるものではなく、職能集団に囲われている職人ならいざ知らず日雇いで現場を渡り歩いて生計を立てるとなると、例えば建築ラッシュに湧く地域とかではない限りなかなか難しいという。

 つまりあれだ。ちゃんとした正規社員と安く使われる派遣社員やアルバイターの給料格差みたいな物か。それにしたってファンタジー世界に来てまで非正規雇用者の悲哀を味わうとか



「……何たる世知辛さ……!」

「だから言ってるじゃないですか。ミーリア舐めると死にますよ、って」


 正直ミーリアを甘く見ていたかも知れない。現代の感覚で、選り好みさえしなければ何かしらの仕事はあるものだと高をくくっていた。考えてみれば中世的な世界なのだ。経済規模は現代日本と較べるまでもなく、身元不明な人間に対する世知辛さは現代の比ではなかったのである。





「……つまり、まず最初に職を得るために何かしら方策を練らないといけない訳か……」

「ですね。例えば土木技術者集団の信用を得る、とか技術者の作る組合(ギルド)に加入するとか、そう言う種類の『特典』は必要なんじゃないですか。現にそう言ったコネを特典で選択する方もいるんですよ?」

「うーん……」


 生きるために、さっそく特典が必要な空気だった。確かに過去の例を見ている時にそう言うの(コネ系のチート)はいくつもあったが『お姫様との知己』だの『大商人に対する貸し』だの、濡れ手に粟で大きな分け前を狙っていそうなものばかりだったので却下したのだ。

 しかし。もちろん未だに抵抗はあるものの、さくらと話をしていると多少はチートも必要なのじゃないかと気持ちが揺らぎそうである。



「なあ。例えば土木作業員以外だとどう言う職に俺は就けるんだろう。全くの風来坊が、経歴不詳で就ける職って言うと、どんなのがあるんだ?」


 それでも俺は『特典ゼロ』に望みを繋ぐためにそうさくらに訪ねてみた。すると彼女は今度はほとんど悩むことなく即答する。



「ああ。それは簡単です。傭兵ですね」

「傭兵……? 傭兵って言うと、金で雇われてドンパチする民間営業の職業軍人だよな?」

「おおむねそうですが、ミーリアの半分以上の地域での傭兵は多少毛並みが違っています」

「……と、言うと……?」

「ミーリアはお話しした通りモンスターや野盗のいる世界ですから、一般人も街から一歩外に出れば自分の身は自分で守らなくちゃいけません」

「ああ、それで?」

「つまり、国家の抱える騎士や兵士とは別に民間委託を受けて危険な野獣の駆除や野獣生息域の定期的な巡回したり、または街道を行く商隊の護衛や犯罪者を対象にした賞金稼ぎなんかをするのが傭兵の主な仕事なんです」


 もちろん戦争に駆り出されることもありますが、とさくらは最後に付け加えた。さくらから聞いた傭兵の説明を俺は反芻する。何と言うか、非常に覚えのある業務内容に眩暈がしそうだった。



「……それ、いわゆるゲームの『冒険者』じゃないか……」


 傭兵とはいうものの、その実情は聞けば聞くほど『D○D』以降のファンタジーの大定番である荒事専門の何でも屋、つまりあの冒険者とそっくりである。俺のつぶやきに、よく言われますとさくらがしれっとして返してきた。

 特にチートという言葉をさくらに教えた以前の移住者はそれを聞いて「テンプレキター!!」と驚喜したそうだ。しかも傭兵をまとめる元締めの名前は『傭兵組合』通称『ギルド』である。まさにゲーム感覚。

 とは言え『傭兵組合(ギルド)』はファンタジーにおける定番の『冒険者の職業斡旋及び(冒険者ギルド)互助組織』と似ているようで異なる組織であるというのがさくらの説明だった。細かな組織の内容は追々説明するとして、とにかく裸一貫の若者が手っ取り早く成功する一番の近道が傭兵なのだそうだ。



「そりゃ、オタクの作ったファンタジー世界だもんな。冒険者的職業があって然るべきだったよ」


 アレだ。冒険者の宿でエールをかっ食らって近くの柄の悪い同業者に喧嘩を売られたりする簡単なお仕事だ。学生時代に良くロールプレイしたものである。俺のお気に入りは沈黙の誓いを立てたドワーフの神官戦士だった。最終的に『ロールプレイに参加してよ!?』ってGM(ゲームマスター)に怒られたもの懐かしい。沈黙の誓いのロールプレイだったのに。



「――――ですが、傭兵になる場合、やはり東悟さんの腕に問題がありますね」


 俺が過去を懐かしんでいると、さくらがそう言ってきた。その言葉に俺は意識を戻してすぐ頷く。


「……まあ、喧嘩ぐらいしたことあるが、腕っ節に自信があるとは到底言えないわな」

「身を守るという観点からも言えることですが、傭兵を目指すなら当然戦闘力の強化は必須ですよ?」

「そこで特典を売り込んできますか……」

「わたしとしては他はともかく、最低限自衛手段だけは妥協して身につけて欲しいんですよう」


 安定収入のある土木技術者になるためには縁故(コネ)系統の特典が必要で、コネの必要ない傭兵家業には当然腕っ節に関する下駄(チート)が必要と言うことか。まあ素の状態の俺が斬った張ったの稼業は普通に無理だ。それこそ自殺行為である。



「自衛手段なあ」

「剣の技術とか、魔法とか。とにかく最低ひとつでもいいんです」


 例の『剣の才能Lv.1』とか言うアレである。以前聞いたらレベル1で訓練を終えた新米騎士相当だとか。レベルが2で熟練の騎士、3で騎士団でも有数の猛者、4で国家を代表する剣豪、5でその時代に1人居るか居ないかという稀代の大剣豪に当たるという。5はつまり宮本武蔵とか柳生十兵衛レベルになるのか。

 今度は自衛手段についてしきりに言い募ってくるさくら。他はともかく、それに関する特典はなんとしても身に付けて欲しいらしい。しかし



「……ただなあ。どうも楽して手に入れる強さって、俺的にはロクな事にならないような気がするんだよなぁ……」


 自分が鍛えて身につけたのなら良いが、過程をすっ飛ばして手に入れた暴力とか、どうぞ不用意に使ってくださいと言わんばかりな気がする。きっと得意げに振りかざしていつか自分の足を切る羽目になるのだ。さくらは今日何度目かに聞く俺の主張にげんなりしたようにため息を吐いた。



「東悟さんホントに拘りますね……」

「拘ってなかったらここまで話こじらせていないだろ。

 やっぱり何と言われようと『何の苦労もなく身につけた』剣の腕とか、正直気持ち悪いんだよな」

「ううー……」


 考えて欲しい。今まで触ったこともない剣の技術を何かしらの神パワーによって睡眠学習の如く刻みつけられ、すると身体が自分の知らない動きで突然だんびらを振り回しはじめるのである。気持ち悪いとしか言いようがないし、そんな力で俺最強なんて自惚れるのを想像すると、自己嫌悪で布団の中に逃げ込みたくなる。


 さくらがまたちゃぶ台に沈む。苦労、苦労、と自分が苦悩に満ちたような表情をして呟いている。俺もさすがに申し訳なくなってきた。



「……俺が餓鬼の頃から何か武道を嗜んでたとかだったらよかったんだろうがなあ」


 そうすれば、少なくとも特典に頼ることなく自分の身は守れただろう。


「東悟さん、一応聞きますがそう言った心得は……?」

「ええと。中学の時分におままごとのような喧嘩を少々……」

「喧嘩って、……結構不良さんだったんですね東悟さん」

「若気の至りかなー。あの頃はホント堪え性がなくって。だから余計に俺みたいなのが過ぎた力を持つとロクな事にならないと思うのよ」


 髪を染めて校舎の窓硝子とか割っていた訳じゃないんだが、それなりにひどいおイタをしたことのある俺だった。まあ逆にあの頃の荒んだ俺に何かの心得があったら、俺は誰かを半死半生にでもして堀の中で臭い飯を食っていたかも知れない。人生はあざなえる縄のごとしなのだ。


 さくらはううー、と虚空を睨んで何か無いかと自問自答しているらしい。

「東悟さんが元から強かったら多少は安心出来たのに……」とか何とか、ぶつぶつと呟いている。悪いなへぼいオッサンで。









「……? 東悟さんが武道を何か習っていれば…………?」



 しかし。ややあって。

 ふいにさくらがそう言った。いやだから、俺はせいぜい通信喧嘩術1級程度の腕前なんだよと、そう思いながら見ていると、さくらの表情が何故か見る見るうちに明るくなっていく。ほんのりと頬に血の気も乗り、花が咲くというのはこう言うことだと言わんばかりだ。

 俺は何が起きたのかと少し身構えてさくらの次の言葉を待った。さくらの言葉は、華やいだ表情の割に冷静だった。



「……東悟さんは、剣術なり何なりを、自分の努力でなく特典として身につけることがイヤなんですよね?」

「……まあ、そうだな」

「じゃあ、自分が苦労して会得する分には、そう言った『身を守るための術』を身につけること自体に問題はない訳ですよね?」

「そりゃそうだが、だから俺は何の心得も……」

「簡単な事じゃないですか――――!!」

「おおう!?」


 突然さくらがその声の音量を倍増させた。思わず仰け反る俺を追うようにさくらがちゃぶ台に身を乗り出して俺の手を取る。小さな手で俺の節くれ立った手をひっしと掴み、ぐいっ、と顔を寄せてきた。



「つまり、ここで護身術を身につけて貰えば良いんですよ!!」

「……いや、だから……! それはさっきからイヤだと……!!」

「そうじゃなくって――――!!」


 おおう!! そうじゃなくって、さくら顔近い近い!! 女の子が鼻息掛かるぐらいオッサンに顔寄せて、神様にあるまじき破廉恥ですな!?


 俺はぎぎぎ、とさくらの手を振り解き彼女の頭を掴んで引き離した。しかし興奮したさくらはそんな俺に気分を害するでもなく、そのままの体勢で唾吐く勢いのままにしゃべり続ける。



「良いですか東悟さん!! 特典で、裏技っぽく身に付けるのがイヤなら、正攻法で身に付ければ良いだけだったんですよ……!!!」

「落ち着け! なにを言っているのかよく分からない!!」

「発想の転換ですよ東悟さん! 東悟さんは自分で努力して身に付ける分には強くなること自体を否定はしないんですよね!?」

「そ、そりゃあそれなら、分不相応とは言わないが……っ!」


 自分で苦労して強くなった奴に向かって『そんなに一杯練習して強くなって卑怯(チート)だぞ!』とは普通言わない。だが何度も言うように、俺にはそんな都合の良い過去は設定されてはいないのだ。



「だったら話は簡単だったんですよ!!」


 しかし俺の言葉に我が意を得たりとばかりに、さくらは満面の笑みを浮かべた。

 そして、俺にいまだ頭を鷲掴みにされたままに、高らかにこう言い放ったのだ。





「つまり――――

 東悟さんが天界で修行して、自力で強くなってからミーリアに移住すれば良いんです!!

 ええ! いいですとも、いいですともさ!! 東悟さんがばっちり強くなるまで、このわたしが、みっちりお世話してあげようじゃないですかあ――――っ!!!」



「な、なんだって――――っっ!!?」





 予期せぬさくらの提案に、今度は俺が素っ頓狂な叫びを上げる番だった。






 ※  ※  ※






 ――――結論から言うと。


 さくらの予想外の提案を俺は受け入れざるを得なかった。さくらの言う通り『自分の努力で身に付けた』力なら、それを否定する材料を俺は持たない。それでも嫌だと言うのは多分俺の我が儘になるだろう。

 そもそも俺だって死にたい訳じゃない。自分の身の丈にあった方法で身を守る手段が得られるのならそれに越したことはなかったのだ。まあなんやかやと言って、結局さくらの力押しに負けたとも言う。とことん弱いな俺。


 ……それにしたって死後に天界で修行とか。某○王様にみんなからちょっとずつ元気を分けて貰う必殺技でも習うのか?





「さあ。明日から、精一杯東悟さんのためにお世話させて貰いますからね……!!」



 そう言う彼女の背中にはゴゴゴと本気のオーラが湯気のように立ち上り、とても「もうこれ以上3食付きで厄介になる訳には……」と切り出す勇気が持てなかった。そんなこと言ったら拉致監禁でもされかねない。


 俺の『特典拒否』から始まった今夜の話し合いは、さくらの『特典の押し売り』によって幕を閉じた。明日からさくら曰く精一杯、俺は異世界で生き抜く力を身に付けさせて貰うらしい。どうしてこうなった。俺は確か明日から誰にも迷惑を掛けずに人生を再開するはずだったのだが。

 ……こんなはずじゃなかったのだが。





 こうして。1週間悩み抜いた挙げ句に俺は、さらにさくらのところに居候する事になったのである。これをニートまっしぐらと人は言うのだろうか。天界警備員乙とでも言う状態なのか。


 ……まあ、それでも数週間とか、それくらいで一通りどうにかなるのだろう。神様もきっとそこまで暇じゃない、はずだ。きっと。


 俺は護身術の講習会程度のものを想像して高をくくっていたのである。正直舐めていたのである。



 その時の思い違いとさくらの本気を、俺はこのあとさんざんに思い知ることになる―――― 





 チートを拒否したら神様に修行を強要される主人公でした。「でも押しに弱い」タグは伊達ではなかった。タグに誤りなし。


 次回から、時系列は現在に戻ります。次回、ゴブリン村探訪。レポーターは渡辺○志でお送りします(ここでオフ○ースの曲がかかる)。


 と言っても、村の風景風俗の紹介はだいぶ先になりますが。

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