幕間2.神様から見た話
本日投稿2本目。
投稿14話を越えても神様からチートも貰わず、最初の森からも出ない異世界トリップ主人公。自分の文章のくどさはよく分かっていますとも。
それでも今回、主人公は神様に自分の特典について希望を言います。
「♪~~、♪♪~~」
ミーリアの主神こと佐藤さくら(224)は天界政務庁舎の廊下を鼻歌交じりに歩いていた。
足取りは軽く、彼女の奏でる『ス○ーライト○河』のメロディーもどことなく陽気だ。当時一斉を風靡した、ローラースケートを履いて踊り狂うアイドルグループの大ヒット曲を口ずさみながら、天界の最高権力者は正しく上機嫌だった。
本当に、ご飯を美味しそうに食べてくれるんですよね――――
さくらは現在同居人であるところの『移住待機者』の様子を思い出し、頬を緩める。
彼女は地球での生前いわゆる『おさんどん少女』で、共働きで家を空けがちな両親に代わり料理など家事を率先して手伝うような子どもであった。そしてお祖母ちゃん子でもあり、両親の不在時に時折預けられた祖父母の家で、彼女は一緒に台所に立って煮物やぬか床の作り方など純日本風な料理を楽しく教わっていたのである。さくらが天界で自分の食事を用意するのは一種の娯楽であり、貴重な息抜きを兼ねた趣味でもあったのだ。
しかし。近頃100年というもの、そんな日々の食事が味気ないものであることにさくらは気が付いていた。
料理を趣味にする人間に最も必要なのはなにか。それは自分の料理を食べてくれる批評者の存在である。自分の作った料理を食べ、旨いとか不味いとか甘いとか塩気が足りないとか、とにかくどんなものあっても反応を返してくれる存在こそが新たな挑戦やますますの精進を促すのだ。惰性で続ける趣味なんて、おおよそ段ボールのように味気ないものなのだった。
その解消にさくらは、今まで彼女の同僚達を招いては時折料理を振る舞っていた。ほとんどが異世界生まれの彼らにもさくらの料理はおおむね好評であり、旨い旨いと育ち盛りの運動部員のようにおかずに群がる彼らの様子に大いに自尊心をくすぐられたものである。
しかし彼らも仕事がある身でそうそう毎日はやってはこれないし、それに彼らはなんだかんだと言って異世界人だった。さくらの作る昭和漂う日本料理には、彼らの味覚にどうしても受け入れられないものも存在するのだ。例えば彼女が200年間毎日欠かさず手入れし続けた佐藤家秘伝のぬか床による糠みそ漬けなどはその際たるもので、上司の機嫌を損なわないように微妙な顔をして食べる彼らにさくらは少し傷ついたのだった。
料理人にとって一番辛いのは不味いと貶されることではなく、自分の料理を美味しくもないのに無理して食べて貰うことである。全ての料理が受け入れられない訳ではないのだが、そんなことが幾度かあると自分の同僚達を呼ぶのに躊躇を覚えるようにもなる。ヘタな蕎麦打ちを趣味にして部下に無理矢理食わせて悦に入る社長の如く、最高神自らが部下にパワハラとか冗談ではなかったのだった。
しかし。つい先日やって来た彼、乾東悟はそんな不遇の料理人であるさくらに光を与えてくれた。
彼は純然たる日本人であり、しかも彼女と同じ時代に生きた人であった。事故から天界に東悟を連れてきて一晩明けた朝、朝食にそおっと出した糠漬けを旨い旨いとべた褒めし、これがあれば他のおかずは要らないな! とまで言って後は無言でひたすらご飯を掻き込んだ彼の姿にさくらは涙が出そうになった。糠みそ漬けは、彼女の祖母との縁を忍ぶ思い出の料理なのである。
東悟はそれ以降も彼女の料理を本当に美味しそうに食べてくれる。お為ごかしをしていないことはすぐに分かった。さくらの経験上無言で勢いよく食べるのは美味しい証拠であり、あまり美味しいと感じなければ人は逆に饒舌になるのだ。それに彼は時には容赦のない批評家で、自分の好きではない味付けにはハッキリそう伝えてくれる。東悟は決して『美味しいフリ』などしなかった。さくらは不毛の砂漠に神を見たような思いだった。
それ以来、彼との距離感がだんだん近くなっていくことにさくらは自覚的だった。いつの間にか呼び方も『東悟さん』である。死んだばかりで不安も大きいだろうと、しばらく一緒にいて話や息抜きに付き合っているうちに自然にそうなっていた。
フリースロー勝負で元ミニバス部員の面目躍如とばかりに完膚無きまで叩き潰したり、気になっていた『ぼ○球』の続きを彼の頭からサルベージして夜通し並んで読みふけったり、気が付けば休暇の多くを東悟と過ごしている。今はどっちの息抜きなのかよく分からない。なにしろ彼が来てからというものさくらは絶好調である。普段ならげんなりして「世界なんて爆発すればいいのに」と、彼女を破壊神へと誘う内なる声が聞こえてくるような面倒くさい仕事も鼻歌交じりでこなせているのだ。
生活にハリが出てきたのだ。
終わることのない日々の激務。そんな日々の潤いであるはずの家事や料理にすら惰性の影が忍び寄っていた。それに較べて今の食卓の賑やかさはどうだ。東悟は食事中には物を食べる以外にあまり口を開かないタチだが、その美味しそうに食べる様子がさくらには雄弁に語りかけてくれていた。
さくらは思い出したのだ。自分がなんで家事をするのが好きだったのか。それは、喜んでくれる家族の顔を見るのが好きだったからじゃなかったか。そんなさくらが1人寂しく食べるご飯に愉快な発見などあろうはずもなかったのだ。お世話する東悟の存在は彼女の潤いとなっていた。そしてそれは日々の暮らしの張り合いとなって、仕事にも意欲的に取り組めているのだった。
今までさくらは多くの『移住待機者』と顔を合わせてきたがこんな事は初めてだった。
彼女は自分が世界のバグに巻き込まれた被害者ゆえに、同じ境遇の日本人に対して思い入れが深いことは自覚している。それでも、以前にだってご飯をご馳走した人や長く天界に滞在した人はいたのに、さくらの気分がここまで上向いたことはついぞ記憶になかった。
そしてそれがよほど奇異に映ったのか、ここ数日は歯に衣着せない同僚達に「ついにサクラにも春が来たのか?」などとしきりに囃し立てられた彼女である。とは言えさくらにはそんなことはない、と否定する以外の答えはない。なんだかんだと言いながらさくらは200年のキャリアを誇る神なのだ。人との距離の取り方は弁えているつもりだった。
東悟はいずれミーリアに生まれ変わる身だ。
遠くない未来に彼は天界から旅立つことは承知している。自分の生活に『張り合い』を与えてくれた東悟がいなくなることを寂しく思うのは偽りのないさくらの本音だが、では意地でも彼を引き留めようとか、そう言う気持ちがあるかと言えば全くないのも確かなのだった。
彼女は冷静に神である自分と東悟の立ち位置を理解しつつ、しかし今までにないほどその『移住待機者』に入れ込んでいた。さくらは東悟のことをお互いの見た目もあってか、まるで遠くから遊びに来た親戚のお兄ちゃんのように思い始めているのだった。
――――今日の晩ご飯はトンカツにでもしようかな……?
付け合わせはキャベツの千切りとポテトサラダ。あとは肉の形を整える時に出る脂身と切れ端を使って野菜もたっぷりの豚汁を作って、口直しのお漬け物も当然準備する。今日出がけに漬けておいた白菜の浅漬けと、佐藤家特製の糠みそ漬けも添えて……
さくらは歩きながら脳内でパズルを嵌めるように夕食の献立を組み立てはじめた。その表情はにまにまとやに下がりとてもミーリアの至高神とは思えない。ご飯をどれくらいお代わりしてくれるだろうと考えると不気味な忍び笑いすら零れるのだった。
東悟はなかなか『特典』が決まらないと言って天界に滞在している。さくらの同僚の神様が「このまま居座るつもりなのか?」と訝む程にすっかりくつろいでいる彼だが、さくらには時折内心では深く思い悩んでいるのが見て取れた。
彼女は彼女なりの責任感で今まで何人もの魂に出来る限りの便宜を図ってきた。思い悩む彼のために、せめて美味しい食事を用意してあげるのも便宜のうちに違いない。最近の彼女はそう理論武装していた。
さくらはすれ違う天界の一般職員たちに陽気な挨拶を返しながら再び鼻歌を再開していた。今度の歌は福岡出身の超有名男性デュオのグラサンの方と某アイドルの歌う『2人の○イランド』である。その選曲に何か特別な意味があるのかどうかは最高神のみぞ知ることだった。
東悟さんの納得がいく、素晴らしい特典が見つかれば良いんだけど。
さくらは東悟の旅立ちに幸が多いことを願いながらも、次の日の朝や夕はもとより来週の献立に至るまで、その思いを馳せるのであった。
※ ※ ※
「……特典の件、なんだが……。
特典そのものを辞退する、って事は可能だろうか……?」
「えええええええ――――――――っ!!?」
幸せを祈りつつ彼の手伝いをしようとしていたさくらに、東悟がミーリア初の『特典拒否』を宣言したのは、その日の夕食の後である――――
ちなみに神様が最初に口ずさんでいた『ス○ーライト銀○』の作曲は、『2人の○ランド』を歌っているグラサンの方の相方です。飛ぶ鳥落とす人です。最近はいろいろ大変みたいですが。
『銀河』にしろ、某『源氏』さんて歌はよかったんですよね(歌は、と言う言い方に多少の含みがありますが)。メロディーはさすが飛ぶ鳥落とす人だなー、という仕上がりなんです。以上よく分からない作者の独り言でした。
明日からは平常運転。正午12時投稿です。よろしくお願いします。