幕間.傭兵団『ぼろもうけ』の回想
くどい説明回連打が終わり、これからしばらくは時系列が現在に戻ります。
男は傭兵団『ぼろもうけ』の団長だった。
10人にも満たないような、傭兵団と呼ぶのも烏滸がましいような破落戸どもの頭であっても団長は団長である。
例え彼が、裏町の薄汚れた酒場の片隅で濁ったエールを浴びるほど飲んだ団員一同によって、肉をせせったあとの鳥の骨で作ったくじによる厳正な抽選によって選ばれたにせよ、彼こそが傭兵団『ぼろもうけ』の団長なのだった。
彼には先見の明があった。
傭兵は何か人より秀でるものがなければ生き残れない。そしてそれは必ずしも優れた剣の腕や十人並みの膂力である必要はなかった。戦場で危険を嗅ぎ取る鼻の鋭さや、あるいは権力者に取り入る如才なさ、そんなものがひとつでもあれば戦場の生存率は跳ね上がる。死神の振るサイコロに、ほんの僅かでもイカサマの鉛を貼り付ける才能だけが傭兵を生かすのだ。
運のみに頼るのは2流の傭兵のすることだ。
これが男の持論である。なにせ傭兵になった時点で彼らは皆おしなべて不運なのだから。そして彼のイカサマの手妻は先見の明なのだった。
男達の生国は北の『法国』である。そこで食い詰めるなり追われるなりして彼らは傭兵になった。国内のどこかで常に行われている戦さを渡り歩き、渡り歩いているうちに1人2人と人が集まり傭兵団になった。それ以来死んだり増えたりして今に至る。
彼の先見の明は当に自分の生まれ故郷を見限っていた。そもそも一年中彼らが仕事にあぶれないような国に将来の展望などあろうはずもない。『戦場こそ我が臥所』などとうそぶく戦狂いと彼は違うのだ。
彼は自分を野心的な挑戦者であるとみなしていた。自分達は優秀な傭兵である。何しろこれほど戦に明け暮れる国は他になく、その国で生き残れる傭兵が優秀でないはずがない。見事な三段論法だ。であるのなら、優秀な傭兵である自分達はこんなクソのような国で燻っていていいはずもないのだ。見事な当然の帰結である。
法国の隣国である『連邦』ではここ最近は大きな戦もなく、傭兵の仕事と言えば森に巣食う野獣どもの駆除や商隊の護衛などと言う『温い』仕事がほとんどだという。自分達の腕を持ってすればそんななまっちろい連中の中で頭角を現すことは造作もないことだ。男は法国を出奔する事を決意した。そして団員達も快くそれに従った。酒場の安酒は彼らの冒険心を大いに掻き立てたのだった。
男には先見の明があった。
法国内に漂う『いつもとは違った』焦臭い匂いを嗅ぎ取ると、彼らは振り向きもせず生まれ故郷から逃げ出した。その数ヶ月後。ついに法国でこれまでにない規模の内乱が勃発し、今までの泥沼の内乱が子どもの取っ組み合いに思えるような大混乱が起こっていることを男はたどり着いた連邦国内で知る。男は自分の能力に一層の自信を深めた。
道中でいろいろと挑戦して稼いだ金を使い、連邦内の『傭兵組合』に正式に加入し新生『ぼろもうけ』は正式に活動を開始する。結成当初の人数はたったの7人だったが自分達は歴戦の傭兵だ。回りの『お嬢さん』がたとは年季が違うのである。つまり少数精鋭だ。男は自分の行く道が金貨で舗装されている様を幻視した。
男には先見の明があるはずだ。
歯車が噛み合わなくなったのはとある商隊の護衛を引き受けた時からだった。商隊を率いる商人の薄汚い言い掛かりにより、傭兵団は規約違反で訴えられ、『組合』による厳重注意を受けたのだ。男は当然それが不当な言い掛かりであることを組合に訴えたが、組合は男の言い分を受け入れることはなかった。おそらく組合は商人とグルであり、裏では薄汚く手を握りあっているのだと男は確信した。あの商人は自分達に払う護衛料をケチったに違いなく、『お嬢様』の集まりである連邦の組合は自分達の力を恐れていたに違いない。つまりクソどもの大連合だ。反吐の出るような話である。男は組合と袂を分かつ決心をした。
優秀な傭兵はいつだって求められているものだ。自由傭兵となっていつかあのクソのような商人と、お嬢様の集まりである組合に一泡吹かせてやるのである。自分達は優秀で、先見の明があるのだ。男はそう自分に言い聞かせた。
男には先見の明があるはずだ。
自由傭兵になった男達だが、彼らに仕事を依頼する依頼主はなかなか現れなかった。あの商人と組合が、蛇のような執念深さで自分達の悪評を振りまいていたのだ。忌々しい限りである。このままでは男達はその力を発揮しないままに今度はクソのような連邦で燻ってしまう。
男はさっそく動いた。組合は世界中に跨る大きな組織だが、腕を売る仕事の全てを組合が仕切っている訳ではない。男は組合以外の斡旋業者と連絡を取りそして彼らの専属になろうとしたのだ。そう言った組合とは違う『非正規業者』の仕事は必然危険度の高いものになるが男は気にしなかった。なにせ自分達は優れた傭兵なのだから。男達は新しい職場で存分に腕を振るった。
数え切れない「仕事」をこなすと、その危険度に比例して男達の懐にはぴかぴかと光る金貨が転がり込んできた。常に危険は付きまとったがむしろこれこそが天職、自分達の求めていたものだという気がした。まさに『ぼろもうけ』の名にふさわしい。男はやはり自分には先見の明があったのだと言う思いを新たにした。
男には先見の明があるはずだ。
歴戦の傭兵とは言え、全くの無傷で戦場を渡ることは出来ない。日々の危険な仕事に、団員は1人また1人と欠けていった。さらに組合は名を上げはじめた自分達に危機感を煽られたのか、ついに自分達と直接対決するような姿勢を見せ始めている。男は考えた。自分達が組合如きに後れを取るとは思えないが、奴らはおしゃべり女のように群れることだけは得意だ。少数精鋭とは言え多勢に無勢の自分達が組合と事を構えるのは得策ではない。
男は根城を変えることにした。連邦は広い。組合の手など鼻歌交じりでかいくぐり、連邦中を股に掛けて稼ぐのだ。
男に付いてきたのは4人だった。法国を抜け出して1年、団員は半分になっていた。しかし『ぼろもうけ』は不滅だ。団長である男が居る限り、何度でも蘇るのである。なにせ自分達は歴戦の傭兵なのだから。男達は酒精が靄のように篭もる自分達のねぐらをあとにした。
そしてその移動中。男達は森の中で野獣の群に出くわした。
本来なら野獣狩りなど組合の傭兵モドキどもの仕事なのだが、たまにはこんな揚げ菓子のようなお手軽な仕事もいいだろう。それに野獣は人に害を為す存在なのだ。傭兵にも多少の正義感は残っている。男達は剣を抜いて野獣たちに襲いかかった。
薄汚い小鬼族達は、醜い叫び声を上げて小癪にも抵抗してきたが歴戦の傭兵の敵ではない。男の最も古い仲間である傭兵が、腕を押さえてうずくまる。男は焦った風を装いながらも内心は笑いを抑えるのに必死だ。その傭兵は腕は良いくせに根性が曲がっていた。最も得意なのは騙し討ちで、斬られたフリをして油断を誘うのである。わざわざ血糊を用意する周到ぶりで、まったく無警戒な相手の脇腹へ手首に仕込んだ小刀を突き入れるのが何よりも好きな変態なのだ。他の連中も顔には出さないが付ける薬がないと呆れかえっているのだった。
男たちがいつものように押されて後退するとゴブリンどもは馬鹿正直に押し込んでくる。所詮は野獣だ。野獣は罠に掛かって死ぬのがお似合いなのだ。うずくまり顔を伏せている奴の口の端が狂ったように上にひん曲がっているのが見える。あともう少しだ。もう少しで、あの小鬼どもにぎらぎらと輝く鋼をご馳走してやれる。
その瞬間。誰かの怒号が森の中に響き渡った。
「ア、アンタはいったい――――!?」
男の仲間の中で唯ひとりの紅一点である女傭兵が叫んだ。元娼婦で、変態の客に殺され掛けたところを逆に殺して傭兵に流れ着いた女だ。赤毛の佳い女だが、男に突き刺されるよりだんびらを突き刺す方が得意な物騒な女である。たまには俺たちの立派な『だんびら』を佳い声で泣きながら研いでくれる女らしいところもあるが。
そこには、1人の男が居た。
ずいぶん若いヒト族の男だった。黒髪で、体格はさほど良くはない。しかしその出で立ちは鎧を着込んだ傭兵のそれであり、手には拵えの良い槍を携えている。
成人になったばかりの年齢に見える幼い見た目には似つかわしくない奢った装備だと男は思った。成人したての良いところの次男三男が、親に装備を見繕ってもらって傭兵にでもなったのか。
この傭兵は一体なにをしに来たのか。
ゴブリンどもは耳障りな叫び声を上げている。ゴブリンどもは新しい敵が来たと思っているらしい。確かにヒト族がわざわざ野獣に与するために駆けつけてくるとは男にも考えられなかった。
馬鹿な若い傭兵が見せかけの危機に助太刀でもしようと駆けつけたのか。
だとしたら本当に馬鹿のクチだ。まったく迷惑な話である。地面にうずくまっていた男の仲間は騙し討ちの瞬間を邪魔されて、血が出そうなほどの怒りに顔を染めているのだ。
しかしその若い傭兵はそんなことは当然知るはずもなく、ホッとしたように肩を落としている。やはり真性のお嬢さんだ、と男は思った。
「どうやら、間に合いそうだ――――」
男には闖入者、東悟のつぶやきは聞こえなかった。聞こえていたら男は吹き出していたかも知れない。間に合ったもなにも、そもそも自分達には助けは必要なかったのだと。
東悟はおもむろに指を一本立て空に向けて突き上げた。突然の東悟の行動は、男には意味が理解出来なかった。ゴブリンどもはぎぃぎぃとやかましく喚いている。そして
「――――にょろ!!」
という謎の掛け声とともに東悟がその指を地面に向けて振り下ろした意味も、男にはまったく理解することが出来なかった。本当にコイツは何しに来たんだという、場にそぐわない弛緩した思考しか浮かんでこなかった。
男には先見の明があったはずだ。
男は今まで幾度と無く死神の賽の目を欺いてきた。いつだって先の見えない勝負の先を見通して勝ち抜いてきたと自負してきた男なのだった。
しかし男にもよもや知るよしがなかった。
これが自分の傭兵団『ぼろもうけ』の運命を変える出会いであることを。
博打場に神様の使いがやってきて、死神の持っているサイコロを横からかっさらいに掛かるなんて、男の先見の明を持ってしても見抜ける道理はなかったのである――――
以降、本作の投稿は毎日正午1回の投稿になります。なので次回投稿は翌日12時です。
よろしくご愛顧の程、よろしくお願いいたします。