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I・R・A  作者: こじも
2/16

私立岩重神経科学研究所学園

 人が人を産む、人が人を造る、この違いはなんだろう。

 僕はたぶん、人間だ。でも、人から生まれた訳ではない。だから、たぶん。

 母はいる。アイラが注入されたという卵子は、正真正銘、本物だった。つまり、その卵子を研究所に提供した女性が、言うなれば僕の母親だ。けど、会ったことはない。会いたくもない。それは、お互い様だろうけど。

 『バイオロイド』という言葉があるらしい。有機的な素材で構成された人造人間のことを表すそうだ。

 人工授精など、今ではありふれた光景だ。それで差別されるようなことも滅多にない。

 だけど、僕は、僕達は――――――。


「シユル?」


 ふと、我に返る。額の少し上で浮遊する妖精が見えた。


「アイラ? 何?」

「何? じゃありませんよ。どうしたんですか、ぼ~っとして。ただでさえまぬけ面なのに、」

「いい。いいよ、その先は言わなくて」

「まぬけを通り越して最早空気ですね。空気のように空間を漂うだけの無思考な存在。そうだ、こんな顔をした人をこれから空気顔と呼ぶことにしましょう」

「いいって言ったのに……。なんだよ、空気顔って。確かに僕はぼ~っとしてたかもしれないけど、決して無思考だった訳じゃないよ」

「あなたごときの思考など元々無価値です。すなわち思考をしていないも同然です」

「………ああ、それはそうかも」

「ぬっ、そう容易く認めないで下さい。からかい甲斐のない」

「あっても困るんだけどね」

 

 苦笑いを噛み潰しながら上を見上げ、小さな身体の後ろから差し込む陽光に目を細める。いつもの通学路。見慣れた景色。靴の裏から染み込んでくるコンクリートの感触。夏のある日。暑さから逃げるように手を翳した。


「良い、天気だね」

 

 益体もないことを呟く。


「そうですね」

 

 同じように空を見上げたアイラが答えた。


「暑いよ。歩くだけで汗だくだ」

「太陽は偉大です。人間が今まで造り出したエネルギーなど太陽の前ではミジンコ以下です」

「でも、人は今やエイクズを使えば、天候さえも操作することが出来る」

「天候など、太陽の残滓に過ぎません。蝶が羽ばたけば大気が揺れる、それと同じです。通り過ぎた後の大気をどう変化させようが、蝶にとってはどうでも良いのです」

「確かにね。君の言う通りだ。たぶん、僕の思考も同じようなものだよ。通り過ぎたことばかり考えている。しかも、変化させようのない事実を。だから、無価値なんだ。思考も、僕自身の、存在も」

「……あなたのそういう所、嫌いです」

「え?」

「なんでもありません。ほら、もっと早く歩いてください。せっかくいつもより早く起きたのですから、絶対に遅刻なんてさせませんよ」

「はいはい。仰せのままに」

 

 アイラにせっつかれて早足になる。汗を拭いながら歩く道の先は、夏の日差しで少しぼやけて見えた。



 私立岩重神経科学研究所学園。無粋な名前のそれが僕らの通う学校だった。冒頭の『私立』と最後の『学園』という一言は去年、付け足された物だ。ちょうど僕らが十六歳になった時だった。高等学校までの教育が義務化されているこのご時世、遅ればせながら、実験体として扱われている我々にもようやく人並の権利が与えられたという訳だ。国からのお達しが来るまでにこうも遅れたのは、この街の情報が総じて外に漏れ難いからだろう。ここ、岩重市は世界中の大企業が研究施設を置く、大規模な実験都市だ。様々な人種が混じりあい、門外不出の技術が横行する。国から見ればこの街は一種のパンドラボックスなのかもしれない。


「やっと着いたか」

 

 風雨にさらされて黒ずんだコンクリ、錆びに錆びを重ねてその間に鉄を挟んだら出来あがったかのような赤銅色の門。それを見上げて僕は声を漏らす。


「家を出て十五分弱しか経ってないじゃないですか」

「夏は外に出るだけで苦痛だよ」


 額に浮かんだ汗を拭いながら門を抜ける。

 校庭とは名ばかりの小さな雑草園を通り抜け、研究所内に入る。門の造りとは裏腹に真新しい建物だ。強化ガラス製の自動ドアを潜ると、一面、白い壁紙に覆われた廊下がある。病院を思わせる造りだ。突き当りまで進むとこれまた頑丈そうな扉があり、地面に設えられたカーペット兼センサーが僕とアイラを認識することで、重たげなその口を四方に開いた。

 そこからさらに進んで、スライド式の扉の前に立つ。


「おはよ―――」


 快活な朝の挨拶をしながら開いた扉だったが、そこに思い描いていた部屋の姿はなかった。

 ただ、頭上から迫りくる巨大な塊だけが、視界を覆った。


「んぬぁ……!」


 喉から珍妙な声を発しながら僕は後ろに跳び退る。と同時、

 轟音。何かが爆発したかのように鼓膜を切り裂く激音。飛び散る諸々の破片。尻もちをつきながら、顔の前で腕をクロスさせて、襲い来る破片をどうにか防ぐ。


「な、なに? なに、これ?」


 僕が開いたのはパンドラボックスではなく、教室への入り口だったはずなんだけど。


「さぁ? 大丈夫ですか?」


 毛ほども心配しているようには感じられない声音でアイラがそんなことを言った。


「ケホッ、ケホッ! う~……」


 舞い上がった粉塵に隠れた教室内から、小さな咳と呻き声が聞こえた。

 この声………。ああ、なんとなく想像がついた。


「誰だよ。怒らせたのは」


 溜息を吐きながら、立ち上がる。粉塵が晴れた先に見えたのは、僕と同世代の少女だった。


「や~っ! し~う~!」


 僕を指差し、そう叫んだそいつの目には、大粒の涙が溜まっていた。


「し~う~……!」


 弱々しい足取りでこちらに歩み寄って来た彼女は、両手でそれぞれ僕の両肩を掴む。


「ちょ、ちょっと、ユズリ? まさか? お、落ち着こう! 一旦落ち着いて僕の言葉を、」 

「あぁ~~~~~~~~~~~~!!!」


 上を向いて号泣した彼女は力任せに僕の肩を揺さぶった。


「おっ、おう、どぅあ、あぅい、ごぁ、やめっ、ちょっ!」


 人間とは思えない圧倒的な腕力で僕の体は宙へと持ち上げられ、前へ後ろへと揺さぶられる。

 目が、回る………というか、か、肩、が……。よもや気を失う直前といった所で、隣で楽しげに薄笑いを浮かべていたアイラが救いの手を差し伸べてくれた。

彼女はユズリの耳元へと羽ばたいて、


「ユズリさん? たかいたかいは?」


 呟いた。


「あ~? あ~!」


 ユズリは何を納得したのか泣き止み、僕をさらに上へと持ち上げた。


「あか~、あか~」


 今度はゆっくりと上下させられる僕の身体。これはもしや、赤ん坊をあやす時などに用いられるあれだろうか。もしかしてあれなのだろうか。

穴があったら飛び込みたい気分である。


「はい。良く出来ました。ではそろそろ降ろしてあげましょうか」


 アイラの言葉と下を指した小さな指に深く頷いたユズリは、やっと僕の身体を地面へと着地させてくれた。安堵の息と共に、身体を壁に預ける。


「なんでこうなるんだ?」

「日頃の行いが悪いからですよ」

「君さぁ、せめてもっと早く助けてよ」

「日頃の行いが悪いからですよ」


 ツンッとそっぽを向いたアイラに対し、僕が出来るのは深々と溜息を吐くことだけだった。


「し~う~」


 儚げに響いた声で反射的に身体がビクリと揺れる。

 恐る恐る顔を向けると、少女は人差し指を小さく咥えてこちらを見つめていた。まるで赤ん坊のように澄んだ瞳と先刻の出来事が混じり合って、背筋をゾクリと震わせた。

 純粋なる暴力ほど怖いものはない。


「どうした? ユズリ。朝っぱらから荒れてるなぁ」


 しかし、それはそれ。恐怖は必ずしも嫌悪と一致しない。彼女の暴走には必ず理由があり、そしてそれを向ける相手は彼女が適切に選ぶ。誰にでも、その思いの丈をぶつける訳ではないのだ。まぁ、僕が殴りやすいだけかもしれないけど、そう結論付けるのは精神衛生上よろしくない。信用される、というのは悪い気分じゃない。期待に応えたくなる気持ちは誰にも否定できないはずだ。まぁ、大抵、良い所はアイラに持っていかれるんだけど。


「泣いてちゃわかんないぞ?」

「う~」


 両手で目をこすりこすり泣きじゃくるユズリの頭をそっと撫でる。まるで幼稚園児のような振る舞いをする彼女だが、実年齢は十六歳。僕の一つ下だ。身長は百五十センチ弱。大きな瞳が彼女に実際よりも幼い印象を与える。後ろ髪は肩のところで横一線に切り取られ、前髪をイルカの形に縁取られたピンで留めている。しかし、彼女の髪型はクラスの女の子達の気分で日々異なったりする。この学校は男と女で制服のサイズが固定なので、ブカブカの半袖が七分袖のようになっていて、一見して遊び盛りの少年のようにも見えた。


 そして彼女は、言語がほとんど理解できないし、話せない。


 彼女の脳には言語野と呼ばれる部分がほんの僅かしか存在しないのだ。そのため、極々簡単な言葉しか彼女は扱うことが出来ない。例えば「シユル」という単語を彼女が表現すれば「し~う~」となる。その代わり、言語野ではない、他の部分が彼女の脳では驚異的に発達していた。それが運動野だ。ユズリの身体能力は間違いなく、人類の頂点に位置づけられる。産まれた時からそのような状態であった彼女は成長するにつれ、細胞レベルで人間の身体機能を凌駕してきた。鉄製の扉をいとも容易く破壊出来るほどに。


 粉々になった扉の横で無造作に横たわっていた物体に目を向ける。それは、全長二メートル超はあろうかと思われる巨大なハンマーだ。ユズリが癇癪を起した時に好んで使う物だった。

 不意に、そのハンマーが形を歪める。まるで度の合っていない眼鏡を掛けた時のように、まっすぐに伸びていたそいつが曲がる。宙に漂う微小機械、エイクズを用いた物質形変換が行われるとき特有の光景だった。

 数秒後、ハンマーであったモノは二メートルを超える巨躯を持った何かへと変化した。黄褐色に塗られた全身。角ばった腕、長方形の顔に、赤い二つの眼が申し訳程度に付着している。それは神話に登場する巨大な人形、ゴーレムの姿に酷似していた。


「おはよう。エムス。君も朝から大変だね。わがまま姫は今日も健在のようだ」


 見る者を否応なしに圧倒する巨人は僕の前で膝をつき、頭を垂れた。口の見当たらない、その巨体のどこから漏れているのか、彼は合成音声のような言葉を発した。


「申し訳ありません、シユル。俺が不甲斐ないばかりに」


 彼はアイラとは違って律儀な人工知能なのだ。


「いいよ、別に。ユズリだって僕が怪我しないように手加減してくれてるしね。一応」

「そんなもの、必要ないのですけどね」

「いや、君は手加減を覚えるべきだよ、アイラ」

 僕の心は君のせいでいつだって傷だらけだよ。

「そんなことよりエムス―――」

「そんなことじゃないからね。重要なことだからね」

「そんなことよりエムス。今日のユズリはどうしてこんなことに?」

 さらっと無視するなぁ。

「大したことではなく………ただ今日は、採血だったのです」

「ああ、なるほどね」

 いや、でもさすがにそれだけでは―――。

「加えて、その採血した研究員が(ささ)(みね)()()だったのです」

「「ああ……」」

 僕とアイラは同時に納得と諦めの息を吐いた。

「いっちゃんかぁ。それは仕方ないね」

「そうですね。あの方は先天性のドSですから」

「あれ、先天性なの?」

「そう考えるのが、妥当かと」


 僕の問いにエムスが応える。


「まぁ、確かに」


 僕らがいっちゃんと呼称する女性はここの一研究員だ。しかし、彼女の性格は独特であり、一言で言うならば、天然のサディストだ。実験体である僕らの扱いがそれはもう大変に酷く、そして、さもその行為がお互いにとって喜ばしいものであるかのように振る舞う。こちらが苦しんでいるという事実にすら気付かない、僕達からすれば非常に厄介な人種であった。


「そっかぁ。注射、痛かったか? ユズリ」


 僕のシャツの袖を引き千切らんばかりに握りしめていた女の子の頭を撫でつつ、訊く。


「あ~、うあ~」


 お互い、何と言っているのかは理解していなかったが、ユズリが他人に甘えたがっている事だけは把握できた。よしよし、とまるで妹が出来たような気分で彼女の背をさする。


「よく頑張りましたね。ユズリ」


 アイラがそう言ってユズリの頭上を滑空すると、キラキラと、黄金色の粒が舞った。


「あ~! お~!」


 それに対してユズリは敏感に反応し、空中の粒を掴もうと両手をパチパチと打ち合わせる。


「おお。すごいな、それ。どうやってやってんだ?」

「あなたに説明して、理解できますか?」

「う~ん。無理かな」

「知っています」

 今日もアイラに肝心なところを持って行かれた僕だった。



 朝っぱらからちょっとした面倒が起こったが、その後はどうにかユズリの機嫌も直り、本日も無事一日の授業過程を終えることが出来た。僕達は去年から学校に通い始めた事になっているため、単位の取得がギリギリなのだ。将来を考えることが許されるならば、必死こいて勉強しなくてはならない。などと、かくいう僕がこのクラスで最もやる気のない人間なのだけど。

 そんな怠惰で化石脳な僕でも、HR後に派遣教師が発した何気ない一言に対しては、敏感に反応せざるを得なかった。


「あっ、そうだ。言い忘れていたが、織原(おりはら)シユル、それと橋場美(はしばみ)弓削(ユズリ)、あと雛芥子(ひなげし)雪菜(ゆきな)の三名は惟良(いら)研究員が呼んでたぞ。この後、顔を出していくように」


 え?


「……いっちゃんが、なんだって?」


 誰にともなくそう呟く。


「どうやら、お呼びのようですね」


 心なしか、アイラの声にも元気がない。僕の身体感覚と感情は彼女も少なからず共有している。いっちゃんが苦手なのは一緒だろう。


「無視して帰るか」

「そうですね。そうしましょう」


 意見も一致したところで、僕は昼食を食べた後からずっと熟睡しているユズリを見る。そういえば彼女もいっちゃんに呼ばれているようだった。

 ユズリの後ろで彫像のように佇むエムスと視線をかち合わせる。僕が小さく頷くと、彼も同様に返した。こちらの意図は伝わったようだ。

 僕達四人(ユズリは寝たままエムスの肩に担がれた)は早々に帰路に着くべく席を立った。

朝、ユズリが完膚なきまでに破壊した扉を潜って廊下にで――――――。


「あっ、シユルちゃんみっけ!」


 唐突に自らの名を呼ばれて振り向くと、


「いっちゃん………」


 涙が出そうなほど、不運な自分を恨んだ。

 目の前にいたのは今、いや、一生を通じて絶対に会いたくない人間だった。

 くたびれて黄ばんだ白衣を纏う彼女。しかし、白衣の丈が長すぎて床にまで垂れていた。いっちゃんが大学を卒業したのは二年前。そして、この研究所に配属されたのは一年前だった。

 年齢は十一歳。

本来ならば初等教育を受けているはずの時期だが、何の手違いか彼女は天才だった。飛び級に飛び級を重ね、今に至る。


「ちょうどよかったぁ! 探してたんだぁ! ちょっとあたしのけんきゅ~しつ来てくれる?」


 お断りします。と声を大にして言い放ちたいところだったが、そんな事をしても今更遅いだろう。


「何の御用で?」

「てーきけんさと~、あともろもろ!」


 瞳を輝かせた女の子が(もたら)す恐怖は、鉄製の扉を容易く破壊する少女以上だった


「あっ、ゆずりんも一緒にね。エムちゃん、寝かしたままでいいから連れてきて」


 言われたエムスは一瞬、こちらに目を動かし、やれやれと首を横に振った。


「仰せのままに」


 皆一様、枷を嵌められたかのように重たくなった足を、彼女の研究室へと引き摺った。

 いっちゃんの研究室は地下二階にあった。研究の秘匿を目的としたのか、それとも他の利点があるのか、何にせよ研究施設としての機能はほぼ建物の地下に集約されていた。


「ささっ、みんな座って、座って。すぐにあったかいカフェオレちゃん、入れてあげるからね」


 まるで家に友達を呼んだかのように彼女ははしゃぐ。とはいっても研究室内は得体のしれない機材で埋め尽くされ、とてもくつろげるようなスペースではなかった。

 唯一、物に占領されていないソファに僕は腰かけた。エムスはその巨体から、座る所が見つからず、ユズリを担いだまま僕の後ろへ立った。


「ゆきなんもほら、シユルちゃんの隣にすわ―――」

「いや、あたしはここでいい」


 いっちゃんの言葉を無下に遮ったのは、僕やユズリと同じく彼女に呼ばれた、雛芥子雪菜というクラスメートだった。派遣教師の言葉を聞いて即座に帰ろうとした僕達とは異なり、彼女はいっちゃんの研究室前で律義に部屋の主の帰りを待っていたのだ。


「う~、遠慮しなくてもいいのに」


少女は少し寂しげに口を尖らせる。


「それで? いっちゃんは僕達に何の用が?」


 少し緊張しながら、少女の答えを待つ。


「ん~とね。とりあえず、シユルちゃんはいつものて~きけんさでしょ? もう一つは……」


 カフェオレを入れ終わったあっちゃんは喜び勇んでそれぞれの元へと持って行き、自分用の簡素な椅子に腰かける。


「エイクズ作動実験兼総合学会の開催について」


 口に含んだカフェオレがあまりに甘すぎたので、彼女の言葉を僕は聞き逃した。


「何ですか? それ」


 代わりにアイラが問いかける。


「今回が初めての開催だし、あたしもよくわかってないんだけど、なんかね~、研究発表会みたいなものらしいよ。各研究施設が寄り集まって成果を見せつける、みたいな」


 少女の言葉に僕は首を傾げる。


「? それなら毎年やってるんじゃないの?」

「普通の学会ならね。でも、これはちょっと違うみたい。研究員が集まって、なんかわちゃわちゃするやつじゃなくて~、研究成果を元に作られた物、実際に完成された製品がメインなの」

「……というと、研究機関のみでなく、母体となる企業同士の成果発表ということですか?」

「そうそう! アイラちゃんさっすが! 理解力ある!」

「いえ、あなたほどではありませんよ」


 アイラの浮かべた笑みは少し苦々しげだった。いっちゃんに褒められるということは、彼女がこちらに対して抱く関心が高まるということだ。必然、実験体としての仕事も忙しくなる。アイラにとってはかなりやり辛いだろう。彼女が口を噤む気配を察し、その後を引き継ぐ。


「でも、それって僕らに何か関係があるの? 僕らは別に製品でも何でも――――――」


 そして、早速僕は自分の言葉の間違いに気がついた。


「なに言ってるの~? アイラちゃん達はあたしたちの母体きぎょー『ライトジーン社』の目玉しょー品だよ~?」


 事も無げに少女はそう言った。商品、製品、どちらも『人』には縁の無い、あるべきでない、言葉だ。


「それに~、シユルちゃんだってあたしたちが遺伝子改造してあげてる訳だから、技術の広告としては最適だよね~」


 ………広告、ね。俳優気分でやれれば、気が楽だろうな。

 質量の大きな静寂が場を占める。楽しげに笑う少女の他は、視線を落とし、どこからか迫りくる暗い感情から目を逸らしていた。


「あれ? みんなどうしたの? も、もしかして、カフェオレおいしくなかった!? お砂糖入れすぎだって良く言われるんだけど、でも、そっちの方が甘くて幸せな気分になれるし……」

 まぁ、苦いよりマシだと思うかな。

「つまり、その実験か学会かよくわからない催しに僕らも参加しろと、あっちゃんはそう言いたいってことだよね」

 とりあえずカフェオレの話は抜きにして話を戻す。

「あっ、そうそう! つまりそゆこと! ちなみに評価方法は『戦と~形式』だから。医療チームがあるから死ぬことは無いと思うけど、気をつけてね」

「え?」


 死ぬことは、ない? それが、最低?


「最近、隣国の武力強化が激しいから、お国の方も結構焦ってるんだろうね~。だから世界トップクラスの技術力を持ったこの街に期待してるみたい。核に次ぐ軍事力の底上げにやっきになってるのかもね~」

「ちょ、ちょっと待ってよ。戦闘形式って、相手がどんなのかもわからないのに!?」

「う~ん。でも、今回はスペースの都合で地上戦限定らしいし、戦闘機とかは出てこないと思うよ。あと、有人は少ないと思うな。あってもパワードスーツぐらいだし」

「いや、パワードスーツぐらいって、それだって生身の僕らが戦える相手じゃないだろ!?」

「え~? そんなことないよ。だってシユルちゃん達はあたし達の技術の結晶だもん。機械が相手だって絶対負けないよ~」

「でも――――――」

「それに、言ってみれば、シユルちゃんもエイクズで構成された半人半機械じゃない~? 一緒だよ~」


 一緒だよ~。彼女の言葉が部屋と、ついでに頭の中で反響する。


「それは……僕が、部屋に散らばっているこの物体とさして違わない、ということ?」


 胸の奥で渦巻く歪な獣をどうにか抑え込み、しかし、その残滓のようなものが、僕にそう告げさせる。


「ん~? それはちょっと違うかな。そもそも最近の機械という言葉は抽象的に過ぎて、言語としての価値を失いつつあるかも。自分で言っといてなんだけど、訂正するね。シユルちゃんは実存する有機体の中でもエネルギー効率が優秀だから、戦闘という面において、そんじょそこらの鉄塊に引けはとらないよ、ってこと」

「………そう」


 僕はため息を一つ吐いて、ソファに深く体を埋める。

 どこかムキになってしまった自分が虚しくなってきた。いっちゃんとの会話はいつもそうだ。表面上での言葉のやり取りは可能だけど、いつの間にか論点がずれてしまっている。決して進むことのない海の中を、必死になって泳いでいるような気分だ。


「どっちにしても、このイベントはきょ~せ~参加だから、辞退することはできないよ? 企業としてのメンツもあるしね~。開催は一週間後だから、それまでに色々準備しといて」


 いっちゃんの言葉に異論を唱える者は誰一人いなかった。僕らに決定権などない。やれと言われれば、結局のところやるしかないのだ。


「じゃあ、シユルちゃんはそろそろて~きけんさやっちゃおうか。ゆずりんとゆきなんはもう帰っていいよ。また明日ね~」

 いっちゃんにひらひらと手を振られた彼、彼女らは口を開くこともなく、静かにその場を後にした。


「………ムフ、グフフフッ」


 不意に俯いた少女の口から怪しげな声が漏れる。


「………いっちゃん、君、随分と気味の悪い声を上げてるみたいだけど?」

「シユルちゃん、やっと二人きりになれたね」

「は?」

「じつは~、今日、こんいにしている研究所の先生から、試験段階の新薬を預かってたりして~?」

「………へ、へぇ? ところでいっちゃん、これからやるのはいつもの単純な定期検査、なんだよね………?」

「もちろんだよ~? でも、いつもと違ってちょっと目眩がしたり、ちょっと身体が熱くなったり、ほんのちょっとだけ気分が悪くなったりするかもね~?」


 影の入った彼女の笑顔に、どんどん深みが増していく。


「いや、ちょっとって、それは―――」

「今日もシユルちゃんのおかげで~、人類のえいちが一歩、先に進むんだよ~? 嬉しいでしょ? ね? ね~?」


 自分の身長の半分程しかない少女に迫られて、身を引く。しかし、簡素な造りの堅いソファは僕をそれ以上逃がしてはくれなかった。


「シユルちゃん。今日は~、どこにお注射されたいかな~?」


 少し泣きそうになった僕は、鉄製の扉は無理でも、甘すぎるカフェオレの入ったカップぐらいは、壊してやりたい気分になった。


驚くほど話の進みが……。無能ですみません。

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