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I・R・A  作者: こじも
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一章 マリオネットの生態

 今日も僕の頭はうるさい。

 トンカチがあるなら叩き潰してやりたくなる程だ。痛そうだからそんなことしないけど。

 僕というモノは本当に一人の人間なのだろうか。

 人間であることはたぶん、確かだ。しかし、一人かと問われると、首を捻りたくなる。なぜなら、僕の決定に反抗するもう一人の僕が必ずと言って良いほど現れるからだ。

 例を上げよう。例えば、朝八時、どこか昼間よりも透き通っているように感じられる日差し。柔らかな温もりに瞼を弄ばれながら思う。あと二時間寝よう、と。するとどうだろう? その思いに呼応するかのように、もう一人の僕が出現するではないか。そしてこう言うのだ。


「シユル、シユル。起きてください。起床時間を五分超過しています。いい加減にしないと、また遅刻です」


 小粒な声が耳の奥に響く。僕はハエの羽音を煩うかのように寝がえりを打つ。


「………良いのですか? あなたがその気ならこちらにも手がありますよ」


 う~ん。そんなこと言われても屈しない。僕は屈しないぞ。睡魔にはすでに屈しているけど。

 眉間に皺を寄せて、強く目を閉じる。


「そうですか。残念です、シユル。長いようで短い付き合いでしたね。縁があれば、また……」


 いや、さすがにそれは大げさ――――――。


「あだっ! あだだっ! あだだだだっだだだだだだだああっだだぁ!」


 顔! 顔面! 顔面が痛い!

 いや、熱い!? これあっついのか!? いや、いやいや、どっちでもいい! 苦しい、苦しい! もう、苦しい!


「起床プログラム、モード・クロックからエターナルスリープに移行しました。どうぞ、安寧たる眠りをご堪能ください」


「安らかじゃない! 全然安らかじゃないよぉ!? 起きる! 起きるから! 許して!」


 息も絶え絶えながら、そう告げる。それでも迷っているらしい、『彼女』に対して、僕は朝っぱらから盛大な土下座をかました。


「仕方ないですね。今日のところは許してあげましょう。次は無いと思ってくださいね」


 まるで夢であったかのように、痛みが消える。しかし、小さな微笑みを浮かべる目の前の表情は僕の全身に否応なく鳥肌を立てた。

 『彼女』の正式名称は「I‐003‐RA」。通称、IRA(アイラ)。身長は30㎝弱。体重は……今は500g程度だろうか。それは処理内容の負荷により時々異なる。

 手の平の上に容易く立つことの出来る身体。この世のものではないかのように透き通ったパールホワイトの肌。東洋人にはあまり見られない高い鼻に、ブルーの瞳。そして極め付きはその背に生えた、半透明の羽だ。彼女はその羽をパタパタと動かしながら、浮遊を開始する。僕の顔面を痛めつけていた自身の機能を分解し、自重を減らしたのだろう。薄青のドレスを見事に着こなしたその姿は例えるなら、そう、まさに妖精のようだった。

 パッと見は、ね。


「僕の顔に何をしたんだ? まだヒリヒリする」


 頬をさすりさすり、問う。


「エイクズに蓄電されていた電荷を集積し、あなたの顔面に放電しました」


 街全体に散布された微小機械、エイクズはこの部屋の中にも満ちている。


「………つまり、僕の顔面にめっちゃ電気流してみた、と?」

「そういうことです」

「いや、さらっと言うことじゃないからね、それ。空気中に蓄えた電気を人に向けて放出するのは禁止事項だからね。いや、というか常識的に危ないよね。良くないよね。わかる? わかるよね。お願い、わかって」

 

 素知らぬ顔で頭の上をからかうように浮遊する妖精に懇願する。


「私、人間じゃないです。人間の決め事、ご存じない」

「いや、人工知能の君だって規定には含まれてるから。知らないわけないでしょ」

「人間の言葉、ちょっとちんぷんかんぷん」

「ちょっとちんぷんかんぷんって何だよ。確かに君、言葉ちゃんと使えてないよ!」


 何にも、わからんのです~。などとほざきながら僕の言葉を無へと帰す彼女に対して大きく一つ、溜息を吐く。


「そもそも、悪いのはシユルです。最近のあなたはだらしなさ過ぎです。これぐらいしておかないと、今日も明日も明後日も、あなたが遅刻していただろうことは容易に想像できます」

「そ、そんなことは、ないんじゃないかな」

「大アリです。現に今、すぐに着替えを開始しなければシユルは遅刻してしまいます。私の努力は無限の彼方へと虚しく散ってしまうのみ。なんと悲しいこと………こらっ、着替える暇があるなら私の話を聞きなさい」

「どっちだよ!」


 わがまま過ぎるだろ。


「どっちもやるのです。あなたほど神からの寵愛を(たまわ)って生まれ()でた存在ならば、そのようなこと造作もないはずです」

「な、なんだよ急に、照れるな」

「プッ」

「笑ってんじゃねぇよ!」


 毎日、飽きもせずに僕たちは悶着を繰り返しながら、こうして朝を迎える。

 二人で………という表現が正しいのかはわからない。アイラは人ではない。人であろうともしていない。彼女は、彼女だった。

 僕とアイラが世に生まれ出でたのは刹那の狂いもなく同時だ。女性の卵巣に存在する卵子。その卵の中にアイラは注入された。原子レベルのパーツで組み上げられた最小の集積回路、その集合体として。

現在、空気中に酸素と同じ密度で散布されている機械、EICS(エイクズ)(End of integrated circuits)と呼ばれるその微小集積回路と僕の体は奇跡か、それとも綿密に計算されたものなのか、何にせよ、融合した。

 機械の混じった脳を共有する二つの人格。完璧、完全なる人工知能の誕生だった。

 コンピュータが創造されて数十年、初めて、人と同じ思考能力を持つ機械(マシン)が完成したのだ。

 僕達は一緒に生まれ、一緒に育ってきた。それは家族のように深い絆で――――――。


「シユル、遅すぎです。もし、亀の足を持った豚が居ても、あなたのようにノロマではないのでしょうね」


「はいはい。すみませんね」

 

 まぁ、そんな訳ないか。



 

至らぬところばかりで、展開も遅いですが、感想など頂ければ幸いです。

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