〈3-1〉
時間は少し遡る。
燃え盛る部屋を後にしたハラリスたちは、公園に来ていた。ビルばかりが建ち並ぶその街では意外な程に空間をとられた場所だった。名前は『○×公園』。実に分かりやすかった。遊具らしい遊具は見当たらない、本当に芝生とループ、銀に輝く謎のモニュメントだけの区間。芝生では少年たちが玉遊びに興じており、ループでは老若男女問わず、多くの人がランニングをしている。そこにある大きな円形テーブルにハラリスたちの姿があった。
「子供が笑える国は善い国です。案外、地獄というのは悪くない場所なのかもしれませんね、ハラリス様」
カムイははしゃぎ回る子供たちを遠目に見ながらそう言った。それは確かにカムイの本心ではあったが、しかし、別に心から今言いたくてそう言った訳では無かった。問題は、今、このテーブルの空気が大変悪いことにあったのだ。
「ごめんなさいねカムイ。子供は好きだけど、今はそういう気分じゃないの」
ハラリスはそう言って目もくれない。その目線はただ、正面の男に向けられていた。
その男は泣きじゃくっていた。黒いマントに身をつけた一端の男性が、公園のテーブルで女性に見つめられながら嗚咽する姿はそこはかとなくシュールな光景であった。何故彼がこれ程の仕打ちを受けているのか。それを説明するには、もう少し時を戻す必要があるだろう。
東京都の○×区。時刻は午後4時半。
明日から春休みであるというのに、その暗い室内からは全くと言っていい程に春らしさを感じる事は出来無い。締め切った黒いカーテン。棚並ぶインチキ臭い小物と、通販で買ってきた魔道書の数々。彼、八凪 守は黒魔術の研究に没頭していた。親が大手芸能事務所の重役であった彼は、高校の授業にもまともに出ずに好きな黒魔術の研究ばかりしていた。親が昔買った古家を借り、そこで一人暮らしをしている。勿論、生活に必要な資金は全て仕送りで賄っていたし、それとは別に小遣いまでもせびっていた。彼自身、恵まれている、甘えている自覚はあったが、「それを治す気は?」と言われれば、そんな気はさらさら無かった。
守には大好きな物があった。しかしそれは、黒魔術ではない。善いか悪いかはさておき、これ程までに打ち込んでいるにも関わらず、守にとって黒魔術とは好きでやるものでは無かった。
それは手段であった。守にとって、黒魔術の研究とは自身の夢の為に磨いている技術であり、それをなすのに必要と判断した、あくまで手段であった。
では、彼の大好きな物とは何か。
それは『アニメ鑑賞』であった。
高校生にもなって好きな物がアニメとは……、などと思ってはいけない。
彼にとって、アニメとは単なる絵ではないし、ただの娯楽でも無かった。
幼少の頃より、彼の周りには人が寄って来なかった。彼は人付き合いがそれ程好きな訳でも無ければ、上手な訳でも無かったからだ。小さい頃は毎日のように絵本やお絵かきに没頭していたように思える。その中でも一番好きだったのが、よく覚えている、土曜の朝にやっていたアニメだった。悪の組織が人々を傷つけようとすると、正義のヒーローが颯爽と駆けつけ退治する。今から思えば子供騙しの凡作ではあったが、それは守にとっての切っ掛けとなった。それからは色んなアニメに目を通すようになった。高校に上がる頃、彼の興味を一番引いたのは深夜にやっているラブコメアニメだった。
煌びやかな学園生活、巻き起こるドタバタコメディ。
何よりも登場する女の子たちの可愛いこと。
その頃には、彼が大金持ちの長男である事は知れ渡っていた。だから彼の周りには不自然に人が集まって来た。皆、彼を褒め称え、彼に好意をもった素振りを見せる。しかし、守には分かっていた。彼らが見ているのは『守』では無く、『八凪』だという事を。その頃にはより一層アニメを見ていた気がする。それは現実からの逃避とも取れたが、少なくとも、守にとっては帰着であった。アニメのキャラクターは嘘をつかない。アニメのキャラクターは自分を裏切らない。そこは心地よい場所であったし、決して汚されない彼の聖域でもあった。
そんな彼を一際夢中にさせたのが、『魔王候補のお姫様』という作品だった。魔界の第三王子である主人公を中心に巻き起こるハーレム物で、その中に出てくるはぐれ天使の『エーリア』というキャラクターが彼の心をしかと掴んだ。長く鋭い銀の髪や気の強そうな釣り目。主人公の事が好きなのに何時も強く当たってしまう所や、種族の差に悩む所なんかが、守の心にはグッと来た。単なるツンデレヒロインには収まらず、エーリアは様々な仕草を見せてくれる。
一期のラストで、彼女が天使である事を打ち明けるシーンなどは号泣ものであった。
その作品は中々に人気が出て、来期からは三期が始まるらしい。登場人物もヒロインたちも今では随分と増えたが、それでも守はエーリア一筋であった。
でもそれは、あくまでアニメの話。三十分を観終われば、そこはまた現実の世界だ。親の為にも高校は行かなくてはいけないが、そこではまた、あいつらと合わなくてはならない。
彼は思った。
『エーリアに、会いたい』
科学技術が発達して、三次元的な映像処理が可能になっても、そこにいるのは設定された事を話す映像だ。そうではない。アニメの世界とはそうでは無いのだ。
守にとって、アニメとは『窓』であった。
あらゆる可能性を探し出し、『そうある世界』を映し出す窓。そこで起こっている事は全て何処かの次元、何処かの世界で起こっている事であり、彼らがいる世界は何処かに存在している。
彼らは生きているのだ。その姿を、自分は『アニメ』という『窓』を通して見ているに過ぎない。守はそう思っていた。だから、本物のエーリアがそこにはいるはずだった。
科学技術が発達して、宇宙を構成する素粒子の数が解明されても、それで異世界に行けるわけでは無い。ならばどうするべきか。一番その場所に、エーリアの元に辿り着けそうな方法は何だ。
科学ではダメなら……『魔術』か。
そうして彼は魔術の研究に取り組んだ。それこそ血を吐くような想いで。学校での無味無臭な生活を終えると、彼は一目散に帰宅し、研究に取り掛かる。あらゆる関係や接触を避け、高校生活の全てを捧げて取り組んだ。
そうして今日、彼は辿り着いた。
一つの魔術に。
三部屋にも及ぶ魔法式を床に書き込む。
肩で息をしながら、彼はそれを見つめていた。
「これさえ成功すれば、エーリアに会える。僕の……、エーリアに……!」
魔法式の中心。サークルの中にはエーリアの写真と限定モノの等身大フィギュアを置いた。これを寄り代に彼女の存在をコチラに引っ張り込む。そういう式になっていた。
「いくぞ…………、守!!」
魔法式に最後の一項目を書き込む。その瞬間、身体中から何かが染み出していく感覚に陥る。まるで命が直接削られていくような、そんな感覚。全身からかいたことも無い汗が吹き出る。明らかに異常な現象だったが、守にとっては正常であり、同時に奇跡でもあった。
(間違いなく、式は成功している……ッ! 後は、僕が耐えるだけだッ!!)
魔法式が光を放ち、目の前が次第に真っ白になっていく。それが自身の意識が薄れていっている事だと気づくのに、時間は掛からなかった。
しかし、守は止めなかった。彼の夢は今、そこまで来ていたのだから。
血が出る程に歯を食いしばり、耐える。それすらも出来無くなった後は、根性だった。
「エェェリアァァァァァァァァ!!!」
そして――――、彼の魔術は、形を成した。
何処からともなく現れた煙。その中から出てきたのは紛れもなく、彼が愛した『エーリア』だった。
「ケホっ、ケホっ……。何処、ここ?」
「……やっ……た……?」
その姿を見た時、彼の身体は勝手に動いていた。既に疲労はピーク、その場で倒れてもおかしくないというのに、それでも彼の身体は動いた。
「エーリア!!」
気がつけば、守は彼女を抱きしめていた。
「え? ちょっ?」
彼女が自分に何かを伝えようとしている。だけど今、言葉なんて一体どれ程の意味があるって言うんだろう。守はより一層強く彼女を抱きしめた。
「今は何も言わないで、エーリア」
「いや、あの……」
「君に会うために、僕、頑張ったんだ」
「は、はぁ……、そうですか…………」
「愛しているんだ。エーリア……」
「取り敢えず離そうか」
そう言って、彼女は守を突き飛ばした。元より疲労困憊。いともたやすく彼の身体は倒れこむ。しかし、その顔は笑顔そのものだった。
(この感じ。間違いなく僕の知るエーリアだ……。僕だけの天使が、今ここに……)
ただし、それを見るまでは……。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「ッ!?」
煙の中から、なんと見知らぬ別の男が現れたのだ。
「姫様? どうなさいました?」
「聞いてよカムイ。私が美人過ぎるせいで、地獄に来て早々見知らぬ男に告白されたんだけど……」
「……姫様の場合、顔は整っているが心は芋、というのが正解ですね。その方も姫様と二日も共にいれば、考えが変わるかと……」
「あんた、シャーベットにされたいの……?」
「いえまさか。自分は『姫様の顔は確かに美しい』と申しておるのですよ、はい」
守の肩は震えていた。寒いからでも、怒っているからでも、疲れているからでも無く。
ただ、恐ろしかったから。
あのエーリアが、見知らぬ男を連れている。
「ほら見てよ。あいつなんだけどさ」
「指を指すのは失礼ですよ? いやしかし。これはまた、偉く痩せこけた御仁ですな」
あのエーリアが、男と仲良く話している。
自分も知らないような男と、親しげに話している。
声が、出なかった。
「て言うか、地獄って言葉通じるのね。驚きだわ」
「まぁ、繋がっても仕様がない場所に転移門など置かないでしょうし、当然と言えば当然ですね……。さぁ御仁、手を貸しますので、どうかお掴みください」
「あ……、あ……」
言われるがままに手を取り、立ち上がる。自分よりも遥かに高い身長。自分より遥かに整った顔立ち。自分より遥かに近い……彼女との距離。
「さて御仁。私の心からの進言です。お嬢様は止めておいた方がよろしいかと。私、幼少の頃よりお仕えしているカムイと申しますが、衣食住を長年共にし、悟っております。あの方は止めた方がよろしいです」
「衣食住を共にした!?」
「はい。幼少の頃から。何せ見ていないと寝室からでも逃げ出すお方ですので、お目覚めになってから、再び寝付かれるまで、常に一緒におりました」
「寝室!? 寝付く!?」
「昔は着替えさせるのも一苦労で、暴れまわって大変でしたねぇ……」
「着替えさせる!?」
「それに姫様には既に結婚相手が決まっておりますので、今から立候補というのは、少々厳しいかと」
「…………」
守は既に、息も絶え絶えだった。元より身体が丈夫な方では無い。ただそれでも、彼女の為だけにここまで来た。決して折れない精神力だけで、彼女まで辿り着いたのだ。
「……ん?」
気がつけば、守は再び彼女の下まで歩いてきていた。拙い足取りで、少しずつ、少しずつ。
そうして彼女の肩を掴み、口を開いた。
「……あの」
「え……、何?」
彼女には、既に結婚相手がいる。そうでなくても、彼女をずっと見てきた男がいる。へし折れそうな程に辛い現実。それでも、それが彼女の幸せなら、それが惚れた女の幸せなら、それは自分にとっての幸せにもなる。本当はそれでも我慢出来無いぐらい辛いけど、もしも彼女が結ばれる相手があの主人公なら、自分だって、身を引こう。あいつなら、きっと彼女を幸せにしてくれるはずだ。もしもそうでなかったとしても、さっきの男がいる。彼ならまだ納得出来る。自分より遥かに格好いいし、物腰も柔らか。丁寧で上品だし、何より彼女の事を大切に想っている事が、先程の会話からだけでもありありと伝わってきた。長年彼女を見守ってきた彼の中には、彼しか知らない彼女がいるのだろう。
「君の……、……結婚相手って……?」
「あぁ、カムイから聞いたの?」
「全然知らない奴よ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「えぇ? 何、何!? どうしたの!?」
「どうなさいました!?」
「いや、分かんない。いきなり叫び出して……」
その瞬間、守の中で、何かが弾けた。
「何 な ん だ よ ! !」
「「ッ!?」」
「君の為に、どれだけ必死にやって来たと思ってんだよ! 画面に映る君が愛おしくて触れたくて、ここまで頑張ったんだよ! クラスの女子だって、正味な話カワイイんだよ! それにどれだけ迫られても断ってきたのは君の為だったのに! それが付き合ってもいない男と衣食住ともにして、挙句の果てに結婚!? 巫山戯んなよ! 僕の青春は何だったんだよ! それでも耐えたよ! その相手は主人公なんだろうって。そうでなくても、そっちの男なんだろうって! それならまだ納得できんだよ! 『フラグ……、建ってたもんね』ってなるんだよ!! それが知りもしない男って、どういう事だよ!?」
もう自分でも何言ってるのか、よく分かっていなかった。ただ、この胸にあるものは今出してしまわないとダメだと思った。
「あの御仁。一体何を怒っていらっしゃるのでしょうか?」
「全然分かんないんだけど……。これって、私が怒られているんだよね?」
「そこッ!! 切れてんだからイチャイチャすんなや!!」
「「ッ!?」」
一度吐き出された想いは次から次へと、沸々と湧き出るように止処が無かった。
「言いたい事は山ほどあんだよ! アニメでの君はあんなに初だったろ!? 男慣れなんか全然してませんって感じで、主人公と手が触れただけで取り乱すような女の子だったろうが! はっきり言って滅茶苦茶あざとかったけど、それ以上に可愛かったよ! それがなんで恥じらいもせずに会話してんだよ! 僕さっき抱きしめたよね!? あそこは緊張して口が回らないぐらいが君なんじゃないのかよ!? どれだけ脳内リハーサル繰り返してさっきの台詞を言ったと思ってんだよ!! がっかりだよ!! これ見てよ! 僕が描いた君のイラスト! これ見て練習だってしたんだよ! 君もこういう顔をしてくれなきゃ困るんだよ!!」
そう言って懐から二~三十枚の紙切れを放り投げる。そこには様々な表情で照れる女性の姿があった。
「うわ、これ私じゃない!? 何で何で? 私って有名なの!?」
「天界ではある意味轟いてはいますが……。本当に似てます。よく出来てますねぇ」
お互いが拾った紙を見せ合うその姿に、守のテンションは最高潮にまで上がる。
「大体おかしいだろ! なぁ、おかしいよなぁ!! 何で一度も出てこなかったオリキャラなんかと一緒なんだよ!? なんでそんな奴に幼馴染属性が付いてんだよ!? そこからしてまずおかしいだろ! そんなもん、下手な同人誌レベルだろうが!! エロでもなきゃ買わねぇレベルの話だろうがよぉ!! ッ!? そうか、あれか! 男なら何でもいいってか!? 糞が! ビッチ! ビッチ!! この腐れ【ピーッ】が!!」
「あ? おいコイツ今なんつった?」
「ひ、姫様落ち着いて。貴方も。何があったかは知りませんが、そのくらいで……」
「うっせぇこのヤ【ピーッ】ン野郎が! どうせもう擦り切れるぐらいヤってんだろ!?」
「えぇ酷い!? 私は決してそのような……。ていうかまず、付いてませんし……」
「ツイてない? 十分ツイてんだろうが!! 代わって欲しいぐらいだわ! はッ!? そうか代わってもらえばいいんだよ!! そんだけビッチなら、後一人ぐらい増えたっていいよなぁ!! 僕もお願いしてもよろしいですかねぇ、ビッチさんよぉ!?」
そう言って守は二人の元へと歩み寄る。ギラギラとした瞳がハラリスを捉えている。
カムイは不安に駆られてそわそわしている。
ハラリスはと言うと、無言で俯いたまま、肩を震わせていた。
「ほうらどうなんだよぉ、ビッチさんよぉ! どうせもう、数えらんねぇぐらいの奴と寝てんだろ? だったら、僕一人増えても問題ないよなぁ!」
「…………せ……」
「あぁ~~? 聞こえねぇんだけど。なんつったんだよ、ヤ【ピーッ】ン女ァ!?」
「死に晒せぇぇ、こんガキァァァァ!!!」
「ぶっふァァァ!!」
目にも止まらぬその拳は的確に守の左頬を捉えると、一切の抵抗を許さずに殴り抜けた。細いとは言え男の身体が宙に浮く。そしてそのまま壁の端まで吹き飛ぶと、その黒い塊はくぐもった声を上げてのたうち回った。ハラリスはそこに向かって近づき、男の髪を掴んで引っ張り上げて胸ぐらを掴んだ。
「この私がビッチだぁ? じゃあ手前ぇはピッグかこの家畜野郎!」
「お前なんか、僕のエーリアじゃない! お前なんか――――、グッファァ!!」
守は何かを言いかけるが、それより早くにハラリスからの追撃が入る。情け容赦なく、守の顔は腫れていった。既に痛みは無かったが、自分の顔が自分のものでは無いような感覚に陥っていた。
「誰が『喋って良い』って言った? お前は家畜だろうが、あ?」
「……ッ、……」
守は泣いていた。
もう全ての事が悲しくて。
だから全ての事に、泣いた。
「私たち、これから帰んないといけないんだけどさぁ、まずはここの正確な場所が知りたいわけ。分かるわね?」
その問に、守は無言で頷いた。顔いっぱいに涙を流し、噛み締めながら頷いた。カムイも、ハラリスが殴ったことは仕様がないとしても、これだけ早くに立て直すとは思っていなかった。それだけこの最後の冒険に対する想いがあるのかと、自分の主に対し感心していた。
「いい子ね。じゃあ教えてくれる? ここは一体、何処なのかしら?」
守はグシグシと顔を袖で拭い、ハラリスの目を見て言った。
「……東京都――――、ヘブシッ!!」
「ちょっ、姫様!?」
「誰が『話して良い』って言ったよ家畜野郎が! あぁん!?」
守が何かを口にするが、またもやハラリスからの追撃が入る。自分で訊いておいてあんまりな諸行ではあるが、それを善しとする程にハラリスの胸中はイラついていた。
「大体なぁ、私の名前はハラリス・ライトドット。そのエーリアとかいうのとは全くの無関係なんですけど」
「ちょっとやり過ぎですよ、姫様」
「カムイは黙ってて! 言っとくけどね、仮に私がそのエーリアって奴だとしても」
「……ッ!」
「お前なんか、眼中に無ぇよ?」
「ああぁぁぁあ…………、ああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」
その一言は守の心は空っぽにした。そうして真っ白になった心の中で最初に湧き上がってきたものは、現実への帰着。夢が覚めた音。頬を伝わる温度の速さ。ただ零れ落ちるその色が、彼の心を染めていく。意味はもう分からない。ただ無性に、涙が出た。
「えげつない……」
「いや、今の私は切れていい。いきなりの告白で逆ギレビッチだよ? 殴るでしょ?」
「それはまぁ、そうですが……」
カムイはチラリと横目に見る。ハラリスに胸ぐらを掴まれ、呆然とただ涙を溢すその姿は流石に少し痛ましい。恐らく彼にとってエーリアという人は、理想であって、夢だったのだろう。
しかしハラリスはそんな事を気にする素振りもなく、再び守を引き寄せると、顔を近づけ訪ねた。
「それで? もう殴りはしないからさ。教えてよ、ここは何処なの?」
守は何処か観念した面持ちで、ゆっくと口を開いた。
「……東京都の○×区で――――、グッハァァ!!」
「姫様!?」
「誰が『口を開いて良い』って言った? この家畜野郎」
またもや守の言葉が遮られる。しかしハラリスは確かに殴らなかった。
…………頭突きはしたが。
どちらにせよ、仮にもお嬢様と呼ばれる者のやることでは無いのは確かだった。
と、まぁこんな感じで三人は出会った。
守からすれば、青春をかけた奇跡の成就が自身の愛を打ち砕き、ハラリスからすれば知りもしない輩からいきなり抱きつかれて告白され、挙句の果て訳も解らぬ内に淫売呼ばわり。
両者とも、最悪の印象で出会ったわけである。
それではまた、時間を戻そう。