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魔王候補のお姫様  作者: B.A.R
第一章 『虚仮の一念』
8/24

〈2-3〉

 「へへ、いいじゃんか」

 「だからっ……、離せって言ってんだろ!」

 男たちは次第に彼女たちの身体に迫っていく。

 「誰か! 助けて下さい!」

 そう言って周りに助けを呼ぶ彼女らの目に、サラリーマンらしき男が映る。その男は事態の異変に気づいたようで、ポケットから携帯を出した。しかし――――

 「おいおっさん。何してんだよ、コラ!」

 男たちの一人が怒鳴り声を上げると、顔を伏せ、まるで何も見ていなかったかのように立ち去ってしまった。

 「そ……、そんな」

 「ほら、さっさと行こうぜ」「別に遊ぶの慣れてないわけじゃないんだろ?」

 男がそう言った時、後ろから何かが弾ける音と共に『もの』が飛んできた。それは大きく、男は思わず前のめりに倒れてしまう。

 「痛ってぇ……。なんだよ、おい!」

 思わず後ろを振り返ると、そこには男の仲間の姿があった。ただしそれは見覚えのあるものとはかけ離れており、前歯が粗方吹き飛び、鼻も折れて血が吹き出している、見るも無残な姿だった。

 「おい! どうした! 誰が一体!?」

 仲間が尋ねると、その男は朦朧としながら指を前に突き出した。その方向に目をやると、少女たちと一緒にいた男――――コルトが、何かを握って立っていた。


 「手前ェがやったのかコラァ!!」「死にてぇのか!!」

 男たちは懐に手を伸ばすと、中からそれぞれナイフを取り出す。その切っ先が鈍く光り、見ていた通行人たちから声が洩れた頃、コルトは口を開いた。


 「それがお前たちの全力なら、やめておけ……」

 コルトはそう言って手を広げると、先程から持っていた何かを男たちに見せつけた。

 それを見た瞬間、男たちから血の気が失せる。先程までのニヤついた顔など何処にも無く、ただ口を開いたまま、それを凝視していた。コルトの持っていたもの、それはナイフであった。先程自分の腹部に向かってあてがわれていた、人を刺す凶器。ただしその刀身は全体に及ぶ亀裂と損傷によってバキバキにへし折られている。複雑に反射するその物体は、どこか美しかった。


 「死にたくないだろ? さっさと失せろ」


 コルトはそう言って、それを男たちに向かって放り投げる。金属が当たるカリンといった高い音が辺りに響いた。観客たちも、少女らも、それをただ呆然と見つめている。男たちも冷や汗にまみれていたが、その中の一人が叫んだ。

 「ふっざけんな! どうせ手品か何かだろうが!」

 仲間の目からしてもそれが引っ込みがつかなくなった唯の虚勢である事は見て取れたが、彼を止める事も出来ないぐらい、その状況は男たちの身体を釘付けにしていた。

 「仲間がやられて黙ってられるか!」

 男はナイフを構え、コルトに向かって走り出す。

 「死ねやぁぁ!!」

 少女らは目を背け、観客たちからは悲鳴が聞こえる。

 次の瞬間起こる出来事に、誰もが目を背けようとした。



 しかし――――

 「な……っ!?」

 カランという音が鳴る。男の持ったナイフには刃が無く、見れば、足元にそれであろう物がゴミのように落ちている。男は絶句し、後ろに後ずさった。


 コルトは手の平を突き出していた。ただ、それだけをしていた。

 そこには小さな傷が少しつき、雨粒ぐらいの血が、申し訳程度に滲んでいる。

 誰も彼もがその光景に言葉を失い、目を見開く。

 コルトはその手をそのまま握り、少し後ろに下げると、そこから一気に振り抜いた。

 もう柄だけになったナイフを握っていた男の顔に、コルトの拳が突き刺さる。男の身体は足を軸にまるで振り子のように折れ曲がり、地面にヒビを入れる程の威力で薙ぎ倒される。男の顔は先程の者同様、酷い有様で、コルトが流した何倍もの血を吹き出していた。


 「さっさと失せろ。死にたいのか?」


 それから男たちが逃げ出すのに、二秒と掛からなかった。




 「凄いよコルトさん!」

 先程の出来事から少し経ち、コルトたちは路地裏を歩いていた。彼女らに「なるべく早く現場から離れた方が良い」と言われたので、それに従ってそこを離れたのだ。コルトはというと、折角街の探索が面白くなってきたというのに下らない邪魔が入ったと、少し落ち込んでいた。

 しかし彼女らはというと、反対に元気一杯である。先程の事から興奮覚めやらぬといった感じで、ずっとコルトに対し質問責めを繰り返していた。

 「なんであんな強いの!?」「ナイフはどうやったの!?」「コルトさんって一体何者なの!?」

 「…………」


 コルトには、今ひとつ分からなかった。何故、彼女たちはこんなにも騒いでいるのだろう。寧ろ、あんなチンケな物で戦いを挑んでくる種族がいることに驚きだった。あんな魔力で強化もされていない刃物、軽い肉体強化をするだけで防げてしまう。先程の『ケイタイ』なる物には感服したが、それにしてはお粗末な話だ。この種族は、生活に関する技術には目を見張るものがあるが、それ以外はからっきしのようである。

 いやもしかすると、この種族は魔力を殆ど持たない種族なのかもしれない。だからああいう少量の魔力で動く道具の開発が進んでいるのに、基礎的な強化魔法が使えないのでは無いだろうか。ふむふむ、そう考えると様々な事に説明がつく。きっとそうだ。そうに違いない。

 「「「ねえねえねえ!!??」」」

 「あーもう、何だ何だ!?」



 「「「コルトさんってさ、本当に人間なの?」」」



 その問に、コルトの歩が止まる。彼女らもそれに伴って歩みを止めると、振り返ってコルトの顔を見つめた。どこか緊迫した空気が流れ、雑踏の音さえも消えていく。

 「ニン……、ゲン……?」

 次の瞬間、コルトの顔はしてやったりと、明るいものに変わる。

 「成程な! 君らは『ニンゲン』という種族なのか!」

 「ん?」「は?」「へ?」

 少女らはコルトの言っている意味をよく理解出来無いといった顔を見せる。

 が、コルトの口は止まらない。

 「やっぱり聞いた事も無い種族だよ。王都近辺には住んでいない果て固有の種族なのかな? いやしかし、これで俺の推理が正しかった事が証明された。あぁ因みに俺は魔人族で、これでもこの度の魔王候補に選ばれてここに来ていてな。いやぁそれにしても――――」

 ペラペラと、その後も続くコルトの独り言。

 少女らはポカンと目を真ん丸にさせ、お互いの顔を見合った。

 そして――――



 「「「アハハハハハハハハハ!!」」」



 三人揃って、腹を抱えて大笑いした。

 「何それアニメ~!?」「外人のセンス最高ぉ~!!」「ヤバイ腹痛い腹痛い~!!」

 今度はコルトが何が起きているのかと呆然としている。少女らは皆、過呼吸に成る程に笑い終えた後、少し咽せたり目頭を擦ったりしながら、小さく深呼吸をした。

 「まぁいいや。取り敢えず、有難うねコルトさん」

 「そうそう。コルトさんのおかげで助かったんだから」

 「本当に、有難うね!」

 彼女らの笑顔に、コルトは少し照れくさくなった。

 良くは分からないが、先程の事を感謝されているらしい。

 「なんて事はない。女を守るのも、民を守るのも……。俺の……、いや、王の仕事だ」

 「も~、それはもういいってば~」

 そう言って、ミサキがコルトの腕を掴みグイグイと引っ張る。

 一同はまた、緩やかに歩き出した。

 「それじゃあ、これからどうする?」

 「ん~、今何時かにもよるんだよね。マコ、今何時?」

 『マコ』と呼ばれた少女は「ちょっと待ってね」と言うと、懐から携帯を取り出した。

 「あっ、もう九時になっちゃうじゃん!」

 すると、マコが自身の携帯を見て何かに気が付いたような声をあげる。何やらこれから予定があるようで、少し慌てている風に見えた。

 「ホントに!? もう行かなきゃじゃん」

 アサギも、同じく忙しない動きを見せる。

 「マコたちまだ店に出てんの? そろそろヤバイんじゃない?」

 「ばれなきゃ大丈夫でしょ。ミサキ、コルトさんに私たちの連絡先渡しておいて」

 「コルトさん! 携帯買ったら連絡してね! 絶対だからね!」

 そういって、アサギと呼ばれた少女はマコと呼ばれていた少女と共に雑踏の中へと消えていった。後にはコルトとミサキだけが残される。コルトは彼女に事情を説明してもらう事にした。

 「彼女たちは何処へ?」

 「バイト。マコたち今キャバで働いてて。辞めた方が良いと思うんだけどな~」

 「……そこで働くのはいけない事なのか?」

 「そりゃダメでしょ。私たちまだ未成年だよ。他のクラスには『売り』もやってる娘がいるって噂もあるけど……。私、ああいうのあんまり好きじゃない」

 コルトにはミサキの言っている事の半分も理解できなかったが、彼女が他の二人の身を案じている事はなんとはなしに察しがついた。

 「悪い事なら、そう言ってやった方が良いんじゃないか?」

 「言っても聞かないよ。私と違って、あの娘たち彼氏にめっちゃ貢いでるみたいだし」

 「貢ぐ?」

 「バンドの男で『夢のため~』とか言って何人かの女から生活費せびってんの。私に言わせりゃ、女に貢がせるような奴に夢もクソも無いと思うんだけどね。でもアサギはそいつにぞっこんだから……」

 良くは分からないが、彼女たちはその『カレシ』とやらの為に悪い事をしているらしかった。先程までの彼女らの元気な笑顔を思い出し、コルトは空を見る。暗闇が空に伸びている。その色に少し、心が沈んでいく。それでも夜空に瞬く星だけは、いつ見ても美しいものだった。


 「コルトさん。お腹減ってない? あそこにファミレスあるけど?」

 そう言って、ミサキは道路の向かいを指差した。恐らく、先程の話を聞いたコルトの心を察し、話題を変えようとしたのだろう。その位はコルトにも分かったし、確かにお腹が空いているのも事実であった。見ればそこは食事処らしく、大きく掲げた看板に目のついたステーキがフォークを持って笑っている。しかし店内はというと、何故か客が少ない。時間帯を考えれば、まだまだ客は入ってそうなものなのに、ガラス越しに見える人影は三人といった所だった。


 「あぁ、じゃあそこで」

 言いかけた時、コルトの眼にはハッキリと映った。

 店内にいるその人影。

 忘れる事が出来無い。


 それは間違いなく、先程の天使たちであった。



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