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魔王候補のお姫様  作者: B.A.R
第一章 『虚仮の一念』
6/24

〈2-1〉

 コルト・アートラインは魔王候補である。

 魔人族の代表として選出され、栄誉ある戦いに参加する事となった。

 事のあらましはこうだ。

 何時ものように目が覚め朝を迎えると、魔界の最高議会から使者がやってきて、今回の戦いにおける魔人枠の代表になって貰いたいとの通達が来た。はっきり言って断りたかったが、噂を聞きつけた周りの連中が持ち上げるので、その気になって返事を出してしまった。

 やるからにはと息巻いてはいたが、当日の会場で出会った他の候補を見て唖然とした。他種族の音に聞こえた化物どもが目の前にいたからだ。黙して立つそれぞれが王にふさわしい風格を持っているようにも見えたし、それと比べてみる自身の小ささにも落胆していた。

 そうして、事前に説明されていたように壇上に並び、その時を待つ。

 アナウンスの声とともに幕が上がると、押しつぶされる程の歓声が聞こえてきた。それらは光と混ざり合い、自らの身体を包み込む。思わず目を瞑り俯く。そうして何も考えられない時間が流れた。その時間は嫌にはっきりとした感覚で肌を冷たくなぞっていったが、その中にあってほんの一瞬、聞きなれた声が聞こえてきた。コルトは思わず顔を上げ、そちらを向く。

 そこには魔人族の姿があった。

 見知ったものも、見知らぬものも。

 ただ自分の同胞たちが、自身の為に声を上げ、名を叫んでいた。


 「コルトぉーー!!」

 「勝てぇーー!!」


 コルトは再び目を瞑る。しかしそれは先程とは全く違うモノだった。

 浅く、幸せそうな顔を浮かべ、コルトは誓う。

 『必ず勝つ』

 そうして、青白い光に包まれ、転移した。

 転移魔法なんて初めて見たが、体感としてははっきりある。滑らかな液体に浸かりながら、何処かに流されていく感覚。辺りを包む光の線は、その速さを無視して流れていった。

 「これが転移魔法……。この先に、『世界の果て』があるのか?」

 不思議な感覚ではあるが、他の候補生たちの気配も確かに感じる事が出来た。姿を見つける事は出来なかったが、恐らく他から見れば自分もそうなのだろうと、不思議と納得出来た。

 「俺は負けない。必ず、魔人族に勝利を持ち帰る……!」

 その時である。

 流れの先にある空間の一部分が、黒く、まるで穴のように広がって、光の流れを吸い込みだしたのだ。

 「な、なんだあれは!?」

 コルトと同様の焦りや不安が、他の候補たちからも伝わってくる。

 何かがおかしい。これは違う。一体何が起きている?

 「うおわぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」

 しかし流れは止まることを知らず、コルトも他の候補たちも、その穴に引き寄せられるように吸い込まれていった。




 「う……っ」

 呻き声をあげ、コルトは目を覚ました。そこは先程の空間では無く、れっきとした実体のある場所だった。重い頭を抱えながら、ゆっくりと立ち上がる。薄く目を開け、周囲を見回した。

 薄暗く、何やら大きな部屋。木造の作りで、窓は見えない。壁という壁に不気味な紋様の入った黒地のカーテンが掛けられており、そこかしこに棚が置かれ、そこには所狭しと黒く分厚い本や、曰くがありそうな道具やら胡散臭い小物などが並べられていた。

 「何処だここ? こんな所が、『世界の果て』なのか?」

 すると、壁に付けられた小さな扉の向こう側から、声が聞こえてきた。何やら怒鳴り散らすその声に、コルトは他の候補もここに飛ばされてきたのかと、少しの安堵と、緊張を覚えた。

 そして、恐る恐る扉を開け中を覗く。

 しかしそこには、コルトの予想から最もかけ離れた光景が広がっていた。


 

 「だからここは何処かって聞いてんだよ! この家畜野郎がぁ!!」

 なにやら他人の胸ぐらを掴み暴言を吐く、棘のような冠を被った美女と――――


 「だから……、東京都の……○×区だって、言ってるじゃ……、ないですか……」

 その美女に胸ぐらを掴まれ、顔を腫らして泣きじゃくる、黒ずくめの男と――――


 「ハラリス様! それ以上はマズイですって! 本当に死んじゃいますから!!」

 その美女を後ろから羽交い絞めにして叫ぶ、全身ド派手な男がいた。



 「…………何だこれ?」


 正しくなんだこれはと、コルトは思った。その状況を理解するには脳が追いつかなかったが、これも戦いの一環なのかと、無理やり理解することで落ち着けた。そうして幾ばか回るようになった頭を使い、取り敢えず必要なものは情報だと、コルトは三人に声を掛けることにした。

 「あの……、すみません」


 「あん? 誰よあんた。コイツの仲間?」

 「おや、あなたは?」

 「うわ、また増えた!? もうほんと勘弁してください! お願いだから殴らないで!」


 三者三様の反応が返ってきたが、どうやらあのド派手な男が一番まともそうだと、コルトは思った。

 「あ~……っと、そこの彼。ちょっと良いかな?」

 手招きする動作でコルトはその男にコンタクトを取る。

 「自分ですか? えぇまぁ……。ほら姫様! 本当にもうお止めになって下さいね!」

 そう言うと男は美女の身体から離れ、こちら側に歩み寄ってくる。

 後ろでは黒ずくめが今度は土下座させられており、ハラリスと呼ばれた美女がその頭の上に足を置いて踏んづけている。一体何があったのか聞きたいが、今は自分の方を優先だ。

 「それで、なんでしょうか?」

 寄ればその男はコルトとさして変わらぬか、少しばかり大きいぐらいの背丈であった。

 「ふむ。訪ねたいのだが……。ここはその……、『世界の果て』なのか?」

 男は少し驚いたような素振りを見せると、何か納得したような面持ちで話し出した。

 「恐らく。あの者が申すには、『トウキョウト、マルバツク』なる場所らしいのですが、我々も、そのような場所には心当たりが無くて……。成る程、ここは世界の果てだったのですか」

 コルトは不審に思った。彼らはここに住んでいるのでは無いのか。

 「心当たりが無い? 君たちはここの住人では無いのかい?」

 「いえ、違います。自分と姫様は、転移門によってここに来たのです。しかし転移の最中に妙な穴に吸い込まれまして、気付けばこのような場所に……。貴方も転移魔法でここに?」

 コルトは成る程と思った。彼らもまた、転移門によって移動してきたのだ。そして自分と同様、あの穴に吸い込まれてここに来た。という事は、さっきの穴は転移魔法の広範囲に於ける事故、もしくは何者かによる干渉か何か……、と関連付けた。

 「あぁそうなんだよ。俺も転移の最中に妙な穴に引きずり込まれてな。これでも俺は魔王候補なのだが、その戦いの為に『世界の果て』まで行く予定が、何故かこんな所に……」

 「…………」

 コルトの答えに男は頷くような仕草を見せていたが、次第にその顔つきが変わっていく。

 「ん? どうしたんだ?」

 「魔王……候補?」

 「やはり見えないか? 俺は魔人族の代表なんだが……そういうあんたは賢人族か何かか?」

 コルトはその瞬間、身の毛がよだつ程の殺気を感じ、思わず後ろに飛び退いた。

 すると先程までコルトが立っていた扉付近が、凄まじい速度で壁ごと氷付けになっていく。

 その余りの速度に耐え切れず、壁のあちこちから亀裂が音をたてて生まれていった。

 「貴様、何をする! 決定戦の最中は、王候補以外の手出しは禁止の筈だぞ!!」

 「黙れ……」

 男が腕を突き出すと今度は何も無い筈の空間から氷の柱が突然現れ、押し潰す程の勢いで迫ってきた。

 「くっ!?」

 コルトはそれを寸での所で避けるが、その速度に完璧には回避が間に合わず、衣服の端が氷の中に捕らわれてしまう。


 (服が氷に押しつぶされたのでは無く、中に捕らわれている!? 氷ではなく、圧倒的な冷気そのものを放出しているのか!?)


 「カムイ? あんた何で力使ってんの?」

 その光景を、ハラリスはさも不思議そうに見つめていた。それは男がやっている事が不思議なのでは無く、それを行なっている事実に対しての反応だった。

 「姫様、お下がりください。こやつ、魔族です」

 「へぇ……!」

 それを聞いたハラリスは、さも楽しそうに話し出した。

 「まさか、本当に地獄に繋がっていたなんてね! 爺やが言っていたのは本当だったんだ!」

 (地獄? 魔界の事を言っているのか!?)

 「だからここは、東京都の――――、ヘブシッ!!」

 何かを言おうとした黒ずくめの男は、あご先から見事な足技を喰らいのたうち回っている。

 「手前ぇは黙ってろ、家畜野郎!」

 「どちらにせよ、魔族は【天使】の敵。そして、敵から主を守るのが、私の務め!」

 「天使!? 馬鹿な!? ここは魔界では無いのか!?」

 

 【天使】

 我らが住む魔界とは異なる世界に住む、異形の化物――――と聞いていたのだが。

 どうにみても、自分と同じような種族にしか見えない。


 「もう話すな魔族よ。今楽にしてやる……」

 そういうと男は服を捲り、右腕を顕にさせる。しかし、そこに在るべきはずの腕は無く、ただ宙に浮かぶ白い手袋だけが、その存在を表していた。

 「なっ!?」

 「ふふ、カムイは個我を持つほど高位の元素霊。並みの強さじゃ、手も足も出ないわよ」

 ハラリスは何処か誇らしげに笑みを浮かべながら、足元で先程の男を転がしている。

 その顔つきとはまるで反対に、コルトの脳内では危険信号が鳴り響いていた。


 (くそっ、あれはヤバイ!!)

 通常、元素霊は個我を持たない、ほとんど概念に近い存在だ。それが自我を持つほどに高密度で存在するならば、それに触れる事が、どれ程危険か。


 (ダメージどころの話じゃ無い! 俺の存在ごと、凍っちまう!)

 カムイと呼ばれたその男は、大きな歩で近づいてくる。その腕の軌跡は氷の筋となって宙に現れ、その冷徹な意思を雄弁に語る。澄み切ったその顔からは、その殺意に一切の迷いが見受けられなかった。

 しかしそんな状況にあっても、コルトは考えていた。生き残る術を。それは彼の最も得意とする所でもあった。


 (考えろ! 女は奴が元素霊だと言った。すなわちあの氷は冷気に依るものですら無く、奴を構成する凍るという概念が撒き散らされた結果に過ぎない! ならば――――)


 「やりようは、在る!!」

 その瞬間、コルトの身体が発光する。そしてその光は吹き荒ぶ熱風と共に、周囲のものをどこまでも赤く赤く、溶かしていく。それはコルトの衣服にまで及び、液体のように溶け落ちたそれは、床に触れて途端、真紅の炎へと姿を変えた。

 「へぇ……」

 「貴様……ッ!」

 燃え落ちる衣服の影から現れたその肢体は先程までの青年の姿ではなく、まるで地獄の釜で生まれたような、赤黒く胎動する灼熱の塊であった。

 「……悪魔。それもかなりの高位種ね。差し詰め、【ラヴァ・イフリート】と言った所かしら」

 カムイの周囲に生み出されていた氷たちが、今では生まれた瞬間に煙とかしていく。それ程の熱量をコルトの身体は放出していた。


 (こちらも『契約前』の身。あまり無茶は出来ない!)

 「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 コルトの身体が咆哮と共に突進する。カムイはその声に身構えた。


 しかし、コルトが向かった方向はカムイでは無く、横の壁である。

 「おらぁ!!」

 高位の元素霊の力ですら止めきれない熱量にただの壁が耐えられるはずも無く、コルトの身体は沈み込むように消えていった。焼き切られた棚やカーテンは水のように溶け落ち、床の板をバターのように溶かしていく。ほんの一瞬の出来事であった。コルトの身体が変貌してからおよそ一秒。残されたものは、グズグズと音を立てる煙と、燃えていく木の匂いだけであった。


 「逃げられましたね」

 カムイは自分の腕に袖を掛け直してそう呟き、ハラリスの方に近づいていく。彼女は少し不満気ながらも、どこか『致し方がない』といった顔を見せた。

 「まぁ妥当っちゃ妥当な判断ね。いくら熱量が膨大でも、持久戦になったら勝てるわけないんだから。……つまんないけど」

 「それで、これからどうなさいますか?」

 「ん~、取り合えずは情報かなぁ……。この場所の正確な位置が知りたいわ」

 そう言ってハラリスは振り返る。そこには先程から痛めけていた黒ずくめの男がいた。まずは彼から情報を聞き出そうというのだろう。

 しかし、当の本人。その黒ずくめの男の表情は、とてもでは無いが冷静に会話が出来るようなものでは無かった。その口は奇妙に歪み、目は血が出るほどに見開いて何かを見つめている。

 ここにきて初めて、ハラリスは異常に気が付いた。

 というより、気にしていなかっただけなのだが。

 「ぼぼぼ、僕の部屋がぁぁぁ!!」

 先程までの戦闘のせいで部屋中の壁や床が傷つき、それを覆うように広がる火の手は天井にまで届いていた。その勢いは止まる事を知らず、手遅れである事はどう見ても明らかであった。

 先程コルトが置いていった残り火が辺りに類焼したのだ。


 「いとやばし」

 「姫様! 逃げますよ!」

 カムイは半狂乱に騒ぎ立てる黒装束を脇に抱えると、ハラリスに向かって叫んだ。彼女もそれを了承したようで軽く頷く。するとハラリスは目の前に掛かっていたカーテンを剥ぎ取り、その影に隠れていた汚れた窓ガラスを躊躇無く前蹴りで叩き割った。

 「ここから出ましょう」


 そうして、二人と一人は燃える部屋を後にした。



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