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階段の行方

作者: 虫松
掲載日:2026/02/05


挿絵(By みてみん)


第一章「奇妙な間取り」


私は三十七歳。

都内の設計事務所で建築士として働いてきたが、半年前に離婚し、仕事も在宅中心に切り替えた。人と話す機会が減り、気づけば夜のほとんどを図面と過去の記憶に費やしていた。


新しい家を探し始めたのは、人生を一度、静かに立て直したいと思ったからだ。

条件はひとつだけ──古すぎず、安すぎないこと。感情が入り込みすぎる家は避けたかった。


そんな中、不動産会社が「少し変わった物件です」と紹介してきたのが、この家だった。


郊外の住宅地。築四十五年。

価格は相場よりも明らかに低い。


理由を尋ねると、担当者は言葉を濁した。

「住めないわけではないんですが……間取りが、少し」


内覧に訪れた瞬間、その“少し”が何を意味するのか理解した。


階段はある。だが、どこにもつながっていない。

子供部屋と記された部屋には窓がない。

そして家の隅に、理由もなく天井の低い部屋があった。


建築士としての経験が、警鐘を鳴らす。

──これはおかしい。


それでも私は、この家を購入した。

合理的な理由を並べることはできる。立地、価格、構造材の質。

だが本当は、この家に「呼ばれた」気がしたのだ。


引っ越し初日の夜、私はその天井の低い部屋の前に立っていた。


ドアを開けると、湿った空気とともに、古びた日記が床に落ちているのが見えた。

拾い上げ、ページをめくる。


そこには、前の住人の文字が残されていた。


「この家は、普通の家ではない」


階段がつながっていない理由。

窓のない子供部屋。

天井の低い部屋。


その秘密が書かれているはずのページだけが、破り取られていた。


私は家の中を見回した。

まるで家そのものが、続きを探せと言っているかのようだった。


深夜、時計が零時を告げた瞬間、家が微かに軋んだ。

階段の位置が、さっきとは違って見える。


壁が、囁いている気がした。


この家には秘密がある。

そして私は、それを解き明かすために、ここへ来たのだと理解した。


第二章「隠された真実」


それから私は、仕事の合間を縫って家を調べ続けた。

図面を引き直し、壁の厚みを測り、音の反響を確かめる。


ある夜、家の奥から階段を上るような足音が聞こえた。

ありえない。あの階段は、どこにもつながっていない。


音のする方へ進むと、壁の一部がわずかに浮いているのに気づいた。

押すと、壁は静かに回転し、隠された階段が姿を現した。


階段を上りきった先にあったのは、

この家に“存在するはずのない部屋”だった。


天井まで届く本棚。

古い机と椅子。

机の上には、日記の続きと思われる手紙が置かれていた。


「この家は、過去と現在が交差する場所だ。

窓のない子供部屋は、外界から守るための安息。

天井の低い部屋は、時間が歪む空間」


読み終えた瞬間、部屋が揺れ、本棚から一冊の本が落ちた。

そして、すべての音が消えた。


私は確信した。

この家は、意図的に“そう”作られている。


第三章「時を超える家」


私は天井の低い部屋へ戻った。

手紙に書かれていた“時間の歪み”を、自分の身体で確かめるために。


部屋に入ると、外の音が消えた。

壁の古時計が、逆回転を始める。


目を閉じ、次に開いた瞬間、

私は過去にいた。


家は新しく、階段はつながり、子供部屋には光が満ちている。

そこには、幸せそうな家族が暮らしていた。


私は幽霊のように、彼らの間を歩いた。


だが、父親だけが違っていた。

彼は何かに怯え、家の構造を変える計画に取り憑かれていた。


階段を隠し、窓を塞ぎ、天井の低い部屋を作る。


それは狂気ではなかった。

家族を守るための、必死の選択だった。


時計の針が正しく動き出し、私は現代へ戻された。


だが、彼が何から家族を守ろうとしたのか──

それだけが、まだ分からなかった。


第四章「影の中の答え」


家の最も古い一角。

そこには、家族写真に混じって、一枚の異質な写真があった。


設計図を手にした父親の写真。

裏にはこう書かれていた。


「家を守る鍵は、影の中にある」


夜、影を観察すると、階段下に不自然な扉の影が現れた。

開けると、中には文書と日記があった。


この家は、家族を脅かす“何か”から守るための要塞として作られ、

改築され、秘密が受け継がれてきたのだ。


父親は、家族を守りきった。

だがその代償として、家は歪み、秘密だけが残った。


私は日記を閉じ、家の空気が温かく変わるのを感じた。


この家は、私を拒んでいない。

むしろ、次の守り手として迎え入れている。


私はここで生きる。

この家とともに、新しい歴史を刻むために。



【階段の行方 完】

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