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Episode4 【薬の支配】※

※がついています。

苦手な方はそっと閉じてください

 響と怜が昼食をとった高級レストランからほど近い、静かなホテルのスイート。ここは怜が自ら手配した、上顧客をもてなすための場所だった。

 響は、怜がミーティングを行うスイートの隣室で、用意させた小型モニター越しにその様子を観察していた。

『”……さすが、神代さん。その洞察力と将来を見据える力は、我々老体には眩しいものがありますな”』

 モニターの向こうで、老獪な投資家・田崎(たざき)が感嘆の声を上げる。

 怜は、田崎の向かいのソファに座り、穏やかだが揺るぎない微笑みを浮かべていた。彼の口調は落ち着いており、論理的で淀みがない。昨夜、響の暴力によって意識の境界をさまよった人間とは、とても思えない。

『田崎様、ありがとうございます。ですが、これは私の力ではありません。ただ、相手が何を求め、何を恐れているかを正確に把握しようと努めているだけです』

 怜の言葉は、ミーティングの文脈では投資の成功法則を語っている。

 ――相手が何を求め、何を恐れているか――。

 響は、無意識にモニターの画面に手を伸ばした。

 


 怜は、田崎が最も気にしている税制面でのリスクを的確に指摘し、その対策をすでに講じていることを提示した。老人の顔に、安堵と満足の色が浮かぶ。

 その交渉の最中、怜は一度も表情を崩さない。彼の目の動き、手の配置、すべてが計算し尽くされている。完璧な「神代怜」の演技だ。

 ――やっぱり、完璧なんだな、御前は……。恐ろしいほどに空っぽで、完璧な偽物だ――。

 響の胸の奥で、黒い炎がメラメラと燃え上がるのを感じた。

 怜が完璧に演じきれば演じきるほど、響の中の「加害者」は、その偽物を壊し、本物の叫びを引きずり出したいという衝動に駆られる。

「……素晴らしい。神代さんとのパートナーシップに、心から感謝します」田崎が深く頭を下げた。

「こちらこそ。田崎様のご期待に沿えるよう、準備させていただきます」

 ミーティングが終わり、田崎が退室する。

 怜は、部屋のドアが閉まる音を聞いた瞬間、その完璧な笑顔をスッと消した。彼はソファに深く沈み込み、目を閉じる。モニターの向こうの怜は、響が知っているあの顔になっていた。力を使い果たし、ただ、次の罰による「存在の証明」を待つ、飢えた獲物の顔だ。

 響はモニターの電源を切り、立ち上がった。

 響は部屋を出て、怜のいるスイートへと向かった。その足取りは、これから与える痛みと、それによって満たされる自身の欲求への期待で、重く、そして熱を帯びていた。



 

 ホテルのスイートに入室した怜は、田崎の顔を見るなり、彼の抱える「最大の懸念」を把握していた。

 田崎は地方の大口投資家だが、最近の政府による規制強化と、海外市場の不安定さから、保有資産の流動性と税制面でのリスクを極度に恐れている。

 彼の目的は、単なる利益ではなく、「損失を出さずにいかに安全に資産を次世代に引き継ぐか」、その一点に尽きる。

 ――老人は、常に未来を恐れる。特に田崎は、目先の利益よりも、自分の築いたものが時代と共に朽ちることを嫌うタイプだ――

 怜は、田崎が手を付けようとしないコーヒーカップを静かに見つめながら、会話の主導権を握る。

「田崎様、本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。私が今回ご提案する『アジア・クロスボーダー・ファンド』は、田崎様の懸念を全て解消するための、極めて限定的なスキームです」

 怜は、手元の資料を広げず、田崎の目を見て話し始めた。

「まず、田崎様が最も危惧されている国内のキャピタルゲイン課税について。これは現行法を最大限に活用し、海外ペーパーカンパニーを経由することで、譲渡益の国内課税時期を大幅に繰り延べます。もちろん合法的な手段です」

 田崎の顔色が、目に見えて明るくなった。彼の懸念の核心を、初手で叩き潰したからだ。

「そして、第二の懸念、流動性について。我々のファンドは、東南アジアのインフラ再開発案件に集中投資します。これは市場の変動に左右されにくく、安定した固定リターンを約束します。しかし、田崎様には特例として、投資開始から18ヶ月以降、いつでも無条件で全額を市場価格に影響を与えずに引き出せるエグジット・オプションを付与いたします」

 田崎は、ソファから少し前のめりになった。無条件での早期引き出しオプションは、通常のファンドでは考えられない優遇措置だ。

「そして、このスキームを成立させるための鍵は、私が提携しているシンガポールの信託銀行です。彼らが持つ特殊なライセンスと、現地のネットワークを活用することで、田崎様が求める“損失を最小限に抑え、確実に資産を次世代へ引き継ぐ”という目標を、5年以内に実現させることが可能です」

 怜は、言葉を選ぶ際、専門用語を多用しすぎず、しかし圧倒的な知識と自信を滲ませている。彼の話し方は、常に相手に「この男に任せれば安全だ」という錯覚を抱かせた。

「神代さん……完璧です。国内の税制リスクと、エグジットの不安。この二つがネックで踏み出せなかった。まさか、そこまで手配済みとは」

 田崎は感動したように言った。

「もちろんです。私は、田崎様のような大口の資産家が、不安なくご自身の努力の結晶を未来に繋げるお手伝いをすることが使命だと考えています。この提案は、田崎様にとって最も安全で、優位な賭けとなるでしょう」

 怜は、最後の言葉に、強い確信を込めた。この「賭け」という言葉で、田崎の挑戦心をくすぐることを忘れなかった。

 

 そして、田崎はミーティングの終盤、力強く握手をして席を立った。

「素晴らしい。やはり、貴方にお任せして正解だった。あとは全て頼みます」

 部屋から田崎が退出した瞬間、怜は一瞬で笑顔を消した。全身の緊張を解き、ソファに深く沈み込む。

 ――やはり、完璧にやりきると、疲れる。

 彼は、偽りの笑顔と優しさ、完璧な論理で田崎を籠絡した。この達成感は、ビジネスマンとしての彼にとって最高の成果だ。しかし、この完璧な演技が、より疲労感が思考を覆う。

 そして、この「完璧な神代怜」を演じきったという証明こそが、彼が夜に求める本物の罰を引き出す最大のトリガーなのだ。


 

 §



「ん"ん……ッ、ふ、ぁ……ぁあッ、ハァ……」

 夜明け前。古めかしい洋館の、外界から完全に遮断された一室に、甘く、そして苦しげな喘ぎが響く。

 窓の外はまだ深い闇に覆われ、差し込む月明かりは、部屋の中央のベッドの上で繰り広げられる光景を、朧げに照らし出していた。 

 響くのは、二人の荒い呼吸音と、粘性のある水音が皮膚を叩きつけるような音、そして、古びたベッドの断続的な軋み音だけ。それは、長時間にわたる行為と、その中心で繋がっている二つの肉体が生み出す、熱と支配の音だった。

 ベッドの中央にいる神代怜は、特注の革のチョーカーだけを首につけ、シーツの上に仰向けに横たわっている。長時間の行為と薬の作用により、全身の皮膚は赤く上気し、極度の快感による涎が顎から細く糸を引いていた。シーツは汗と体液で湿り、深くよじれて、二人の情事の軌跡を刻んでいた。

 一ノ瀬響は、シャツとスラックス姿のまま、怜の上に正面から覆いかぶさり、腰を深く落とし込んでいる。怜の両足は響の腰に絡め取られ、逃げ場のない体勢で、深く挿入され続けていた。この体勢は、響の優位性を絶対的なものとしていた。

 長時間にわたる響の支配的行為と、点滴から注入されていた特殊な鎮痛剤の効果は、今、限界を迎えていた。

 薬の作用で拡大されていた快楽の神経が急速に収縮し始め、代わりに、肉体の酷使による激しい倦怠が、怜の意識の奥底に流れ込んでくる。

 チョーカーに固定された喉から漏れる息は、もはや純粋な快楽の音ではない。極度の快感で潤んだ瞳の奥には、急速に、この状況、この屈辱を理解し始めたことによる意思の光が戻りつつあった。

 怜は、全身の神経を刺激する快楽に溺れながらも、理性を取り戻しつつあった。自分の体を完全に奴隷にした響に対する、激しい憤りが胸中で渦巻く。

「ひ……響……ッ、ぁあ"ッ……そ、ん……な……のッ……」

 声はかすれ、呼吸も浅い。怜は、意識を集中させ、響の猛進に合わせて自ら腰を突き上げるという、最後の迎合による抵抗に出た。

「……き、かねぇ……よッ! ハァッ、ハァッ……!」

 肉体は快感に喘ぎ、涙を流す。

「俺は、お前の罰じゃ……足りてねぇ……! ほら、もっとだ! お前の暴力じゃ、俺の存在は証明しきれてねぇ! 俺を……壊せよ、響!」

 拘束なしに自ら罰を強要する怜の傲慢な行動は、響の本能を直撃した。

「ッ……ッ、この、この生意気な……! 御前だけは、絶対に許さない!」

 響は、激情に突き動かされ、瞬間的に怜の体を横向きに反転させた。

 彼の荒々しい手が怜の首筋のチョーカーに触れると、怜の視線が僅かに動揺した。

 新たな体勢は、怜の背後から腰を支え、獣的な本能の赴くままに深く、より衝動的に突き刺すことを可能にした。響の喘ぎは、唸りのような低い音へと変質し、ピストン運動は一気に加速した。

「ぅうッ、ぅうッ……! ハァァッ!」

 体勢が変わり、怜の肉体に加わる力が倍加した。薬効が完全に消え去り、快感が激痛へと反転した瞬間、怜の口から、純粋な絶叫が迸る。

「ッ!あ"ぁああああッ……! ひ、びき……っ、これだよ……! これが……!」

 しかし、その絶叫は、怜の喉の奥で、歓喜と苦痛が交錯する一つの音へと収束し、途切れたのだった。


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