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霧隠れの火と水  作者: dinyaburg
第三章「火の頂にて」
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ラディアント

ノアは迷いなく谷を出た。

きっかけは、 あの人──イサヤの一通の紹介状。


「君の火を試したいなら、 この場所がいい」


紹介されたのは、 東京の中心にある投資ファンド「ラディアント・キャピタル」。


受付には香るアロマ、 木目調の内装、 社員の笑顔。


“資本”の匂いは、 不思議なほどしなかった。

まるで、 別の文明のようだった。


「私たちは、 社会に“火”を灯す投資家です」


入社初日、 CEOのスピーチは美しかった。

サステナビリティ、 地域再生、 働く人の幸福──


どこを切り取っても、 理念に満ちていた。

ノアは感動した。


“ここなら、 世界を変えられるかもしれない”

──そう思った。


オリエンテーションの資料には「人にやさしい投資」の文字。

人事の女性は「あなたの価値を大切にします」と微笑んだ。


配属先の上司は言った。

「君のバックグラウンド、 面白いね。 自然の中で育った感性、 うちの投資に合うかもしれない」


優しい言葉と、 美しい理念。

ノアは安心し、 嬉しくなった。


──ここは、 “谷”と正反対だけど、 悪くない。


初めてのタスクは“IRRの再計算”。

次は“レバレッジの最適化案”、 その次は“LBOモデルの修正”。


資料の山、 定量化される「価値」。

理念よりも、 数字だけが並ぶ現実。


それでも、 皆は微笑んでいた。

ノアはまだ気がつかないが

──まるで、 優しさの仮面をつけた機械のよう。


「社会的インパクト? ああ、 それはパワポに“後から”足すやつね」


先輩が冗談めかして笑った。

ノアも笑ったが、 胸の奥が少しざらついた。


谷では先に火を焚け、 言葉は後だと父が言った。

ここでは先に数字、 物語は後づけだった。


──違和感を消している自分がいた


そこで出会ったのが、 カイトだった。

同期ながらエクセルを魔法のように操る天才。


ノア:「数字だけで世界が測れるの?」

カイト:「逆に、 測れないものに価値なんてある?」


彼は躊躇なくそう言った。

──谷とは異なる価値観。 だが、 どこか惹かれた。


ノアはロジックの世界に不慣れだった。

「なぜそう思うのか?」を言語化する力が、 試された。


カイトは丁寧に教えてくれた。

数字の裏にある仮定、 モデルの構造、 思考のフレーム。


「君の直感、 ちゃんと論理にすれば武器になる」


“この人に学べば私は変われるかも”


地方の中小製造業を訪問。 社員の目は真っ直ぐで、 工場の音が心地よかった。


帰社後、 上司が聞いた。

「事業価値は?」


ノアは「人の真面目さが…」と言いかけ、

「…稼働率と営業利益率が高いです」と言い直した。


──気づかぬうちに、 言葉が変わっていた。


その夜、 父のことを思い出した。

「“火”は、 目には見えないところで育つ」


ここでは“火”は、 KPIで計測され、 数値で切り売りされていた。


けれど、 ノアはまだ完全には気づいていなかった。

この会社が“理念の衣”をまとった、 強欲な資本家の機械であることを。


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