聖女じゃないって言っていましたけど
こんな聖女の間違えがあってもと思って。
「ヘルデ・マクベル。聖女と騙った偽聖女めっ!!」
ヘルデは困ってしまう。いつものようにもふもふの愛猫を抱えて、神殿の庭を散歩していたら婚約者(?)の第二王子にいきなりそんなことを叫ばれたのだから。
「あの……わたし、聖女と騙っていませんが?」
事実である。愛猫のマサカリカツイダキンタロウ(メス)を抱っこしたまま答える。
それにしても…………。
(本当に彼が忠告したとおりになったわ)
こちらの言い分を聞かず。自分に都合のいいように話を進めるから気を付けてと。
彼に言われて、そう言えば最初からそうだったなとしみじみ思い返してしまった。
そうだ。マサカリカツイダキンタロウと一緒にセミ取りしていたらいきなり知らない人たちに囲まれて『貴女は聖女です』と言われて連れ攫われたのだ。
あの時はすっごく怖かったが、マサカリカツイダキンタロウがシャーと鳴いて守ろうとしてくれたから心細くなかった。ずっと私の傍で守ってくれたから私は一人で恐怖で泣きそうになっていたのを耐えられた。
家族と連絡も出来ず――頼んだけど、聖女は俗世と縁を切らないといけないと言われて許されなかった――不安しかない日々をずっと支えてくれたマサカリカツイダキンタロウ。
聖女だからと文字を知らなかった私に勉強の機会を与えてくれたことは嬉しいが、文字も知らないのかと呆れたように笑われて辛くて苦しかった。
分からないことが分からないというたびにこんなことも分からないのかと冷めた目で見られる。
そんな中で、第二王子と婚約すると聞かされて、こちらの意思も無視されて第二王子と対面したのだが、
『臭い。ちんちくりん。地味な顔。こんなのが聖女なわけないだろう!!』
こちらを指差して貶すさま。
『で、ですが、お告げでは聖女のいる場所と示されたところにこの娘が居まして……』
『解読ミスということもあるだろう。もう一度調べ直せ!!』
そんなことを神官に命じたと思ったらもう用が無いとばかりに去って行った。それ以来ろくに会っても居なかった。
神殿でお勤めをするように命じられている間に様々な貴族がお参りに訪れていたが、その際第二王子が公爵令嬢と婚約するはずだったのに聖女が現れたから婚約が解消されたと噂をこちらに聞こえるように囁いて行った。
愛する者たちの仲を裂いた聖女というか悪女の様な所業をする女だと。
そんな悪女の噂を流されて、貴族令嬢からすれば聖女というか私の存在は僻みや妬みの八つ当たりにもってこいの相手のようで、何度か嫌がらせを受けてきた。
『マサさん(マサカリカツイダキンタロウ)。なんで私、ここに居るんだろう……』
勝手に連れてこられて、聖女とか言われて、家族にも会えなくて…………。
『お父さん……お母さん……』
ぼろぼろ泣いていたら。
『どうしたの?』
白銀色の髪。金色の目の少年が尋ねてくる。聖女のお勤めをしている時によく会う少年で、いつも彼の傍に綺麗な猫が居たので触りたいなと気にしていたから覚えていた。
きょうもまた彼の足元には彼と色彩がそっくりな細身の猫がいるが今日はその猫の尻尾が二つに見えるのは疲れているからだろうか……。
すりすりと私の足元に近付く猫をマサカリカツイダキンタロウが威嚇するが、白い猫は面倒とばかりに一鳴きしただけでマサカリカツイダキンタロウは大人しくなる。
いや、大人しくなるだけではなく。相手を格上だと判断したかのような……。
そんな猫たちを見て知らず知らずに笑い声が漏れる。そして、気が付いたらすべて話をしていて、
『なら、俺が連絡取れるようにしてあげる』
と告げた翌日。
《ヘルデ!!》
『お父さん!! お母さんっ!!』
月の光を集めた水鏡を使えば通信が出来ると言われて連絡できるようになったので状況を話すことが出来て、
《死んだと聞かされていた……》
ととんでもない話を聞かされて、無事に連絡がとれてよかったと安堵した。
とはいってもそんなことを出来てしまうほどの魔法使いが、そんな簡単に力を貸してくれることに戸惑ってしまうと、
『同じ猫好きだから。……………と言っても信用しないよね』
困ったように考え込んで、申し訳なさそうに。
『同族のやらかしに対してその詫び。と言うことで』
意味深なことを言われた。
それからも何度か会う機会があった。同じ猫好きを豪語するだけあり、彼の傍には常にたくさんの猫に囲まれていて、時折猫に埋まって動けないと言うこともあったりして笑わせてもらった。
その際。
『近いうちに君が偽聖女だと断罪される。もし、命の危機や恐怖を感じたら助けるから』
とまで言われた。
「聖女を騙った罪は」
「だから騙っていません」
勝手に連れてこられたんだ。
「煩いっ。人の言葉を遮るな!!」
癇癪を起したように叫ばれて、
「処刑が原則だが、仕方ない処罰を軽くしてやってもいい」
第二王子の傍には綺麗な女性。
「真の聖女である。シュトラーゼの手伝いをすると誓えばなっ!!」
「………………」
意味分からない。
「偽りの聖女であるお前も真の聖女の傍で一生尽くせば心から反省するだろう。それが詫びと」
「勝手に連れてこられたのにそれを認めないでこき使おうと言うことですか」
流石の私でも分かる。偽者だと喚いているがれっきとした証拠がないから偽者だと言い切れないのだ。だから、偽物を許してやるという名目で傍に置き、本物の聖女のために力を使えと言うことなのだろう。
困ったら名前を呼んでくれと言われたのを思い出したので、ゆっくり口を開いて。
「ムカシムカシタケトリノオキナトイウモノアリケリ」
「はっ。なんの呪文だ? はったりもいい加減に」
第二王子がこっちの肩を掴もうとした矢先。
にゃあ
にゃあぁ
にゃおん
たくさんの猫が次々と現れて、会場の人々の足元を潜り抜けるように走っていく。
「きゃあっ!!」
「なんだっ!!」
たくさんの猫に驚く人々の声。
「今のうち」
耳元にささやかれた気がして、会場をそっと去って行く。
「ま、まてっ!!」
逃げようとするのを気付いた騎士が捕まえようとヘルデの方に手を伸ばしてくるが、
「マサカリカツイダキンタロウ。お前の不始末だ。責任を取りなさい」
彼の声に渋々頷くマサカリカツイダキンタロウ。
うにゃあぁぁぁぁぁぁぁん
会場全体を覆うような光。癒しの効果が含まれていて、腰痛。肩コリ。眉間の皴。胃もたれなどで苦しんでいた貴族らはあっという間に元気になっていく。
そんな歓声に包まれている会場に驚いて捕まえようとした騎士が止まってしまう。
「――ほら、君も光が消える前に会場に戻るといい。慢性疲労が治るかもよ」
騎士の耳元で囁くと騎士は躊躇していたが光の方に戻っていく。
「ああ、後で彼が責められるのも哀れだし、会った記憶は抜いておくか」
あっさりと告げていく彼――ムカシムカシタケトリノオキナトイウモノアリケリの頭には猫の耳。二つに割けた尾が二本後ろでゆらゆら揺れている。
「タケトさん……? これはいったい……?」
「今まで黙っていてすまない。君が聖女と間違えられたのはマサカリカツイダキンタロウのせいなんだ」
まさかの話。
移動しながら話をしようと二本足で立っている猫の従者が待っている馬車に乗り込む。
そこで説明されたのは、猫が長年愛されていると猫又と聖なる生き物に進化する。マサカリカツイダキンタロウはその猫又になった時に猫の気まぐれで飼い主であるヘルデの前で隠さないといけない力を出現させた。
「制御できなかったのではなく。制御するのを放棄したという困ったことでね」
それがたまたま聖女の力だと勘違いされて、ヘルデは聖女と間違えられて捕らえられた。
「そこでヘルデを置いて行かなかったことは評価するけど、そこから何もしないでヘルデの側にいるだけだからヘルデが苦しんでいたって自覚はあるかな」
ムカシムカシタケトリノオキナトイウモノアリケリの責める口調にしれっと無視をしているマサカリカツイダキンタロウ。
「同族のやらかしでどこまで手を出していいのか迷っていたからひどい目に遭わせてしまった……」
「そ、そうだったんですね……」
ずっと心細かったのを支えてくれたのかと思ったらまさか元凶だったとは。
「マサさん。当分の間魚抜きね」
取り合えず罰を与えておく。
にゃぁぁぁ………
切なげに鳴いて許しを得ようとするが、ここは心を鬼にしておく。
「俺たちが叱っても反省しなかったからね。良い薬だ」
ムカシムカシタケトリノオキナトイウモノアリケリの言葉に同意するように馬車の中に乗っていた猫が鳴く。
「これから家に送るよ。もう君に手出しできないように手を回したから」
猫の気まぐれに苦労しつつもそれくらいはできるからねとムカシムカシタケトリノオキナトイウモノアリケリの言葉につい心から同情してしまう。
まあ、そんな猫も愛らしいけど。
「そういえば、タケトさんって何者?」
「ケット・シー。猫の王。やっていることはご機嫌取りがほとんどの気がするけど」
ちなみにお告げの翻訳ミスも原因の一つ。本当は聖なる力の存在であって、聖女とは言っていない。あと、聖女(猫)ならあっていた。