悪役令嬢育成業:転生家庭教師ヴィオラの備忘録
※誤字脱字のご指摘をいただき、一部修正いたしました。教えてくださった方々、ありがとうございます!
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追伸:一部表現を調整しました
元・宮廷付きのエリート家庭教師。
彼女はヴィオラ・グレイシャス(28歳)
前世の彼女の趣味は悪役令嬢のライトノベルやサイトの小説をめちゃくちゃ読むことだった。その知識は貴族社会で生きる上でヴィオラにとって随分と役に立った。
そして、ある日貴族令嬢として生きる中で、ヴィオラは悟った。
『いないなら、育てあげますわ、悪役令嬢』
現在は“問題児専門の家庭教師”として王都を放浪中。
どんな不出来なお嬢様も彼女は「品のある悪役令嬢」に仕立てあげる。
座右の銘:“演技”は最強の処世術
今回の依頼先である生徒との初対面。
マリアベルをじっと見つめながら、ヴィオラはふっと口角を上げた。
「ふぅむ、立派な悪役令嬢の素質がありますわね…」
「悪役令嬢…?」
マリアベルは聞きなれない単語に戸惑ったが、淑女の貴族令嬢の模範として聞かなかったことにした。
屋敷に到着したヴィオラが見たのは、愛らしい金髪に完璧なお辞儀を添える少女マリアベル。
12歳という難しいお年頃で、公爵様の前妻との一人娘である。
ヴィオラを雇用した父親である公爵は『お前の目で確かめろ』とだけ言い、簡潔に互いを紹介させるとそのまま去っていった。
上品、丁寧、絵に描いたような“良家の娘”──ただし目が死んでいる。使用人たちは彼女を“氷の人形”と呼んでいた。
「よろしいですか。マリアベル様。私は、“演技ができる子”を育てるのです」
「はい…?」
マリアベルは唐突なヴィオラのセリフに困惑して首を傾げた。
「貴女はお勉強も礼儀作法も完璧。けれど誰にも好かれない。それはどうしてだと思います?」
「……わかりません。頑張って良い子にしてますのに」
母が亡くなってからマリアベルは父親に負担をかけないように、頑張っているだけなのに。
父親からも距離を置かれ、気づけば後妻の連子である義妹のサナの方が周囲に愛されていた。
「……良い子、ね」
ヴィオラはため息をつき、少しだけ哀れむような目を向けた。
「あなたがすべきことは、“悪役”になることです」
「……え?」
「演技こそ、最高の処世術。自分の気持ちに正直で、品良く、毒を含んだ、“愛される悪女”になりきるのですわ」
「…悪女を演じるなんて…そんな、私は正しい令嬢として生きたいです」
ヴィオラは小さく、首を振り否定する。
「あなたのその心がけは立派、です。私もそういうのが、本当は好きです」
そういうと、寂しそうに少しだけ笑う。
「昔、私には“貴族として正しく生きる友人”がいましたの。
彼女はいつも完璧で理想の貴族令嬢でした。笑顔で、周囲に合わせて、誰にも逆らわず、優しく、誠実に。……でも、救われなかった」
ヴィオラにはもう一つの顔があった。
「良い子でいれば救われる、なんて幻想よ。むしろ、その“良い子”があなたを壊す」
–演技こそ、この世を救う–
その信念を胸に、ヴィオラは家庭教師になった。
“悪役令嬢”という仮面を教えるために。それを仕込み教えるのが使命、と信じている。
「遠い国にあった物語に“悪役令嬢もの”というジャンルの本があってね、自分を偽らずに、誰にも媚びずに、それでも愛される……そんな女性たちがいたのよ」
ヴィオラの瞳が細められる。どこかうっとりとしたような、慈しむような表情。
「……あの子にも教えてあげたかった。“こう生きれば、あなたも愛されたかもしれないのに”って」
娯楽小説が貴族では下品な趣味として軽蔑されているため、前世を思い出しながらコソコソと執筆しているだけだった。
ヴィオラはそっと目を伏せた。
声をかける勇気がなかった。
自分の趣味を馬鹿にされるのが怖かった。
そして、酷く後悔した。
だから、今。せめて誰かを、自分の知識で変えたい。守りたい。
「だから私は誓ったんです。
“趣味と実益を兼ねて、悪役令嬢をプロデュースしよう”って」
心の中でそう誓ったのだ。
彼女はマリアベルに向き直り、唇がふっとほころぶ。まるで、それを思い出して恍惚とするかのように。
自分の力で、誰かを変える。目の前にいる素敵な素材を持った愛らしい令嬢がいる。
「演技こそ、この世を救う。
……ああ、もう……」
目を潤ませてから、ふっと吐き捨てるように言った。
悪役令嬢、萌える──
その瞬間が、たまらなく快感だった。
一瞬、マリアベルがぽかんと目を見開く。
ヴィオラは、一度咳払いした。そして、きっぱり言い切った。
「いいですか、あなたはもう“正しくあろうとする”のをやめなさい。
“見せたい自分”を演じるのです。
あなたの人生の主役は、あなたなのだから」
「……でも、そんなの、ずるい生き方ですわ」
「なにもズルくありませんわ。演技とは誰も不快にさせない、正しい自己主張です。
それに我慢する方がデメリットが多いのです」
我慢するだけでは誰も守れない。
だからヴィオラは、知識を渡して、実践させて、見守る。
それが彼女の教育であり、“育てる”ということの信念。
「我慢して良い子にしてたら、いつか素敵な王子様が見つけてくれるとでも思ってる?」
「……え?」
「真面目な良い子ちゃんが評価されるのは小さい頃だけなのよ」
その言葉に、マリアベルはカッとした。今までの自分を否定された気がして、思わず口を開く。
「私は間違ってないはずです!
人に誠実に、努力を惜しまない。淑女として、ちゃんと我慢して品位ある行動をする。それが正しいことじゃありませんの?」
「“正しいこと”ね。それで報われたことがある?」
「……っ、それは……」
「もしそうだとしたら、皆良い子に生きているでしょう。でも、貴族社会はそんな甘くない」
現実は違う。
良い子にしてるだけでは、利用されて、忘れられて、最後に泣くだけ。
淡々と感情を抑えてるかのように、ヴィオラは諭すかのように語る。
「私が見てきた“良い子”たちは、皆潰れていったわ。誰にも気づかれず、愛されず、静かに消えていったの」
マリアベルはギュッと唇を噛み締めた。心の奥に刺さった。
いつも、注目されるのはわがままで直ぐに泣く義妹の方だ。
『我慢してるのに、どうして…』とマリアベルはいつも静かに枕を濡らすだけだった。
「あと、覚えておきなさい、マリアベル様。
貴族社会で評価されるのは、誠実さでも努力でもありません。“魅せ方”です。
たとえそれが──恋愛であっても、ですわよ?」
「れ、恋愛?」
「ええ。誰かに想われたいと思ったとき。本当の自分を見てほしいと思ったとき。何の工夫もせず“素の自分”をぶつけるのは、ただの傲慢ですわ」
「…………」
「“好かれる演技”を身につけていれば、あなたは選べるようになります。
演じるのか、素でいくのかを──“選べる自分”は、強いのですわ」
「でも、素の自分を好きになってほしいし…」
「その結果、妹に、王子様を先に奪われても良いのですか…?」
「…っ」
「ぴぇん。私可哀想なんですぅ、誰か助けてぇ、なんて泣いてるだけのヒロインは……」
一瞬、ヴィオラは息を止めるように言葉を切った。
「もう滅びました」
その瞳が鋭く光る。マリアベルは無意識にゴクリと唾を飲む。
「今をときめくのは、“あざとく・計算高く・愛されてしまう”演技派悪役令嬢よ」
ヴィオラという怪物(推しオタ教育魔女)と迷えるお嬢様の人生を変えた瞬間だった。
ここからヴィオラによる“逆断罪教育”が開始された。
悪役令嬢としての心構え、仕草に話し方。
ティーカップの持ち方や煽り方、罠に嵌める前準備、会話の指導などなど。
「その場で感情的になって返すのは御法度。ただ、黙ったままでもいけません。ストレスになります」
「こう考えましょう。
『あなた、あとで覚えておきなさい』
そのエネルギーを溜めて、罠を張り誘導して、最高のタイミングで最後に叩き潰すのです」
「気弱な姿勢は悪いことばかりではありません。勝手に相手が油断して、ボロを零しますわ」
自分では考えもしなかった新鮮な考えに目を瞬かせた。しかし、その横顔はどこか楽しそうになっていく。
そして、決戦の時がきた。
とある日の公爵邸。サロンとしても使われる応接用の広間。
静寂の中、銀のティーセットが揺れる音だけが、響いていた。
義妹のサナが以前誘ったのである。
『せっかくの“おもてなしの広間”ですもの。お姉様、少しは品位を見せてくださらない?』
そして、今日に向けヴィオラとマリアベルは整えていった。
三人分のティーカップが置かれた長机。
義母と義妹が横並びでマリアベルに向き合うその構図は、まるで審問官と被告のようだった。
マリアベルが勇気を出して、舞台に挑む。
「お茶の味、いかがでしたか?」
“氷の人形”と呼ばれていたマリアベルが、控えめに柔らかく微笑む。義母と義妹は、それを普段と様子が違うことに少し驚く。が、すぐに鼻で笑った。
「まぁ……悪くない味だったわ。でも、ちょっと庶民くさいかしら?」
「ほんと。しかも、お姉様が自分でお菓子を選んだんでしょう?お可哀想に。使用人も教養が足りないと苦労するわよね」
「そうでしたか…実は生前のお母様が好きな味でしたの。たまたま手に入りまして…」
しょぼんと気弱に肩を落としながら、母方の家紋入りのティーセットを示す。
「こちらも今日は特別に母が愛用していたティーセットを持ってきましたの」
「あら、そうだったのね。道理で公爵家に相応しくない茶器だと思ったわ」
前妻を彷彿させる流れに義母は苛立つ。いつも通り、少し意地悪なことを言ってやろうという気になった。
「そういえば、話は変わるけど…」
と、義母がわざとらしくため息をつく。
「昔からマリアベル様は冷たい子だったわよね。前妻の子どもなんて、いるだけで公爵様にとってはただの障害よ。ふふ、笑っちゃうわ」
義妹のサナが釣られて鼻で笑う。そして、いつも通り義母の真似をする。
「お姉様のその可哀想なフリ、お上手ですよね。感情もないくせに。笑ってても違和感があって気持ち悪いのですよ?」
「“マリアベル様は母を亡くして心を閉ざしているのよ”って、憐れむだけでみんなが騙されてくれるから義母としては楽で便利だけどねぇ」
義母は、笑ったままだった。静かにカップを置くと、ぽつりと聞いた。
「まさか、公爵様をあてにしているの?」
「……え?」
マリアベルの笑顔が引き攣る。
その顔を見て、自分の勝ちを確信し義母は満足気に笑う。さらに得意気になり彼女を追撃する。
「公爵様なら、なにも貴女の役に立たないわよ? あの人、女の顔すらまともに見ないでしょう。娘の嘘と本音も区別がつかない、ただの盲目な人形よ」
「一度もお姉様を助けたことなんてないじゃない」
「私が少し優しくすればアッサリ信じてくださるし、マリアベル様は愛されてないのね。お可哀想に」
醜悪に顔を歪めながら、義母と義妹は意地悪く嘲笑った。黙っていたのは、反論できなかったからではない。
今日は、言わせるために、黙っていた。
そして、口を開く。
「“今の言葉”、本当なのでしょうか。お父様?」
扉の向こうから、足音が響いた。
「……っ、え?」
「まさか……!?」
公爵が、突如広間に現れた。
マリアベルとヴィオラが仕組んだのである。
おもてなしがちゃんと出来ているか不安だから、そっと陰で見守って後でアドバイスして欲しいのだと…
ティータイムの様子を見届ける為あらかじめ監視用の水晶石を設置してもらっていた。
「すべて、聞かせてもらった」
一部始終を全て水晶石を通して見聞きしていた公爵は、厳しい視線を、義母たちへと向ける。
「ち、違いますの、旦那様! これは、その……ただの冗談で……っ!」
「冗談、ね。前妻を貶め、娘を嘲笑い、“役に立たない”と私を侮辱することが、冗談だと?」
「……っ」
マリアベルは、一礼して、静かに言った。
「おもてなしの席でしたのに、失礼いたしました。
けれど、“親子の本音”をお伝えするには、これが一番効果的かと存じまして」
「……充分だ」
「ま、待ってください!これは違うの!言葉のアヤよ! その子が悪いの、私たちを陥れるつもりで──!」
「出ていけ。 二度とマリアベルの前に姿を見せるな」
その言葉に、義母と義妹の顔が青ざめた。
そのまま、控えていた執事に離婚関係の書類の用意と2人の荷物を纏めるようにと指示を出していた。屋敷が騒然となる。
ヴィオラの指導通りに…
気弱な演技をして、義母の癪に障るように母の品物をちらつかせて煽って誘導し、罠に嵌めた。
マリアベルは緊張が溶けてふう、と息を吐く。
それでも背筋は伸びたまま、微笑を崩さない。
「……ヴィオラさん」
「はい?」
「私、演じきれたかしら?」
ヴィオラは、すっと口角を上げた。
「及第点ですわ、マリアベル様。
“愛されながら相手を追い詰める”悪女が一番、美しいのですもの」
「ふふ……精進しますわ」
その笑いは、もう氷の人形ではなかった。
背後から、父・公爵が静かに歩み寄る。そして、マリアベルを抱きしめた。
「お父…さま?」
「……すまなかった」
ぽつりと呟いたその声に、
マリアベルが少しだけ、驚いたように目を開いた。
「……?」
「私は、お前が“笑っているから大丈夫”だと思っていた」
「母を失ってから心を閉ざしているのだと、そっとしておくのが最良なのだと、あの女の意見を鵜呑みにしていた」
抱き締める公爵の腕は震えている。
「だが、それは違ったのだな。
お前を“信じたい”と願うあまり、声を奪ってしまっていた。盾のつもりが、枷だったのかもしれん」
沈黙。やがて、お嬢様が微笑んだ。
「いいえ、お父様。……気づいてくださったなら、それで十分ですわ」
マリアベルが、目を少し潤ませ、父親の気持ちに応えるように抱きしめ返した。
「では、私の役目はここまでですわね。
“お嬢様を主役にする悪役令嬢”プロジェクト、大成功ということで──」
二人からそっと、ヴィオラは離れた。お代はこちらに、としっかり置き手紙をおいて。
「次は…療養中の王女さまね。地方というのも悪くないわ、ゆっくり育てましょう」
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