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その一

 奴隷(どれい)には、あらゆる(てん)自分(じぶん)主人(しゅじん)服従(ふくじゅう)して、(よろこ)ばれるようにし、反抗(はんこう)したり、(ぬす)んだりせず、(つね)忠実(ちゅうじつ)善良(ぜんりょう)であることを(しめ)すように(すす)めなさい。

                     新約(しんやく)聖書(せいしょ)「ティトスへの手紙(てがみ)第二章(だいにしょう)第九(だいきゅう) - 十節(じゅっせつ)



1.奴隷商、エルフを売る。


「これはクレーフェルト様、重ね重ねのご足労(そくろう)感謝申(かんしゃもう)し上げます」

 玄関(げんかん)ホールに立つ俺はお得意(とくい)(さま)に深々と頭を下げながら、さっと新品バスタオルを差し出す。

「よいよい。こういう機会でもないと、(おう)()に足を運ぼうなどと思わぬからのう」

 びしょ()れの一人がタオルを俺から受け取り、あまり濡れていない方の上着(うわぎ)素早(すばや)丁寧(ていねい)()く。それを見届けた後、俺はもう一枚のバスタオルを素早くびしょ濡れの一人に差し出す。

風邪(かぜ)をひかれたら困りますし、(ゆか)が濡れて誰かが(ころ)ばぬとも限りませんので、どうぞ」

「床が」のフレーズでビクリとしたびしょ濡れの()れは俺よりも深く頭を下げ、差し出したバスタオルを素早く受け取り、急いで自分の体を拭く。

 はぁ~。

 さすが常連客(じょうれんきゃく)。よりによって予約(よやく)前日(ぜんじつ)に来るとはなぁ。しかも雨の日だし。

 (おれ)(さま)(ため)してんのかコンニャロ。


 ティデ・クレーフェルト:Lv10(人間族(マヌシア)職業(しょくぎょう)貴族(きぞく)宝石商(ほうせきしょう)

 生命力(せいめいりょく):100/100 魔力(まりょく):20/20

 攻撃力(こうげきりょく):30 防御力(ぼうぎょりょく):10 敏捷性(びんしょうせい):10 幸運値(こううんち):300

 魔法(まほう)攻撃力(こうげきりょく):5 魔法(まほう)防御力(ぼうぎょりょく):5 耐性(たいせい)(みず)属性(ぞくせい)

 特殊(とくしゅ)スキル:なし


「サンタクララ。お茶の用意を」

 玄関(げんかん)ホールの(となり)応接室(おうせつしつ)

(すで)にできております」

 俺の秘書(ひしょ)サンタクララが「こちらへどうぞおかけになってください」と客とその連れを暖炉(だんろ)の前のソファに案内する。

「あいにくの雨で、お体にお(さわ)りなければよいのですが」

「気にするでない」

 俺は紅茶(こうちゃ)をすする大貴族(だいきぞく)の隣を見る。連れはかなりの美形(びけい)で、男にも女にも見える、中性的(ちゅうせいてき)な感じ。調べる気にもならねぇけどどうせ去勢(きょせい)させられた奴隷(どれい)だろう。貴族の見栄(みえ)犠牲者(ぎせいしゃ)ってやつだ。

「あなたもどうぞ」

「……」


 ラスパ:Lv15(人間族(マヌシア))職業:奴隷(どれい)奉仕(ほうし)活動(かつどう)

 生命力:300/300 魔力:110/110

 攻撃力:20 防御力:60 敏捷性:40 幸運値:5

 魔法攻撃力:50 魔法防御力:50 耐性:土属性

 特殊スキル:なし


「セイラン州の上物(じょうもの)です。せっかくですので座って召し上がってください」

 俺に言われて、貴族(きぞく)の顔色をおずおずと(うかが)う連れの奴隷ラスパ。うすぼんやりと瞼を開いたまま軽くうなずく貴族クレーフェルト。

「い、いただきます」

 そしてそっと紅茶に口をつける奴隷。

 どんなソファや椅子(いす)を用意しても決してそこに座らず、敷物のない(ゆか)を選んで正座(せいざ)する奴隷ラスパ。

 いつものやりとり。

「ではこちらが商品(しょうひん)説明書(せつめいしょ)になります」

 俺は〝売り者〟について記載(きさい)した羊皮紙(ようひし)をクレーフェルトに差し出す。

「ふむ、いつも通り、ミウォシチ殿(どの)。そなたの口から聞かせて欲しい。商品を見ながらのう」

「かしこまりました。では連れてまいりますので少々お待ちください」

「それには及ばん。ワシ(みずか)ら向かおう。他の品もついでに見てみたい。(かま)わぬか?」

 秘書のサンタクララが俺をちらりと見る。俺はその視線(しせん)微笑(ほほえ)みで答える。

 上等(じょうとう)だよ。会社(かいしゃ)信用(しんよう)調査(ちょうさ)ってやつか。

承知(しょうち)いたしました」

 俺は貴族クレーフェルトとその連れの奴隷ラスパとともに玄関ホールに出る。そのまま店舗(てんぽ)の二階に案内(あんない)する。

「「!」」

「どうかいたしましたか?」

 足音がすぐ止まったのに気づき、俺は()り返る。

「なんだこれは?」

 なんだこれって言われても、見ての通りスキルアップ中……なんてわかるわけねぇか。

「今日は(あめ)ですので、文字の読み書き、計算、機織(はたお)り、裁縫(さいほう)看護(かんご)楽器(がっき)護身術(ごしんじゅつ)などを各々(おのおの)が好きに学んでいるようです」

 たくさんある二段ベッドは晴れの日の労働(ろうどう)(つか)れている年配(ねんぱい)奴隷(どれい)とケガをした奴隷以外、昼の今は使われてない。

 一方で二段ベッドの反対側(はんたいがわ)大広間(おおひろま)は元気のある奴隷たちでワイワイガヤガヤしている。

 企業(きぎょう)説明会(せつめいかい)会場(かいじょう)みたいに自分たちで勝手に仕切ったスペースの中、俺の売る奴隷たちはめいめい好きなことを学んでいる。

 勉強(べんきょう)技術習得(スキリング)

 魔法使(まほうつか)いがもっている魔法みてぇな特殊(とくしゅ)スキルとかじゃなくて全然(ぜんぜん)OK。

 読み書きそろばん、礼儀(れいぎ)作法(さほう)なんかを心得(こころえ)ているだけで奴隷は十分世の中の役に立てる。

 奴隷(どれい)。スレイブ。

 何らかのスキルがあれば奴隷は高く買い取られ、しかも(らく)家内(かない)労働(ろうどう)に回される可能性(かのうせい)も高いと教えてあるから、俺んとこの奴隷の雨の日の様子はいつもこんな感じ。

 晴れの日の肉体(にくたい)労働(ろうどう)より気合い入ってるかもしれん。一階(いっかい)で仕事している俺的にはもう少し静かにして欲しいけど、しゃーない。白熱(はくねつ)教室(きょうしつ)邪魔(じゃま)はできん。

(くさり)(おり)もなし。どういうことじゃ?」

 どういうことって?

 ああ、貴族様はそっちが気になったのね。

 考えてみたら、(おう)()に店を構えてから、客には売り場しか見せたことがなかった。

 ここ王都じゃ商品(しょうひん)以外(いがい)興味(きょうみ)を持つ連中(れんちゅう)なんてあんまりいねぇし。

 で、俺は奴隷に(くさり)(おり)(もち)いない。

 でも応接室で引き渡すときは鎖につなぐ。もっぱら客を安心させるために。

「彼らには私の奴隷(どれい)(もん)がありますので、問題(もんだい)ございません」

 売り者の奴隷の一人ニマツカを見ながら俺は返答(へんとう)する。

 彼女はイリカスピ王国(おうこく)公用語(こうようご)ジェリードを小さな黒い板にチョークで書いて覚えてようとしている。(となり)の同性の奴隷シキビエと切磋琢磨(せっさたくま)して(はげ)めや。

奴隷(どれい)(もん)なんぞあてにはならぬ。ワシなぞこれまで奴隷紋を(きざ)んだ奴隷に五人も逃げられたわい!」

「ふん」と(はな)を鳴らす貴族様のお顔はどこか苦々(にがにが)しげ。

「きっと紋を刻んだ奴隷商(どれいしょう)粗忽(そこつ)だったのでしょう」

 貴族の連れラスパの(ひたい)奴隷(どれい)(もん)とその下の涙目(なみだめ)を見ないようにして、俺はただ言葉を返す。

「いや……奴隷がおぬしから逃げないのは、逃げれば〝どうなるか〟をみな、知っておるからじゃろう」

恐縮(きょうしゅく)でございます」

「フフフ。(よわい)十六(じゅうろく)にしてその残虐(ざんぎゃく)さと(かしこ)さ、末恐(すえおそ)ろしいことよ」

 コイツ何かよく分からんこと言ってるけど、俺は悪趣味(あくしゅみ)変態(へんたい)貴族(きぞく)のお前らみてぇに奴隷のキンタマなんて引っこ()かねぇから。独裁(どくさい)政治(せいじ)とかしてねぇから。……たぶん。

()(あま)るお言葉…………さて、こちらでございます」

 先回りして俺の秘書サンタクララが声を掛けた奴隷がいそいそとこっちへ来る。

 おっ、最初から全裸(ぜんら)のフルチンで走ってきた。

 買われる気マンマンじゃん。


 ヒジュル:Lv15(鼠人族(ティクス))職業:奴隷(どれい)

 生命力:700/700 魔力:10/10

 攻撃力:220 防御力:460 敏捷性:80 幸運値:5

 魔法攻撃力:10 魔法防御力:20 耐性:土属性

 特殊スキル:なし


「名前はヒジュル。鼠人族(ティクス)の男」

人間族(マヌシア)ではないのか?」

 やっぱり不服(ふふく)そうだな。まぁそうこなくっちゃ。

「申し訳ございません。ご要望(ようぼう)沿()う者を探したのですが、今は人間族(マヌシア)どうしの戦乱(せんらん)が減りましたので、亜人族(あひとぞく)しかご用意できませんでした」

 俺は肉付きのいい貴族クレーフェルトの()えている目を(のぞ)きこむ。

 クレーフェルト。貴族。奴隷の所有者(しょゆうしゃ)

 奴隷が(はだか)でいることには当然驚(とうぜんおどろ)かねぇ。

 奴隷の査定(さてい)において奴隷を裸にするのは当たり前。動物(どうぶつ)品評(ひんぴょう)と同じ。

 貴族がわずかに驚いているのはおそらく俺の奴隷の表情(ひょうじょう)

 自分から(ふく)()()て嬉々(きき)として現れた奴隷の表情。

 おうおう。ヒジュルのポコチン見ている連れの奴隷の浮かねぇ顔ったらねぇな。

 泣くなよラスパ。

 他人(たにん)比較(ひかく)したら人生(じんせい)()けだぜ?(とく)奴隷(スレイブ)っていう職業(しょくぎょう)はな。

「……話を続けよ」

「はい。身長は168ヒンチヘートル。体重は58ヒロフラム。年齢は23才。鼠人族(ティクス)なので公用語であるジェリード語を話せないばかりか、手紙の代筆(だいひつ)朗読(ろうどく)もできません」

 とは言っても今の今まで一生懸命(いっしょうけんめい)読み書きの練習してきたから、ちったぁ上達(じょうたつ)したかも。

「……」

「ただ逃亡癖(とうぼうへき)賭博癖(とばくへき)自殺(じさつ)未遂歴(みすいれき)(しっ)(ぺい)もございません。元は公有(こうゆう)奴隷(どれい)としてこのイリカスピ王国の道路(どうろ)補修(ほしゅう)を行っておりました。ですので私有(しゆう)奴隷(どれい)のように疲弊(ひへい)()くしておりません。体力と筋力があります」

「そして鼠人族であるならば憶病(おくびょう)でまめまめしく(はたら)くというわけか」

左様(さよう)です。この者は年に一度の収穫(しゅうかく)(さい)の日に支給(しきゅう)される一杯のワインと200フラムのチーズを楽しみに生きてきた青年(せいねん)です。そして願わくば」

解放(かいほう)奴隷(どれい)夢見(ゆめみ)る〝(もの)〟か?」

 俺の奴隷に嘲笑(あざわら)うかのような目ぇ向けんなよジジィ。()(たお)すぞコラ。

「いいえ。〝(ゆめ)〟ではなく〝予定(よてい)運命(うんめい)〟です。七年(ななねん)契約(けいやく)でございます」

「……ふふ」

 ()えた貴族の目は奴隷ヒジュルから俺に向けられる。


 リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族(マヌシア))職業:平民(へいみん)奴隷商(どれいしょう)

 生命力:240/240 魔力:666/666

 攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120

 魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性

 特殊スキル:LiDr


「解放奴隷になるまでの期限(きげん)を最初に(もう)けるとは、さすがリュボウ・ミウォシチ。恐るべき()(ふだ)よ」

奴隷(どれい)(しば)(かせ)恐怖(きょうふ)希望(きぼう)でございます」

 貴族の連れの奴隷ラスパの肩がわずかに(ふる)えてる。

 この部屋もこの話も、おめぇには残酷(ざんこく)すぎるよなぁ。

「恐怖と希望……奴隷(どれい)(もん)効果(こうか)解放(かいほう)奴隷(どれい)条件(じょうけん)か。実に面白(おもしろ)い」

 ラスパ。

 雨という偶然(ぐうぜん)と、お前の主人がクレーフェルトっつう必然(ひつぜん)(うら)みな。

「いかがいたしましょう?」

「王都のかつての()()まりまで、わざわざ足を運ぶ」

 それがどうした?(いや)ならウチの店に来んなジジィ。

「しかもその目的は、年端(としは)もいかない青年の営む奴隷(どれい)(いち)で奴隷を(もと)むること」

 悪かったな。

 見た目はチン毛が生えたばかりのドーテー(さわ)やか少年だ。……たぶん。

「青年は(いつわ)ることなく奴隷の短所と長所を客に伝える。(うそ)(めぐ)り巡って身を(ほろ)ぼすもとになることを心得(こころえ)るがため」

 詐欺(さぎ)は身の破滅(はめつ)

 つってもあくまで「本当のことは言わねぇけど嘘も言わねぇ」だけ。

 ぜんぶ商売(しょうばい)基本(きほん)だろうが。

「客の要求をそのまま()まず、(ちが)う切り口で魅力的(みりょくてき)な商品をちらつかせる」

 売れねぇしんどいもんもたくさん売ってきたからなぁ。

 営業(えいぎょう)(ばたけ)出身(しゅっしん)ならこれくらいは(じょ)(くち)

「客に対しては去る者を追わず、来るものを(こば)まぬ姿勢(しせい)といい、憎々(にくにく)しいほどの商才(しょうさい)。ワシの(せがれ)におぬしの(つめ)(あか)でも呑ませたいわい」

 いちいち人の商売の説明せんでええねん。

 買うのか買わねぇのかさっさと決めろデブジジィ。早くしねぇと階段(かいだん)から突き落とすぞ。

「いくらじゃ?」

 待ってました!よっしゃ!

「300万エヌになります。相場(そうば)より400万エヌ安いのは、解放奴隷になるまでの期限(きげん)を設けているためでございます」

 両腕(りょううで)を下ろし、リラックスした直立(ちょくりつ)姿勢(しせい)で俺は貴族クレーフェルトをまっすぐ見上げて()げる。

「700万エヌ支払(しはら)う。そのかわり解放(かいほう)奴隷(どれい)条件(じょうけん)を」

「なりません。解放奴隷条件は絶対(ぜったい)です」

 黒い(ひとみ)の目をギョロリと()いて俺は宣告(せんこく)する。

「この〝(もの)〟に(つま)(めと)らせてもか?」

 ヒジュルとラスパ、二人の奴隷が俺を見る。

「その場合は妻や子どもも含めてこの(もの)のご購入(こうにゅう)から七年後に全員(ぜんいん)、解放奴隷としていただきます」

「それでは経費(けいひ)に対し(わり)が合わぬ」

 貴族が裸の奴隷を一瞥(いちべつ)する。

 たくましい筋肉をもつのに普段オドオドしている鼠人族(ティクス)ヒジュルの鼻息(はないき)は今、(あら)い。

「ですから300万エヌなのです。お()()さないのでしたら、吹き溜まりに店を構えていない、檻と枷だらけの(きら)びやかな他店(たてん)をどうぞお(たず)ねください」

 ニコニコ顔の俺はちらりと美しい奴隷に目を向ける。

 彫像(ちょうぞう)のように綺麗(きれい)な体をもつ人間族(マヌシア)ラスパの表情はいつも以上に静かで暗い。息してんのかこいつ?

「……」

 一方で俺から目を離さねぇ奴隷の飼い主。

 ビール(だる)みてぇに肥えて、奴隷(どれい)所持(しょじ)こそステータスだと信じて(うたが)わねぇ俗物(ぞくぶつ)に、俺はどう(うつ)る?

「いかがいたしましたか?」

「ぶれぬな。ワシの負けじゃ。300万エヌで手を打とう」

 デブチン貴族から深いため息が出て、少年姿の俺に降りかかる。こいつの息くっせぇ!便所(べんじょ)よりくっせぇ!!

「ありがとうございます。では契約書(けいやくしょ)をしたためますので、(あらた)めて部屋へ戻りましょう」

 買った。

 勝った!

 営業(えいぎょう)実績(じっせき)ナンバーワンの元営業(もとえいぎょう)マンをなめんなよ!


「お(つか)れさまでした」

 玄関(げんかん)ホールで貴族クレーフェルトらを見送った後、応接室に再び戻る俺とサンタクララ。

「ふう。どうってことねぇよ。まだ今日はこれで4件目だ。正式な予約(よやく)だけでもあと9件。こんなところでへばってられっか」

 なんて格好(かっこう)つけられるのも、この十六歳の肉体(にくたい)のおかげ。

 〝以前の俺〟なら日にエナジードリンク5本と三郎(さぶろう)(けい)ラーメンの「(めん)700グラム(かた)めヤサイ・ニンニク・セアブラ・カラメ・全マシマシ」を注入しないともたなかった気がする。

「お若いとはいえ、あまりご無理(むり)をなさらないでくださいませ」

 そう言って兎人族(ケリンチ)の秘書サンタクララは俺にあったかい言葉と紅茶を出してくれる。


 サンタクララ・オーサカ:Lv19(兎人族(ケリンチ))職業:奴隷(どれい)社長(しゃちょう)秘書(ひしょ)店舗(てんぽ)経理(けいり)

 生命力:1000/1000 魔力:400/400

 攻撃力:730 防御力:520 敏捷性:260 幸運値:60

 魔法攻撃力:60 魔法防御力:70 耐性:闇属性

 特殊スキル:LisM


 紅茶もサンタクララもほんとむかしっからいい(にお)い。

 なんていうとセクハラになるから心の声にとどめる俺。

 さすがは同期(どうき)最速(さいそく)中間(ちゅうかん)管理(かんり)(しょく)昇格(しょうかく)した(おとこ)!TPOわきまえちゃってるーっ!

 じゃなくて〝今〟は社長(しゃちょう)、か。十六歳(じゅうろくさい)若造(わかぞう)の。

「そだね~。俺はサクラより2歳も若いもんねぇ~イタイタイタイ!」

 サンタクララをあだ名で呼ぶ若造社長のほっぺを指でつまむバニーガール秘書。

「怒りますよほんと……いつも心配してるのに……」

 あっ!

 アカンて(ねえ)さん!

 銀髪(ぎんぱつ)ロングヘアを()きあげて(いろ)っぽい()(ぐさ)するのホンマにアカンて!

 十六歳のボンにはホンマに刺激(しげき)が強すぎるて!!

「ありがとさん。お前がそばにいてくれてほんとにいつも助かる」

 緊急(メーデー)緊急(メーデー)!!

「リュボウ様の奴隷(どれい)ですので当然です」

 眼鏡(めがね)属性(ぞくせい)バニーガールのスライム二匹が急接近(きゅうせっきん)!!いつの間に胸元開いたんや?これホンマにあかんヤツや!!

「はぁ、はぁ……当然のついでに子作……」

 ダムンッ!!

「リュボウ様ーっ!イチゲンサンッスー!!」

 ジャスパー!?


 ジャスパー・アオモリ:Lv22(猫人族(クーチン))職業:奴隷(どれい)店舗(てんぽ)清掃員(せいそういん)

 生命力:400/400 魔力:510/510

 攻撃力:300 防御力:220 敏捷性:900 幸運値:70

 魔法攻撃力:100 魔法防御力:100 耐性:火属性

 特殊スキル: HivS


 さすが(ねこ)(みみ)つるぺたロリッ()!ナイスタイミングで現れた!!

「何々?一見(いちげん)さん?そいならほなしゃーない!(かせ)がせてもらいましょか!」

 フェロモン女王のサンタクララよりいざ脱出(だっしゅつ)。玄関ホールへ俺は急ぐ。

「ちっ!」「むふふーん」

 ジャスパーを(くや)しそうに(にら)むサンタクララと(うれ)しそうににやつくジャスパー。

 二人とも(なか)よくしろよ。

 どっちも俺の大切な奴隷(なかま)なんだから。


「いらっしゃいませ。ようこそ『ダークネス商会(しょうかい)』へ。今日はどのようなご用件(ようけん)でしょうか?」

 応接室に迎え入れたのは、黒のローブ(ふく)を着たちょび髭面(ひげおも)長男(ながおとこ)

 第一(だいいち)印象(いんしょう)(はら)(ぐろ)陰険(いんけん)邪教徒(じゃきょうと)

 けれど腕の立ちそうな用心棒(ようじんぼう)を連れているので第一印象をちょっぴり変更(へんこう)

 ずばり腹黒。陰険。金持(かねも)ち。

 邪教徒はありがたい教祖(きょうそ)(さま)から搾取(さくしゅ)されまくって貧乏人(びんぼうにん)が多いから用心棒なんて(やと)えない。

信者(しんじゃ)」と書いて「(もう)」かるのがカルト宗教(しゅうきょう)。俺からすればそれ全部邪教徒(じゃきょうと)

 邪教徒じゃない金持ちなら大歓迎(だいかんげい)

「ここに治癒(ちゆ)魔法(まほう)を扱える商品は置いているかね?」

「治癒魔法といいますと、使用目的はお客様の邸宅用(ていたくよう)でしょうか?それとも農場用(のうじょうよう)でしょうか?」

「まぁ、邸宅用といったところか」

 そう答える()は上を向く。(およ)ぐ。

「そうですか。あいにくと農場用の者しか現在手元に心当(こころあ)たりがございません」

「ならばそれで良い」

 今度はこっちを向く。直視(ちょくし)

「ちなみにご予算はどのくらいを見積(みつ)もっておられますか?」

「いくらでも構わない」

 ……(あや)しい。

 例えば車の販売店(はんばいてん)新車(しんしゃ)を買いに来て、店のディーラーに車種(しゃしゅ)はおろか、カーオプションも価格設定も任せる新規客(しんききゃく)がいるとする。

 とくりゃあソイツは(ちょう)がつくほどの金持ちか、冷やかしか、転売(てんばい)目的(もくてき)のクソだと思う。

 で、冷やかしだったらぶっ飛ばす。

 まあ俺もセールストークを学ぶためと冷たいドリンクを飲むために夏場(なつば)の外回りで冷やかしたことは四十回くらいあるが、異世界(いせかい)転生(てんせい)したらそれはノーカウント。

 オカンの必殺技と同じ。「それはそれ、これはこれやん」。

「分かりました。実はいるにはいるのですが、その者は貪欲(どんよく)頑固(がんこ)猫背(ねこぜ)で、しかもしばしば()(くず)れたりする(くせ)があります」

 こんなメンヘラ女みてぇなのでも買うかコイツ?

(かま)わない」

 まじッスか!?

 おいこらテメェ、ますます怪しいぜ。

「加えて逃亡癖(とうぼうへき)賭博癖(とばくへき)があり、自分の命を(しち)に入れてしまうような(おろ)(もの)でございます」

 ちょっとカイジっぽくなってきたけど気にしない。悪魔的(あくまてき)に気にしない。

「どんな手を使っても逃がさないし自由(じゆう)行動(こうどう)はさせない」

 へぇ。たいした自信じゃねぇかコンニャロー。

 てめぇの後ろに立ってニヤついてる用心棒は、そんなに腕が立つのかい。


 オキエッソ・アカザ:Lv39(人間族(マヌシア))職業:平民(へいみん)傭兵(ようへい)

 生命力:1600/1600 魔力:800/800

 攻撃力:580 防御力:390 敏捷性:80 幸運値:40

 魔法攻撃力:300 魔法防御力:200 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


 特殊(とくしゅ)スキルこそ持ってねぇけど、レベル39っつったら、Bランク冒険者(ぼうけんしゃ)相当(そうとう)か。

 (かお)中傷(じゅうきず)だらけの〝いかにも〟用心棒を連れた、ちょび(ひげ)(くろ)ローブオヤジ。

 ここらじゃ見ねぇ顔だが、ただの田舎(いなか)貴族(きぞく)じゃねぇな、こいつは。


 カノッサ・ドリゾーネ:Lv11(人間族(マヌシア))職業:貴族(きぞく)骨董商(こっとうしょう)

 生命力:200/200 魔力:40/40

 攻撃力:80 防御力:30 敏捷性:15 幸運値:20

 魔法攻撃力:10 魔法防御力:15 耐性:闇属性

 特殊スキル:なし


「分かりました。ところで保証人(ほしょうにん)の心当たりは……」

即金(そっきん)で買おう」

 貴族カノッサが俺の言葉を(さえぎ)る。

「ただしその奴隷が万一治癒魔法を使えないのであれば、お前の命はないと思え」

 用心棒オキエッソが腰の左に刺した剣の(つか)に左手で軽く()れる。

 やれやれ。

 どうしてそんなに「治癒魔法」にこだわるんだろうねぇ。

 (あや)しい。

 めっちゃ怪しい。

「承知しました。では商品をご用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」。


奴隷商(どれいしょう)はやはり()えぬな」

 応接室のソファに(こし)かけた貴族カノッサが煙草(たばこ)(けむり)をゆるゆる()きながらぼやく。

「お()めにあずかり光栄(こうえい)です」

 俺が用意したのは亜人族(あひとぞく)。なかでも特級(とっきゅう)の亜人族。

「これが、エルフという物か」

左様(さよう)でございます」

「自分の命を質に入れてしまうような愚か者には見えぬが」

 マズそうな煙草がチリチリと()える。

「私の心得(こころえ)(ちが)いにございました。あれはこの者とともにいた別の(おんな)奴隷(どれい)でございました」

「奴隷商は上玉(じょうだま)(かく)すとはよく言ったものだ。それで?」

 俺は風人族(エルフ)の娘に目を向ける。

 (つか)まってここへ売られて一週間しか()ってねぇから、まだ心なんて開かねぇよな。

 二階に上がったさっきもずっとベッドに伏せてたし。


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)

 生命力:460/460 魔力:1000/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


『エアリア。治癒(ちゆ)魔法(まほう)だ。できるか?』

 風人族の母語(ぼご)サポテカ語で俺は話しかける。

 顔を()せていた風人族エアリアは顔を上げ、こっちを(おび)えた眼で見て、コクリと(うなず)く。

 チャキ。スパ。

 疑り深い目をしている貴族カノッサの前で俺はポケットからナイフを取り出し、自分の(てのひら)を軽く浅く切る。

 痛ってぇ。

 ブラック企業(きぎょう)の日常もしんどかったけれど、この異世界(いせかい)商売(しょうばい)も身を切るほど(つら)いぜ。

「……ウィンドヒール」

 風人族エアリアが俺の傷口に両手をかざして(とな)える。

 緑色(みどりいろ)の強い光が彼女の手からあふれ、俺の掌の傷口(きずぐち)にあたる。

 ああ~いたいのいたいのとんでけ~……すっげぇ。

 (なお)った。

 魔法(まほう)っていつ見てもすげぇ。

「という具合です。軽度の傷の治療なら確実にこなせますが、重度の傷の治療ができる保証はございません」

 俺は「どんなもんだい」という気持ちを隠して貴族を見る。

 その貴族カノッサはここへきて、立ったままの用心棒とコソコソ話を始める。

 買うのカノッサ?買わせんのオキエッソ?

「買おう。いくらだ」

 買うんかい。

「700万ヘンです。しかも7年後に解放(かいほう)奴隷(どれい)にするという条件付きです」

「分かった」

 値切りもなし。解放奴隷条件もあっさり鵜呑(うの)み。……完全にチェック。

「分かりました」

 ナイフをしまった俺はパチンと指を()らす。

 部屋に茶を運んでくれたままずっと待機(たいき)している秘書のサンタクララと、エルフを連れてきたボディーガードのジャスパーがてきぱき動く。

覚悟(かくご)はできてるか』

 俺はエアリアに問う。できるわけねぇよな。

 沈痛(ちんつう)面持(おももち)のエアリアはまた頷いて、(まと)っていた服を()ぐ。

「奴隷紋は激痛(げきつう)(ともな)うため、当店では奴隷の(ひたい)ではなく臀部(でんぶ)(きざ)んでおります。それでもよろしいでしょうか」

「ああ。(ひたい)やふくらはぎだとかえって不都合(ふつごう)だ」

 煙草を灰皿(はいざら)に捨てたカノッサが(みょう)な答えを返してくる。

 何に不都合なんだよカノッサ。

「分かりました……では始めましょう」

 俺は奴隷紋を刻むための(てつ)(こて)を貴族に渡す。

 (こて)(グリップ)には(とげ)がある。その棘が貴族の(てのひら)に突き刺さり、血が鏝を流れ(つた)う。

 俺は貴族の握る鏝に手を向け、詠唱(えいしょう)を開始する。

(なんじ)、あらゆる点で汝の主人(しゅじん)服従(ふくじゅう)せよ」

 (むらさき)の炎が鏝先(こてさき)に向かって放たれる。

「汝、主人に(よろこ)ばれよ。汝、主人に反抗(はんこう)するなかれ。汝、主人から(ぬす)むなかれ」

 小さな炎は貴族の()れ流した血液と出合い、炎を大きくして、(しず)まる。

「汝、あらゆる点で主人に対し忠実(ちゅうじつ)善良(ぜんりょう)であれ」

 鏝が(あか)(むらさき)(かがや)く。

「エアリアの左の臀部(でんぶ)へ、そのまま押し当ててください」

「分かった」

 貴族カノッサが言われるがままに、鏝の烙印(らくいん)無造作(むぞうさ)(しり)に押し当てる。

 シュウウー!!

「うううううっ!」

 俺は激痛(げきつう)で倒れそうになるエアリアを支える。

 こらえろエアリア!

 二日もすりゃあ床に座っても痛くなくなる。

 そして一週間!一か月!一年!それをくりかえせば七年なんてあっという間だ!

「もう大丈夫(だいじょうぶ)でございます」

「ふむ」

 焼き鏝に押し慣れてんだろうな。

 罪悪感(ざいあくかん)欠片(かけら)も感じられねぇ表情。


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)家事(かじ)使用人(しようにん)

 生命力:360/460 魔力:900/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


 それで優越感(ゆうえつかん)に浸ることもねぇ(なぞ)の表情。マジでこいつ、何を考えてる?

「さっそくだが奴隷紋の効果を試させて欲しい」

 貴族カノッサの掌の傷の消毒をしようとしたサンタクララが固まる。

「当店の奴隷紋は特別で効果が(はなは)だしく、しかもこの者はまだ奴隷紋を入れたばかりなので少なくとも二日は猶予(ゆうよ)をもってこちらで体力を補ってから……」

「今すぐ知りたい。偽物(にせもの)の奴隷紋であっては困るからな」

 サンタクララから包帯を奪うようにしてとった貴族カノッサはそう言いながら自分の手の傷口をグルグルと巻いていく。その手のひらはサボテンでも握り続けたんじゃねぇかっていうくらいたくさんの古傷。

 要するにたくさんの奴隷を所有してやがるってことか。

 骨董商カノッサ。

 そんなにたくさんの奴隷を何に使う?

 副業(ふくぎょう)大規模(だいきぼ)農地(のうち)経営(けいえい)でもやってんのか?

 いずれにしても奴隷の〝扱い〟に慣れてんなこいつ。悪い意味で。

「……かしこまりました。ジャスパー」

「はい。リュボウ様」

 ジャスパーが銀の小さなプレートをカノッサに渡す。プレートには奴隷(どれい)(もん)発動(はつどう)呪文(じゅもん)()ってある。本来であれば二日後に渡すはずだったもの。

 一方の俺はシルクのハンカチを胸ポケットから取り出す。

『これから奴隷紋の効果を(ため)す。死ぬほど痛ぇけどとにかく()えろ。(した)()むな』

 早口で俺は言って、エアリアの口に強引にハンカチをつっこむ。

 驚くエアリア。そこから目を背けるサンタクララ。それを直視するジャスパー。

「もう構わぬか?」

 銀のプレートの文字を見ながらカノッサがつまらなそうに聞いてくる。

「……どうぞ」

 すまねぇ。


「ふむ……「(なんじ)不忠(ふちゅう)不義(ふぎ)(ばっ)する」」。


「!?」

 次の瞬間、エアリアの体がのけぞる。

 ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!

「んんんんん!!」

 烙印を刻まれる以上の激痛。それが奴隷(どれい)(もん)の効果。主人に逆らうと(くだ)(ばつ)


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)家事(かじ)使用人(しようにん)

 生命力:125/460 魔力:620/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


「あまり行使(こうし)なさると(のう)(こわ)れて魔法が使えなくなります」

 いたって冷静(れいせい)に、俺は伝える。

 ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!

「うあああああ!」


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)家事(かじ)使用人(しようにん)

 生命力:73/460 魔力:330/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


 そう、俺はいたって冷静に、手をかざし続ける貴族カノッサに言う。

「悪くない。ここは商品も奴隷紋も一流のようだな」

 ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!

 そうだ。俺の奴隷も奴隷紋も一流だ。

 ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!

「あああああああああーっ!!」


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)家事(かじ)使用人(しようにん)

 生命力:11/460 魔力:180/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


 だから呪詛(じゅそ)を早く止めろ!さもないとぶっ殺すぞてめぇ!!

 ス。

「もうよろしいかと」

「「!?」」

 赤い瞳を光らせたサンタクララがカノッサの首に、伝票(でんぴょう)千枚通(せんまいどお)しの針先(はりさき)を押し当てる。

「やりすぎッスよ」

 金の瞳を光らせたジャスパーがオキエッソの股間(こかん)の前で、太枝切(ふとえだき)りバサミを開いている。

 貴族カノッサも用心棒オキエッソも突然の出来事に驚愕(きょうがく)する。

 呪詛がやっと止まる。

 俺の腕の中でぐったりとするエアリア。

「貴様!この私に何のつもりだ!?」「亜人族の分際で……」

 ドンッ!

 怒鳴った貴族と剣を抜こうとした用心棒が今度はこっちをハッと見る。

「お客さん。首とポコチンが大事ならほな、契約書(けいやくしょ)をまとめましょか」

 一本の木から彫り出した高級テーブルの脚を思い切り()った俺はそう言って、交渉のテーブルに貴族を座らせた。


 用心棒オキエッソはいったん席を(はず)した後、少しして別の男を連れて戻ってくる。

 その男が手にしているのは700万ヘン分の金貨(きんか)の入った(あさ)(ふくろ)

「契約書の確認は以上になりますが、何かご不明な点など質問(しつもん)はございますか」

「何もない。さあ700万ヘンだ。その奴隷をいい加減(かげん)(わた)してもらおう!」

御覧(ごらん)の通り納金(のうきん)(がく)を確認中です。少々お待ちを」

 秘書のサンタクララと金を運んできた男が急ぎ金貨の枚数を確認している。

『水は飲めるときに飲んどけ』

 すでに餞別用(せんべつよう)の新しい衣類(いるい)を身に着けさせて俺の隣に無理して座らせているエアリアに白湯(さゆ)を飲むよう話しかける。

 白湯にはハイポーションも混ぜてある。

 奴隷紋の呪詛(じゅそ)のダメージも烙印の痛みもこれでちったぁ減るだろう。

「確認しました。確かに700万ヘンございます」

「分かった。それでは」

 サンタクララの連絡を受けた俺は、白湯を無理して飲み干したエアリアと共に立ち上がる。貴族と金運びも腰を上げる。

『達者でな』

 俺はエアリアにそう言い、彼女に手枷(てかせ)をつけ、貴族カノッサに引き渡す。

 手枷の(かぎ)を俺から受け取った金運びの男は彼女の枷の(くさり)をつかみ、強引(ごういん)に引っ張って応接室から出ていく。そのあとを貴族と用心棒が続く。

「お忘れなく」

「「?」」

 俺の低くした声でカノッサとオキエッソが()(かえ)る。

契約(けいやく)履行(りこう)絶対(ぜったい)です」

 そう言う真顔の俺の隣でジャスパーがニコニコしながらハサミをジョキジョキ動かす。

「……ふん」

 貴族は鼻で笑い、用心棒は床に(つば)()()て、店を出て行った。



 ――起きなさい。

 なんだ?(とう)(きゅう)メトロの駅員(えきいん)?また終点(しゅうてん)まで行っちまったの俺?

 ――目を覚ますのです。

 いや待てよ。34(れん)(きん)()けで、久しぶりに家で酒飲んで爆睡(ばくすい)してたんじゃなかったか?となるとこの声はMHKの勧誘(かんゆう)か?

 ――(つの)(くま)龍造(りゅうぞう)。起きなさい。

「……」

 ……はい?

 なんだ?ここ?

 なんだ?何?え?どこここ?

 白。シロ。しろ。真っ白な地面(じめん)

 でも(そら)はちゃんと青い。よかった。……ってなにがだよ。

 つうかマジでここどこだよ!?

 ――ここは審判(しんぱん)()です。

 そうか。シンパンノマ……誰ですか俺に話しかけてきてんの。

 ――私は女神(めがみ)イシュタル。死者(ししゃ)(たましい)裁定(さいてい)する存在(そんざい)

 ……。

 ……。

 ちょっと待て。

 えっと、どこからツッコめばいい?

 落ち着け。落ち着け龍造(りゅうぞう)

 顧客(クライアント)のカスハラクレームじゃない。MHKの勧誘でもない。

 女神ってことは女の神様か。

 誰に似てんだろう。……いや待て。ツッコむのはそこじゃねぇだろ。

 シシャノタマシイイ?

 シシャって言ったぞコイツ。

 支社?

 使者?

 え?え?

 ――あなたは死にました。ご自分の最期(さいご)を覚えておりませんか。

 サイゴ?へ?

 ……ああ。そう言えば。

 俺、久しぶりの連休(れんきゅう)東命高速(とうめいこうそく)に乗って……そんで(あお)り運転されてチキって逃げようとして……

 ――そうです。あなたの命はとてつもない物理(ぶつり)衝撃(しょうげき)を受け、車輪(しゃりん)をもつ機械箱(きかいばこ)とともに尽き果てました。

 うっそ。

 俺……交通(こうつう)事故(じこ)で死んだの?

 マジ?

 それで何?

 これからどうなんの?

 ――あなたの人生は不運(ふうん)な終わりを迎えました。しかしそれも因果律(いんがりつ)

 インガリツ?

 どういうこと?

 ――生前(せいぜん)(おこな)いによって死に方は決まる。あなたの生き方が死期(しき)を早めたのです。

 それって何。

 俺の生き方が悪かったせいで(あお)り運転受けて事故ったっていいたいの?

 (むく)いを受けたってこと?ひどくね?

 ――これより最後(さいご)審判(しんぱん)をはじめましょう。行き先は地獄(じごく)天国(てんごく)。女神たる私に虚偽(きょぎ)を告げれば即地獄行き。女神たる私の正義に反していればそれもまた即地獄行きとなります。

 いきなり何を始めるかと思えば裁判(さいばん)かよ。そう言えば同級生のベンゾウ、司法(しほう)試験(しけん)受かったのかな?いい加減あきらめて就職(しゅうしょく)すりゃいいのに。

 ――(つの)(くま)龍造(りゅうぞう)に問いましょう。

 白い砂煙(すなけむり)が巻き起こったと思ったらようやく姿が見えてきた。

 んだよ。

 錦紙町(きんしちょう)のキャバ(じょう)みてぇだ。プークスクス!いいねいいね。親近感(しんきんかん)わくじゃん。ドンペリのシャンパンタワー、またいれちゃうぞ~?

 その白い六枚の(つばさ)衣装(いしょう)か何か?大晦日(おおみそか)MHK紅白(こうはく)のサッチーより豪華(ごうか)じゃん。


 ――(ひと)(いのち)価値(かち)(びょう)(どう)か?


 あぁ?

 なんつった今?


 ――問う。人の命の価値は平等か?


 ヒトノ、イノチノ、カチハ、ビョウドウカ?

 ……ふふ。

 へへっ。へっへっへっ。

 簡単(かんたん)すぎる質問(しつもん)

 何それ?マジウケル~。

平等(びょうどう)……」

 答えなんざ、小学生のガキだって知ってる。


「なわけねぇだろうが!!!!!!!」


 ――いいえ。平等です。


 ほざけキャバ嬢!

 それってあなたの感想(かんそう)ですよね!!

「そうか!じゃあ言い直す!俺のいた世界〝では〟平等じゃなかった!国籍(こくせき)性別(せいべつ)年齢(ねんれい)貧富(ひんぷ)健康(けんこう)状態(じょうたい)性格(せいかく)!タイミング!これが全員(ぜんいん)(ちが)うから人の価値は(つね)変動(へんどう)する!これが俺のいた世界の真実(しんじつ)であり常識(じょうしき)だ!」

 人材(じんざい)派遣(はけん)業界(ぎょうかい)に入ってコンサルタントやって10年。

 顧客(こきゃく)のハイクラス転職(てんしょく)成功率(せいこうりつ)同期(どうき)ナンバーワンの(おれ)(ちか)う。

 ヒトの価値は絶対に平等じゃない。


 ――問いを続けましょう。あなたのいた世界如何(いかん)を問わず、ヒトには他の動植物(どうしょくぶつ)を上回る普遍的(ふへんてき)価値(かち)があると思いますか?


「思わない!場合によってクソムシ以下だ。放火(ほうか)殺人者(さつじんしゃ)はノラ(ねこ)未満(みまん)だ。強姦(ごうかん)殺人者(さつじんしゃ)はごみを(あさ)るカラスよりはるかに(おと)る。だから死刑(しけい)制度(せいど)がある。だから刑務所(けいむしょ)への収監(しゅうかん)がある。それに普遍(ふへん)!?ただ生きているだけで(とうと)いのなら、どの生き物も同じくらい尊いはずだ。だが世の中を見てみろ。インフルエンザを(わずら)った産業(さんぎょう)動物(どうぶつ)食肉鶏(ブロイラー)愛玩動物(ペット)のネコの「タマ」みたいに名前(なまえ)をつけてもらって病院(びょういん)治療(ちりょう)してもらえるか?(いな)(さつ)処分(しょぶん)される!実験(じっけん)動物(どうぶつ)のマウスは()(けん)やゲノム編集(へんしゅう)実験後(じっけんご)()(はな)ってもらえるか?(いな)(かなら)抹殺(まっさつ)される!ゆえに命の価値は平等なんかじゃない!」

 はいキャバ嬢のマウントとりました~。

 キャバ嬢にマウントとか~考えてみたらなんかエロい~。


 ――ヒトには他の生物を上回(うわまわ)普遍的(ふへんてき)価値(かち)(そん)(ざい)します。なぜなら(かみ)(みずか)らに()せてヒトを(つく)ったのですから。


「そんな理由でお前がヒトを創り特別(とくべつ)(あつか)いして神を名乗(なの)るならテメェは無能(むのう)のイカサマクズだ。なぜならヒトの命の価値は平等だとほざきながら平等にする方法(ほうほう)を人間に教えねぇからだ。本当は平等にする方法なんざお前は知らない!それで「見守(みまも)る」とかほざいて気に入らねぇ人間(にんげん)は「悪だ」と決めつけて(かた)(パシ)から殺してるだけの殺人(さつじん)()がお前みてぇな神だ!!」


 ――神を侮辱(ぶじょく)するその()しき(たましい)、地獄に落ちるとしても改心(かいしん)するつもりはありませんか?


「ああないね。改心するなんて(うそ)を言ったらそれこそ地獄に落ちる。コンサルタントはクライアントにもキャバ嬢にも嘘はつかねぇんだ。てめぇみてぇな「信じる者をたまに救う」イカサマペテン師と違ってな!」


 ――わかりました。これよりあなたを地獄へと召喚(しょうかん)します。


 はいはいどうぞご自由に。

 あ~すっきりした。

 盛大(せいだい)にウンコ出し切った感じ。

 ケツ()かなくてもいけんじゃねってくらい(そう)(かい)


 ――地獄の名はパイガ。あなたはその地で転生(てんせい)を果たします。


 転生?

 転職(てんしょく)の聞き間違(まちが)い?

 ジョブチェンジ?


 ――ヒト〝にだけ〟普遍的(ふへんてき)な価値がある。それをあなたの魂が認めるまで、地獄を彷徨(さまよ)いなさい。


 どこにいこうと誰が〝そんなもん〟認めるかよバーカ!ヴァーカ!


 ――(たましい)浄化(じょうか)したあかつきには伝説(でんせつ)勇者(ゆうしゃ)が見つかり、そして魔王(まおう)は……


 ちょっ、え?なに?

 最後の(むね)(あつ)そうな(はなし)!聞き取れなかったんですけど!?

 勇者?魔王!?

 リメイク(ばん)のドロクエⅣでも(はじ)まるの!?ねぇキャバ(じょう)ちょっと待っ……



「リュボウ様?」

「……ん」

 この(にお)いは……サンタクララか。

(つくえ)で寝ちまってたか」

 玄関ホールを(はさ)んで、応接室の反対側(はんたいがわ)の部屋。

 (まき)ストーブと蝋燭(ろうそく)()以外(いがい)の消えた執務室(しつむしつ)の机で目を()ましたらしい俺。

 (いや)(ゆめ)を見た。夢っつうか……はぁ。

「だいぶお疲れだったのでしょう。もう今日は寝室(しんしつ)のベッドでお休みください」

「んん。そうしたいのはやまやまなんだけどな」

 サンタクララが部屋の照明(しょうめい)水晶(すいしょう)に手をかざす。執務室をオレンジの光が照らす。

「昼の突然の商談(しょうだん)のことでございますか?」

「ああ」

 夜のせいで窓ガラスに反射(はんしゃ)するサンタクララの表情を眺めながら俺は答える。

「何事もなければよいので……」

(ぎゃく)だ」

 俺は椅子にもたれて目を閉じる。兎人族(ケリンチ)ではない猫人族(クーチン)息遣(いきづか)いを微かに耳で(ひろ)う。

「?」

「何かあってくれないと(こま)る」

「そう……ですね」

「べ、べつにエアリアのことを心配して言ってるわけじゃないんだからね!」

 ガバッと体を起こしてツンデレをやる俺の背中を夜風(よかぜ)がなでる。

「社長。何キモい真似(まね)してるんスか?」

「やっと戻って来たかジャスパー。待ちくたびれたぜ」

 従業員(じゅうぎょういん)のジャスパーが部屋の扉ではなく(まど)から音もなく侵入(しんにゅう)する。

「戻ってどのタイミングで話しかけようか機会を(うかが)ってたんスけど、リュボウ様のツンデレを見た瞬間背筋(せすじ)が凍り付いちゃって動けなくなってたッス」

「情報はタイミングじゃなくてスピードが命だ。戻ったんならいち早く俺の所に来いっつーの。それより収穫(しゅうかく)は?」

「ばっちりッス!」

 そう言ってジャスパーが俺の前に差し出したのは魔道具の投影(とうえい)水晶(すいしょう)3つ。

 投影水晶。

 音声は記録できないけれど映像(えいぞう)録画(ろくが)はできる。

「タレコミ屋は三人ともバラバラに行動してましたけど、最後は同じ場所で合流することになったっス」

 サンタクララが用意したレモネードをゴクゴク飲みながら俺は三つの映像を早送りで何度も再生する。

「そっか。そっかぁ……へっへっへっへ」

 間違(まちが)いねぇ。こりゃ間違いない。

「やるんスか?」

「当たり前田のクラッカー。(みせ)警備(けいび)事後(じご)処理(しょり)はジャスパー、お前に任せる。ブエルトリコと交代(こうたい)だ。アイツは現場(げんば)に向かわせて、「出てきたら(つか)まえろ」と伝えてくれ」

了解(りょうかい)っス!」

「サクラ。お前はいつも通りだ」

承知(しょうち)しております。お任せください」

 ちょっと目が(うる)んで(ほお)(あか)くなるサンタクララちゃん。

「なぁ、いつも思うんだけどお前、俺の体に何かコソコソやってんだろ?」

「へ!?な、何もしておりませんよ!?」

「「ほんと~?」」

 動揺(どうよう)する兎人族(ケリンチ)に俺と猫人族(クーチン)尋問(じんもん)

「なんでジャスパーまで私を(うたが)うんですか!?私は(だん)じてリュボウ様のお洋服を脱がしたりしてあちこち触ったりなんてしておりません!!」

「お洋服脱がすとか~」「あちこち触ったりねぇ~」

「してません!私はお仕事中のリュボウ様の看護(かんご)だけでなく身辺(しんぺん)警護(けいご)をジャスパーやプエルトリコと同じようにしているだけです!」

「わーったよ。信じる。みんな信じてる。何せおめぇらは」

「リュボウ様の奴隷(どれい)っス!」

「そうだ。それじゃ奴隷(どれい)ども、仕事の時間だロックンロール」

 ジャスパーが執務室(しつむしつ)をドアから出ていく。俺はジャスパーが入ってきた窓を閉め、鍵をかける。

「さあこちらへ」

 執務室の(となり)

 サンタクララが俺を独房(どくぼう)みてぇにゴツい寝室(しんしつ)へと誘う。

「じゃあ(まか)せるぜ。いつも通り、〝終わる〟まで何かあってもどうにもできねぇ身体だから(たの)む」

 俺は言いながらベッドに腰かける。

「はい。お任せください」

「そして無防備な年下チェリーボーイのチェリーをムキムキして一人愉(たの)しむチェリーボーイハンター」

「だから私は何もしてないってば!」

「そんなムキになって怒るなよ。ちょっとからかっただけだろ。それよか(たの)んだぜ、相棒(サクラ)

「はい。リュボウ様」

 (くつ)()ぎ、ベッドに横になった俺は目を(つむ)り、全神経(ぜんしんけい)集中(しゅうちゅう)する。


 リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族(マヌシア))職業:平民(へいみん)奴隷商(どれいしょう)

 生命力:240/240 魔力:666/666

 攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120

 魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性

 特殊スキル:LiDr


 やれやれ。

 何が女神(めがみ)イシュタルだ。

 何が平等(びょうどう)だ。

 しがない奴隷商(どれいしょう)夫婦(ふうふ)の息子に俺を転生(てんせい)させたくせに、何が「命の価値は平等」だよ。


 リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族(マヌシア))職業:平民(へいみん)奴隷商(どれいしょう)

 生命力:240/240 魔力:665/666

 攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120

 魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性

 特殊スキル:生命乗取(ライフハック)、Dr


「……生命乗取(ライフハック)


 ズゥウウウム。

 命の価値が平等だと言うのなら、まず奴隷なんてなくしやがれ。

 この地獄パイガから。

 異世界(いせかい)という地獄パイガから。

 奴隷(どれい)制度(せいど)がまかり通る超大陸(ちょうたいりく)アーキアから。


 ドクンッ。


 そんな腐敗した世界に産み落とされた俺は今、女神の呪いで、

「……はぁ」

 貴族カノッサに売り渡した風人族(エルフ)肉体(にくたい)へと憑依(ひょうい)する。


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:340/460 魔力:720/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


 生命乗取(ライフハック)

 俺の(つく)った奴隷紋を刻んだ奴隷の肉体を乗っ取る憑依(ひょうい)魔法(まほう)

 火。水。土。風。光。闇。

 この世界のどの魔法(まほう)体系(たいけい)に属するのかは不明の、女神イシュタルから与えられた呪いのプレゼント。

 まぁさしずめ(やみ)属性(ぞくせい)だろうな。

 精神(せいしん)支配(しはい)に毛が生えたみてぇな魔法だし。

 憑依された、つまり宿主(しゅくしゅ)精神(せいしん)はしばらく「お休みなさい」状態のスリープモード。

「で、ここはどこだ」

「ん?何か言った?」

 やべ。思わず声を出しちまった。マイクテスト。マイクテスト。

「あ、いえ。すみません」

 暗い坑道(こうどう)の中で俺は隣の女に(あやま)る。

 ゆっくりと突き進む松明(たいまつ)の群れ。

 集団の一番後方を歩いているらしい俺、つまり風人族エアリア。

「しっかりしてよ」

 格好と装備からして、俺の両隣(りょうどなり)を歩いているのは治癒師(ちゆし)みてぇだな。

 にしてもずいぶんたくさんの骨があちこちに散らばってやがる。

 何の骨だ?人骨!?おっかねぇな。

 これが例のゲアルスラック鉱山(こうざん)か。さすがは元禁足地(もときんそくち)

 禁足地(きんそくち)

 タタリだの神隠(かみかく)しだの良くないことが起きるって言われて誰も近寄(ちかよ)らない廃鉱山(はいこうざん)

 それがゲアルスラック鉱山。

 噂話(うわさばなし)と散らかった骨から推察(すいさつ)して、魔物(まもの)住処(すみか)になっていたのは間違いねぇな。

 ガキどもが遊びに入ってそのまま行方(ゆくえ)()れずっていうのもこりゃうなずける。

 そんで、このアブねぇ鉱山を買い取ったっていうのがウチの店で風人族(エルフ)のエアリアをお買い上げになった貴族カノッサ・ドリゾーネ。

 (やつ)を調べてわかったこと。

 骨董商(こっとうしょう)っていうのは表向きで、実は水銀(すいぎん)を売って(ざい)を成した成金(なりきん)野郎(やろう)だってこと。

 水銀は金メッキをするのにこの世界じゃ当たり前のように使われている。水銀に溶かした金を石像(せきぞう)銅像(どうぞう)に塗って火であぶれば金メッキができる。

 そして火で蒸気化(じょうきか)した水銀を吸って中毒(ちゅうどく)になる奴はみな奴隷(どれい)で、使い物にならなくなると(かわ)()てられる。

 それも合法的(ごうほうてき)に。

 それがこの地獄みたいな異世界パイガ。

 水銀で脳がイカれて泳げない奴を河にゴミ同然に捨てて溺死させるのを当たり前だと思っている異世界。

 とにかくその成金野郎カノッサが禁足地ゲアルスラック鉱山をイリカスピ王国から買い取った。国にしてみれば禁足地なんてただの不良(ふりょう)債権(さいけん)に過ぎねぇから安値(やすね)売却(ばいきゃく)

 ところがカノッサは廃鉱山(はいこうざん)(きん)鉱脈(こうみゃく)を新たに掘り当てた。成金はスーパー成金になって骨董品にまで手を出すようになりましたとさ。

 ここまでがサンタクララの調べてくれた情報。

 にしても〝もってる奴〟は違うねぇ。廃坑(はいこう)で新たに(きん)鉱脈(こうみゃく)を見つけるなんて。

 偶然(ぐうぜん)にしちゃあできすぎてね?

 まぁ俺にとっちゃそんなことはどうだっていい。

 問題はこの後。

 金鉱脈を見つけて金の量産が始まってしばらくしてから、カノッサは冒険者(ぼうけんしゃ)傭兵(ようへい)、つまり職業(しょくぎょう)軍人(ぐんじん)をやたらと鉱山に送り込むようになった。

 そして奴隷商(どれいしょう)の所にもちょくちょく足を運ぶようになった。

 最初は王都のあるロウェニエミ州を()けて奴隷を買っていたらしいが、(ひと)手不足(でぶそく)か〝不良品(ふりょうひん)〟を田舎(いなか)(つか)まされ続けてしびれを切らしたのか、とうとうロウェニエミ州でも奴隷をお買い上げ。

 それでも止まらずとうとうウラプール市、つまり王都内の奴隷商に頼ってきた。(おう)()最大手(さいおおて)のヘブンハピネス商会(しょうかい)は奴隷の値段(ねだん)(たか)い。

 だからまずダークネス商会、つまりウチに来たってわけ。金持ちのくせに奴隷に関してはケチだねぇ。だいたい骨董品も奴隷も、自分で目利(めき)きができねぇようじゃ持たねぇ方がいいってもんだ。

「いよいよこの先に〝犬〟がいる」

 おっと。

 この声は貴族カノッサか。

 一つだけ()に落ちねぇのは、魔物が出るような危険な鉱山になんで(やと)(ぬし)まで同行しているのかということ。よく見りゃ冒険者や傭兵に混じってカノッサの用心棒(ようじんぼう)オキエッソまでいる。

「お前たちには高い金を支払(しはら)っている」

「あいよ旦那(だんな)。ガーネットウルフが何匹(なんびき)()いて出てこようと、全部まとめて仕留(しと)めてやるぜ」

「宝石ガーネットは戦利品(せんりひん)ってことでもらっていい約束ですよね」

 冒険者や傭兵がいちいちカノッサに確認し、カノッサが「そうだ」と答える。

 ガーネットウルフ。

 鉱山じゃよく聞く魔物だ。禁足地の廃鉱にいても何らおかしくねぇ。

 でもそれにしちゃあ、ずいぶんものものしい兵の数じゃね?

 まぁそんだけガーネットウルフが湧いてるってことか。だから禁足地なんだろう。

治癒師(ちゆし)も三人もいるし、余裕(よゆう)だろ!」

 むむ。

 今言ったな冒険者。治癒師が三人って。

 二人は俺の隣にいるけど、残りはどこかなぁ?

 んでこっちをみんな見てやがる。ってことはもしかするともしかして~

「何かあれば頼むぜ」

「こいつらは奴隷(どれい)だ。頼む必要などない。使(つか)(つぶ)せ」

 ふっふっふっふ。

 とうとう言いやがった。

 聞いたぜ。カノッサ。

 他ならぬ、てめぇの口からな。

 奴隷(どれい)魔物(まもの)討伐(とうばつ)

 これは明確(めいかく)(けい)(やく)違反(いはん)

 魔物討伐は兵士や冒険者、傭兵の仕事。

 つまり職業(しょくぎょう)軍人(ぐんじん)の仕事であり、奴隷の仕事ではない。

 契約書(けいやくしょ)に俺はそう明記(めいき)し、カノッサはその書類(しょるい)にサインした。

 だから鉱山の採掘(さいくつ)労務(ろうむ)は合法でも魔物(まもの)退治(たいじ)への奴隷の使用は違法(いほう)

 この時を待ってたぜぇ。

 密告屋(みっこくや)とジャスパーの情報通りだ。契約違反者は即刻……

「早く行くよ」

「あっ、おいちょっと」

 久しぶりに女の体に入ったもんだからうまく体を動かせねぇ。

 急かすなよ。ったく。まあいい。

 ガーネットウルフの額のガーネットも違約金として没収して……


 ザシュウウッ!!!!


「?」

 ん?なんだ?

 前を歩いていた連中の松明が、消えた。

 グルルルルルルルルルル……

 ああ、なんだ。びっくりした。足元に落ちてるだけか。

 みんなちゃんといて、下半身だけは残ってんじゃん……は?

 ブシュウウ――!

「きゃあああああっ!!!」

 俺の隣の治癒師の悲鳴で振り返る先頭の私兵たち。

 やべぇ!

 何が起きたのかわかんねぇけどやべぇ!

 落ち着け!落ち着け!

 とにかく逃げろ!

「何がどうなってる!?」「知らねぇよ!魔物が攻撃してきた!」「魔物!?ガーネットウルフ?どこにいるの!」

 響く私兵たちの声。

 気づかなかったけど、俺たちはずいぶん広い空間に足を踏み入れていたらしい。

 広くて暗くて、遠くが見えねぇ。

 グルルルルルルルルルル……

「天井だ!天井に何かいる!!」

 私兵の誰かが叫んでみんなが見上げる。つっても暗くて見えねぇんだよ!

「ホーリーライトだ!」「分かったわ!」

 照明魔法を誰かが打ちあげる。

 ファ。

 ……。

 ……はい?

「ケルベロス……」

 誰かがそう言った。

 三つの(くび)を持つ巨大な(おおかみ)。そして長すぎる尻尾(しっぽ)


 ??ケルベロス??:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:17000/17000 魔力:8800/8800

 攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性


 ボタボタ……

 尻尾の先に(くし)()さる、私兵たちの上半身。血と臓物(ぞうもつ)(こぼ)れ落ちてくる。

 グルルルルルルルル……

 (つめ)天井(てんじょう)の岩に食いこませた、逆さま姿の巨大魔物犬が(うな)(ごえ)をあげる。

「うあああああっ!!!」

 パニックになった私兵たちが(もと)()た道を引き返して逃げようとする。

 カッ!

 広間への入口にさしかかった瞬間、青く光る魔法陣(まほうじん)が入口を覆うように発動(はつどう)する。(なぐ)られたみてぇに私兵の一人が広間の中心に吹き飛ぶ。

 ドジャッ!!

 重力に任せて降りてきた魔物ケルベロスに踏みつぶされるその私兵。串刺しの上半身をケルベロスに食われる私兵のなれの果て。

「おい話が違うぞ!」「ケルベロスだなんて聞いてないわ!」

 私兵は叫ぶ。広間の入口の外、青い結界に守られた安全地帯にいる雇用主カノッサに。

 ……。

 ス~フ~。

 アイツ、マ~ジでむかつく。

「犬は犬だ。とにかくアレを殺すか動けなくするまでお前たちをここから出すわけにはいかない」

「なぜだ!?」「さてはお前も魔物か!?」「魔王の手先なのね!?」

「魔王の手先?何を寝ぼけたことを言ってる?」

 その通り、そいつは魔物なんてそんな(じょう)(とう)なもんじゃねぇよ。

「私はれっきとした人間の貴族(きぞく)だ。魔王なんぞ私には関係ないし、そんなものはどうでよい!とにかくそこにいる邪魔(じゃま)な魔物をさっさと殺せ!」

 カノッサ・ドリゾーネが声高(こわだか)に叫ぶ。

 野郎の目。

 見覚えのある目だ。

 (ちゅう)小企業(しょうきぎょう)貧乏(びんぼう)社長(しゃちょう)融資(ゆうし)()りをちらつかせる銀行屋(ぎんこうや)の目だ。

 笑って人を殺せる、思いあがった人間の目。

 生きるのに必死な魔物の目じゃねぇ。

 くそ。くそが!くそったれ!!

 俺は商人(しょうにん)だぞ!?戦闘(せんとう)なんてできるわけ……

「グルルルルルルルル……」

 じゃねぇよな。

 テレビで昔ノッポさんも言ってた気がする。「できるかな」じゃねぇ。「やる」んだよ。

 それがブラック企業戦士。

 異世界転生前は歴戦(れきせん)戦人(バトラー)だったことを忘れてたぜ。

 こうなったらやるしかねぇ。

 エアリアの能力を確認。


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:335/460 魔力:720/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし

 〔使用可能魔法〕

 ・ウィンドカッター

 ・ウィンドヒール

 ・ウィンドアロー


 さすが風人族(エルフ)の魔法使い。

 体も能力もナイスだぜ。生まれ変わったらこんなピチピチギャルになりてぇもんだ。

 でもなりそこねた。

 亜人族の奴隷じゃなくて奴隷を扱う奴隷商人の息子になっちまった。

「ちくしょうっ!」「尻尾と爪に気を付けろ!」「噛みつきもあるわ!警戒をしましょ!」

 そうだ冒険者の兵隊ども。チクショウだ。

 やるしかねぇんだよ!やっちまおうぜ!

 ザシュッ!ブオンッ!

「?」

 ケルベロスはその場で体を一回転させただけ。

 たったそれだけで鞭のような尻尾を食らい、私兵の肉が飛び散り、骨が砕ける。

 待て待て。

 レベチにもほどがある。

 半端じゃねぇぞコイツ。

「ウィンドカッター!」

 ……つっても、よくよく考えてみりゃあ、

「ウィンドカッターッ!ウィンドカッターッ!!」

 首が三つあるだけのイッヌじゃねぇか。

 ファサ!ファササ!

 犬の弱点と言えば、やっぱアレだよな。アレ。

「ウィンドカッター!……ドラゴン風味で」

「!!!!」

 エルフの最弱風魔法を受けて毛をなびかせていただけのケルベロスが首を思いきり持ち上げ、体を地面にたたきつける。「キャフンッ!」と高く鋭い声で鳴いた後、なりふりかまわず転げまわる。

「なんだ!?何が起こった?」「エルフのウィンドカッターが利いたの!?」「自爆!?」

 ちょっと違うぜ。

 名付けて亜空間(あくうかん)ガマグチ。

 耐火(たいか)金庫(きんこ)サイズの小さな亜空間から俺はあるブツを取り出して使用した。

 取り出したのは有価(ゆうか)証券(しょうけん)じゃなくてお気に入りの香辛料(こうしんりょう)。その名もドラゴンズリーパー。

 農園(のうえん)管理者(かんりしゃ)向きの奴隷(どれい)を育てている俺の家庭(かてい)菜園(さいえん)で作った自家製(じかせい)最強(さいきょう)唐辛子(とうがらし)パウダー。

 ストレス発散(はっさん)目的(もくてき)(げき)(から)料理(りょうり)を食い過ぎたあげく、イボ()になった前世の俺。

 これに関しては地獄に落ちても仕方ないと観念(かんねん)している。

 とにかくそんな俺が贈る尻滅裂確定(しりめつれつかくてい)スペシャルブレンド。

「キャフンッ!キャフンッ!!」

 たったの3000万スコヴィル100フラムを粉末にして飛ばしたウィンドカッターだ。

「今がチャンスだ!かかれぇ!!」「うおおおおおおっ!!」

 鼻と口の奥で存分に味わいやがれ。

 ストレス発散どころか異世界発散させてやるぜ!!

「ヴォアアアアアアアッ!!!」

 リアクション芸人みたいに(なみだ)鼻水(はなみず)(よだれ)まみれのケルベロスが叫ぶ。坑道内で音が反響して鼓膜(こまく)が破……

 ベチャア!!

 何か飛んできやがった!!

 ブシュウウウッ!!!!

 おいおい!岩が一瞬(いっしゅん)で溶けてっぞ!

(さん)だ!このケルベロスは酸を吐くぞ!気を付けろ!!」

 ケルベロスに襲いかかろうとしていた私兵が叫び、酸から逃げ回る。ケルベロスから離れていても、溶け崩れる岩から逃げ回る私兵。

「あっ、おいバカ!!」

 逃げることに夢中でケルベロスの間合いに飛びこんじまったおっさん!……南無(なむ)さん。

 ガブッ!!ブシュウ――ッ!!

 まじぃな。マジでまじぃ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 生き残ってるのは冒険者三人と治癒師一人だけかよ。

 唐辛子で大逆転作戦は失敗。次はどうすっべ!?

「あれだ!」

 誰の声?カノッサ?んだよ!?

「「「「!?」」」」」

「あれを回収できたら、その者だけはこの結界から逃がしてやる!」

 何言ってやがるクソ貴族……いや、これで(なぞ)()けた。

 ここにはケルベロスに殺される危険(きけん)(おか)してまで取り戻してぇものがあるってことだな?

「あれって一体どれのことよ!?」

 俺はエアリアの(のど)(ふる)わせて(さけ)ぶ。

「だからアレだ!」「木箱(きばこ)を運べって言うのバカん!?」「違う!木箱の上だ!」「木箱の上の岩なんて運べるわけないじゃないバカん!」「馬鹿(ばか)貴様(きさま)だ!いいか!木箱の上にある()道具(どうぐ)だ」「魔道具って何よ!?ちゃんと(ゆび)さしてバカん!!」

 ウェックウン!ウェックウンッ!!

 俺とカノッサの応酬(おうしゅう)最中(さいちゅう)、ケルベロスの三つの首が変な声を出す。命がけの冥府激(めいふげき)(から)(どう)を一度は歩んだ俺の経験的にあれだたぶん、しゃっくり。横隔膜(おうかくまく)痙攣(けいれん)。にしてもスゲェ奇怪(きかい)な音。小便ちびるくらい怖ぇ。

「あれだ!!!」

 それでますます(あせ)ったらしい貴族カノッサが指を、

「あれをとってこい!!!」

 出しやがった!腕ごと結界(けっかい)の外に伸ばしやがった!!

「よっしゃああっ!」

 奴隷(どれい)(もん)効果(こうか)発動(はつどう)

 カッ!!

「!?」

 エアリアの奴隷紋を所有するカノッサのもとに、俺は一瞬で転移(ワープ)する。

 奴隷紋ワープできる距離(きょり)はせいぜい四十ヘートル。しかも奴隷と奴隷所有者との間に結界みたいな魔法(まほう)障壁(しょうへき)がないことが転移(てんい)成功(せいこう)条件(じょうけん)

 その条件全てを満たした瞬間を見逃さず、俺はクソ貴族カノッサの手元にワープして腕を両手でつかむ。

 ガシッ!

「欲しけりゃ」

「!」

 (かが)む。背負(せお)う。

「てめぇで()ってこいやああ!!」

 ド腐れ貴族を結界外に引きずり出すべく、中学校の必修(ひっしゅう)科目(かもく)だった柔道(じゅうどう)背負(せお)()げをかます。(なつ)かしいぜ。俺はこれで親友のケンちゃんの鎖骨(さこつ)をへし折っちまって、それ以来ケンちゃんとは疎遠(そえん)になったんだ。ごめんケンちゃん。でも受け身の取り方知らなかったケンちゃんも悪いと思うよ。

「ぬああああっ!」

 エルフの背負い投げを食らい宙を回る貴族。

 ん?変なもんが視界をかすめたぞ。

「しまったあああ!」

 背後に用心棒の声。

 ああ。反射的にカノッサを掴もうとして間違って結界の外にお前も出ちゃったんだね。

 笑うしかないね。てへっ。

「いいぜいいぜ。みんなこっちに来て餌になろうや。じゃなきゃ結界解けやコラ!」

「ひいいいいっ!」

 ヒイじゃねぇよボンクラ貴族、ん?

 やべ!イッヌの奴、俺の激唐唐辛子パウダーから回復しやがったか。

「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 三つの首が同時に()える。あまりに大きな声量(せいりょう)共振(きょうしん)で地面が揺れる。

 バウンッ!バウンッ!バウンッ!!

 反動をつけて、三つの首から(たん)みてぇに酸が飛んでくる!

 バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!!

 畜生(ファック)四方八方乱(みだ)()ちかよ!!これじゃカノッサを問い()めてる(ひま)なんてねぇ!

「ウィンドアロー!ウィンドアロー!!」

 ケルベロスのあの酸はやべぇ。かすっただけで肉も骨も()けちまう。

「ぐあああっ!」

 冒険者の男の腕が鋼鉄(こうてつ)(たて)ごと溶けて、叫ぶ。

「……」

 動かなくなったと思ったら腹から上が溶けてなくなってる治癒士の女。

 ガラ。ドカン!

「ひぃあああっ!」

 酸で溶け崩れた岩で(つぶ)され……ずに()んだカノッサ。

 腰抜(こしぬ)かしてんじゃねぇよ!

 それとそんな岩の破片を食らったくらいで気絶(きぜつ)すんな用心棒オキエッソ!!

 バウンッ!バウンッ!バウンッ!  ダムンッ!!!

「!?」

 やべ!

 動く目標が俺しかいなくなったからケルベロスが突っ込んできやがった!!

 ガブンッ!!!!ドゴドゴーンッ!

 なんちゅう噛みつき!岩ごと煎餅(せんべい)みたいに噛み砕いちまった。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 どうする?考えろ!

 ガブンッ!!!!ザシュンッ!!!!

 (つめ)攻撃(こうげき)もあるのかよ!ってイッヌだから当然か。

「この野郎!ウィンドカッター食らえや!」

 女の身体はやっぱり(あやつ)りにくい。

 あるもんが(した)にぶら下がってなくて、ないもんが(うえ)にくっついてるからバランスがうまくとれ……

 バウンッ!シュンッ!!

 あぶねぇ!また酸を吐きやがった。

 冗談こいてる場合じゃねぇ。一瞬でも気を抜いたらマジで即死(そくし)だ。

 この状態で死んだらガチで終わりだ!……え?血?

 かすってた!?(いて)っ!

「ウィンドヒール!ウィンドヒール!ウィンドヒール!ウィンドヒール!」

 やべぇ。どうする?

 (くや)しいけどこのレベル差じゃ全然歯が立たねぇ。


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:190/460 魔力:290/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


 ??ケルベロス??:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:16800/17000 魔力:7470/8800

 攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性


 このエルフの治癒魔法以外の魔法も全てハッキングして使った。

 でも届かねぇ。なんなんだよこの魔物!

 ケルベロス!

 地獄の番犬の名前!!

 それじゃまるでここは地獄……だった。

 そうだった。

 ここは地獄。

 元居た世界じゃねぇ。

 ……。

 ……。

 ……ふう。

「認めるぜ」

 死後の世界。

 俺にとってはつまり異世界(いせかい)

 ちくしょう。ファッキュービッチ。


「神に似せた人間〝にだけ〟普遍的(ふへんてき)価値(かち)がある」。


 だったか?キャバ嬢イシュタル。


 ――生命乗取(ライフハック)心淵探索(しんえんたんさく)再起動(さいきどう)


 なんだってこんな面倒な目にあわなきゃいけねぇんだ。ちくしょう。

 ――探索(たんさく)終了(しゅうりょう)

 なんて負け犬みてぇなセリフ、吐いてる場合じゃねぇな。特に(いぬ)相手(あいて)にはよ。

 ――結果(けっか)報告(ほうこく)

 それにしても、負け犬か。

 いっそのことライフハックやめて、俺だけ柴犬みてぇに尻尾(しっぽ)をクルクル巻いて()げるか。

 ――探知(たんち)成功(せいこう)

 この俺が?逃げる?

 ――()法式(ほうしき)再装填(さいそうてん)

 ()った奴隷(どれい)死地(しち)に残して、俺だけ魔物(まもの)から無責任(むせきにん)に逃げる?

 ――魂核内再装填完了(こんかくないさいそうてんかんりょう)発現(はつげん)可能(かのう)

 冗談(じょうだん)じゃねぇ。

 そんなのまっぴらごめんだ。

 そんなことをしたら、

「グオアアアアッ!!!」


 ??ケルベロス??:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:16800/17000 魔力:7470/8800

 攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性


 俺の(みせ)評判(ひょうばん)が落ちる!


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:190/460 魔力:1000/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:難局対風(エアリアルゼロ)


「エアリアル・ゼロ!!!」


 シュゥウウウウ……ドバンッ!!!

「!?!?」

 おお!

 すげぇ!!

 さすが風魔法のエリート種族!

 とんでもねぇ必殺(ひっさつ)(わざ)(かく)してるじゃねぇか。


 ??ケルベロス??:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:13399/17000 魔力:7470/8800

 攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性


 まさか魔物の体内に真空(しんくう)を作っちまうなんて驚いた!

 ビバ能力開花!!ビバ生命乗取(ライフハック)!!

 しかもエアリアの魔力、全回復してんじゃん!!マジ俺モッてんじゃん!

 そりゃ真空内の肉は潰れてミンチだ!でもどうやって真空作ってんのこれ?

 まあいいや、そんなの知らん!

 とにかくやりぃ!

 イッヌの首一つがお陀仏(だぶつ)だ!この調子なら残り二つの首も余裕で……

 メキメキメキメキ……

 はい?

 何そのメタリックヘルムみたいなのは?

 頭部(とうぶ)補強(ほきょう)ですか?

 そんなのできるって聞いてないんですけど。

 あの、あと全身もその、なんか、あのいろいろと……

 えっと、装甲(そうこう)

 銀色の毛がツルツル光沢になったよ。あれれ?

「気を、付けろ……そいつは、ケルベロスの変異(へんい)(しゅ)……パンツァーケルベロス、だ」

 そっか。ありがと用心棒オキエッソ君。やっと起きたっそ?

 ダメだ(すべ)った。

 で何?パンツ?俺の好みはもちろん黒……


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:13399/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


 キィィィィィィ……ドゴオオオオオオンンッ!!!!!

 うっそ!なにそのタックル!?

 加速も破壊力もエッグ!!バグってんじゃねぇの!?

 ガラガラガラガランッ!!!!

 ほれ見ろ!威力がヤバすぎて坑道が崩れて穴が開きやがった!

「死にたくない!死にたくない!」

 チョイ待ちカノッサ!

 テメェなに穴から逃げだしてやがる!

 よし。こうなったら俺も穴から、

「ここで、殺せ……そいつが外、に出たら……(おう)()壊滅(かいめつ)、する……」

 じゃお前がやれよオキエッソ!!

「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 ドゴオオオオンッ!!!

 一撃でこっちまでロケットみてぇに突っ込んでくる。(はや)すぎるし(おも)すぎる!

 ドゴオオオオンッ!!!ドゴオオオオンッ!!!ドゴオオオオンッ!!!

 こんなんじゃ、あっという間に鉱山全体が崩落(ほうらく)してこっちまでお陀仏(だぶつ)じゃねぇか!

「エアリアル・ゼロ!」

 ミシミシ……

 だめだ!真空(しんくう)が魔物の肉にまで届かねぇ!装甲が厚すぎる!

「はぁ、はぁ、はぁ」

 どうしたらいい!?逃げ回ってるだけでも(つか)れて(はい)が爆発しそうだ。

 肉が露出している部分はねぇのかよ!?

 目は?ダメだ!口は?もう出てねぇ!あっ、だから酸を吐かねぇのか。助かる~……じゃなくて鼻!無理!昆虫みてぇに全身が装甲(そうこう)(おお)われてる!これじゃ弱点なんて……ん?

 フウ、フウウ、フウウウ……

「……」

 ……そっか。

「はぁ、はぁ、はぁ……暑そうだな、パンティケルベロス」

 エルフだから分かる。空気の流れでよく分かる。

「ヴォアアアアアアッ!!」

 ドゴオオオオンンッ!!!!


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:12011/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


 こいつ、今すっげぇ体温上がってる。

 そりゃそうだよな。ゴツイ服着た、超でけぇイッヌだもんな。

 (はつ)熱量(ねつりょう)がパネェのに、(ほう)熱量(ねつりょう)が低いなんて、(あつ)いよなそりゃ。

「はぁ、はぁ、はぁ……俺、昔から理科(りか)数学(すうがく)苦手(にがて)でよ」

 キィィィィィィィィィィ……


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:110/460 魔力:510/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:難局対風(エアリアルゼロ)


「だから物理(ぶつり)って科目が超絶(ちょうぜつ)ダメだった。だって理科と数学が()ざってんだぜ?公式(こうしき)(おぼ)えて計算(けいさん)とかマジ無理(むり)。ひどいと思わね?」

 キュウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:70/460 魔力:201/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:難局対風(エアリアルゼロ)


「はぁ、はぁ、はぁ……高校三年の時二()学期(がっき)連続(れんぞく)欠点(けってん)でよ、ああもう卒業(そつぎょう)できねんじゃね俺って覚悟(かくご)してたんだけどさ」

 ドゴオオオオオオンッ!!!!!ドゴオオオオオオオンッ!!!!!!


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:8094/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


「三学期がテストなくてよ、ただ実験やってレポート書けば卒業させてくれるってことになったんだ」

「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……」

 ドゴオオオオオオンッ!!!!!ドゴオオオオオオオンッ!!!!!!

「はぁ、はぁ、はぁ……マジ感謝(かんしゃ)したわ~。でな」

 ドゴオオオオオオンッ!!!!!ドゴオオオオオオオンッ!!!!!!

「はぁ、はぁ、はぁ……俺がやった実験(じっけん)はよ」


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:4441/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


 断熱(だんねつ)圧縮(あっしゅく)

 自転車のタイヤに空気を入れた時、空気(くうき)()れの(つつ)(あつ)くなるアレ。

 ティッシュを(つつ)に入れて、(つつ)をピストンで一気に押すとティッシュが瞬時(しゅんじ)()えるアレ。

 授業中にやったティッシュ燃やす実験。これがめっちゃ面白くて印象(いんしょう)に残ってたから、俺はこれで勝負(しょうぶ)した。

 今この瞬間のように。

 ズドォーンッ!

「フゥー、フゥー、フゥー」


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:29/460 魔力:2/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:難局対風(エアリアルゼロ)


 魔法「エアリアル・ゼロ」。

 真空(しんくう)をつくる超級(ちょうきゅう)魔法(まほう)

 真空ってのは空気がねぇってこと。気圧(きあつ)超低(ちょうひく)いってこと。

 でも、(もと)はその場にあった空気(くうき)はどこいった?

 都合(つごう)よくどこぞの亜空間(あくうかん)()()まれたとか?

 ちゃうちゃう。

 真空の周囲(しゅうい)()せられてるだけ。

 〝空気を読む〟プロのエルフに憑依(ひょうい)しているから、それは分かる。

 とにかく真空のまわりは空気が無理やり寄せ集められて、空気の押す力が超高(ちょうたか)くなってる。

 空気入れの(つつ)の中みたいに。

 ピストンで押しつぶされた筒の中みたいに。

 空気が押しつぶされまくって、気圧が超高くなっている。

 だから真空の周囲だけ、めっちゃ(あつ)い。

 それがエアリアル・ゼロ。

 ようするにエアリアル・ゼロは、場所を選べば()属性(ぞくせい)魔法(まほう)みたいになる。

 断熱(だんねつ)圧縮(あっしゅく)のおかげで。

「フゥー、フゥー、フゥー、フゥー、フゥー」

 で、ケルベロスの周囲の空気を断熱圧縮した俺。


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:2749/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


 難しくねぇ。

「エアリアル・ゼロ」をケルベロスに当てねぇようにすりゃいいだけだから。

 あとは断熱圧縮で発生した熱を「ウィンドアロー」でケルベロスの装甲にぶつけ続けるだけ。

「フゥー、フゥー、フゥー、フゥー、フゥー、フゥー」


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:999/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


 結果。熱が逃げにくい身体にさらに熱が蓄積(ちくせき)して、熱中症(オーバーヒート)

 ぶ厚い装甲があだになったな。イッヌ。


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:6/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


「はぁ、はぁ、はぁ……悪ぃな。この勝負、空気が読めた俺の勝ちだ」

 パンツァーケルベロスが動かなくなる。


 パンツァーケルベロス:Lv50(魔物(まもの)

 生命力:0/17000 魔力:5219/8800

 攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2

 魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性

 特殊スキル:噛酸牙尾(フィートファースト)


「……信じられない……勝った……」

 オキエッソの言う通り、ほんと死ぬかと思った。

 激突かわしてたのに全身血まみれあざだらけだ。やべぇな。


 エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)(ハッキング)

 生命力:12/460 魔力:2/1000

 攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0

 魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性

 特殊スキル:難局対風(エアリアルゼロ)


「ああそうだよ勝ったんだ。俺がな」

「!?」

 傷だらけの両手を組み、指をパキパキ鳴らして近づくエアリアにビビった用心棒(ようじんぼう)がダッシュで逃げていく。

 逃げられると思ってんのか?

 この俺から?

 つってもこのエルフの体じゃ追いかけるのはもう無理だな。

「ギャッ!?」

 坑道の向こうで聞こえる短い悲鳴(ひめい)

 ノシッ。ノシッ。ノシッ。ノシッ。

 やがて戻ってくる用心棒。


 オキエッソ・アカザ:Lv39(人間族)職業:平民(傭兵(ようへい)

 生命力:120/1600 魔力:17/800

 攻撃力:580 防御力:390 敏捷性:80 幸運値:40

 魔法攻撃力:300 魔法防御力:200 耐性:風属性

 特殊スキル:なし


 カノッサ・ドリゾーネ:Lv11(人間族(マヌシア))職業:貴族(きぞく)(骨董商)

 生命力:20/200 魔力:0/40

 攻撃力:80 防御力:30 敏捷性:15 幸運値:20

 魔法攻撃力:10 魔法防御力:15 耐性:闇属性

 特殊スキル:なし


「待ち()せご苦労さん」

 ま、追いかける必要なんてないんだけど。

(おそ)くなりました」

 貴族カノッサと一緒(いっしょ)に用心棒オキエッソはどうせ戻ってくる。

「ご主人(しゅじん)(さま)を助けにいくべきか、こいつらを(つか)まえるべきか、オレ、(まよ)ってしまいました」

「いいんだプエルトリコ。そういう時は俺の言ったことをまずやってくれりゃあいい」

「はい。これからもそうします」

 エアリアを乗っ取っている俺は、現れた店のスタッフに声をかける。


 ブエルトリコ・ナガノ:Lv58(鬼人族(オーガ))職業:奴隷(どれい)店舗(てんぽ)警備員(けいびいん)

 生命力:8700/8700 魔力:5/5

 攻撃力:4200 防御力:2600 敏捷性:500 幸運値:10

 魔法攻撃力:0 魔法防御力:5 耐性:水属性

 特殊スキル: StiM


 長身(ちょうしん)筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)ゴリマッチョの鬼人族(オーガ)プエルトリコの両肩(りょうかた)には、ボコられて(なわ)(しば)られた貴族カノッサと用心棒オキエッソが(かつ)がれている。

奴隷(どれい)分際(ぶんざい)で私にこんなことをして」

 なんか聞こえる。

「あ?」

「ただで済むと思っているのか?」

 プエルトリコの背中の方で、弱々しいけど聞き覚えのある声がした。

「何言ってやがんだテメェ」

 俺はそう言ってプエルトリコの背後にまわり、カノッサの髪をつかむ。()れ上がった顔面を(のぞ)き込む。

「この女はもうてめぇの奴隷(もの)じゃねぇんだよ」

「なんだと?くっ……(なんじ)不忠(ふちゅう)不義(ふぎ)(ばっ)

「ドレイン・タッチ」

 ドクンッ。


 リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族(マヌシア))職業:平民(へいみん)奴隷商(どれいしょう)

 生命力:12/240 魔力:2/666

 攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120

 魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性

 特殊スキル:生命乗取(ライフハック)奴隷因絶血(ドレインタッチ)


「どうしたコラ?何かいいもんでも見えたか?」

 奴隷因絶血(ドレインタッチ)

 奴隷(どれい)(もん)破壊(はかい)する呪詛(じゅそ)を俺は発動(はつどう)する。

「お前……もしや私にエルフを売った奴隷商(どれいしょう)か!?」

「さぁな!とにかくてめぇは(けい)(やく)違反(いはん)をした。その代償(だいしょう)()!」

 プエルトリコがカノッサと気絶(きぜつ)しているオキエッソを投げおろす。

「ぐあっ!」

 エルフ姿の俺はそして、プエルトリコから契約用(けいやくよう)(こて)を受け取る。

「もしくはよぉ……」

 (こて)(グリップ)(にぎ)りしめる。柄の(とげ)がエルフの手の肉を裂き、たっぷりの血が(こて)(したた)る。

奴隷(どれい)になるしかねぇんだよ」。


「本当にお(つか)れさまでした」

「まいったほんと。ガーネットウルフが出るかと思ったらパンツかぶったイヌなんだぜ?」

「いろいろとヤバくないっスかそれ!」

「だろ?攻撃力(こうげきりょく)防御力(ぼうぎょりょく)がプエルトリコ()みで、パンツ(かぶ)ってるイヌなんて(たお)せるわけねぇじゃん」

「アハハッ!!パンツ被ったプエルトリコはたぶん無敵(むてき)ッスよ!」

「あの申し訳ありませんリュボウ様。話についていけないのですが」

「オレ、パンツ被ってませんでした。すみません」

 ダークネス商会(しょうかい)応接室(おうせつしつ)

 寝室(しんしつ)でエアリアの治療(ちりょう)をしてくれた秘書サンタクララにいい加減な事情を説明する俺。

 パンツァーケルベロスをやっつけた後、俺は生命乗取(ライフハック)を終えて自分の体に戻った。

 ライフハックのせいでエアリアの生命力それに魔力と連動(れんどう)して俺も弱るから、もうほんとヘロヘロ。

 サンタクララに看病してもらってなかったら死んでたかも。いつものことだけど。

 で、俺が元の体に戻ったのを合図(あいず)にジャスパーと店の他の従業員(じゅうぎょういん)がゲアルスラック鉱山(こうざん)に向かい、王国兵(おうこくへい)が来る前に急いで生存者(せいぞんしゃ)捜索(そうさく)全滅(ぜんめつ)かと思ったけど悪運(あくうん)の強い奴はやっぱりいて、(いち)(めい)をとりとめた冒険者が二人もいた。

 とは言っても不幸なことに五体(ごたい)満足(まんぞく)じゃなかったから、こいつらへの生活(せいかつ)補償(ほしょう)としてパンツァーケルベロスの素材(そざい)(てい)(きょう)することにした。

 俺は魔物についてはあまり(くわ)しくないから分からんかったけど、アイツら冒険者によれば、とにかくそれがあれば生活できるくらいの金は手に入るらしい。

 というわけで、これでケルベロスの(おとり)になってくれた借りはなし。健康(けんこう)保険(ほけん)の問題は解消。

 あとはゲアルスラック鉱山出口でイリカスピ王国兵の到着(とうちゃく)を待って、〝物語(ものがたり)〟を懇切(こんせつ)丁寧(ていねい)にお伝えする。

一代(いちだい)(ざい)(きず)いた貴族カノッサが国家転覆(クーデター)(たくら)み、鉱山内(こうざんない)で魔物ケルベロスを召喚(しょうかん)した」

 なんていう、ファンタジーにありがちなシナリオを生き残った冒険者二人が生き生きと証言(しょうげん)。エアリアを使って俺の奴隷紋が刻まれた貴族カノッサと用心棒オキエッソはちゃんと俺にライフハックされて「その通りです自分たちが首謀者(しゅぼうしゃ)です」とはきはき自白(じはく)自供(じきょう)

 国家(こっか)転覆(てんぷく)なんてのは第一級(だいいっきゅう)国家(こっか)反逆(はんぎゃく)(ざい)

 通常なら死刑(しけい)だけど、パンツァーケルベロスなんて超強(ちょうつよ)いバケモノ魔物を一人や二人で簡単に用意できるわけがないから、バックに何らかの邪教徒秘密結社(じゃきょうとひみつけっしゃ)敵対(てきたい)国家(こっか)魔王(まおう)陰謀(いんぼう)がついているはずと勝手に勘違(かんちが)いされて、死刑はそう簡単に実行されない。

 つ・ま・り。

 カノッサもオキエッソも、足枷(あしかせ)をはめられて石臼(いしうす)()きの終身刑(しゅうしんけい)が下されるさ・だ・め♡

 時々(ときどき)尋問(じんもん)拷問(ごうもん)のオプションサービスまで受けられるなんて、二人とも超ラッキーな感じ。

「しかし、これってそんなに大事なもんだったんスかね?」

 そういうジャスパーは、ケルベロスが壊した瓦礫の中でたまたま回収できたカノッサの〝魔道具〟を手に取り、しげしげと観察(かんさつ)している。

「ただのカンテラにしか見えないッスよコレ」

「カノッサの話じゃ、(きん)鉱脈(こうみゃく)を見つけられたのはそれのおかげだとさ」

 (はな)をほじりながら俺は答える。

「えーっ!?じゃあこれでリュボウ様も金鉱脈見つけられるじゃないッスか!」

「俺そういうの、興味(きょうみ)ねぇから」

 鼻くそをピンと飛ばす。

「なんでッスか!?」

 貴族カノッサが多大(ただい)犠牲(ぎせい)を払ってでも取り戻そうとしたのは、宝具(ほうぐ)「ヴォリクの翼蛇(よくだ)」。

 金鉱脈を見つけられるっていうよりも、たぶん探傷機(たんしょうき)みてぇなもんらしい。

「じゃあこれ、売るんスか?」

 そりゃ売りてぇよ。

 宝具っつったら魔道具の何千倍も価値のある財宝だ。

 秘めてる効果が魔道具とは違うかららしいけど、そんなことはどうだっていい。

 俺だってゼニが欲しいんだよ。

「ん~そうだなぁ」

 あ~。できれば宝具売って土地を買ってもっと唐辛子とか育ててぇ。なのによ……


 ――不許可(ふきょか)


 ……。

 何が不許可だ。キャバ(じょう)め。いい加減理由(りゆう)を説明しやがれ。


 ――勇者(ゆうしゃ)探索(たんさく)必須(ひっす)。ゆえに魔王(まおう)魔物(まもの)召喚(しょうかん)宝具奪取(ほうぐだっしゅ)試行(しこう)


 ……はぁ。わかったよ。勇者探しのために宝具使ってドロクエⅣ「地獄(じごく)花嫁(はなよめ)」を続けろってことだろ。ダッル~。

 つうわけで女神イシュタル様々のご命令で宝具「ヴォリクの翼蛇」の売却は却下。

 かといって鉱脈探しなんてするつもりは毛頭なし。

 勇者探しも正直やるつもりナッシング。

 こうなったら奴隷商(どれいしょう)以外(いがい)冒険者(ぼうけんしゃ)相手(あいて)保険業(ほけんぎょう)でもはじめっか?

 いや、ダメだな。

 あいつら基本(きほん)貧乏(びんぼう)()(かね)(はら)えそうにねぇし、すぐケガして死ぬし……


 ――「ヴォリクの翼蛇」は非破壊(ひはかい)検査(けんさ)照明(しょうめい)、及び魔物の気配(けはい)探知(たんち)が可能。


 魔物の気配探知ぃ?

 言っとくけど俺は冒険者や傭兵みてぇに魔物の相手なんかしねぇから。

 俺はビジネスマンでファイターじゃねぇんだよ!

「リュボウ様、何かブツブツ言ってますけど大丈夫ッスか?」

「ん?まぁ殺伐(さつばつ)とした執務室(しつむしつ)のインテリアにはちょうどいいだろ。だから手元にそいつは置いておく。言っとくけど勝手に売るなよ?」

「そんなことしないッスよ!!」

冗談(じょうだん)だよ。そんなに(おこ)んなよ。それよかメシにしようぜ」

「オレのお(なか)物凄(ものすご)()っています」

「だろ、プエルトリコ?なぁサクラ。うちのシェフのカロパスコは今日、何作ってんだ?」

「ハトのローストにハトの香草(こうそう)()き、ハトのパイ(つつ)みにコメ詰め込みハトの丸焼きと聞いています」

「すげぇな。ハトづくしじゃん!」

「カロパスコが道を歩いている最中、(ふん)を頭に落とされたのでブチ切れたからハト料理にしたそうです」

「ハトを考えるとオレ、ヨダレがこぼれそうです」

「ハト大好きッス!」

「よっしゃ!みんなで食うからカロパスコにさっそく伝令(でんれい)(たの)む!!」

「リョーカイ!」「わかりました」「先に行ってカロパスコの支度(したく)手伝(てつだ)います」

 応接室(おうせつしつ)を出ていく奴隷(どれい)三人。

「ほんと~に(つか)れて、(はら)ペコだぜ」

 言いながら俺は応接室を出て、(しり)をポリポリ、寝室(しんしつ)に向かう。

 ギィ。ガチャン。

「にっしっしっしっ」

 テーブルランプの()かり一つが()いただけの、弱く(あわ)い光しかない部屋の中。

「これで邪魔(じゃま)なヤツはいなくなったぜぇ」

 エアリアの寝顔(ねがお)(はい)(けん)しながらニヤニヤしてみる。


 エアリア・ガブリエーレ:Lv19(風人族(エルフ))職業:奴隷(どれい)

 生命力:760/760 魔力:1500/1500

 攻撃力:380 防御力:310 敏捷性:720 幸運値:0

 魔法攻撃力:800 魔法防御力:680 耐性:風属性

 特殊スキル:難局対風(エアリアルゼロ)


 ケルベロス戦でレベルが上がり、強くそして肉つきがよりエロくなったエルフかぁ。

 いいねぇいいねぇ。

「というわけでさっそくグッヒッヒ……ドレインタッチ」


 エアリア・ガブリエーレ:Lv19(風人族(エルフ))職業:平民(へいみん)解放(かいほう)奴隷(どれい)

 生命力:760/760 魔力:1500/1500

 攻撃力:380 防御力:310 敏捷性:720 幸運値:50

 魔法攻撃力:800 魔法防御力:680 耐性:風属性

 特殊スキル:難局対風(エアリアルゼロ)


 所有(しょゆう)(ぬし)(けい)(やく)違反(いはん)により契約破棄(ドレインタッチ)っと。

「ん?」

「……ありがとう、ございます」

 ベッドに横たわるエルフの(まぶた)から、なんか(こぼ)れ落ちる。

「なんだ、()きてたのかよ」

 しかも公用語(ジェリード)まで話せるし。……俺のライフハックの副作用(ふくさよう)か。

「まぁいいや」

 俺はベッドを(はな)れ、寝室のドアを()ける。

「これで〝邪魔(じゃま)(もん)〟はもういねぇ。腹が減ったら広間(ひろま)に来い。玄関ホールのつきあたり左だ。覚えてっだろ」

 そう言って俺はキザッぽく寝室を()りましたとさ。めでたし。めでた……

「リュボウ様ー!先に食べてるッスよ~!」

(うそ)でしょ!?俺お前らの主人(しゅじん)だよ!?先に食べるとか(なに)()ってんの!!ちょ待てコラ!!」

 腹ペコで全然(ぜんぜん)めでたくないから俺は急ぎ、奴隷(なかま)の待つ広間の食堂へ駆けていった。


servus

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