その一
奴隷には、あらゆる点で自分の主人に服従して、喜ばれるようにし、反抗したり、盗んだりせず、常に忠実で善良であることを示すように勧めなさい。
新約聖書「ティトスへの手紙」第二章第九 - 十節
1.奴隷商、エルフを売る。
「これはクレーフェルト様、重ね重ねのご足労、感謝申し上げます」
玄関ホールに立つ俺はお得意様に深々と頭を下げながら、さっと新品バスタオルを差し出す。
「よいよい。こういう機会でもないと、王都に足を運ぼうなどと思わぬからのう」
びしょ濡れの一人がタオルを俺から受け取り、あまり濡れていない方の上着を素早く丁寧に拭く。それを見届けた後、俺はもう一枚のバスタオルを素早くびしょ濡れの一人に差し出す。
「風邪をひかれたら困りますし、床が濡れて誰かが転ばぬとも限りませんので、どうぞ」
「床が」のフレーズでビクリとしたびしょ濡れの連れは俺よりも深く頭を下げ、差し出したバスタオルを素早く受け取り、急いで自分の体を拭く。
はぁ~。
さすが常連客。よりによって予約前日に来るとはなぁ。しかも雨の日だし。
俺様を試してんのかコンニャロ。
ティデ・クレーフェルト:Lv10(人間族)職業:貴族(宝石商)
生命力:100/100 魔力:20/20
攻撃力:30 防御力:10 敏捷性:10 幸運値:300
魔法攻撃力:5 魔法防御力:5 耐性:水属性
特殊スキル:なし
「サンタクララ。お茶の用意を」
玄関ホールの隣。応接室。
「既にできております」
俺の秘書サンタクララが「こちらへどうぞおかけになってください」と客とその連れを暖炉の前のソファに案内する。
「あいにくの雨で、お体にお障りなければよいのですが」
「気にするでない」
俺は紅茶をすする大貴族の隣を見る。連れはかなりの美形で、男にも女にも見える、中性的な感じ。調べる気にもならねぇけどどうせ去勢させられた奴隷だろう。貴族の見栄の犠牲者ってやつだ。
「あなたもどうぞ」
「……」
ラスパ:Lv15(人間族)職業:奴隷(奉仕活動)
生命力:300/300 魔力:110/110
攻撃力:20 防御力:60 敏捷性:40 幸運値:5
魔法攻撃力:50 魔法防御力:50 耐性:土属性
特殊スキル:なし
「セイラン州の上物です。せっかくですので座って召し上がってください」
俺に言われて、貴族の顔色をおずおずと伺う連れの奴隷ラスパ。うすぼんやりと瞼を開いたまま軽くうなずく貴族クレーフェルト。
「い、いただきます」
そしてそっと紅茶に口をつける奴隷。
どんなソファや椅子を用意しても決してそこに座らず、敷物のない床を選んで正座する奴隷ラスパ。
いつものやりとり。
「ではこちらが商品の説明書になります」
俺は〝売り者〟について記載した羊皮紙をクレーフェルトに差し出す。
「ふむ、いつも通り、ミウォシチ殿。そなたの口から聞かせて欲しい。商品を見ながらのう」
「かしこまりました。では連れてまいりますので少々お待ちください」
「それには及ばん。ワシ自ら向かおう。他の品もついでに見てみたい。構わぬか?」
秘書のサンタクララが俺をちらりと見る。俺はその視線に微笑みで答える。
上等だよ。会社の信用調査ってやつか。
「承知いたしました」
俺は貴族クレーフェルトとその連れの奴隷ラスパとともに玄関ホールに出る。そのまま店舗の二階に案内する。
「「!」」
「どうかいたしましたか?」
足音がすぐ止まったのに気づき、俺は振り返る。
「なんだこれは?」
なんだこれって言われても、見ての通りスキルアップ中……なんてわかるわけねぇか。
「今日は雨ですので、文字の読み書き、計算、機織り、裁縫、看護、楽器、護身術などを各々(おのおの)が好きに学んでいるようです」
たくさんある二段ベッドは晴れの日の労働で疲れている年配奴隷とケガをした奴隷以外、昼の今は使われてない。
一方で二段ベッドの反対側の大広間は元気のある奴隷たちでワイワイガヤガヤしている。
企業説明会の会場みたいに自分たちで勝手に仕切ったスペースの中、俺の売る奴隷たちはめいめい好きなことを学んでいる。
勉強。技術習得。
魔法使いがもっている魔法みてぇな特殊スキルとかじゃなくて全然OK。
読み書きそろばん、礼儀作法なんかを心得ているだけで奴隷は十分世の中の役に立てる。
奴隷。スレイブ。
何らかのスキルがあれば奴隷は高く買い取られ、しかも楽な家内労働に回される可能性も高いと教えてあるから、俺んとこの奴隷の雨の日の様子はいつもこんな感じ。
晴れの日の肉体労働より気合い入ってるかもしれん。一階で仕事している俺的にはもう少し静かにして欲しいけど、しゃーない。白熱教室の邪魔はできん。
「鎖も檻もなし。どういうことじゃ?」
どういうことって?
ああ、貴族様はそっちが気になったのね。
考えてみたら、王都に店を構えてから、客には売り場しか見せたことがなかった。
ここ王都じゃ商品以外に興味を持つ連中なんてあんまりいねぇし。
で、俺は奴隷に鎖も檻も用いない。
でも応接室で引き渡すときは鎖につなぐ。もっぱら客を安心させるために。
「彼らには私の奴隷紋がありますので、問題ございません」
売り者の奴隷の一人ニマツカを見ながら俺は返答する。
彼女はイリカスピ王国の公用語ジェリードを小さな黒い板にチョークで書いて覚えてようとしている。隣の同性の奴隷シキビエと切磋琢磨して励めや。
「奴隷紋なんぞあてにはならぬ。ワシなぞこれまで奴隷紋を刻んだ奴隷に五人も逃げられたわい!」
「ふん」と鼻を鳴らす貴族様のお顔はどこか苦々(にがにが)しげ。
「きっと紋を刻んだ奴隷商が粗忽だったのでしょう」
貴族の連れラスパの額の奴隷紋とその下の涙目を見ないようにして、俺はただ言葉を返す。
「いや……奴隷がおぬしから逃げないのは、逃げれば〝どうなるか〟をみな、知っておるからじゃろう」
「恐縮でございます」
「フフフ。齢十六にしてその残虐さと賢さ、末恐ろしいことよ」
コイツ何かよく分からんこと言ってるけど、俺は悪趣味変態貴族のお前らみてぇに奴隷のキンタマなんて引っこ抜かねぇから。独裁政治とかしてねぇから。……たぶん。
「身に余るお言葉…………さて、こちらでございます」
先回りして俺の秘書サンタクララが声を掛けた奴隷がいそいそとこっちへ来る。
おっ、最初から全裸のフルチンで走ってきた。
買われる気マンマンじゃん。
ヒジュル:Lv15(鼠人族)職業:奴隷
生命力:700/700 魔力:10/10
攻撃力:220 防御力:460 敏捷性:80 幸運値:5
魔法攻撃力:10 魔法防御力:20 耐性:土属性
特殊スキル:なし
「名前はヒジュル。鼠人族の男」
「人間族ではないのか?」
やっぱり不服そうだな。まぁそうこなくっちゃ。
「申し訳ございません。ご要望に沿う者を探したのですが、今は人間族どうしの戦乱が減りましたので、亜人族しかご用意できませんでした」
俺は肉付きのいい貴族クレーフェルトの肥えている目を覗きこむ。
クレーフェルト。貴族。奴隷の所有者。
奴隷が裸でいることには当然驚かねぇ。
奴隷の査定において奴隷を裸にするのは当たり前。動物の品評と同じ。
貴族がわずかに驚いているのはおそらく俺の奴隷の表情。
自分から服を脱ぎ棄て嬉々(きき)として現れた奴隷の表情。
おうおう。ヒジュルのポコチン見ている連れの奴隷の浮かねぇ顔ったらねぇな。
泣くなよラスパ。
他人と比較したら人生負けだぜ?特に奴隷っていう職業はな。
「……話を続けよ」
「はい。身長は168ヒンチヘートル。体重は58ヒロフラム。年齢は23才。鼠人族なので公用語であるジェリード語を話せないばかりか、手紙の代筆も朗読もできません」
とは言っても今の今まで一生懸命読み書きの練習してきたから、ちったぁ上達したかも。
「……」
「ただ逃亡癖も賭博癖も自殺未遂歴も疾病もございません。元は公有奴隷としてこのイリカスピ王国の道路補修を行っておりました。ですので私有奴隷のように疲弊し尽くしておりません。体力と筋力があります」
「そして鼠人族であるならば憶病でまめまめしく働くというわけか」
「左様です。この者は年に一度の収穫祭の日に支給される一杯のワインと200フラムのチーズを楽しみに生きてきた青年です。そして願わくば」
「解放奴隷を夢見る〝物〟か?」
俺の奴隷に嘲笑うかのような目ぇ向けんなよジジィ。張っ倒すぞコラ。
「いいえ。〝夢〟ではなく〝予定運命〟です。七年契約でございます」
「……ふふ」
肥えた貴族の目は奴隷ヒジュルから俺に向けられる。
リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族)職業:平民(奴隷商)
生命力:240/240 魔力:666/666
攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120
魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性
特殊スキル:LiDr
「解放奴隷になるまでの期限を最初に設けるとは、さすがリュボウ・ミウォシチ。恐るべき切り札よ」
「奴隷を縛る枷は恐怖と希望でございます」
貴族の連れの奴隷ラスパの肩がわずかに震えてる。
この部屋もこの話も、おめぇには残酷すぎるよなぁ。
「恐怖と希望……奴隷紋効果と解放奴隷条件か。実に面白い」
ラスパ。
雨という偶然と、お前の主人がクレーフェルトっつう必然を恨みな。
「いかがいたしましょう?」
「王都のかつての吹き溜まりまで、わざわざ足を運ぶ」
それがどうした?嫌ならウチの店に来んなジジィ。
「しかもその目的は、年端もいかない青年の営む奴隷市で奴隷を求むること」
悪かったな。
見た目はチン毛が生えたばかりのドーテー爽やか少年だ。……たぶん。
「青年は偽ることなく奴隷の短所と長所を客に伝える。嘘は巡り巡って身を亡ぼすもとになることを心得るがため」
詐欺は身の破滅。
つってもあくまで「本当のことは言わねぇけど嘘も言わねぇ」だけ。
ぜんぶ商売の基本だろうが。
「客の要求をそのまま呑まず、違う切り口で魅力的な商品をちらつかせる」
売れねぇしんどいもんもたくさん売ってきたからなぁ。
営業畑出身ならこれくらいは序の口。
「客に対しては去る者を追わず、来るものを拒まぬ姿勢といい、憎々(にくにく)しいほどの商才。ワシの倅におぬしの爪の垢でも呑ませたいわい」
いちいち人の商売の説明せんでええねん。
買うのか買わねぇのかさっさと決めろデブジジィ。早くしねぇと階段から突き落とすぞ。
「いくらじゃ?」
待ってました!よっしゃ!
「300万エヌになります。相場より400万エヌ安いのは、解放奴隷になるまでの期限を設けているためでございます」
両腕を下ろし、リラックスした直立姿勢で俺は貴族クレーフェルトをまっすぐ見上げて告げる。
「700万エヌ支払う。そのかわり解放奴隷条件を」
「なりません。解放奴隷条件は絶対です」
黒い瞳の目をギョロリと剥いて俺は宣告する。
「この〝物〟に妻を娶らせてもか?」
ヒジュルとラスパ、二人の奴隷が俺を見る。
「その場合は妻や子どもも含めてこの者のご購入から七年後に全員、解放奴隷としていただきます」
「それでは経費に対し割が合わぬ」
貴族が裸の奴隷を一瞥する。
たくましい筋肉をもつのに普段オドオドしている鼠人族ヒジュルの鼻息は今、荒い。
「ですから300万エヌなのです。お気に召さないのでしたら、吹き溜まりに店を構えていない、檻と枷だらけの煌びやかな他店をどうぞお尋ねください」
ニコニコ顔の俺はちらりと美しい奴隷に目を向ける。
彫像のように綺麗な体をもつ人間族ラスパの表情はいつも以上に静かで暗い。息してんのかこいつ?
「……」
一方で俺から目を離さねぇ奴隷の飼い主。
ビール樽みてぇに肥えて、奴隷所持こそステータスだと信じて疑わねぇ俗物に、俺はどう映る?
「いかがいたしましたか?」
「ぶれぬな。ワシの負けじゃ。300万エヌで手を打とう」
デブチン貴族から深いため息が出て、少年姿の俺に降りかかる。こいつの息くっせぇ!便所よりくっせぇ!!
「ありがとうございます。では契約書をしたためますので、改めて部屋へ戻りましょう」
買った。
勝った!
営業実績ナンバーワンの元営業マンをなめんなよ!
「お疲れさまでした」
玄関ホールで貴族クレーフェルトらを見送った後、応接室に再び戻る俺とサンタクララ。
「ふう。どうってことねぇよ。まだ今日はこれで4件目だ。正式な予約だけでもあと9件。こんなところでへばってられっか」
なんて格好つけられるのも、この十六歳の肉体のおかげ。
〝以前の俺〟なら日にエナジードリンク5本と三郎系ラーメンの「麺700グラム硬めヤサイ・ニンニク・セアブラ・カラメ・全マシマシ」を注入しないともたなかった気がする。
「お若いとはいえ、あまりご無理をなさらないでくださいませ」
そう言って兎人族の秘書サンタクララは俺にあったかい言葉と紅茶を出してくれる。
サンタクララ・オーサカ:Lv19(兎人族)職業:奴隷(社長秘書・店舗経理)
生命力:1000/1000 魔力:400/400
攻撃力:730 防御力:520 敏捷性:260 幸運値:60
魔法攻撃力:60 魔法防御力:70 耐性:闇属性
特殊スキル:LisM
紅茶もサンタクララもほんとむかしっからいい匂い。
なんていうとセクハラになるから心の声にとどめる俺。
さすがは同期最速で中間管理職に昇格した漢!TPOわきまえちゃってるーっ!
じゃなくて〝今〟は社長、か。十六歳若造の。
「そだね~。俺はサクラより2歳も若いもんねぇ~イタイタイタイ!」
サンタクララをあだ名で呼ぶ若造社長のほっぺを指でつまむバニーガール秘書。
「怒りますよほんと……いつも心配してるのに……」
あっ!
アカンて姉さん!
銀髪ロングヘアを梳きあげて色っぽい仕草するのホンマにアカンて!
十六歳のボンにはホンマに刺激が強すぎるて!!
「ありがとさん。お前がそばにいてくれてほんとにいつも助かる」
緊急!緊急!!
「リュボウ様の奴隷ですので当然です」
眼鏡属性バニーガールのスライム二匹が急接近!!いつの間に胸元開いたんや?これホンマにあかんヤツや!!
「はぁ、はぁ……当然のついでに子作……」
ダムンッ!!
「リュボウ様ーっ!イチゲンサンッスー!!」
ジャスパー!?
ジャスパー・アオモリ:Lv22(猫人族)職業:奴隷(店舗清掃員)
生命力:400/400 魔力:510/510
攻撃力:300 防御力:220 敏捷性:900 幸運値:70
魔法攻撃力:100 魔法防御力:100 耐性:火属性
特殊スキル: HivS
さすが猫耳つるぺたロリッ娘!ナイスタイミングで現れた!!
「何々?一見さん?そいならほなしゃーない!稼がせてもらいましょか!」
フェロモン女王のサンタクララよりいざ脱出。玄関ホールへ俺は急ぐ。
「ちっ!」「むふふーん」
ジャスパーを悔しそうに睨むサンタクララと嬉しそうににやつくジャスパー。
二人とも仲よくしろよ。
どっちも俺の大切な奴隷なんだから。
「いらっしゃいませ。ようこそ『ダークネス商会』へ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
応接室に迎え入れたのは、黒のローブ服を着たちょび髭面長男。
第一印象は腹黒。陰険。邪教徒。
けれど腕の立ちそうな用心棒を連れているので第一印象をちょっぴり変更。
ずばり腹黒。陰険。金持ち。
邪教徒はありがたい教祖様から搾取されまくって貧乏人が多いから用心棒なんて雇えない。
「信者」と書いて「儲」かるのがカルト宗教。俺からすればそれ全部邪教徒。
邪教徒じゃない金持ちなら大歓迎!
「ここに治癒魔法を扱える商品は置いているかね?」
「治癒魔法といいますと、使用目的はお客様の邸宅用でしょうか?それとも農場用でしょうか?」
「まぁ、邸宅用といったところか」
そう答える眼は上を向く。泳ぐ。
「そうですか。あいにくと農場用の者しか現在手元に心当たりがございません」
「ならばそれで良い」
今度はこっちを向く。直視。
「ちなみにご予算はどのくらいを見積もっておられますか?」
「いくらでも構わない」
……怪しい。
例えば車の販売店に新車を買いに来て、店のディーラーに車種はおろか、カーオプションも価格設定も任せる新規客がいるとする。
とくりゃあソイツは超がつくほどの金持ちか、冷やかしか、転売目的のクソだと思う。
で、冷やかしだったらぶっ飛ばす。
まあ俺もセールストークを学ぶためと冷たいドリンクを飲むために夏場の外回りで冷やかしたことは四十回くらいあるが、異世界転生したらそれはノーカウント。
オカンの必殺技と同じ。「それはそれ、これはこれやん」。
「分かりました。実はいるにはいるのですが、その者は貪欲で頑固で猫背で、しかもしばしば泣き崩れたりする癖があります」
こんなメンヘラ女みてぇなのでも買うかコイツ?
「構わない」
まじッスか!?
おいこらテメェ、ますます怪しいぜ。
「加えて逃亡癖と賭博癖があり、自分の命を質に入れてしまうような愚か者でございます」
ちょっとカイジっぽくなってきたけど気にしない。悪魔的に気にしない。
「どんな手を使っても逃がさないし自由行動はさせない」
へぇ。たいした自信じゃねぇかコンニャロー。
てめぇの後ろに立ってニヤついてる用心棒は、そんなに腕が立つのかい。
オキエッソ・アカザ:Lv39(人間族)職業:平民(傭兵)
生命力:1600/1600 魔力:800/800
攻撃力:580 防御力:390 敏捷性:80 幸運値:40
魔法攻撃力:300 魔法防御力:200 耐性:風属性
特殊スキル:なし
特殊スキルこそ持ってねぇけど、レベル39っつったら、Bランク冒険者相当か。
顔中傷だらけの〝いかにも〟用心棒を連れた、ちょび髭黒ローブオヤジ。
ここらじゃ見ねぇ顔だが、ただの田舎貴族じゃねぇな、こいつは。
カノッサ・ドリゾーネ:Lv11(人間族)職業:貴族(骨董商)
生命力:200/200 魔力:40/40
攻撃力:80 防御力:30 敏捷性:15 幸運値:20
魔法攻撃力:10 魔法防御力:15 耐性:闇属性
特殊スキル:なし
「分かりました。ところで保証人の心当たりは……」
「即金で買おう」
貴族カノッサが俺の言葉を遮る。
「ただしその奴隷が万一治癒魔法を使えないのであれば、お前の命はないと思え」
用心棒オキエッソが腰の左に刺した剣の柄に左手で軽く触れる。
やれやれ。
どうしてそんなに「治癒魔法」にこだわるんだろうねぇ。
怪しい。
めっちゃ怪しい。
「承知しました。では商品をご用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」。
「奴隷商はやはり食えぬな」
応接室のソファに腰かけた貴族カノッサが煙草の煙をゆるゆる吐きながらぼやく。
「お褒めにあずかり光栄です」
俺が用意したのは亜人族。なかでも特級の亜人族。
「これが、エルフという物か」
「左様でございます」
「自分の命を質に入れてしまうような愚か者には見えぬが」
マズそうな煙草がチリチリと燃える。
「私の心得違いにございました。あれはこの者とともにいた別の女奴隷でございました」
「奴隷商は上玉を隠すとはよく言ったものだ。それで?」
俺は風人族の娘に目を向ける。
捕まってここへ売られて一週間しか経ってねぇから、まだ心なんて開かねぇよな。
二階に上がったさっきもずっとベッドに伏せてたし。
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷
生命力:460/460 魔力:1000/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
『エアリア。治癒魔法だ。できるか?』
風人族の母語サポテカ語で俺は話しかける。
顔を伏せていた風人族エアリアは顔を上げ、こっちを怯えた眼で見て、コクリと頷く。
チャキ。スパ。
疑り深い目をしている貴族カノッサの前で俺はポケットからナイフを取り出し、自分の掌を軽く浅く切る。
痛ってぇ。
ブラック企業の日常もしんどかったけれど、この異世界商売も身を切るほど辛いぜ。
「……ウィンドヒール」
風人族エアリアが俺の傷口に両手をかざして唱える。
緑色の強い光が彼女の手からあふれ、俺の掌の傷口にあたる。
ああ~いたいのいたいのとんでけ~……すっげぇ。
治った。
魔法っていつ見てもすげぇ。
「という具合です。軽度の傷の治療なら確実にこなせますが、重度の傷の治療ができる保証はございません」
俺は「どんなもんだい」という気持ちを隠して貴族を見る。
その貴族カノッサはここへきて、立ったままの用心棒とコソコソ話を始める。
買うのカノッサ?買わせんのオキエッソ?
「買おう。いくらだ」
買うんかい。
「700万ヘンです。しかも7年後に解放奴隷にするという条件付きです」
「分かった」
値切りもなし。解放奴隷条件もあっさり鵜呑み。……完全にチェック。
「分かりました」
ナイフをしまった俺はパチンと指を鳴らす。
部屋に茶を運んでくれたままずっと待機している秘書のサンタクララと、エルフを連れてきたボディーガードのジャスパーがてきぱき動く。
『覚悟はできてるか』
俺はエアリアに問う。できるわけねぇよな。
沈痛な面持のエアリアはまた頷いて、纏っていた服を脱ぐ。
「奴隷紋は激痛を伴うため、当店では奴隷の額ではなく臀部に刻んでおります。それでもよろしいでしょうか」
「ああ。額やふくらはぎだとかえって不都合だ」
煙草を灰皿に捨てたカノッサが妙な答えを返してくる。
何に不都合なんだよカノッサ。
「分かりました……では始めましょう」
俺は奴隷紋を刻むための鉄の鏝を貴族に渡す。
鏝の柄には棘がある。その棘が貴族の掌に突き刺さり、血が鏝を流れ伝う。
俺は貴族の握る鏝に手を向け、詠唱を開始する。
「汝、あらゆる点で汝の主人に服従せよ」
紫の炎が鏝先に向かって放たれる。
「汝、主人に喜ばれよ。汝、主人に反抗するなかれ。汝、主人から盗むなかれ」
小さな炎は貴族の垂れ流した血液と出合い、炎を大きくして、鎮まる。
「汝、あらゆる点で主人に対し忠実で善良であれ」
鏝が赤紫に輝く。
「エアリアの左の臀部へ、そのまま押し当ててください」
「分かった」
貴族カノッサが言われるがままに、鏝の烙印を無造作に尻に押し当てる。
シュウウー!!
「うううううっ!」
俺は激痛で倒れそうになるエアリアを支える。
こらえろエアリア!
二日もすりゃあ床に座っても痛くなくなる。
そして一週間!一か月!一年!それをくりかえせば七年なんてあっという間だ!
「もう大丈夫でございます」
「ふむ」
焼き鏝に押し慣れてんだろうな。
罪悪感の欠片も感じられねぇ表情。
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(家事使用人)
生命力:360/460 魔力:900/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
それで優越感に浸ることもねぇ謎の表情。マジでこいつ、何を考えてる?
「さっそくだが奴隷紋の効果を試させて欲しい」
貴族カノッサの掌の傷の消毒をしようとしたサンタクララが固まる。
「当店の奴隷紋は特別で効果が甚だしく、しかもこの者はまだ奴隷紋を入れたばかりなので少なくとも二日は猶予をもってこちらで体力を補ってから……」
「今すぐ知りたい。偽物の奴隷紋であっては困るからな」
サンタクララから包帯を奪うようにしてとった貴族カノッサはそう言いながら自分の手の傷口をグルグルと巻いていく。その手のひらはサボテンでも握り続けたんじゃねぇかっていうくらいたくさんの古傷。
要するにたくさんの奴隷を所有してやがるってことか。
骨董商カノッサ。
そんなにたくさんの奴隷を何に使う?
副業で大規模農地経営でもやってんのか?
いずれにしても奴隷の〝扱い〟に慣れてんなこいつ。悪い意味で。
「……かしこまりました。ジャスパー」
「はい。リュボウ様」
ジャスパーが銀の小さなプレートをカノッサに渡す。プレートには奴隷紋発動の呪文を彫ってある。本来であれば二日後に渡すはずだったもの。
一方の俺はシルクのハンカチを胸ポケットから取り出す。
『これから奴隷紋の効果を試す。死ぬほど痛ぇけどとにかく耐えろ。舌を噛むな』
早口で俺は言って、エアリアの口に強引にハンカチをつっこむ。
驚くエアリア。そこから目を背けるサンタクララ。それを直視するジャスパー。
「もう構わぬか?」
銀のプレートの文字を見ながらカノッサがつまらなそうに聞いてくる。
「……どうぞ」
すまねぇ。
「ふむ……「汝の不忠不義を罰する」」。
「!?」
次の瞬間、エアリアの体がのけぞる。
ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!
「んんんんん!!」
烙印を刻まれる以上の激痛。それが奴隷紋の効果。主人に逆らうと降る罰。
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(家事使用人)
生命力:125/460 魔力:620/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
「あまり行使なさると脳が壊れて魔法が使えなくなります」
いたって冷静に、俺は伝える。
ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!
「うあああああ!」
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(家事使用人)
生命力:73/460 魔力:330/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
そう、俺はいたって冷静に、手をかざし続ける貴族カノッサに言う。
「悪くない。ここは商品も奴隷紋も一流のようだな」
ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!
そうだ。俺の奴隷も奴隷紋も一流だ。
ビシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!
「あああああああああーっ!!」
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(家事使用人)
生命力:11/460 魔力:180/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
だから呪詛を早く止めろ!さもないとぶっ殺すぞてめぇ!!
ス。
「もうよろしいかと」
「「!?」」
赤い瞳を光らせたサンタクララがカノッサの首に、伝票の千枚通しの針先を押し当てる。
「やりすぎッスよ」
金の瞳を光らせたジャスパーがオキエッソの股間の前で、太枝切りバサミを開いている。
貴族カノッサも用心棒オキエッソも突然の出来事に驚愕する。
呪詛がやっと止まる。
俺の腕の中でぐったりとするエアリア。
「貴様!この私に何のつもりだ!?」「亜人族の分際で……」
ドンッ!
怒鳴った貴族と剣を抜こうとした用心棒が今度はこっちをハッと見る。
「お客さん。首とポコチンが大事ならほな、契約書をまとめましょか」
一本の木から彫り出した高級テーブルの脚を思い切り蹴った俺はそう言って、交渉のテーブルに貴族を座らせた。
用心棒オキエッソはいったん席を外した後、少しして別の男を連れて戻ってくる。
その男が手にしているのは700万ヘン分の金貨の入った麻の袋。
「契約書の確認は以上になりますが、何かご不明な点など質問はございますか」
「何もない。さあ700万ヘンだ。その奴隷をいい加減渡してもらおう!」
「御覧の通り納金額を確認中です。少々お待ちを」
秘書のサンタクララと金を運んできた男が急ぎ金貨の枚数を確認している。
『水は飲めるときに飲んどけ』
すでに餞別用の新しい衣類を身に着けさせて俺の隣に無理して座らせているエアリアに白湯を飲むよう話しかける。
白湯にはハイポーションも混ぜてある。
奴隷紋の呪詛のダメージも烙印の痛みもこれでちったぁ減るだろう。
「確認しました。確かに700万ヘンございます」
「分かった。それでは」
サンタクララの連絡を受けた俺は、白湯を無理して飲み干したエアリアと共に立ち上がる。貴族と金運びも腰を上げる。
『達者でな』
俺はエアリアにそう言い、彼女に手枷をつけ、貴族カノッサに引き渡す。
手枷の鍵を俺から受け取った金運びの男は彼女の枷の鎖をつかみ、強引に引っ張って応接室から出ていく。そのあとを貴族と用心棒が続く。
「お忘れなく」
「「?」」
俺の低くした声でカノッサとオキエッソが振り返る。
「契約の履行は絶対です」
そう言う真顔の俺の隣でジャスパーがニコニコしながらハサミをジョキジョキ動かす。
「……ふん」
貴族は鼻で笑い、用心棒は床に唾を吐き捨て、店を出て行った。
――起きなさい。
なんだ?東急メトロの駅員?また終点まで行っちまったの俺?
――目を覚ますのです。
いや待てよ。34連勤明けで、久しぶりに家で酒飲んで爆睡してたんじゃなかったか?となるとこの声はMHKの勧誘か?
――角隈龍造。起きなさい。
「……」
……はい?
なんだ?ここ?
なんだ?何?え?どこここ?
白。シロ。しろ。真っ白な地面!
でも空はちゃんと青い。よかった。……ってなにがだよ。
つうかマジでここどこだよ!?
――ここは審判の間です。
そうか。シンパンノマ……誰ですか俺に話しかけてきてんの。
――私は女神イシュタル。死者の魂を裁定する存在。
……。
……。
ちょっと待て。
えっと、どこからツッコめばいい?
落ち着け。落ち着け龍造。
顧客のカスハラクレームじゃない。MHKの勧誘でもない。
女神ってことは女の神様か。
誰に似てんだろう。……いや待て。ツッコむのはそこじゃねぇだろ。
シシャノタマシイイ?
シシャって言ったぞコイツ。
支社?
使者?
え?え?
――あなたは死にました。ご自分の最期を覚えておりませんか。
サイゴ?へ?
……ああ。そう言えば。
俺、久しぶりの連休で東命高速に乗って……そんで煽り運転されてチキって逃げようとして……
――そうです。あなたの命はとてつもない物理衝撃を受け、車輪をもつ機械箱とともに尽き果てました。
うっそ。
俺……交通事故で死んだの?
マジ?
それで何?
これからどうなんの?
――あなたの人生は不運な終わりを迎えました。しかしそれも因果律。
インガリツ?
どういうこと?
――生前の行いによって死に方は決まる。あなたの生き方が死期を早めたのです。
それって何。
俺の生き方が悪かったせいで煽り運転受けて事故ったっていいたいの?
報いを受けたってこと?ひどくね?
――これより最後の審判をはじめましょう。行き先は地獄か天国。女神たる私に虚偽を告げれば即地獄行き。女神たる私の正義に反していればそれもまた即地獄行きとなります。
いきなり何を始めるかと思えば裁判かよ。そう言えば同級生のベンゾウ、司法試験受かったのかな?いい加減あきらめて就職すりゃいいのに。
――角隈龍造に問いましょう。
白い砂煙が巻き起こったと思ったらようやく姿が見えてきた。
んだよ。
錦紙町のキャバ嬢みてぇだ。プークスクス!いいねいいね。親近感わくじゃん。ドンペリのシャンパンタワー、またいれちゃうぞ~?
その白い六枚の翼は衣装か何か?大晦日のMHK紅白のサッチーより豪華じゃん。
――人の命の価値は平等か?
あぁ?
なんつった今?
――問う。人の命の価値は平等か?
ヒトノ、イノチノ、カチハ、ビョウドウカ?
……ふふ。
へへっ。へっへっへっ。
簡単すぎる質問。
何それ?マジウケル~。
「平等……」
答えなんざ、小学生のガキだって知ってる。
「なわけねぇだろうが!!!!!!!」
――いいえ。平等です。
ほざけキャバ嬢!
それってあなたの感想ですよね!!
「そうか!じゃあ言い直す!俺のいた世界〝では〟平等じゃなかった!国籍!性別!年齢!貧富!健康状態!性格!タイミング!これが全員違うから人の価値は常に変動する!これが俺のいた世界の真実であり常識だ!」
人材派遣業界に入ってコンサルタントやって10年。
顧客のハイクラス転職成功率が同期ナンバーワンの俺が誓う。
ヒトの価値は絶対に平等じゃない。
――問いを続けましょう。あなたのいた世界如何を問わず、ヒトには他の動植物を上回る普遍的な価値があると思いますか?
「思わない!場合によってクソムシ以下だ。放火殺人者はノラ猫未満だ。強姦殺人者はごみを漁るカラスよりはるかに劣る。だから死刑制度がある。だから刑務所への収監がある。それに普遍!?ただ生きているだけで尊いのなら、どの生き物も同じくらい尊いはずだ。だが世の中を見てみろ。インフルエンザを患った産業動物の食肉鶏は愛玩動物のネコの「タマ」みたいに名前をつけてもらって病院で治療してもらえるか?否!殺処分される!実験動物のマウスは治験やゲノム編集の実験後に野に放ってもらえるか?否!必ず抹殺される!ゆえに命の価値は平等なんかじゃない!」
はいキャバ嬢のマウントとりました~。
キャバ嬢にマウントとか~考えてみたらなんかエロい~。
――ヒトには他の生物を上回る普遍的な価値が存在します。なぜなら神は自らに似せてヒトを創ったのですから。
「そんな理由でお前がヒトを創り特別扱いして神を名乗るならテメェは無能のイカサマクズだ。なぜならヒトの命の価値は平等だとほざきながら平等にする方法を人間に教えねぇからだ。本当は平等にする方法なんざお前は知らない!それで「見守る」とかほざいて気に入らねぇ人間は「悪だ」と決めつけて片っ端から殺してるだけの殺人鬼がお前みてぇな神だ!!」
――神を侮辱するその悪しき魂、地獄に落ちるとしても改心するつもりはありませんか?
「ああないね。改心するなんて嘘を言ったらそれこそ地獄に落ちる。コンサルタントはクライアントにもキャバ嬢にも嘘はつかねぇんだ。てめぇみてぇな「信じる者をたまに救う」イカサマペテン師と違ってな!」
――わかりました。これよりあなたを地獄へと召喚します。
はいはいどうぞご自由に。
あ~すっきりした。
盛大にウンコ出し切った感じ。
ケツ拭かなくてもいけんじゃねってくらい爽っ快!
――地獄の名はパイガ。あなたはその地で転生を果たします。
転生?
転職の聞き間違い?
ジョブチェンジ?
――ヒト〝にだけ〟普遍的な価値がある。それをあなたの魂が認めるまで、地獄を彷徨いなさい。
どこにいこうと誰が〝そんなもん〟認めるかよバーカ!ヴァーカ!
――魂が浄化したあかつきには伝説の勇者が見つかり、そして魔王は……
ちょっ、え?なに?
最後の胸熱そうな話!聞き取れなかったんですけど!?
勇者?魔王!?
リメイク版のドロクエⅣでも始まるの!?ねぇキャバ嬢ちょっと待っ……
「リュボウ様?」
「……ん」
この匂いは……サンタクララか。
「机で寝ちまってたか」
玄関ホールを挟んで、応接室の反対側の部屋。
薪ストーブと蝋燭の火以外の消えた執務室の机で目を覚ましたらしい俺。
嫌な夢を見た。夢っつうか……はぁ。
「だいぶお疲れだったのでしょう。もう今日は寝室のベッドでお休みください」
「んん。そうしたいのはやまやまなんだけどな」
サンタクララが部屋の照明水晶に手をかざす。執務室をオレンジの光が照らす。
「昼の突然の商談のことでございますか?」
「ああ」
夜のせいで窓ガラスに反射するサンタクララの表情を眺めながら俺は答える。
「何事もなければよいので……」
「逆だ」
俺は椅子にもたれて目を閉じる。兎人族ではない猫人族の息遣いを微かに耳で拾う。
「?」
「何かあってくれないと困る」
「そう……ですね」
「べ、べつにエアリアのことを心配して言ってるわけじゃないんだからね!」
ガバッと体を起こしてツンデレをやる俺の背中を夜風がなでる。
「社長。何キモい真似してるんスか?」
「やっと戻って来たかジャスパー。待ちくたびれたぜ」
従業員のジャスパーが部屋の扉ではなく窓から音もなく侵入する。
「戻ってどのタイミングで話しかけようか機会を伺ってたんスけど、リュボウ様のツンデレを見た瞬間背筋が凍り付いちゃって動けなくなってたッス」
「情報はタイミングじゃなくてスピードが命だ。戻ったんならいち早く俺の所に来いっつーの。それより収穫は?」
「ばっちりッス!」
そう言ってジャスパーが俺の前に差し出したのは魔道具の投影水晶3つ。
投影水晶。
音声は記録できないけれど映像の録画はできる。
「タレコミ屋は三人ともバラバラに行動してましたけど、最後は同じ場所で合流することになったっス」
サンタクララが用意したレモネードをゴクゴク飲みながら俺は三つの映像を早送りで何度も再生する。
「そっか。そっかぁ……へっへっへっへ」
間違いねぇ。こりゃ間違いない。
「やるんスか?」
「当たり前田のクラッカー。店の警備と事後処理はジャスパー、お前に任せる。ブエルトリコと交代だ。アイツは現場に向かわせて、「出てきたら捕まえろ」と伝えてくれ」
「了解っス!」
「サクラ。お前はいつも通りだ」
「承知しております。お任せください」
ちょっと目が潤んで頬が赤くなるサンタクララちゃん。
「なぁ、いつも思うんだけどお前、俺の体に何かコソコソやってんだろ?」
「へ!?な、何もしておりませんよ!?」
「「ほんと~?」」
動揺する兎人族に俺と猫人族で尋問。
「なんでジャスパーまで私を疑うんですか!?私は断じてリュボウ様のお洋服を脱がしたりしてあちこち触ったりなんてしておりません!!」
「お洋服脱がすとか~」「あちこち触ったりねぇ~」
「してません!私はお仕事中のリュボウ様の看護だけでなく身辺警護をジャスパーやプエルトリコと同じようにしているだけです!」
「わーったよ。信じる。みんな信じてる。何せおめぇらは」
「リュボウ様の奴隷っス!」
「そうだ。それじゃ奴隷ども、仕事の時間だロックンロール」
ジャスパーが執務室をドアから出ていく。俺はジャスパーが入ってきた窓を閉め、鍵をかける。
「さあこちらへ」
執務室の隣。
サンタクララが俺を独房みてぇにゴツい寝室へと誘う。
「じゃあ任せるぜ。いつも通り、〝終わる〟まで何かあってもどうにもできねぇ身体だから頼む」
俺は言いながらベッドに腰かける。
「はい。お任せください」
「そして無防備な年下チェリーボーイのチェリーをムキムキして一人愉しむチェリーボーイハンター」
「だから私は何もしてないってば!」
「そんなムキになって怒るなよ。ちょっとからかっただけだろ。それよか頼んだぜ、相棒」
「はい。リュボウ様」
靴を脱ぎ、ベッドに横になった俺は目を瞑り、全神経を集中する。
リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族)職業:平民(奴隷商)
生命力:240/240 魔力:666/666
攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120
魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性
特殊スキル:LiDr
やれやれ。
何が女神イシュタルだ。
何が平等だ。
しがない奴隷商夫婦の息子に俺を転生させたくせに、何が「命の価値は平等」だよ。
リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族)職業:平民(奴隷商)
生命力:240/240 魔力:665/666
攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120
魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性
特殊スキル:生命乗取、Dr
「……生命乗取」
ズゥウウウム。
命の価値が平等だと言うのなら、まず奴隷なんてなくしやがれ。
この地獄パイガから。
異世界という地獄パイガから。
奴隷制度がまかり通る超大陸アーキアから。
ドクンッ。
そんな腐敗した世界に産み落とされた俺は今、女神の呪いで、
「……はぁ」
貴族カノッサに売り渡した風人族の肉体へと憑依する。
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:340/460 魔力:720/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
生命乗取。
俺の創った奴隷紋を刻んだ奴隷の肉体を乗っ取る憑依魔法。
火。水。土。風。光。闇。
この世界のどの魔法体系に属するのかは不明の、女神イシュタルから与えられた呪いのプレゼント。
まぁさしずめ闇属性だろうな。
精神支配に毛が生えたみてぇな魔法だし。
憑依された、つまり宿主の精神はしばらく「お休みなさい」状態のスリープモード。
「で、ここはどこだ」
「ん?何か言った?」
やべ。思わず声を出しちまった。マイクテスト。マイクテスト。
「あ、いえ。すみません」
暗い坑道の中で俺は隣の女に謝る。
ゆっくりと突き進む松明の群れ。
集団の一番後方を歩いているらしい俺、つまり風人族エアリア。
「しっかりしてよ」
格好と装備からして、俺の両隣を歩いているのは治癒師みてぇだな。
にしてもずいぶんたくさんの骨があちこちに散らばってやがる。
何の骨だ?人骨!?おっかねぇな。
これが例のゲアルスラック鉱山か。さすがは元禁足地。
禁足地。
タタリだの神隠しだの良くないことが起きるって言われて誰も近寄らない廃鉱山。
それがゲアルスラック鉱山。
噂話と散らかった骨から推察して、魔物の住処になっていたのは間違いねぇな。
ガキどもが遊びに入ってそのまま行方知れずっていうのもこりゃうなずける。
そんで、このアブねぇ鉱山を買い取ったっていうのがウチの店で風人族のエアリアをお買い上げになった貴族カノッサ・ドリゾーネ。
奴を調べてわかったこと。
骨董商っていうのは表向きで、実は水銀を売って財を成した成金野郎だってこと。
水銀は金メッキをするのにこの世界じゃ当たり前のように使われている。水銀に溶かした金を石像や銅像に塗って火であぶれば金メッキができる。
そして火で蒸気化した水銀を吸って中毒になる奴はみな奴隷で、使い物にならなくなると河に棄てられる。
それも合法的に。
それがこの地獄みたいな異世界パイガ。
水銀で脳がイカれて泳げない奴を河にゴミ同然に捨てて溺死させるのを当たり前だと思っている異世界。
とにかくその成金野郎カノッサが禁足地ゲアルスラック鉱山をイリカスピ王国から買い取った。国にしてみれば禁足地なんてただの不良債権に過ぎねぇから安値で売却。
ところがカノッサは廃鉱山で金鉱脈を新たに掘り当てた。成金はスーパー成金になって骨董品にまで手を出すようになりましたとさ。
ここまでがサンタクララの調べてくれた情報。
にしても〝もってる奴〟は違うねぇ。廃坑で新たに金鉱脈を見つけるなんて。
偶然にしちゃあできすぎてね?
まぁ俺にとっちゃそんなことはどうだっていい。
問題はこの後。
金鉱脈を見つけて金の量産が始まってしばらくしてから、カノッサは冒険者や傭兵、つまり職業軍人をやたらと鉱山に送り込むようになった。
そして奴隷商の所にもちょくちょく足を運ぶようになった。
最初は王都のあるロウェニエミ州を避けて奴隷を買っていたらしいが、人手不足か〝不良品〟を田舎で掴まされ続けてしびれを切らしたのか、とうとうロウェニエミ州でも奴隷をお買い上げ。
それでも止まらずとうとうウラプール市、つまり王都内の奴隷商に頼ってきた。王都最大手のヘブンハピネス商会は奴隷の値段が高い。
だからまずダークネス商会、つまりウチに来たってわけ。金持ちのくせに奴隷に関してはケチだねぇ。だいたい骨董品も奴隷も、自分で目利きができねぇようじゃ持たねぇ方がいいってもんだ。
「いよいよこの先に〝犬〟がいる」
おっと。
この声は貴族カノッサか。
一つだけ腑に落ちねぇのは、魔物が出るような危険な鉱山になんで雇い主まで同行しているのかということ。よく見りゃ冒険者や傭兵に混じってカノッサの用心棒オキエッソまでいる。
「お前たちには高い金を支払っている」
「あいよ旦那。ガーネットウルフが何匹湧いて出てこようと、全部まとめて仕留めてやるぜ」
「宝石ガーネットは戦利品ってことでもらっていい約束ですよね」
冒険者や傭兵がいちいちカノッサに確認し、カノッサが「そうだ」と答える。
ガーネットウルフ。
鉱山じゃよく聞く魔物だ。禁足地の廃鉱にいても何らおかしくねぇ。
でもそれにしちゃあ、ずいぶんものものしい兵の数じゃね?
まぁそんだけガーネットウルフが湧いてるってことか。だから禁足地なんだろう。
「治癒師も三人もいるし、余裕だろ!」
むむ。
今言ったな冒険者。治癒師が三人って。
二人は俺の隣にいるけど、残りはどこかなぁ?
んでこっちをみんな見てやがる。ってことはもしかするともしかして~
「何かあれば頼むぜ」
「こいつらは奴隷だ。頼む必要などない。使い潰せ」
ふっふっふっふ。
とうとう言いやがった。
聞いたぜ。カノッサ。
他ならぬ、てめぇの口からな。
奴隷の魔物討伐。
これは明確な契約違反。
魔物討伐は兵士や冒険者、傭兵の仕事。
つまり職業軍人の仕事であり、奴隷の仕事ではない。
契約書に俺はそう明記し、カノッサはその書類にサインした。
だから鉱山の採掘労務は合法でも魔物退治への奴隷の使用は違法。
この時を待ってたぜぇ。
密告屋とジャスパーの情報通りだ。契約違反者は即刻……
「早く行くよ」
「あっ、おいちょっと」
久しぶりに女の体に入ったもんだからうまく体を動かせねぇ。
急かすなよ。ったく。まあいい。
ガーネットウルフの額のガーネットも違約金として没収して……
ザシュウウッ!!!!
「?」
ん?なんだ?
前を歩いていた連中の松明が、消えた。
グルルルルルルルルルル……
ああ、なんだ。びっくりした。足元に落ちてるだけか。
みんなちゃんといて、下半身だけは残ってんじゃん……は?
ブシュウウ――!
「きゃあああああっ!!!」
俺の隣の治癒師の悲鳴で振り返る先頭の私兵たち。
やべぇ!
何が起きたのかわかんねぇけどやべぇ!
落ち着け!落ち着け!
とにかく逃げろ!
「何がどうなってる!?」「知らねぇよ!魔物が攻撃してきた!」「魔物!?ガーネットウルフ?どこにいるの!」
響く私兵たちの声。
気づかなかったけど、俺たちはずいぶん広い空間に足を踏み入れていたらしい。
広くて暗くて、遠くが見えねぇ。
グルルルルルルルルルル……
「天井だ!天井に何かいる!!」
私兵の誰かが叫んでみんなが見上げる。つっても暗くて見えねぇんだよ!
「ホーリーライトだ!」「分かったわ!」
照明魔法を誰かが打ちあげる。
ファ。
……。
……はい?
「ケルベロス……」
誰かがそう言った。
三つの首を持つ巨大な狼。そして長すぎる尻尾。
??ケルベロス??:Lv50(魔物)
生命力:17000/17000 魔力:8800/8800
攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
ボタボタ……
尻尾の先に串刺さる、私兵たちの上半身。血と臓物が零れ落ちてくる。
グルルルルルルルル……
爪を天井の岩に食いこませた、逆さま姿の巨大魔物犬が唸り声をあげる。
「うあああああっ!!!」
パニックになった私兵たちが元来た道を引き返して逃げようとする。
カッ!
広間への入口にさしかかった瞬間、青く光る魔法陣が入口を覆うように発動する。殴られたみてぇに私兵の一人が広間の中心に吹き飛ぶ。
ドジャッ!!
重力に任せて降りてきた魔物ケルベロスに踏みつぶされるその私兵。串刺しの上半身をケルベロスに食われる私兵のなれの果て。
「おい話が違うぞ!」「ケルベロスだなんて聞いてないわ!」
私兵は叫ぶ。広間の入口の外、青い結界に守られた安全地帯にいる雇用主カノッサに。
……。
ス~フ~。
アイツ、マ~ジでむかつく。
「犬は犬だ。とにかくアレを殺すか動けなくするまでお前たちをここから出すわけにはいかない」
「なぜだ!?」「さてはお前も魔物か!?」「魔王の手先なのね!?」
「魔王の手先?何を寝ぼけたことを言ってる?」
その通り、そいつは魔物なんてそんな上等なもんじゃねぇよ。
「私はれっきとした人間の貴族だ。魔王なんぞ私には関係ないし、そんなものはどうでよい!とにかくそこにいる邪魔な魔物をさっさと殺せ!」
カノッサ・ドリゾーネが声高に叫ぶ。
野郎の目。
見覚えのある目だ。
中小企業の貧乏社長に融資切りをちらつかせる銀行屋の目だ。
笑って人を殺せる、思いあがった人間の目。
生きるのに必死な魔物の目じゃねぇ。
くそ。くそが!くそったれ!!
俺は商人だぞ!?戦闘なんてできるわけ……
「グルルルルルルルル……」
じゃねぇよな。
テレビで昔ノッポさんも言ってた気がする。「できるかな」じゃねぇ。「やる」んだよ。
それがブラック企業戦士。
異世界転生前は歴戦の戦人だったことを忘れてたぜ。
こうなったらやるしかねぇ。
エアリアの能力を確認。
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:335/460 魔力:720/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
〔使用可能魔法〕
・ウィンドカッター
・ウィンドヒール
・ウィンドアロー
さすが風人族の魔法使い。
体も能力もナイスだぜ。生まれ変わったらこんなピチピチギャルになりてぇもんだ。
でもなりそこねた。
亜人族の奴隷じゃなくて奴隷を扱う奴隷商人の息子になっちまった。
「ちくしょうっ!」「尻尾と爪に気を付けろ!」「噛みつきもあるわ!警戒をしましょ!」
そうだ冒険者の兵隊ども。チクショウだ。
やるしかねぇんだよ!やっちまおうぜ!
ザシュッ!ブオンッ!
「?」
ケルベロスはその場で体を一回転させただけ。
たったそれだけで鞭のような尻尾を食らい、私兵の肉が飛び散り、骨が砕ける。
待て待て。
レベチにもほどがある。
半端じゃねぇぞコイツ。
「ウィンドカッター!」
……つっても、よくよく考えてみりゃあ、
「ウィンドカッターッ!ウィンドカッターッ!!」
首が三つあるだけのイッヌじゃねぇか。
ファサ!ファササ!
犬の弱点と言えば、やっぱアレだよな。アレ。
「ウィンドカッター!……ドラゴン風味で」
「!!!!」
エルフの最弱風魔法を受けて毛をなびかせていただけのケルベロスが首を思いきり持ち上げ、体を地面にたたきつける。「キャフンッ!」と高く鋭い声で鳴いた後、なりふりかまわず転げまわる。
「なんだ!?何が起こった?」「エルフのウィンドカッターが利いたの!?」「自爆!?」
ちょっと違うぜ。
名付けて亜空間ガマグチ。
耐火金庫サイズの小さな亜空間から俺はあるブツを取り出して使用した。
取り出したのは有価証券じゃなくてお気に入りの香辛料。その名もドラゴンズリーパー。
農園管理者向きの奴隷を育てている俺の家庭菜園で作った自家製の最強唐辛子パウダー。
ストレス発散が目的で激辛料理を食い過ぎたあげく、イボ痔になった前世の俺。
これに関しては地獄に落ちても仕方ないと観念している。
とにかくそんな俺が贈る尻滅裂確定スペシャルブレンド。
「キャフンッ!キャフンッ!!」
たったの3000万スコヴィル100フラムを粉末にして飛ばしたウィンドカッターだ。
「今がチャンスだ!かかれぇ!!」「うおおおおおおっ!!」
鼻と口の奥で存分に味わいやがれ。
ストレス発散どころか異世界発散させてやるぜ!!
「ヴォアアアアアアアッ!!!」
リアクション芸人みたいに涙鼻水涎まみれのケルベロスが叫ぶ。坑道内で音が反響して鼓膜が破……
ベチャア!!
何か飛んできやがった!!
ブシュウウウッ!!!!
おいおい!岩が一瞬で溶けてっぞ!
「酸だ!このケルベロスは酸を吐くぞ!気を付けろ!!」
ケルベロスに襲いかかろうとしていた私兵が叫び、酸から逃げ回る。ケルベロスから離れていても、溶け崩れる岩から逃げ回る私兵。
「あっ、おいバカ!!」
逃げることに夢中でケルベロスの間合いに飛びこんじまったおっさん!……南無さん。
ガブッ!!ブシュウ――ッ!!
まじぃな。マジでまじぃ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
生き残ってるのは冒険者三人と治癒師一人だけかよ。
唐辛子で大逆転作戦は失敗。次はどうすっべ!?
「あれだ!」
誰の声?カノッサ?んだよ!?
「「「「!?」」」」」
「あれを回収できたら、その者だけはこの結界から逃がしてやる!」
何言ってやがるクソ貴族……いや、これで謎が解けた。
ここにはケルベロスに殺される危険を冒してまで取り戻してぇものがあるってことだな?
「あれって一体どれのことよ!?」
俺はエアリアの喉を震わせて叫ぶ。
「だからアレだ!」「木箱を運べって言うのバカん!?」「違う!木箱の上だ!」「木箱の上の岩なんて運べるわけないじゃないバカん!」「馬鹿は貴様だ!いいか!木箱の上にある魔道具だ」「魔道具って何よ!?ちゃんと指さしてバカん!!」
ウェックウン!ウェックウンッ!!
俺とカノッサの応酬の最中、ケルベロスの三つの首が変な声を出す。命がけの冥府激辛道を一度は歩んだ俺の経験的にあれだたぶん、しゃっくり。横隔膜痙攣。にしてもスゲェ奇怪な音。小便ちびるくらい怖ぇ。
「あれだ!!!」
それでますます焦ったらしい貴族カノッサが指を、
「あれをとってこい!!!」
出しやがった!腕ごと結界の外に伸ばしやがった!!
「よっしゃああっ!」
奴隷紋効果発動。
カッ!!
「!?」
エアリアの奴隷紋を所有するカノッサのもとに、俺は一瞬で転移する。
奴隷紋ワープできる距離はせいぜい四十ヘートル。しかも奴隷と奴隷所有者との間に結界みたいな魔法障壁がないことが転移成功条件。
その条件全てを満たした瞬間を見逃さず、俺はクソ貴族カノッサの手元にワープして腕を両手でつかむ。
ガシッ!
「欲しけりゃ」
「!」
屈む。背負う。
「てめぇで獲ってこいやああ!!」
ド腐れ貴族を結界外に引きずり出すべく、中学校の必修科目だった柔道の背負い投げをかます。懐かしいぜ。俺はこれで親友のケンちゃんの鎖骨をへし折っちまって、それ以来ケンちゃんとは疎遠になったんだ。ごめんケンちゃん。でも受け身の取り方知らなかったケンちゃんも悪いと思うよ。
「ぬああああっ!」
エルフの背負い投げを食らい宙を回る貴族。
ん?変なもんが視界をかすめたぞ。
「しまったあああ!」
背後に用心棒の声。
ああ。反射的にカノッサを掴もうとして間違って結界の外にお前も出ちゃったんだね。
笑うしかないね。てへっ。
「いいぜいいぜ。みんなこっちに来て餌になろうや。じゃなきゃ結界解けやコラ!」
「ひいいいいっ!」
ヒイじゃねぇよボンクラ貴族、ん?
やべ!イッヌの奴、俺の激唐唐辛子パウダーから回復しやがったか。
「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
三つの首が同時に吠える。あまりに大きな声量と共振で地面が揺れる。
バウンッ!バウンッ!バウンッ!!
反動をつけて、三つの首から痰みてぇに酸が飛んでくる!
バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!バウンッ!!
畜生!四方八方乱れ撃ちかよ!!これじゃカノッサを問い詰めてる暇なんてねぇ!
「ウィンドアロー!ウィンドアロー!!」
ケルベロスのあの酸はやべぇ。かすっただけで肉も骨も溶けちまう。
「ぐあああっ!」
冒険者の男の腕が鋼鉄の盾ごと溶けて、叫ぶ。
「……」
動かなくなったと思ったら腹から上が溶けてなくなってる治癒士の女。
ガラ。ドカン!
「ひぃあああっ!」
酸で溶け崩れた岩で潰され……ずに済んだカノッサ。
腰抜かしてんじゃねぇよ!
それとそんな岩の破片を食らったくらいで気絶すんな用心棒オキエッソ!!
バウンッ!バウンッ!バウンッ! ダムンッ!!!
「!?」
やべ!
動く目標が俺しかいなくなったからケルベロスが突っ込んできやがった!!
ガブンッ!!!!ドゴドゴーンッ!
なんちゅう噛みつき!岩ごと煎餅みたいに噛み砕いちまった。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
どうする?考えろ!
ガブンッ!!!!ザシュンッ!!!!
爪攻撃もあるのかよ!ってイッヌだから当然か。
「この野郎!ウィンドカッター食らえや!」
女の身体はやっぱり操りにくい。
あるもんが下にぶら下がってなくて、ないもんが上にくっついてるからバランスがうまくとれ……
バウンッ!シュンッ!!
あぶねぇ!また酸を吐きやがった。
冗談こいてる場合じゃねぇ。一瞬でも気を抜いたらマジで即死だ。
この状態で死んだらガチで終わりだ!……え?血?
かすってた!?痛っ!
「ウィンドヒール!ウィンドヒール!ウィンドヒール!ウィンドヒール!」
やべぇ。どうする?
悔しいけどこのレベル差じゃ全然歯が立たねぇ。
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:190/460 魔力:290/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:なし
??ケルベロス??:Lv50(魔物)
生命力:16800/17000 魔力:7470/8800
攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
このエルフの治癒魔法以外の魔法も全てハッキングして使った。
でも届かねぇ。なんなんだよこの魔物!
ケルベロス!
地獄の番犬の名前!!
それじゃまるでここは地獄……だった。
そうだった。
ここは地獄。
元居た世界じゃねぇ。
……。
……。
……ふう。
「認めるぜ」
死後の世界。
俺にとってはつまり異世界。
ちくしょう。ファッキュービッチ。
「神に似せた人間〝にだけ〟普遍的な価値がある」。
だったか?キャバ嬢イシュタル。
――生命乗取。心淵探索、再起動。
なんだってこんな面倒な目にあわなきゃいけねぇんだ。ちくしょう。
――探索終了。
なんて負け犬みてぇなセリフ、吐いてる場合じゃねぇな。特に犬相手にはよ。
――結果報告。
それにしても、負け犬か。
いっそのことライフハックやめて、俺だけ柴犬みてぇに尻尾をクルクル巻いて逃げるか。
――探知成功。
この俺が?逃げる?
――魔法式再装填。
売った奴隷を死地に残して、俺だけ魔物から無責任に逃げる?
――魂核内再装填完了。発現可能。
冗談じゃねぇ。
そんなのまっぴらごめんだ。
そんなことをしたら、
「グオアアアアッ!!!」
??ケルベロス??:Lv50(魔物)
生命力:16800/17000 魔力:7470/8800
攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
俺の店の評判が落ちる!
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:190/460 魔力:1000/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:難局対風
「エアリアル・ゼロ!!!」
シュゥウウウウ……ドバンッ!!!
「!?!?」
おお!
すげぇ!!
さすが風魔法のエリート種族!
とんでもねぇ必殺技を隠してるじゃねぇか。
??ケルベロス??:Lv50(魔物)
生命力:13399/17000 魔力:7470/8800
攻撃力:4600 防御力:3900 敏捷性:900 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
まさか魔物の体内に真空を作っちまうなんて驚いた!
ビバ能力開花!!ビバ生命乗取!!
しかもエアリアの魔力、全回復してんじゃん!!マジ俺モッてんじゃん!
そりゃ真空内の肉は潰れてミンチだ!でもどうやって真空作ってんのこれ?
まあいいや、そんなの知らん!
とにかくやりぃ!
イッヌの首一つがお陀仏だ!この調子なら残り二つの首も余裕で……
メキメキメキメキ……
はい?
何そのメタリックヘルムみたいなのは?
頭部の補強ですか?
そんなのできるって聞いてないんですけど。
あの、あと全身もその、なんか、あのいろいろと……
えっと、装甲?
銀色の毛がツルツル光沢になったよ。あれれ?
「気を、付けろ……そいつは、ケルベロスの変異種……パンツァーケルベロス、だ」
そっか。ありがと用心棒オキエッソ君。やっと起きたっそ?
ダメだ滑った。
で何?パンツ?俺の好みはもちろん黒……
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:13399/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
キィィィィィィ……ドゴオオオオオオンンッ!!!!!
うっそ!なにそのタックル!?
加速も破壊力もエッグ!!バグってんじゃねぇの!?
ガラガラガラガランッ!!!!
ほれ見ろ!威力がヤバすぎて坑道が崩れて穴が開きやがった!
「死にたくない!死にたくない!」
チョイ待ちカノッサ!
テメェなに穴から逃げだしてやがる!
よし。こうなったら俺も穴から、
「ここで、殺せ……そいつが外、に出たら……王都は壊滅、する……」
じゃお前がやれよオキエッソ!!
「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ドゴオオオオンッ!!!
一撃でこっちまでロケットみてぇに突っ込んでくる。速すぎるし重すぎる!
ドゴオオオオンッ!!!ドゴオオオオンッ!!!ドゴオオオオンッ!!!
こんなんじゃ、あっという間に鉱山全体が崩落してこっちまでお陀仏じゃねぇか!
「エアリアル・ゼロ!」
ミシミシ……
だめだ!真空が魔物の肉にまで届かねぇ!装甲が厚すぎる!
「はぁ、はぁ、はぁ」
どうしたらいい!?逃げ回ってるだけでも疲れて肺が爆発しそうだ。
肉が露出している部分はねぇのかよ!?
目は?ダメだ!口は?もう出てねぇ!あっ、だから酸を吐かねぇのか。助かる~……じゃなくて鼻!無理!昆虫みてぇに全身が装甲で覆われてる!これじゃ弱点なんて……ん?
フウ、フウウ、フウウウ……
「……」
……そっか。
「はぁ、はぁ、はぁ……暑そうだな、パンティケルベロス」
エルフだから分かる。空気の流れでよく分かる。
「ヴォアアアアアアッ!!」
ドゴオオオオンンッ!!!!
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:12011/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
こいつ、今すっげぇ体温上がってる。
そりゃそうだよな。ゴツイ服着た、超でけぇイッヌだもんな。
発熱量がパネェのに、放熱量が低いなんて、暑いよなそりゃ。
「はぁ、はぁ、はぁ……俺、昔から理科と数学が苦手でよ」
キィィィィィィィィィィ……
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:110/460 魔力:510/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:難局対風
「だから物理って科目が超絶ダメだった。だって理科と数学が混ざってんだぜ?公式覚えて計算とかマジ無理。ひどいと思わね?」
キュウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:70/460 魔力:201/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:難局対風
「はぁ、はぁ、はぁ……高校三年の時二学期連続欠点でよ、ああもう卒業できねんじゃね俺って覚悟してたんだけどさ」
ドゴオオオオオオンッ!!!!!ドゴオオオオオオオンッ!!!!!!
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:8094/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
「三学期がテストなくてよ、ただ実験やってレポート書けば卒業させてくれるってことになったんだ」
「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……」
ドゴオオオオオオンッ!!!!!ドゴオオオオオオオンッ!!!!!!
「はぁ、はぁ、はぁ……マジ感謝したわ~。でな」
ドゴオオオオオオンッ!!!!!ドゴオオオオオオオンッ!!!!!!
「はぁ、はぁ、はぁ……俺がやった実験はよ」
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:4441/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
断熱圧縮。
自転車のタイヤに空気を入れた時、空気入れの筒が熱くなるアレ。
ティッシュを筒に入れて、筒をピストンで一気に押すとティッシュが瞬時に燃えるアレ。
授業中にやったティッシュ燃やす実験。これがめっちゃ面白くて印象に残ってたから、俺はこれで勝負した。
今この瞬間のように。
ズドォーンッ!
「フゥー、フゥー、フゥー」
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:29/460 魔力:2/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:難局対風
魔法「エアリアル・ゼロ」。
真空をつくる超級魔法。
真空ってのは空気がねぇってこと。気圧が超低いってこと。
でも、元はその場にあった空気はどこいった?
都合よくどこぞの亜空間に呑み込まれたとか?
ちゃうちゃう。
真空の周囲に寄せられてるだけ。
〝空気を読む〟プロのエルフに憑依しているから、それは分かる。
とにかく真空のまわりは空気が無理やり寄せ集められて、空気の押す力が超高くなってる。
空気入れの筒の中みたいに。
ピストンで押しつぶされた筒の中みたいに。
空気が押しつぶされまくって、気圧が超高くなっている。
だから真空の周囲だけ、めっちゃ熱い。
それがエアリアル・ゼロ。
ようするにエアリアル・ゼロは、場所を選べば火属性魔法みたいになる。
断熱圧縮のおかげで。
「フゥー、フゥー、フゥー、フゥー、フゥー」
で、ケルベロスの周囲の空気を断熱圧縮した俺。
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:2749/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
難しくねぇ。
「エアリアル・ゼロ」をケルベロスに当てねぇようにすりゃいいだけだから。
あとは断熱圧縮で発生した熱を「ウィンドアロー」でケルベロスの装甲にぶつけ続けるだけ。
「フゥー、フゥー、フゥー、フゥー、フゥー、フゥー」
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:999/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
結果。熱が逃げにくい身体にさらに熱が蓄積して、熱中症。
ぶ厚い装甲があだになったな。イッヌ。
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:6/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
「はぁ、はぁ、はぁ……悪ぃな。この勝負、空気が読めた俺の勝ちだ」
パンツァーケルベロスが動かなくなる。
パンツァーケルベロス:Lv50(魔物)
生命力:0/17000 魔力:5219/8800
攻撃力:9000 防御力:7700 敏捷性:2000 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:300 耐性:土属性
特殊スキル:噛酸牙尾
「……信じられない……勝った……」
オキエッソの言う通り、ほんと死ぬかと思った。
激突かわしてたのに全身血まみれあざだらけだ。やべぇな。
エアリア・ガブリエーレ:Lv16(風人族)職業:奴隷(ハッキング)
生命力:12/460 魔力:2/1000
攻撃力:180 防御力:190 敏捷性:600 幸運値:0
魔法攻撃力:600 魔法防御力:500 耐性:風属性
特殊スキル:難局対風
「ああそうだよ勝ったんだ。俺がな」
「!?」
傷だらけの両手を組み、指をパキパキ鳴らして近づくエアリアにビビった用心棒がダッシュで逃げていく。
逃げられると思ってんのか?
この俺から?
つってもこのエルフの体じゃ追いかけるのはもう無理だな。
「ギャッ!?」
坑道の向こうで聞こえる短い悲鳴。
ノシッ。ノシッ。ノシッ。ノシッ。
やがて戻ってくる用心棒。
オキエッソ・アカザ:Lv39(人間族)職業:平民(傭兵)
生命力:120/1600 魔力:17/800
攻撃力:580 防御力:390 敏捷性:80 幸運値:40
魔法攻撃力:300 魔法防御力:200 耐性:風属性
特殊スキル:なし
カノッサ・ドリゾーネ:Lv11(人間族)職業:貴族(骨董商)
生命力:20/200 魔力:0/40
攻撃力:80 防御力:30 敏捷性:15 幸運値:20
魔法攻撃力:10 魔法防御力:15 耐性:闇属性
特殊スキル:なし
「待ち伏せご苦労さん」
ま、追いかける必要なんてないんだけど。
「遅くなりました」
貴族カノッサと一緒に用心棒オキエッソはどうせ戻ってくる。
「ご主人様を助けにいくべきか、こいつらを捕まえるべきか、オレ、迷ってしまいました」
「いいんだプエルトリコ。そういう時は俺の言ったことをまずやってくれりゃあいい」
「はい。これからもそうします」
エアリアを乗っ取っている俺は、現れた店のスタッフに声をかける。
ブエルトリコ・ナガノ:Lv58(鬼人族)職業:奴隷(店舗警備員)
生命力:8700/8700 魔力:5/5
攻撃力:4200 防御力:2600 敏捷性:500 幸運値:10
魔法攻撃力:0 魔法防御力:5 耐性:水属性
特殊スキル: StiM
長身で筋骨隆々(りゅうりゅう)ゴリマッチョの鬼人族プエルトリコの両肩には、ボコられて縄で縛られた貴族カノッサと用心棒オキエッソが担がれている。
「奴隷の分際で私にこんなことをして」
なんか聞こえる。
「あ?」
「ただで済むと思っているのか?」
プエルトリコの背中の方で、弱々しいけど聞き覚えのある声がした。
「何言ってやがんだテメェ」
俺はそう言ってプエルトリコの背後にまわり、カノッサの髪をつかむ。腫れ上がった顔面を覗き込む。
「この女はもうてめぇの奴隷じゃねぇんだよ」
「なんだと?くっ……汝の不忠不義を罰」
「ドレイン・タッチ」
ドクンッ。
リュボウ・ミウォシチ:Lv8(人間族)職業:平民(奴隷商)
生命力:12/240 魔力:2/666
攻撃力:30 防御力:160 敏捷性:50 幸運値:120
魔法攻撃力:32 魔法防御力:48 耐性:光属性
特殊スキル:生命乗取、奴隷因絶血
「どうしたコラ?何かいいもんでも見えたか?」
奴隷因絶血。
奴隷紋を破壊する呪詛を俺は発動する。
「お前……もしや私にエルフを売った奴隷商か!?」
「さぁな!とにかくてめぇは契約違反をした。その代償は死!」
プエルトリコがカノッサと気絶しているオキエッソを投げおろす。
「ぐあっ!」
エルフ姿の俺はそして、プエルトリコから契約用の鏝を受け取る。
「もしくはよぉ……」
鏝の柄を握りしめる。柄の棘がエルフの手の肉を裂き、たっぷりの血が鏝に滴る。
「奴隷になるしかねぇんだよ」。
「本当にお疲れさまでした」
「まいったほんと。ガーネットウルフが出るかと思ったらパンツかぶったイヌなんだぜ?」
「いろいろとヤバくないっスかそれ!」
「だろ?攻撃力と防御力がプエルトリコ並みで、パンツ被ってるイヌなんて倒せるわけねぇじゃん」
「アハハッ!!パンツ被ったプエルトリコはたぶん無敵ッスよ!」
「あの申し訳ありませんリュボウ様。話についていけないのですが」
「オレ、パンツ被ってませんでした。すみません」
ダークネス商会。応接室。
寝室でエアリアの治療をしてくれた秘書サンタクララにいい加減な事情を説明する俺。
パンツァーケルベロスをやっつけた後、俺は生命乗取を終えて自分の体に戻った。
ライフハックのせいでエアリアの生命力それに魔力と連動して俺も弱るから、もうほんとヘロヘロ。
サンタクララに看病してもらってなかったら死んでたかも。いつものことだけど。
で、俺が元の体に戻ったのを合図にジャスパーと店の他の従業員がゲアルスラック鉱山に向かい、王国兵が来る前に急いで生存者を捜索。全滅かと思ったけど悪運の強い奴はやっぱりいて、一命をとりとめた冒険者が二人もいた。
とは言っても不幸なことに五体満足じゃなかったから、こいつらへの生活補償としてパンツァーケルベロスの素材を提供することにした。
俺は魔物についてはあまり詳しくないから分からんかったけど、アイツら冒険者によれば、とにかくそれがあれば生活できるくらいの金は手に入るらしい。
というわけで、これでケルベロスの囮になってくれた借りはなし。健康保険の問題は解消。
あとはゲアルスラック鉱山出口でイリカスピ王国兵の到着を待って、〝物語〟を懇切丁寧にお伝えする。
「一代で財を築いた貴族カノッサが国家転覆を企み、鉱山内で魔物ケルベロスを召喚した」
なんていう、ファンタジーにありがちなシナリオを生き残った冒険者二人が生き生きと証言。エアリアを使って俺の奴隷紋が刻まれた貴族カノッサと用心棒オキエッソはちゃんと俺にライフハックされて「その通りです自分たちが首謀者です」とはきはき自白自供。
国家転覆なんてのは第一級国家反逆罪。
通常なら死刑だけど、パンツァーケルベロスなんて超強いバケモノ魔物を一人や二人で簡単に用意できるわけがないから、バックに何らかの邪教徒秘密結社や敵対国家や魔王の陰謀がついているはずと勝手に勘違いされて、死刑はそう簡単に実行されない。
つ・ま・り。
カノッサもオキエッソも、足枷をはめられて石臼曳きの終身刑が下されるさ・だ・め♡
時々(ときどき)尋問と拷問のオプションサービスまで受けられるなんて、二人とも超ラッキーな感じ。
「しかし、これってそんなに大事なもんだったんスかね?」
そういうジャスパーは、ケルベロスが壊した瓦礫の中でたまたま回収できたカノッサの〝魔道具〟を手に取り、しげしげと観察している。
「ただのカンテラにしか見えないッスよコレ」
「カノッサの話じゃ、金鉱脈を見つけられたのはそれのおかげだとさ」
鼻をほじりながら俺は答える。
「えーっ!?じゃあこれでリュボウ様も金鉱脈見つけられるじゃないッスか!」
「俺そういうの、興味ねぇから」
鼻くそをピンと飛ばす。
「なんでッスか!?」
貴族カノッサが多大な犠牲を払ってでも取り戻そうとしたのは、宝具「ヴォリクの翼蛇」。
金鉱脈を見つけられるっていうよりも、たぶん探傷機みてぇなもんらしい。
「じゃあこれ、売るんスか?」
そりゃ売りてぇよ。
宝具っつったら魔道具の何千倍も価値のある財宝だ。
秘めてる効果が魔道具とは違うかららしいけど、そんなことはどうだっていい。
俺だってゼニが欲しいんだよ。
「ん~そうだなぁ」
あ~。できれば宝具売って土地を買ってもっと唐辛子とか育ててぇ。なのによ……
――不許可。
……。
何が不許可だ。キャバ嬢め。いい加減理由を説明しやがれ。
――勇者の探索に必須。ゆえに魔王が魔物を召喚し宝具奪取を試行。
……はぁ。わかったよ。勇者探しのために宝具使ってドロクエⅣ「地獄の花嫁」を続けろってことだろ。ダッル~。
つうわけで女神イシュタル様々のご命令で宝具「ヴォリクの翼蛇」の売却は却下。
かといって鉱脈探しなんてするつもりは毛頭なし。
勇者探しも正直やるつもりナッシング。
こうなったら奴隷商以外に冒険者相手の保険業でもはじめっか?
いや、ダメだな。
あいつら基本貧乏で掛け金払えそうにねぇし、すぐケガして死ぬし……
――「ヴォリクの翼蛇」は非破壊検査、照明、及び魔物の気配探知が可能。
魔物の気配探知ぃ?
言っとくけど俺は冒険者や傭兵みてぇに魔物の相手なんかしねぇから。
俺はビジネスマンでファイターじゃねぇんだよ!
「リュボウ様、何かブツブツ言ってますけど大丈夫ッスか?」
「ん?まぁ殺伐とした執務室のインテリアにはちょうどいいだろ。だから手元にそいつは置いておく。言っとくけど勝手に売るなよ?」
「そんなことしないッスよ!!」
「冗談だよ。そんなに怒んなよ。それよかメシにしようぜ」
「オレのお腹、物凄く減っています」
「だろ、プエルトリコ?なぁサクラ。うちのシェフのカロパスコは今日、何作ってんだ?」
「ハトのローストにハトの香草焼き、ハトのパイ包みにコメ詰め込みハトの丸焼きと聞いています」
「すげぇな。ハトづくしじゃん!」
「カロパスコが道を歩いている最中、糞を頭に落とされたのでブチ切れたからハト料理にしたそうです」
「ハトを考えるとオレ、ヨダレがこぼれそうです」
「ハト大好きッス!」
「よっしゃ!みんなで食うからカロパスコにさっそく伝令頼む!!」
「リョーカイ!」「わかりました」「先に行ってカロパスコの支度を手伝います」
応接室を出ていく奴隷三人。
「ほんと~に疲れて、腹ペコだぜ」
言いながら俺は応接室を出て、尻をポリポリ、寝室に向かう。
ギィ。ガチャン。
「にっしっしっしっ」
テーブルランプの明かり一つが点いただけの、弱く淡い光しかない部屋の中。
「これで邪魔なヤツはいなくなったぜぇ」
エアリアの寝顔を拝見しながらニヤニヤしてみる。
エアリア・ガブリエーレ:Lv19(風人族)職業:奴隷
生命力:760/760 魔力:1500/1500
攻撃力:380 防御力:310 敏捷性:720 幸運値:0
魔法攻撃力:800 魔法防御力:680 耐性:風属性
特殊スキル:難局対風
ケルベロス戦でレベルが上がり、強くそして肉つきがよりエロくなったエルフかぁ。
いいねぇいいねぇ。
「というわけでさっそくグッヒッヒ……ドレインタッチ」
エアリア・ガブリエーレ:Lv19(風人族)職業:平民(解放奴隷)
生命力:760/760 魔力:1500/1500
攻撃力:380 防御力:310 敏捷性:720 幸運値:50
魔法攻撃力:800 魔法防御力:680 耐性:風属性
特殊スキル:難局対風
所有主の契約違反により契約破棄っと。
「ん?」
「……ありがとう、ございます」
ベッドに横たわるエルフの瞼から、なんか零れ落ちる。
「なんだ、起きてたのかよ」
しかも公用語まで話せるし。……俺のライフハックの副作用か。
「まぁいいや」
俺はベッドを離れ、寝室のドアを開ける。
「これで〝邪魔紋〟はもういねぇ。腹が減ったら広間に来い。玄関ホールのつきあたり左だ。覚えてっだろ」
そう言って俺はキザッぽく寝室を去りましたとさ。めでたし。めでた……
「リュボウ様ー!先に食べてるッスよ~!」
「嘘でしょ!?俺お前らの主人だよ!?先に食べるとか何言ってんの!!ちょ待てコラ!!」
腹ペコで全然めでたくないから俺は急ぎ、奴隷の待つ広間の食堂へ駆けていった。
servus