7月8日(火):質屋の日
夕方、学校から帰ってきた海斗が、ふと勝の書斎を覗いた。
「おじいちゃん、なにしてるの?」
「おぉ、海斗か。ちょっと昔のものを見ていてな。」
勝は机の上に、小さな木箱を広げていた。中には、銀色に輝く懐中時計と、黒光りする古い万年筆が丁寧に置かれていた。
「なにそれ!?カッコいい…!」
海斗は思わず顔を近づけた。「時計…動くの?このペン、書けるの?」
「どちらも、手入れすれば使えるさ。これはね、若いころ初任給で買った時計でな。こっちは、おばあちゃんと文通していた頃、使っていた万年筆なんだ。」
海斗は目を丸くして聞き入った。
「え、すごい!それって宝物じゃん!」
勝は少し笑って、懐中時計を手のひらにのせた。
「昔、急な出費が必要になってね、この時計を質屋に持って行こうと思ったことがある。でも結局、どうしても預けられなかった。」
「なんで?」
「“モノ”じゃなくて、“想い”が詰まっていたからだよ。」
勝は静かに言った。「“質屋”ってのは、使わない物を一時預けてお金にするところだけど、大事なものって、値段がつけられないんだ。」
そのとき、キッチンから澄江の声がした。
「あなた、その時計、まだ持ってたのね。」
「もちろんだとも。これはお前と会っていたあの頃の…」
「もう、それ以上言わないの!」
澄江が恥ずかしそうに微笑んで顔を引っ込めた。
そこへ、愛も階段を降りてきて言った。
「なんか“ジブン史ミュージアム”とか開けそうだね、この家」
「ほんとだ!」と海斗が叫んだ。「僕も大事なもの、箱に入れてとっておこうかな。トカゲのしっぽとか、石とか!」
「うーん、それは価値の基準がちょっと違うな…」
勝は笑いながら、懐中時計をゆっくりと閉じた。
夜。海斗は自分の部屋で、こっそり引き出しの奥に“宝物箱”を作り始めた。
その箱には、小さな化石、拾ったきれいな羽根、そしてお姉ちゃんに書いてもらった似顔絵が大事そうに収められた。
一方、リビングでは勝が万年筆で日記をしたためていた。
「“今日、孫に価値の話をした。けれど、彼の宝物の中に、自分が描いた似顔絵があるとは知らない”」