7月7日(月):七夕
朝の食卓に、薄緑の笹の葉が一枝添えられていた。
「わぁ、笹だ!今日って…七夕だ!」
海斗が朝のパンを頬張りながら目を輝かせる。
「そうよ。だから笹も飾ってみたの。」
母の結衣が笑顔で言いながら、色とりどりの短冊と折り紙をテーブルに並べた。
「お願いごと、書くの?」
愛が少し照れくさそうに短冊を手に取る。
「もちろん!」
海斗はすでに鉛筆を握っている。「“恐竜と話せますように”…っと」
「現実味ゼロ!」と愛が突っ込むと、勝がくすくすと笑った。
「まあ、夢は自由だからな。七夕の本来の意味も“願いを星に託す日”だからな。」
「織姫と彦星って、ホントに年に一度しか会えないの?」
海斗の問いに、勝はうなずいて言った。
「そうだよ。天の川をはさんで会えない恋人同士。でもな、それでも“会える日”があるってことが、大切なんだ。」
ふと、澄江が静かに口を開いた。
「私たちも…年に一度、しか会えなかったのよ。」
家族が一斉に彼女を見た。
「え?」と海斗。
「どういうこと?」と愛。
「おばあちゃんの実家は福島だったの。で、おじいちゃんは、大学の時に教育実習でそこへ来て…」
「その時、偶然会ったんだよ。」と勝が続ける。「駅前の小さな書店でな。君は、そのとき青いワンピースを着ていた。」
澄江は照れたように笑った。
「なんで覚えてるのかしらね。でも、文通を始めて、会えるのは年に一度。手紙が命綱だったの。」
「うわぁ、ロマンチック…」
愛が頬杖をついてうっとりとつぶやいた。
「手紙が届くまで、1週間かかってたんだぞ?今はLINE一瞬だもんなぁ」
翔太が苦笑し、結衣も「でも、その分、言葉が丁寧だったんでしょうね」と優しく言った。
夜、山本家の庭に簡単な笹飾りが立てられ、みんなの願いが風に揺れていた。
「これ見てよ!」海斗が叫ぶ。「お姉ちゃん、『留年しませんように』って!」
「ちょっと!見ないでよー!」
笑い声が空に響いた。
その夜、空は晴れ、細く光る天の川が見えた。
勝がぽつりとつぶやいた。
「会えない時間が愛を深める。それは、星の話でも、人の話でも同じなんだ。」
愛がその言葉を胸に刻むように、夜空を見上げた。
「私も…ちゃんと届く言葉を、大切にしたいな。」