7月6日(日):サラダ記念日
夏の陽射しが和らぎはじめた夕暮れどき、山本家のキッチンでは、結衣がカラフルな野菜を次々にボウルに投げ入れていた。
トマト、きゅうり、とうもろこし、バジル、それに庭で採れたベビーリーフ。ドレッシングは手作りのレモンとオリーブオイルの風味。
「この味がいいね」と結衣がぽつりとつぶやく。
リビングにいた愛がそれを聞きとがめて、ふふっと笑った。
「もしかしてそれ、今日の“サラダ記念日”を意識した?」
「正解。今日は7月6日。俵万智さんの有名な短歌——
《この味がいいね》と君が言ったから 七月六日はサラダ記念日——にちなんだ記念日なのよ」
「名歌だよね。何気ない日常が、たった一行で特別になるって、すごい」
夕食時、食卓に並べられた色とりどりのサラダに、家族から歓声があがる。
「おお〜、夏色!」と翔太がフォークを手に取り、
「うん、さっぱりしててうまいな。まさに“この味がいいね”だ」
勝が「……ということは、今日は“言葉で味わう日”じゃな」と目を細めた。
そのとき、愛が自作の短歌を読み上げた。
「“冷蔵庫 ひらけば夏が つまってた きゅうりとなすと 母の横顔”」
「わあ……いいね」
結衣が照れくさそうに笑い、翔太が「まさか短歌で褒められるとは」と肩をすくめる。
「じゃあ、“山本家短歌大会”しよっか!」と海斗が手を挙げる。
勝がにやりと笑って、「ほう……では“祖父枠”も全力で参加しようかの」
それぞれ5・7・5・7・7を頭の中で組み立てながら、小さな短冊に書いていく。
愛が用意したカラーペンと折り紙が、テーブルを賑やかに彩る。
翔太の一句:
「洗いたて ワイシャツ干せば 夏の空 小さな風が 背中を押した」
澄江の一句:
「朝摘んだ トマトひとつを まな板に ころころと転がし 思い出が咲く」
勝の一句:
「水まさに 光を抱いて うるむ午後 すだれ越しには 孫の笑い声」
海斗の一句は、素直でかわいらしい:
「きゅうりって なんでこんなに つめたいの? 歯にカチンって 夏がくる音」
「五感で季節を感じる……それが、短歌の魔法なんじゃよ」
勝の言葉に、愛はノートを見つめながら頷いた。
「こういうの、作品にしたいな。家族の声って、作品になるね」