7月4日(金):梨の日
金曜日の夕暮れ、梅雨の切れ間に少しだけ青空がのぞいた。
一週間の疲れをほんのり感じながらも、どこか心がゆるむ金曜の夜。
夕食を終えた山本家の食卓に、澄江がそっと置いたのは、大きくてつややかな青梨。
包丁を手にした結衣が、「今日は“梨の日”らしいのよ」と言うと、
「なな・よん=“な・し”か!」と海斗がすかさず反応。
「そのまんまだ〜!」
「でも、梨って秋のイメージだよね?」と愛が首をかしげる。
「いま出回ってるのは“夏梨”ね。鳥取の“二十世紀”とか、千葉の“幸水”とか、少しずつ時期が早くなってるの」
結衣がそう説明しながら、冷蔵庫から冷やしておいた梨を取り出した。
皮をむいた瞬間、パリッという音とともに、爽やかな香りがふわっと広がる。
「わあ〜、いい匂い!」
海斗が身を乗り出して、皿をのぞき込む。
「ちょっと待って、ほら、こうすると“うさぎ梨”よ」
澄江がひと切れをくるりと細工し、うさぎ型にしたのを見て、愛が「懐かしい〜!」と笑う。
勝が箸を置いてつぶやく。
「梨は“水菓子”と呼ばれるくらい、水分たっぷりじゃ。昔は冷蔵庫もないから、井戸で冷やしてな。
暑い日のごちそうだったよ。ひと口食べると、涼しさが身体にすっとしみるんじゃ」
翔太がひと切れを口に入れて、「おお〜!これこれ、この“シャクッ”がたまらん!」と声を上げた。
海斗も大きくひと口かじって、「あまっ!冷たい!おいしすぎる!」と、うれしそうに跳ねるように言った。
「この“しゃりしゃり”って音、なんか夏の音っぽいよね」
愛が目を細めながら言うと、結衣が笑う。
「じゃあ、今夜のデザートは“音で味わう”梨ね」
食べ終わった後、海斗は急に立ち上がって、自分の机に走っていった。
出てきたのは、絵日記帳と色鉛筆。
「ボク、“梨の絵日記”描く!おじいちゃんが言ってた“水のくだもの”って感じ、描きたい!」
「おっ、夏の“果物図鑑”作るか?」と翔太が乗ってくる。
「うん!次はスイカでしょ、あとブルーベリーも描きたい!」
すでに構想はふくらみはじめている。
勝が新聞をたたみながら、静かに言った。
「梨のような果物って、昔は特別だった。食べられるのはお盆とか、親戚が集まるとき。
だから、ひと切れの梨がうれしくてな。今は年中買えるけど……今日のように、誰かと一緒に笑って食べるのが、いちばんのごちそうじゃな」