7月3日(木):波の日
朝から陽ざしが強く、空には真夏のような入道雲がのぼっていた。
「今日は“波の日”だってさ」
出勤前の翔太がテレビをちらりと見て言った。
「7(な)3(み)って、語呂合わせで“波”なんだって」
愛がスマホを見ながら頷く。
「海、行きたいなあ……」と海斗がぽつり。
「今日は平日だからなぁ」と翔太が苦笑いする中で、結衣がふと思いついたように言った。
「じゃあさ、庭で“ちいさな海”やってみる? ビニールプール、まだあるわよね」
「おお!やるやる!!」
海斗が両手を上げて大はしゃぎ。
夕方、陽も少し傾きはじめた頃。
山本家の庭では、去年の夏に使ったビニールプールが再登場。
水道からホースで勢いよく水を入れ、太陽の光がキラキラ反射する。
「これぞ、“湘南プール”!」と翔太が勝手に命名。
「湘南てなに?そこのこと?」と海斗が指をさすと、
勝がうれしそうに立ち上がった。
「湘南はな、昔から“青春の海”なんじゃ。
わしも若いころ、茅ヶ崎の海岸でよう波乗りしてな……」
「えっ!?おじいちゃん、サーファーだったの!?」と愛が驚く。
「まあ、今でいう“なんちゃってボディボーダー”じゃがな。
でものう、その波に身体を任せる感覚って、なんとも言えんのじゃ。
音も、空気も、自分の心も、ぜんぶ波と一緒にゆれておる感じでな……」
勝の声はいつもより少し柔らかく、遠くを見つめていた。
「波って、生きてるみたいなんだなあ」
水の中でぱちゃぱちゃしながら、海斗が言った。
「波は“同じ形”には二度とならないんだって。だから出会えた波を、大事にするんだよって、誰かが言ってた」
愛がぼそっとつぶやく。
「それ、ちょっと詩みたいだな」と翔太。
水遊びのあとは、庭に敷いたレジャーシートで冷たい麦茶を手に一息。
澄江が用意したスイカを頬張りながら、空を見上げる。
「空の雲も、波みたいに流れていくね」
「おまえ、今日詩人モード入ってるな」と翔太が笑う。
家に戻る前、勝がふと庭の端にしゃがみこんで、小さな盆栽に水をやった。
「波も、水も、人の気持ちも……流れて、戻って、また形を変えるんじゃ。
だからこそ、今この瞬間がありがたいんじゃな」