7月2日(水):たわしの日
朝の光が差し込むキッチンで、澄江がくるくると手を動かしていた。
小さなステンレスのボウルに、木の柄がついたたわしを入れてすすいでいる。
「今日は“たわしの日”なのよ」
テレビから流れる朝の情報番組に、澄江がほほえむ。
「1907年、明治40年の今日、亀の子たわしの製造特許が認められたんですって。もう100年以上前なのねぇ」
結衣がそれを聞きながら頷く。
「今はスポンジが多いけど、たわしって昔は万能だったのよね。焦げ落としも、靴磨きも、畑の道具洗いも。お義母さん、昔からの使い方、教えてもらえます?」
その夜、夕飯を終えたあと、澄江は張りきって「たわし講座」を開講。
「これは“棕櫚たわし”。手に持って使いやすい形でね、水だけでも結構落ちるのよ」
棚から何種類かのたわしを並べて、まるで職人のように語る。
「“たわしの角度”ってのがあるのよ」と言いながら、流しの角を見事に磨き上げると、愛も思わず拍手。
「なにそれ、カッコいい…“たわし職人・ばあば”爆誕じゃん!」
翔太が笑いながら言った。
「よし、今夜は“ピカピカ選手権”でもやるか!」
家族全員がそれぞれ道具を持ち、決戦の場は風呂場に。
「お風呂の床は、海斗担当!しっかり踏ん張れよ!」
「任せて!タイルの目地に挑むのだー!」
海斗が小さなたわしを両手で握りしめ、真剣な顔つきでごしごしと磨き始めた。
澄江は隣で石けんを少し加えてサポート。「泡は少なめがいいのよ。あとは力の入れ方!」
愛は蛇口の周りを細かく磨き、「水垢を味方にするアート」と笑う。
翔太は鏡を担当。「パパ、意外と職人肌なんだな」と、海斗がびっくりするほどピカピカに。
磨き終えたあと、風呂場の光が反射して床が光っている。
「見て見て!タイルの白さが戻った〜!」と海斗が飛び跳ねると、
「どれどれ……うむ、これは“最優秀ツヤ賞”かもしれんな」と勝が判定。
結衣も「お風呂がこんなにキレイだと、なんだか空気まで澄んだ気がするわね」と微笑む。
最後に澄江がぽつりと言った。
「昔は、たわし一本でいろんなものを磨いたものよ。
それだけ“道具を大切に使う”っていう心があったのよね。
今は便利なものがたくさんあるけど……“ひと手間かける”って、いいものよ」