表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/305

7月1日(火):国民安全の日

朝は、しとしとと降る霧雨が路地を濡らしていた。

山本家のリビングでは、いつもの朝食風景。食卓には澄江が炊きたてのご飯と味噌汁を並べ、結衣が焼き魚に刻んだ大葉を添えていた。


テレビからは落ち着いた声でアナウンサーが告げていた。


「本日、7月1日は“国民安全の日”です。1960年に労働災害や事故の防止を目的として制定されました。安全は、すべての暮らしの基盤です——」


「へぇ、そんな日なんだ」

パンを口に運びながら、翔太が新聞を読みつつつぶやいた。


「そう。私たちが安心して毎日を過ごせるのも、誰かが“安全”のことを考えてくれてるからなのよ」

結衣の言葉に、愛も頷く。


「それって、たとえば信号機とか、通学路とかも?」


「もちろんよ。公共だけじゃなくて、家庭の中もね」

澄江が海斗の方を見て微笑んだ。


海斗は少し考えて、「じゃあ、家の階段に滑り止め貼るのも“安全”?」と尋ねた。


「立派な安全対策じゃな」

勝が静かに湯呑を置きながら、懐かしそうに話し始めた。


「わしがまだ現役の校長だった頃の話じゃ。ある年、卒業したばかりの教え子が、勤め始めたばかりの工場で大きな事故に遭った」


その瞬間、食卓の空気が少し静かになった。


「高所作業中に、安全ベルトを付け忘れてしまってな。ほんの一瞬の油断だった。命には別状なかったが、重いけがを負ってしまった。

彼は“自分は大丈夫”と思っていたんじゃろう。“ほんの数分だから”と…」


「……」

海斗が黙って耳を傾けていた。


「“安全”というのは、誰かのために考えることなんじゃよ。自分がケガをしないため、だけじゃない。

家族に心配をかけないため、周囲に迷惑をかけないため…つまり、“思いやり”の形なんじゃ」


「……安全は、やさしさ……か」

翔太が小さくつぶやいた。


その夜、夕食のあとのひととき。


翔太は海斗を誘って、玄関と階段の安全チェックを始めた。


「さて、我が家の“安全工事”始めようか」


「わーい!ぼく、工具箱持ってくる!」


海斗は張り切ってドライバーや滑り止めテープ、懐中電灯まで抱えてきた。


「階段のこのへん、朝バタバタするとすべりやすいからな」

翔太が指差したのは、木の質感がつるりとした踏み板の角。

そこに、目立たない色の滑り止めテープを慎重に貼っていく。


「お父さん、まっすぐになってる?ボクが押さえてるから!」


「うん、ナイス補助。こうやって“ちょっとしたこと”が、大事なんだよ」


「思いやり工事だね!」と海斗が笑った。



2階から降りてきた愛がその様子を見て、にっこり。


「わ、まるでリフォーム番組みたい」


「こういうのも“家のデザイン”だよな。使う人のことを考えて、安心して暮らせるように工夫する」

翔太のその言葉に、愛は大きくうなずいた。


「じゃあ、私は“住まいの安全を描くデザイナー”目指そうかな」


結衣も階段下に顔を出して、「傘立ての下にも吸水マット敷いておこう」と追加提案。


「ほんと、家の中にも“危ない場所”って意外と多いのよね。こうして気づけるのって、家族ならではだわ」


リビングに戻ると、勝が孫たちに語りかけた。


「人は誰しも、“まさか自分が”と思ってしまうもんじゃ。でも、“まさか”はいつも、備えの隙間から忍び寄ってくる。

だからこそ、日々の小さな配慮が大事なんじゃよ。そういう暮らしこそが、ほんとうの豊かさじゃ」


夜、海斗が絵日記を書いていた。

左ページには、階段に滑り止めを貼る自分とパパの絵。

右ページには、大きな字でこう書かれていた。


> 「やさしさで、すべり止めをつけた。

>  すべらないように、すべらせないように。

>  ぼくも、だれかの“安全”になりたい。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ