12月13日:一汁三菜の日
朝、カーテンを開けると薄く霜が降りた庭が広がっていた。山本家のリビングには朝日が差し込み、ほのかに温かさを感じる。
「海斗、早くパン食べちゃいなさい。遅刻するよ!」
母の結衣がキッチンから声をかける。
「はーい!」と答えるものの、海斗は箸でソーセージを器用に転がして遊んでいる。
「こら、そんなことしてると本当に遅れるぞ。」
父の翔太が新聞から目を上げ、少し笑いを含んだ声で注意する。
「お父さん、今日はどこまで車で送ってくれるの?」
海斗は期待を込めた目で父を見上げる。
「家の前のバス停までだ。それ以上は自分で行け。」
翔太が意地悪そうに答えると、海斗は「けち!」と言って膨れた。
そのやり取りを聞きながら、祖父の勝はテーブルの端で湯気の立つお茶をすすっていた。
「最近の子どもは甘いな。昔は歩いて1時間かけて学校に通ったもんだ。」
「おじいちゃん、もうその話は何度も聞いたよ!」
姉の愛が制服のリボンを直しながら笑った。
「ははは、そうか。じゃあ今日は新しい話をしてやろう。今夜、冒険譚の続きを考えておくから、楽しみにしておきなさい。」
勝は得意げに言った。
昼下がり、山本家は静かだった。祖母の澄江が縫い物をしながら、時折庭を眺めて微笑んでいる。
「結衣さん、この大根、とても良くできてるね。今晩のお味噌汁に使おうか。」
澄江が手にした大根を見せる。
「そうですね。あれ、澄江さん、刺繍の新作ですか?ずいぶん細かい柄ですね。」
結衣は感心したように言いながら、カウンターでリンゴを剥いている。
「愛ちゃんの卒業祝いに作っているのよ。少し早いけど。」
澄江の優しい声に、結衣は「素敵ですね」と微笑んだ。
夕方、海斗が学校から帰ってきた。
「ただいまー!」
元気よく靴を脱ぎ、リビングに駆け込む。
「おかえり。学校どうだった?」
結衣が聞く。
「今日ね、校庭で雪だるまを作ろうって話してたんだ。でもまだ雪が足りないから、もう少し待たないといけないって!」
目を輝かせて話す海斗に、結衣は「そうね、もうすぐ降るんじゃない?」と答えた。
その時、愛が帰宅し、玄関で弟の靴下を見つける。
「ちょっと海斗!靴下脱ぎっぱなしにしないでって言ったでしょ!」
「あ、忘れてた!」
「毎回毎回…ほら、今すぐ片付けて!」
愛の厳しい声に、海斗はしぶしぶ靴下を片付けに行く。
夜、家族全員がテーブルを囲んでいた。今夜のメニューは澄江が提案した大根の味噌汁、焼き魚、小鉢、そして結衣の手作り野菜のおひたし。一汁三菜の温かい食卓。
「これ、すごく美味しいね。」
愛が大根の味噌汁をすすると、翔太が笑いながら言う。
「お姉ちゃんがそんなこと言うなんて珍しい。」
「何よ、それ!」
愛は少し恥ずかしそうに笑う。
「でも、本当に美味しいね。ばあちゃん、ありがとう。」
海斗が澄江に微笑みかける。
「みんなで食べると、もっと美味しいね。」
澄江は満足そうに頷いた。
食事が終わると、勝が腕を組んで声を上げた。
「さあ、今日は冒険譚の続きだぞ。海斗、ちゃんと歯を磨いてからだ。」
「やったー!」
海斗は大急ぎで準備を始める。
その夜、リビングには勝の穏やかな声が響き、家族みんなの顔に笑顔が浮かんでいた。温かな一日が、また過ぎていく。