6月25日(水):住宅デー
午後6時すぎ、いつものように「ただいまー!」と翔太が玄関を開けると、足元に並んでいたのは小さな工具箱と軍手。それに気づいた瞬間、思わずくすりと笑みがこぼれた。
「これは…今日もやる気満々だな、海斗」
奥から海斗の声が返ってくる。
「うん!ちゃんと準備してたんだよ。パパが“ウッドデッキ、直さなきゃな”って言ってたから!」
翔太はワイシャツを脱いでTシャツに着替えると、「よし、じゃあ夕飯までの“30分一本勝負”で補修開始だ」と宣言。今日、6月25日は「住宅デー」。建築や住まいづくりに携わる職人たちに感謝を伝える日として、日本では1978年から記念されている。
「スペインの“建築職人の守護聖人サン・フアン”の誕生日が由来なんだって。パパ、知ってた?」と海斗。
「知らなかったな。でも、家を作る人に“ありがとう”って言える日があるのはいいことだな」
ウッドデッキは、10年前に翔太が自ら手を入れて作ったものだ。板の端が少し浮いてきており、気になっていたのを今日ようやく手を入れることに。
「じゃあまず、浮いてる板を外してみようか。釘抜きはここ、ケガしないように手はここに」
翔太の説明に、海斗は真剣な顔でうなずく。
ふたりで板を丁寧に外し、釘の穴を確認し、新しいネジを準備。サンドペーパーで表面をならし、板をそっと置き直す。
「じゃあ、打ってみるか。これは“仕上げの一本”だな」
「うんっ!」
トン、トン、トン……カンッ!
釘が少し斜めに入ってしまったが、海斗は自信たっぷりの表情で振り返った。
「見て!打てたよ、パパ!」
「おお、いいぞ。まっすぐじゃないけど、まっすぐに打とうとした気持ちは、ちゃんと伝わった」
翔太が笑いながら頭をポンと撫でると、海斗は照れくさそうにうれしそうな顔をした。
ちょうどその頃、学校から帰ってきた愛が庭をのぞき込む。
「うわ、パパと海斗が職人になってる!」
スマホを取り出し、「今日の山本家:夕方から始まる親子DIY講座」と題して写真をパシャリ。
翔太が顔を隠すふりをして笑い、愛が「SNSにあげたら“イイネ”が100くらい来そう」といたずらっぽく言う。
リビングから澄江が「お茶いれたわよ〜」と声をかけ、麦茶を手にふたりの間に置く。
「昔はね、大工さんの“背中”って憧れだったのよ。子どもたちが黙って見てたものなのよ」
「今は一緒にやる時代だな。な、弟子くん?」と翔太が言えば、
「うん!今日から“ウッド職人・山本海斗”です!」と得意満面。
食卓には、結衣が作ってくれた豚肉とキャベツの味噌炒め。
「外仕事にはやっぱりスタミナが必要だからね」と微笑む。
「こうして家の中も、外も、少しずつ手をかけながら暮らしていけるって、幸せなことよね」と結衣。
「便利な時代だけど、やっぱり“手を動かす暮らし”っていいよね」と愛も言う。
勝がゆっくり湯呑みを置いて、静かに言った。
「住まいってのは、ただの建物じゃない。手を入れて、心を込めて、守ろうとする人がいて、はじめて“家”になるんじゃよ」