6月10日(火):時の記念日
朝6時半。まだ目覚めたばかりの山本家に、コーヒーの香りがふんわりと漂っていた。
キッチンでは結衣が、特別な小皿に目玉焼きをのせながらつぶやく。
「今日は“時の記念日”だし…そして、大事な日だものね。」
リビングに降りてきた愛と海斗が、いつもと違う静かな空気に気づく。
「ママ、なにかあった?」と愛が尋ねると、結衣がにっこりと笑って言った。
「おじいちゃんの誕生日よ。77歳。喜寿っていう、節目の年なの。」
「おじいちゃん、もうそんなに…!」と、海斗が驚く。
そこへ、ちょうど勝が和室から現れる。いつもの落ち着いた佇まいに、澄江が小声で「主役登場」とささやいた。
翔太もシャツの袖を通しながら現れ、家族みんなで「おめでとうございます!」とそろって拍手。
「いやはや、ありがたいこった。朝から騒がしいのう」と照れたように笑いながらも、目にはうっすらと光がにじむ。
「ほんとは夜にお祝い会をやるんだけど…朝も、ちょっとだけ“時”を味わってもらいたくて」と結衣。
「“時の記念日”に生まれたじいじって、なんだかかっこいいよね」と海斗が目を輝かせる。
勝はゆっくりと座りながら、新聞をたたんで言った。
「“時”は目に見えないが、振り返ったときに初めて、その重みがわかるんだよ。」
「だからこそ、大切にしないといけないってことか」と翔太が頷く。
「そうだな。みんな今日も一日、無事に“時”を重ねてこいよ」
愛と海斗は学校へ、翔太は工場へ。いつもより少し背筋が伸びた朝だった。
夕食後のリビング。カーテン越しに月明かりが差し込む中、テーブルには静かに並べられた一つの包み。
「おじいちゃん、誕生日おめでとう。これは、私からのプレゼント」と愛が差し出した。
中から出てきたのは、愛が描いた似顔絵入りのオリジナル時計。文字盤には、勝のやわらかな笑顔と、家族のモチーフが描かれていた。
「これは……」と勝がそっと目を細める。
「おじいちゃんの“これまで”と“これから”を一緒に刻めたらって思って」と、愛が少し照れながら話す。
「これは、時そのものだな。…わしの77年を、形にしてくれたようだ」と勝がゆっくりとつぶやいた。
「そしてこの時計、明日から“78年目の物語”を刻むんですね」と澄江がそっと言葉を添える。
「おじいちゃん、これからもずっと一緒に時を重ねようね!」と海斗。
翔太が締めくくるように言った。
「時間って、ただ過ぎていくだけじゃない。誰と、どう過ごすかで、まるで宝物にもなるって…父さんを見てて思うんだ。」