12月29日(日):シャンソンの日
「ねえ、みんな知ってる?今日はシャンソンの日なんだって!」
カレンダーを手に持ちながら、結衣がリビングに声を響かせた。温かな冬の日差しが窓から差し込み、山本家の食卓を包んでいる。
「シャンソン?それってフランスの歌だよね?」
愛がスマホをいじりながら顔を上げる。彼女の髪には少し寝癖がついていて、普段のしっかり者の姿とは少し違う。
「そうよ。昔、銀座にあった『銀巴里』っていう有名なシャンソン喫茶が閉店した日なんですって。それで記念日になったらしいの。」
結衣がニコニコしながら説明すると、澄江が縫い物を置いて微笑んだ。
「ああ、銀巴里ね。懐かしいわねぇ。昔はシャンソンが流行ってたのよ。勝さんも歌ったことあったわよね?」
「うん、学生時代にちょっとだけね。」
勝が新聞を畳みながら、少し照れ臭そうに笑う。
「おじいちゃんが歌うシャンソン!?想像つかないなぁ!」
海斗が驚いたように声を上げる。その横で翔太がコーヒーを飲みながら笑った。
「確かに、今のお父さんを見ると意外だよな。でも、勝さんは若い頃から文化的なことに興味があったからね。」
「で、シャンソンって具体的にどんな歌なの?」
海斗が興味津々で尋ねる。
「フランスの歌でね、詩的で美しい言葉が特徴なのよ。恋愛や人生の哀愁を歌っていることが多いわね。」
澄江が穏やかに答えた。
「へえ、なんだか難しそうだな。でも、ちょっと聴いてみたいかも。」
その瞬間、愛がスマホをいじって何かを再生し始めた。部屋に流れ出したのはエディット・ピアフの『愛の賛歌』。
「これがシャンソンってやつ?いい感じじゃん。」
「わかるかな、海斗?」
愛が少し挑戦的に笑いながら弟を見る。
「うん、なんか心に染みる感じがする。」
「シャンソンって、ただ歌うだけじゃなくて、語るように感情を込めるのがポイントなんだ。」
勝が立ち上がり、ほんの少しだけ鼻歌を披露すると、家族全員が拍手で応えた。
「おじいちゃん、カッコいい!また歌ってよ!」
海斗が目を輝かせてせがむ。
「そんなに褒められると照れるなあ。でも、シャンソンっていい文化だから、みんなにもっと知ってほしいな。」
「そうね。それにしても、こんな記念日があるなんて知らなかったわ。」
結衣が楽しそうに微笑む。
「せっかくだから、今日はみんなでシャンソンっぽい雰囲気のディナーにしない?」
翔太が提案すると、家族全員が賛成した。
「じゃあ、私がバゲットを買ってくる!シャンソンの歌詞みたいにおしゃれな気分でね!」
愛が意気込むと、結衣が嬉しそうに頷いた。
「フランス風のテーブルクロスも用意しましょうか。」
夕方には山本家の食卓がシャンソンの旋律とともに華やかに彩られた。フランスパン、チーズ、そして赤ワイン(子どもたちにはぶどうジュース)が並び、温かい家族の団らんが続いた。
その夜、勝が締めくくるように再び『愛の賛歌』を鼻歌で歌い、家族全員がその美しい歌声に耳を傾けた。
「これがシャンソンの力だよね。言葉だけじゃなくて、心に語りかける。」