6月1日(日):電波の日
日曜日の朝、山本家のリビングに響いたのは、ざらざらとした懐かしい音だった。
「これ、なんの音?」
キッチンでパンケーキを焼いていた結衣がリビングをのぞき込むと、勝が縁側に腰を下ろし、古びたラジオを丁寧に磨いていた。
「これはな、昔のラジオ。昭和30年代の製品だよ。今日は“電波の日”だからね」
勝はほこりを払うように笑う。
「電波の日?」と、海斗がやってきて顔を近づける。
「インターネットがない時代に、こんな箱で人の声が聞こえてくるなんて…どうやってるの?魔法みたい!」
その目はキラキラと輝いている。
「魔法じゃなくて、無線通信という技術だ。今みたいにスマホやWi-Fiがなかった時代、人はこの“電波”を頼りに、世界とつながっていたんだよ」
勝は優しく語りかけながら、ダイヤルを回した。
すると、ガリガリという音の奥から、古いNHKのドラマの一節が流れてきた。
「わぁ…」
愛も大学の課題の合間にリビングへ降りてきて、その音に耳をすます。
「なんか…不思議。時間が巻き戻ったみたい」
勝はラジオの前にみんなを座らせ、かつて自身が子どもだったころの放送体験を語り始めた。
「昔は、夜8時になると“ラジオ劇場”があってな。家族みんなで茶の間に集まって、じっと音に耳を澄ませてたんだ。今みたいに映像がないから、想像力が鍛えられたよ」
「だからじいちゃん、物語うまいんだ!」と海斗が言うと、家族みんなが笑った。
午後、勝と海斗は庭に椅子を出して、電波の話から発展して、「地球と宇宙」「通信衛星」へと話題を広げていた。
「今度、流星群があるんだって!それも電波で見つけるらしいよ!」と海斗が得意げに話すと、勝が「じゃあそのとき、また一緒に空を見よう」と頷いた。
夕方、翔太が買い物から戻ると、家の中がやけに静かで驚いた。
リビングをのぞくと、ラジオから流れるクラシック音楽とともに、勝と澄江がソファでうたた寝していた。
その横では、海斗と愛が並んでスケッチブックを開き、ラジオの思い出を絵に描いていた。
「今日は、なんか…いい時間だったな」翔太がつぶやくと、結衣がにっこり微笑んだ。
「映像がなくても、ちゃんと心に残る時間ってあるのね」