5月30日(金):ゴミゼロの日
朝7時過ぎ。山本家の食卓には、トーストの香りと、にぎやかな声が広がっていた。
「今日は“ゴミゼロの日”らしいよ。5(ゴ)・3(ミ)・0(ゼロ)の語呂合わせだって」
スマホを見ながら愛が呟くと、翔太が新聞を置いて反応した。
「へえ、ちょうどいいな。最近、書斎の棚が崩れそうだし、帰ったら少し片づけるか…気力が残ってればだけど」
「お父さん、それ毎回言ってるよね」と愛がつっこむ。
「じゃあ、僕も学校から帰ったら掃除する!」と海斗。
「宣言したからにはやってもらいますよ」と結衣がニヤリと笑う。
「海斗、今日は“ゴミゼロヒーロー”に任命しようか」と勝が言うと、海斗は椅子の上でポーズを決めた。
「了解、ヒーロー任務、放課後から出動します!」
「じゃ、いってきまーす!」
海斗と愛がバタバタと玄関を出ていき、翔太もスーツの上着を手に取りながら続く。
家が静かになると、結衣はエプロンをつけ直し、澄江とふたり、台所の収納棚に向かった。
「さあ、お昼までにひと勝負ね。今日は“冷蔵庫の奥地”を攻めますよ」
「了解。怪しい瓶は処刑の対象ね」と澄江が笑う。
奥のほうから、いつ開けたか覚えていない梅干しの瓶や、化石のような昆布が出てきた。
「これ…“いつか使おう”の罠よね」
「“いつか”は、たいてい来ないものよ」
ふたりの会話に笑いが混ざる。
午前中の間に、キッチンの棚、勝の盆栽スペースの道具箱、洗面所の隅の薬箱まで、着々と整理が進んでいった。
午後4時すぎ、学校から帰宅した海斗が玄関を開けると、廊下の空気がどこか違っていた。
「ん?…なんか、空気がすっきりしてる?」
ランドセルを放り投げる前に、リビングをのぞいてびっくり。
「うわっ、机の上が見える!」
「失礼ね、そんなに散らかってなかったわよ」と結衣が笑う。
「ヒーローがいない間に先に掃除されてた…」としょんぼりする海斗に、澄江が言う。
「じゃあ、最後の仕上げをお願いしようか。外の落ち葉集め、任せたわよ、“ゴミゼロヒーローさん”」
「任された!」と海斗は庭へダッシュ。
ちりとり片手に落ち葉をかき集めながら、ふと立ち止まる。
「ゴミってさ、捨てるだけじゃなくて、気づくことが大事って、朝おじいちゃん言ってたよな…」
ふと、庭の片隅に積みっぱなしだったプラスチックの鉢を見つけた。
「これ、使ってないよね?」
それを持ってリビングに戻ると、勝が目を細めて頷いた。
「よく見ていたな。確かにもう割れていて使えん。お前の“気づく力”だな」
その夜、夕食を囲んだ家族の話題は、今日の“掃除の成果”。
「母さんたち、やるなぁ。僕も明日こそは、書斎の棚を…」
「それ先週も言ってた」と愛が笑う。
海斗が得意げに言う。
「僕は庭の片づけやったんだよ!鉢も見つけたし!」
「さすが“ヒーロー”だな」と翔太が笑いながら海斗の頭をなでる。
食後、勝がぽつりと言った。
「昔読んだ本に、“家の乱れは心の乱れ”とあったが、反対に“片づけは心を整える”というのも真理だな」