5月29日(木):こんにゃくの日
「5(こ)・2(に)・9(やく)で、“こんにゃくの日”かぁ……語呂合わせって無理やりだよね」
朝、トーストをかじりながらつぶやいたのは愛だった。
「でも覚えやすいでしょ?」と、隣でお茶を飲んでいた澄江が微笑む。
「こんにゃくって、栄養あるの?」と海斗が聞くと、勝が新聞を畳みながら頷く。
「おぉ、あるとも。食物繊維が豊富で、胃腸を整える働きがある。しかも昔は“おなかの砂おろし”って呼ばれてな、庶民の健康食品だったんだぞ」
翔太がコーヒーをすすりながら言う。
「でも正直、主役にはなりにくいよな。おでんの脇役とかさ」
「……それ、ちょっと失礼じゃない?」と愛が笑う。
結衣がふと思いついたように声を上げた。
「じゃあ、今夜は“こんにゃく尽くし”にしてみない?主役になってもらおうよ」
「えっ、全部こんにゃく!?」
海斗の顔が引きつる。
「それはちょっと修行みたいだな…」翔太も苦笑い。
「大丈夫よ。きっと驚くようなメニューを出してみせるから」
結衣の瞳は、ちょっとした挑戦者のように輝いていた。
――夕方。
結衣と澄江は、二人でキッチンに立っていた。
包丁の音が、リズムよく響く。
「こんにゃくを薄くスライスして、醤油とにんにくで炒めて……はい、“こんにゃくステーキ”よ」
「それからこれが、白だしで炊いた“煮物こんにゃく”、そして“田楽みそ田楽”、デザートに“黒蜜きな粉のこんにゃく餅風”」
「……想像以上に豪華だわね」と澄江が目を丸くする。
リビングにいた勝が、ふと窓の外に目を向ける。
「夕焼けがきれいだな。ああいう色合いを見ると、なぜか子どものころを思い出す」
「こんにゃくと関係ある?」と愛が茶化すと、勝はおかしそうに笑った。
「夕焼けを見ながら食べた田楽の味は、今でも覚えてるんだよ」
そして、夕食の時間。
テーブルに並んだのは、見たことのないほど色とりどりなこんにゃく料理たち。
「えっ…これ、本当に全部こんにゃく!?」
海斗が目を見張る。
「うわ、ステーキ、肉みたいだ…」と翔太。
一口頬張ると、「……うまっ!」
結衣が笑って言う。
「実は、焼く前に切り込みを入れて水分をしっかり抜いておいたの。そうすると、ぐっと味が染みて、まるでお肉みたいでしょ」
「これ、今度お弁当に入れてもいいかも」と愛。
「煮物も柔らかい~!」と海斗。
翔太が箸を止め、少し真面目な顔をして言った。
「こういう、地味だけど実はすごい食材って、見直されるべきだよな。…なんか、俺もがんばろって思うわ」
「何、急にどうしたの?」と笑う愛に、翔太は少し照れながら「いや…なんか、こんにゃくって、俺に似てるなって思って」とぼそり。
その瞬間、全員が吹き出した。
「いやいや、お父さんはもうちょっと目立ってると思うよ!」と海斗が笑い、勝が「ふむ、“地味に良い父”ということか」とうなずいた。
食後には、結衣の作った黒蜜きな粉こんにゃくが登場。
「これ、見た目は完全にわらび餅じゃん!」
ぷるぷるした食感に、子どもたちも大喜び。
「これでこんにゃくのイメージ、完全に変わったかも」と愛がぽつり。
その夜、寝る前に海斗が言った。
「ねぇお母さん。明日、学校の給食でこんにゃく出たら、ちょっと嬉しいかも」
「ふふ、そんな日が来るなんてね」