5月24日(土):伊達巻の日
朝の光が差し込む山本家。キッチンからは、澄江の湯気立つ味噌汁の香りとともに、どこか甘くて香ばしい匂いが漂っていた。
「ん〜、この香り…卵焼き?…いや、なんか違う?」
リビングにやってきた海斗が鼻をくんくんさせながら声を上げた。
「ふふ、今日はちょっと特別なものを作る準備をしてるのよ」
澄江がやさしい笑顔で迎えると、勝が新聞から顔を上げて言った。
「そうだな。今日は“伊達巻の日”なんだ。伊達政宗の命日にちなんでな」
「だて…まき…って、おせちに入ってるあれ?」
まだ少し眠たげな目をこすりながら、海斗がソファに座り込む。
「そうそう。甘くてふわふわしてるやつ。でもね、今日は市販のじゃなくて、ばあばが一から作る伊達巻をみんなで作ってみようって思ってるの」
結衣がテーブルにコーヒーを運びながら続けた。
その言葉に、愛がぱちりと目を開けた。「え、それって面白そうじゃん。私も手伝いたい!」
翔太が新聞を置いてうなずいた。「お、今日は家族みんなでクッキングだな。週末っぽくていいじゃないか」
昼食のあと、キッチンにはわいわいと賑やかな声が響いていた。大きなボウル、すり鉢、泡立て器…。澄江がずらりと用意した道具に、子どもたちは目を丸くする。
「うわあ、はんぺんじゃなくて“すり身”使うんだ!」
「うちの伊達巻はね、魚の旨みをしっかり活かすの。今日は甘さ控えめで作ってみましょう」
澄江が落とした卵を、海斗が一生懸命混ぜる。その横で愛は真剣な顔でだしと調味料の配合をメモしていた。
「これ、レシピにしたらおばあちゃんの“味ノート”に載せたいな。家族の味って、こうやって受け継がれてくんだね」
「そうだな。文化っていうのは、こういう小さな手仕事から育つもんだ」
勝がキッチンの戸口にもたれながら微笑む。
「伊達政宗って、料理も好きだったの?」
海斗が手を止めて尋ねると、勝がうれしそうに話し始めた。
「うむ、彼は派手好きな“伊達者”で知られているが、実は書も絵も嗜んだし、文化にも理解が深かった。食にもこだわって、仙台にいろんな料理の文化を根づかせたとも言われている」
「へえ〜、戦ってるだけじゃないんだね」
「真の強さってのは、刀だけじゃないんだよ」
翔太が横から冗談めかして言うと、澄江がくすくす笑った。
夕方、庭に出て風を感じた後、家族はテーブルに並んだ料理を囲む。中心にあるのは、澄江と家族で焼き上げた伊達巻。黄金色にふくらんだ断面が渦巻きを描き、巻きすで型がきれいについたその姿は、美しいというより芸術的。
「いただきま〜す!」
海斗が元気に声を上げ、家族が箸を伸ばす。
「わっ、なにこれ…お店より断然おいしい…」
「ふわふわだけど、だしの香りがしっかりしてる…!」
愛と結衣が感嘆の声を上げる。
「甘さ控えめっていいね。これなら何個でも食べられそう」翔太が笑いながら、二切れ目をつかむ。
「こういうのって、丁寧に作るからこそ味に出るんだな」
「そうね。昔はこうやって、家族みんなで手をかける料理がごちそうだったのよ」
澄江が満足そうにうなずいた。
食後、リビングでは愛がスケッチブックを取り出す。
「ほら、これ。今日の伊達巻と、政宗公の兜をモチーフにして描いてみたの」
そこには、伊達巻の渦模様を背景に、片目に風格を宿した伊達政宗のシルエットが描かれていた。
「これは…お前、カフェのチラシに使えるぞ」
翔太が目を丸くし、結衣も「うちの新メニュー『伊達巻トースト』とか…!」と笑った。
夜、海斗が布団に入る前に勝の部屋を覗いた。
「おじいちゃん、政宗の話、もっと聞きたい」
「よし、じゃあ今夜の冒険譚は“独眼竜と黄金の茶器”だ」
そう言って、勝は静かに話し始めた。
—かつて奥州の若き武将は、信じた道を貫き、派手さの中に誠実を秘めていた。
戦場にあっても、民の暮らしを想い、文化を育てる心を忘れなかった…。
物語の最後、海斗がぽつりとつぶやいた。
「ぼくも、“中身も伊達”な人になりたいな」
勝はゆっくりうなずいた。
「それが一番、かっこいい“伊達者”さ」