5月22日(木): 国際生物多様性の日
朝6時半、山本家の庭では、すでに澄江が花壇に水をやっていた。ツツジの花がまだ朝露をまとい、小さなハチが一匹、ぶんぶんと音を立てながら飛び回っている。
「おはよう、ハチさん。今日も働き者だねぇ」
そんな穏やかな声とともに、庭には朝日が射し始める。
リビングでは、海斗がいつものように新聞の天気欄を確認していた。ふと目を留めたのは、カレンダーに書かれた赤い文字。
「ねえ、今日って“こくさいせいぶつたようせいのひ”なんだって!」
「国際…なんだって?」と翔太がトーストをかじりながら問い返す。
「生物多様性だよ!」と海斗は得意げに言った。「学校で習ったんだ。いろんな生きものがいるから自然はバランスが取れてるんだって」
その言葉に、勝がうなずいた。「いい先生だな。多様性は自然界の宝だよ。ひとつの命が消えると、つながり全体が揺らいでしまうんだ」
「おじいちゃん、なんか深い…」と愛が感心しながらも笑い、「じゃあうちの庭も、ちょっとした生態系ってこと?」
「もちろんだとも」勝が頷く。「バッタもダンゴムシも、花を咲かせるミツバチも、みんな役割があるんだ」
その話に火がついた海斗は、朝食後すぐに自分用の自由帳を取り出して、表紙にでかでかとこう書いた。
「山本家 生きもの観察ノート 2025」
すると結衣が声をかけた。「せっかくだから、庭にそのノート専用の台を置こうか?雨が降っても大丈夫なようにカバーもつけて」
翔太が「じゃあ、仕事帰りに百均でクリップボードとビニールカバーを買ってくるよ」と加勢。愛も「スケッチできるページ、私がテンプレート作ろうか?」と提案。
こうして山本家は、まるで小さな自然研究チームのような雰囲気になった。
午後、学校から帰った海斗はランドセルを放り出すなり庭に直行。ノートと虫眼鏡を片手に、土の間を這う生きものを探す。
「うわっ!いた!ダンゴムシ発見!」
彼はしゃがみ込み、興奮しながらその動きを観察。くるんと丸くなった姿に「かわいい~」と声を漏らす。
「触っても大丈夫だよね?でも優しく…優しく…」と自分に言い聞かせながら、そっと手のひらに乗せた。
「ばあちゃん、見て!すっごい丸くなるの!」
縁側で刺繍をしていた澄江が眼鏡を外してのぞき込む。
「あらまぁ、小さいけど、ちゃんと命を守る術を持ってるのねぇ。偉いねぇ」
夕方、大学から帰った愛はその光景を見て笑った。
「いいな、ダンゴムシ。小さいけど、強い。なんかキャラクターにしたくなってきたな…」
彼女はスケッチブックを持ち出し、ダンゴムシをモデルに擬人化キャラを描き始めた。丸くなって敵を防ぐシールド型の少年、という設定らしい。
「お姉ちゃん、それヒーローっぽい!」と海斗が声を上げると、愛は照れ笑い。
「自然って、インスピレーションの宝庫なのかもね」
夕食は、家庭菜園で採れたミニトマト、バジル、ズッキーニなど、季節の野菜をふんだんに使った自然派メニューだった。
・トマトとバジルの冷製パスタ
・ズッキーニのオーブン焼き
・ハーブチキンソテー
・澄江の作った野草茶と山菜のおひたし
「地元の恵みって、ほんとありがたいね」と結衣が言うと、翔太がうなずいた。
「こうやって自然と共に暮らすってのも、多様性を守ることに繋がるんだろうな」
食後、勝が静かに語り始めた。
「昔話をひとつ――森の奥深くに住む小さなカエルの物語。そのカエルは、自分が何の役にも立たないと思っていた。だけどある日、大雨が森を襲い、巣を失った虫たちがカエルの作った泥の巣穴に避難して、助かったんだよ…」
海斗は目を輝かせて聞き入り、ポツリと呟いた。
「小さい命も、大きな意味を持ってるんだね…」
「その通りだよ」と勝は微笑む。
その夜。海斗は眠る前、観察ノートをもう一度見返して、小さな文字でこう記した。
「あしたはアリを追いかけてみよう。あのちいさな世界には、きっとすごい秘密がある気がする」