5月21日(水): 小学校開校記念日
夕食後、山本家のリビングには、全員がそろっていた。テレビではニュースが流れているが、誰も特に注目してはいない。
「今日は“小学校開校の日”なんだってさ。東京の芝に、日本で初めての近代小学校ができた日なんだって!」と、海斗が得意げに言った。
「そうだな、1872年の今日、開成学校ができた。これが後の東京大学の前身にもなるんだ。初めて“学年”という仕組みが導入されたのもこの頃だったかな」
勝が新聞を畳みながら、懐かしそうに目を細めた。
「へぇ〜、昔の学校ってどんな感じだったの?」
海斗が食卓の端から身を乗り出してくる。
「今とはまるで違ったさ。僕の通っていた小学校では、木の机に墨汁で書く習字があってね。ストーブも石炭だった。朝はみんなで火を入れて、煙突がゴホゴホって…」
「ええー!石炭って何それ、石じゃん!」と海斗が目を丸くして声をあげると、愛も笑いながら言った。
「教室が煙でモクモクしてたとか、今ならニュース沙汰だよね。」
「でも、友達と一緒に校庭を駆け回ったり、放課後に竹馬をしたり…今の子たちとは違う楽しみ方をしてたんだよ」
勝はゆっくりと語り続けた。
その時、澄江がふと思い出したように言う。
「そういえば、あなたが先生になった初めての授業って、どんなだったかしら?」
「うん…あれは緊張したなあ。黒板にチョークで“あいうえお”を書いたら、手が震えて線がガタガタになってね。でも、子どもたちは笑いながら真似して書いてくれたんだ。あれが教師としての原点だったよ」
翔太が感心したように頷きながら口を開く。
「父さんの話、今聞いてもじんとくるな。俺たちの頃とはまた違うけど、“学ぶ”っていう姿勢は変わらないんだな」
「おじいちゃん、もっと聞きたい!」
海斗が身を寄せると、勝はにっこりと笑って言った。
「じゃあ、昔の教科書を今夜見せてあげよう。たしか、屋根裏にしまってあったはずだ」
そのあと、勝と海斗は一緒に屋根裏へ向かい、埃をかぶった箱の中から古い国語の教科書を見つけてきた。
「これが昭和40年代の教科書か〜!漢字、今とちょっと違う!挿絵も全部手描きなんだね!」
海斗は興奮気味にページをめくる。
「“ちいちゃんのかげおくり”…あ、これ、今も習うよ!」
すると愛も身を乗り出して、「懐かしい。小学生の時に泣いた記憶あるな…」と目を細めた。
夕食後のほんのひとときが、教室の時間のように家族を包み込んでいった。
その夜、布団に入る前の海斗がぽつりとつぶやいた。
「ねえおじいちゃん、今の学校も悪くないけど、昔の学校にも行ってみたくなった」
「その気持ちがあれば、いつでも“学び”は始まるよ」