表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/297

5月19日(月):ボクシングの日

朝の食卓、トーストを頬張る海斗が、にやにやしながら勝の方を見た。


「ねえ、おじいちゃん。今日は“ボクシングの日”なんだって!」


「おぉ、覚えていたか。1909年、日本で初めて公式のボクシング試合が行われた日じゃな。」


勝は新聞を畳みながらにこやかに答える。その言葉に翔太がコーヒーを口に含んだまま笑った。


「海斗が“勝負だ!”って言ってたの、まさかおじいちゃんに?」


「そうだよ。エアボクシングで勝負するんだもん。おじいちゃん、手加減しないでね!」


リビングには微妙な沈黙が流れたあと、愛が吹き出す。


「それ、どっちが先に息切れするかの勝負じゃない?」


そのとき、澄江がゆっくり立ち上がり、「怪我だけはしないようにねぇ」と穏やかに言い添えると、家族みんながクスッと笑った。


夕方、翔太と海斗が帰宅すると、すでにリビングには準備された空間が広がっていた。ラグが片づけられ、床には手作りのリングを模したテープ。中央には小さな手作りのゴング(鍋の蓋と木べら!)。


「ようし、始めようかのう。名付けて“山本家・世代対決杯”!」


勝が腕まくりをしながら、澄江に巻いてもらったタオルを首にかけ、ポーズを取る。


「おじいちゃん、いけー!」「海斗、負けるなー!」


愛と結衣がそれぞれ応援に回り、まるで小さなジムのような雰囲気が広がる。


試合開始。といっても、お互いの拳は空を切り、時おり“ヒット!”と自己申告しながら、軽快なステップ(?)を踏むふたり。海斗が勢い余って足を滑らせたとき、勝がそっと支え、すかさず「カウントだ!」と笑う。


澄江がキッチンから顔を出し、「水分補給しなさーい」と声をかけると、結衣がタオルを持ってリングイン。


「コーナータイム!さぁ、後半戦へ!」


後半は、海斗が大きく踏み込みながら「フック!」と叫び、勝が「ワン・ツー・ガードじゃ!」と応じる応酬が続く。いつしか、愛もスマホで実況を始めていた。


「実況・解説はわたくし愛がお送りします。本日の注目対決は、伝説の元校長vs好奇心旺盛な6年生!」


笑いが絶えない中、翔太がふと呟いた。「これ、YouTubeにあげたらバズるかもな…」


最後は、両者息も絶え絶えになりながらも「引き分け!」で幕を閉じる。誰も勝たず、みんなが笑った。


試合後のクールダウンでは、勝が海斗の肩に手を置き、静かに言った。


「拳を交えるってのは、相手と分かり合う手段でもあるんだよ。争うためじゃなく、心を通わせるためにあるんじゃ。」


夜、風呂上がりの海斗が布団に横たわりながらぽつりとつぶやく。


「おじいちゃん、すごかったな。なんか、昔も強かったの?」


「ふふ、昔は“校長先生”だったが、おかげで今日は“チャンピオン”だったよ。」


そう言って、勝は布団の横に腰を下ろし、そっと語り出す。


「ボクシングも人生も、相手とぶつかるんじゃなく、自分と向き合うものなんじゃな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ