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5月16日(金):旅の日

「今日は“旅の日”なんだよ。松尾芭蕉が『奥の細道』に旅立った日なんだってさ」


夕飯後、勝がそう言って立ち上がると、書斎から一冊の古びた文庫を持ってきた。表紙には金文字で『奥の細道』と書かれている。


「この本、学生の頃に買ってね。人生の節目には、よく読み返すんだ。心が少し疲れたときや、何かを決めかねているときにな」


その言葉に、海斗が目を輝かせる。


「ぼくも旅したい!恐竜博物館に行きたいんだ!あと、北海道でシロクマも見たい!」


「私はヨーロッパ。スペインのガウディ建築、ずっと見てみたいと思ってるの」と愛が笑いながらノートを開いた。すでに何ページも旅先のスケッチや雑誌の切り抜きが貼られていた。


この日、「行ってみたい場所マップ」を作ることになった。ダイニングの大テーブルに家族みんなで集まり、地図帳やタブレット、色鉛筆を広げると、小さな旅の会議が始まった。


翔太は「昔、北海道を車で一周したことがあってね。知床の夕焼けは今でも目に焼きついてる」と語り、結衣は「私は京都の古い町並みを、のんびり歩きたいなあ。着物を着て、抹茶を飲みながら…」としみじみ話す。


澄江は、そっと手を挙げて「私は…もう一度、若い頃に行った日光に行ってみたいわね。華厳の滝が、忘れられないの。水しぶきと、ひんやりした空気…まるで夢みたいだった」と呟いた。


勝がそっと頷きながら、「じゃあ、来年の夏は“山本家全国旅計画”を立てよう」と提案すると、家族みんなの顔に笑顔が広がった。


海斗のマップには、福井県の恐竜博物館が大きく赤丸で囲まれていた。横には「福井ラプトルに会いたい!」と手書きの文字。愛は、ヨーロッパ全体に花のような模様を描き、「ここから旅が始まるんだ」と言った。


「でも、旅ってお金も時間もかかるよね」と翔太が苦笑いすると、結衣が「夢は、今すぐじゃなくてもいいの。叶えようと思い続けることが大事よ」と優しく言った。


夜になり、それぞれの部屋に戻る前。海斗が勝に「ねぇおじいちゃん、芭蕉って、なんで旅に出たの?」と聞くと、勝は少し窓の外を見つめてから、目を細めて答えた。


「人生には、旅に出たくなるときがあるんだ。今の場所から、少し遠くを見て、自分を見つめ直すためにね。芭蕉も、そうだったんじゃないかな」


「ぼく、大きくなったら、ひとりで旅してみたいな。でも…帰る場所はこの家がいい」


勝は静かにうなずいて、天井を見上げた。


「それが、一番大事なことかもしれんな。旅は、帰る場所があるからこそ、意味があるんだよ」


そしてその晩、山本家のリビングの壁には、カラフルな“行ってみたい場所マップ”が貼られていた。世界地図、日本地図、それぞれに家族の夢が描かれている。スペインの隣に北海道、日光の下に京都、恐竜のイラストが添えられた福井県…


結衣がそっと呟いた。「夢の地図って、家族の気持ちをつなぐものね」


愛は地図の端に「旅は人生のデザイン」と書き添えた。澄江がそれを見て微笑み、「素敵な言葉ね」


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