12月25日(水):「昭和」改元の日
「おはよう!」
海斗が元気よく階段を駆け下りてくる音で、家中が目を覚ました。
「海斗、もう少し静かにしなさいって言ったでしょ?」
キッチンから結衣が注意するが、その声もどこか柔らかい。
「だって、今日終業式だし、通知表もらえるし!」
テーブルの前で座りながら、海斗はミルクをがぶ飲みした。
「通知表かぁ。自信あるの?」
同じテーブルに座る勝が、新聞をたたみながら笑う。
「うん、たぶん。でも算数はちょっと自信ないかな…」
「それなら次頑張ればいいさ。昭和もそんなふうに始まったんだよ。」
「昭和?なんでおじいちゃん、急に昭和の話?」
「今日はね、昭和が始まった日なんだ。大正から昭和に変わった日さ。」
海斗はスプーンを止めて興味津々な顔をする。
「へぇー。じゃあ昭和ってどんな感じだったの?」
「昭和か…戦争もあったし、貧しかった時代もあった。でも家族や地域のつながりが強かった時代でもあるんだよ。」
勝は遠くを見るような目をしながら続けた。
「それに、クリスマスなんてなかったけれど、ささやかな楽しみを大切にしてたな。」
「ささやかな楽しみって、例えば?」
「うーん、たき火で焼き芋を焼いたり、お正月のためにこまを作ったりね。」
その話を聞きながら、愛が2階から降りてきた。制服を着て、髪を一つにまとめている。
「昭和の話?おじいちゃん、いつも面白い話するよね。でも、今の時代って便利すぎて、そういう楽しみって少ないかも。」
勝はにやりと笑って、愛を見上げた。
「お前たちもきっと、未来の子どもたちに『令和はこんな時代だった』って語るんじゃないか?」
「令和かぁ…。その頃、私はデザインの仕事してるかな。」
愛はリビングの棚に並ぶ、自分のイラストが描かれたカレンダーをちらりと見た。
「姉ちゃんはいいよね、大人みたいな夢があって。でも僕だって頑張るんだから!」
海斗がムキになって叫ぶと、愛は肩をすくめた。
「頑張るのはいいけど、まず宿題忘れないでね。」
その日の午後、学校から帰ってきた海斗は、ランドセルを放り投げるようにリビングに飛び込んできた。
「お母さん!見て!僕、通知表こんなだった!」
手を広げて見せると、結衣はふっと笑って肩を叩いた。
「頑張ったね。でも、ここに『もう少し丁寧に』って書かれてるわよ。」
「それは…あれだよ、字がちょっと乱れただけ!」
夕方、澄江が刺繍をしている居間では、勝がまた昭和の話を続けていた。
「そういえば、昭和の頃は、クリスマスなんて特別なことじゃなかったんだ。終業式が終わったら家でこたつに入って、みかんを食べながらのんびりするのが普通だったな。」
「じゃあ、今みたいなケーキとかチキンはなかったの?」
海斗が驚いて尋ねると、勝は笑いながら答えた。
「なかったよ。でもね、みかん一つでも本当に幸せを感じたんだよ。」
その話を聞いて、海斗はポツリと言った。
「じゃあ、僕もみかん食べたいな。」
澄江が微笑んで、テーブルにみかんを置いた。
「さぁ、どうぞ。昭和の楽しみをちょっとだけ味わってみて。」