4月24日(木):植物学の日
午後の柔らかな陽射しが、山本家のリビングに差し込んでいた。
「今日は植物学の日、なんだって」
リビングの机でスケッチブックを広げていた愛が、ふとつぶやくように言った。
「植物学?なんだかお姉ちゃんっぽいな〜」
ソファの上でゴロゴロしていた海斗が、顔だけこちらに向ける。
「“っぽい”って何よ。意味わかって言ってる?」
愛がちょっとムッとしながらも笑う。
「植物の勉強するんでしょ?森とか、草とか、木とか…あ、トマトも?」
その瞬間、キッチンから結衣の声が飛んできた。
「そうそう、今日収穫したミニトマト、すごく甘かったよ!家庭菜園って、地味だけどすごいのよね。芽が出た時は毎回感動するの」
「じゃあ今日はそのトマト、サラダに入れよっか」
澄江が、穏やかな手つきでリビングの花瓶に花を生けながら言った。「この庭の花たちも、見てると心がやわらぐわよ」
「植物って、静かに生きてるのがすごいよね」
勝が新聞をたたんで、盆栽に霧吹きをかけながらぼそりと言った。
「“静かに生きてる”って、なんかかっこいい」
愛がスケッチの手を止めて、勝の方をちらりと見る。
「そうか? 植物は話さないし、動きもしない。でもな、ちゃんと季節を知ってて、天気にも反応してる。人間よりずっと“自然”と仲良しだよ」
「うわ、急に詩人…」と海斗がニヤけた声を出すが、勝は笑って流すだけだった。
「じゃあ、植物って勉強するとどんなことわかるの?」
海斗の真面目な質問に、愛が答える。
「名前や種類とか、育て方、進化の仕組み、生き残るための工夫…デザイン的にもすごく参考になるんだよ。葉っぱの形とか、色の構成とか」
「デザインって、植物にも関係あるの?」
「大あり。むしろ自然から学ぶのが一番きれいでバランスが取れてる」
愛が少し熱っぽく語ると、翔太がリビングにやってきて笑う。
「おっ、なんか今日は“緑の研究会”だな。お父さんも混ざっていい?」
「じゃあさ、パパは何の植物が好きなの?」海斗が聞くと、翔太は少し考えてから言った。
「…あれかな。芝生」
「地味!」
家族全員から総ツッコミが入り、翔太は苦笑い。
「いやいや、芝生ってさ、家族が遊んだり、寝転んだりする場所だろ?ちょっとした思い出の背景になってると思わない?」
「あ〜、それは確かに」
愛が同意すると、海斗も「僕、去年の夏、芝生で昼寝して日焼けしてたもん」と頷いた。
「そうやって、何気ない植物に思い出がくっついてるのよ」
結衣がにこやかにまとめる。
夕方、愛は庭のベンチに座って、スケッチブックに庭のハーブを描いていた。
「ラベンダーって、いい匂いだね」
海斗が隣に座ってきて、葉を指でつまむ。
「うん。描いてると、香りもデザインの一部に思えてくる。ちょっとだけ風が吹くと、紙の上の絵も動いてる気がするんだ」
「それって、すごく不思議で…いいね」
「植物って、言葉はないけど、存在してるだけで伝えてくることがあるんだよね」
「お姉ちゃん、もしかして今日ちょっと詩人入ってる?」
「ふふ、あんたもさっき“かっこいい”って言ってたじゃん」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
夜。リビングには家族が揃い、澄江が作ったハーブティーが湯気を立てていた。
「自然に触れると、なんか心がやわらぐよね」
結衣が言うと、翔太が「人間だって、自然の一部だからな」とつぶやいた。
勝が湯呑を持ち上げながら、締めるように言った。
「人間が自然を守ってるんじゃない。自然が、ずっと昔から、人間を守ってきたんだよ」