4月23日(水):子ども読書の日
朝の食卓に、ぱらぱらとページをめくる音が響いていた。
「今日は“子ども読書の日”なんだってさ」
海斗がトーストを片手に図書館の貸出カードを掲げた。
「それって、“子どもが読む日”なの?それとも“大人が子どもに読ませる日”?」
愛が、ヨーグルトを口に運びながら問い返す。
「うーん…どっちも、かな?先生が“本と仲良くするきっかけの日”って言ってた」
「へぇ、いいじゃん。で、なに借りたの?」
「じゃーん!『恐竜のひみつ』!あと『虫の体のふしぎ』と、『夜に鳴く動物たち』!」
「…テーマがブレないね」
愛が苦笑しながらも、どこか誇らしそうに弟の顔を見た。
その日の夕方、山本家のリビングは少し静かだった。
「おじいちゃん!これ読んでよー!」
海斗が勝に本を渡すと、勝は「ほう、今日は読み聞かせか」と嬉しそうに笑う。
「これ、“ティラノサウルスの歯の構造”って書いてあるんだけど、なんか難しい」
「ティラノはな、骨まで砕く力があったんだ。噛む力が一トン以上って言われてる」
勝がそう語りだすと、海斗の目がぱっと光った。
「マジで!?じゃあ、お姉ちゃんの机とかもバリッていける?」
「やめろー、それで教科書全部食べられたら困るし!」と、愛がすぐさま反撃。
「まあまあ、二人とも静かに。今日は“読書”の日でしょ」
結衣が紅茶を手に笑いながらソファに座る。
「昔はね、よく“読み聞かせの会”っていうのが学校であってね。お母さんもボランティアで読んでたことあるの」
「え、お母さんが?どんな本読んでたの?」と愛。
「『ごんぎつね』とか、『モチモチの木』とか…懐かしいなぁ」
「ごんぎつね、あれ泣けるやつだよね…」
愛がふと遠くを見るような目をした。
夜、リビングでは勝が膝に海斗を乗せて、静かに読み始めた。
「『これは、夜の森でひっそりと生きるフクロウの物語——』」
隣では愛がイーゼルに向かい、小さなスケッチを描いていた。テーマは“森の中の静かな読書時間”。
「お姉ちゃん、なんか描いてるの?」
「うん、さっきのお話聞いてたら、イメージが湧いたの。夜の森って、静かで、でもちゃんと息づいてる感じっていうか…」
「ふーん。僕は静かな森より、恐竜が暴れてる方が好きだなぁ」
「そりゃ知ってるよ。毎日うるさいくらい叫んでるもんね、恐竜の名前」
「じゃあ、お姉ちゃんの描いた森に、ティラノサウルスも入れてよ!」
「はぁ?雰囲気壊れるっての」
そんな言い合いの中でも、勝の声は淡々と続いていた。
「——フクロウは今日も、誰にも気づかれず、静かに森を見守っていました」
ふと澄江がやってきて、編みかけの刺繍を手に言う。
「読み聞かせって、不思議ね。誰かの声で聞くと、目で読むよりも心に残ることがあるのよ」
結衣が「そうねぇ」と頷きながら、海斗の前に温かいミルクを置いた。
「今日は読書記念日。たまには静かに本と向き合う時間、大事にしようか」
「……静かにって言ったって、ティラノはうるさいよ?」
と海斗がボソッとつぶやく。
「ティラノだって、本を読む日はあるんだよ、きっと」
愛がにやりと笑って返す。
「えっ、マジ!?じゃあ、どんな本読むの?」
「“美味しい草食恐竜の見分け方”とか?」
「やば、それ読みたい!!」
家族の笑い声がリビングに広がった。
その夜、勝が読んだ本の最後にあった一節を、そっと声に出した。
「“読書は心の旅。ページをめくるたびに、新しい世界へ出発する”」
「じゃあさ、僕も明日、図書館でもっと旅してくるよ」