4月12日(土):世界宇宙飛行の日
「今日は“世界宇宙飛行の日”なんだって!」
夕方、ランドセルを放り出した海斗がリビングに飛び込んできた。
「ソユーズ1号?いや、違う。ガガーリン!」
本人は興奮気味で何を言ってるのか半分混乱していたが、気持ちは伝わってくる。
「そうそう、人類で初めて宇宙を飛んだガガーリンさんの日でしょ?」
愛がテーブルでノートパソコンを開いたまま顔を上げる。「1961年、ソビエト連邦」
「愛、詳しいな」
翔太が感心しながらコーヒーをすすった。
「デザインの講義で“宇宙とビジュアル表現”ってテーマが出てね。資料読んでたから、ちょうど覚えてたの」
「宇宙とデザイン……なんか遠そうで近い世界ね」
結衣がにこやかに言いながら夕飯の準備に取りかかっている。
「僕、将来宇宙飛行士になりたい!」
「えっ、急だな」
愛が笑いながらも、弟の勢いにちょっと驚く。
「だって、宇宙ってさ、“全部がわからない”って感じでカッコいいじゃん」
「うんうん、“未知の世界に向かう勇気”って感じするわね」
澄江がエプロンをかけながらうなずいた。
「じゃあ、夜に星を見に行くか?今日は晴れてるし、月もきれいらしいぞ」
翔太が新聞を畳みながら提案する。
「やったー!」
海斗が飛び上がる。
「せっかくだし、夜ごはんは早めに食べて“宇宙観測タイム”にしましょう」
結衣が笑顔で答えた。
夕飯を終えたあと、家族は庭にレジャーシートを敷いて、それぞれ上着を羽織って夜空を見上げた。
「わぁ……星って、こんなに見えるんだっけ」
「この辺りは灯りが少ないからね。都会よりだいぶ星が見えるんだよ」
勝が懐中電灯片手にゆっくり座る。
「おじいちゃん、昔から宇宙って好きだった?」
海斗が隣にちょこんと座る。
「うむ。小学生の頃、アポロ11号の映像を見てね。月に降り立った瞬間、何かが変わった気がしたよ。科学も夢も、一緒に進むんだって思えた」
「愛ちゃんは、どんなデザインで宇宙を表現したいの?」
結衣が問いかけると、愛はしばらく空を見つめてから答えた。
「うーん……“距離”と“静けさ”。地球から遠く離れた空間にいるって、たぶん言葉じゃ表せない感覚があると思うんだよね。そこに色や形で意味を与えられたら、すごくワクワクするなって」
「おお、詩人だな」
翔太が冗談交じりに言うと、愛は苦笑いした。
「でもさ、お姉ちゃんが宇宙を描いて、ぼくがそこに行くって、けっこう最強じゃない?」
海斗が真剣な顔で言う。
「それ、かっこいいじゃん……“姉と弟で宇宙開発”みたいな」
愛が少し照れたように笑う。
しばらくして、勝が空を見上げたまま、ぽつりとつぶやいた。
「宇宙って、ずっと見ていられるよな。怖くて、広くて、でも美しい」
「ねぇおじいちゃん。宇宙に行ったら、盆栽って持っていけると思う?」
海斗が突然の方向転換。
「うーん、無重力盆栽か……浮くぞ」
「育て方、全然わかんないね」
「でも、“重力に逆らう枝ぶり”って、ちょっと面白いかもしれない」
愛がスケッチブックを取り出して、ペンを走らせる。
「今、アイデア出たな」
その夜。家の明かりを落とした静かな庭に、星の瞬きと、家族の柔らかな笑い声がぽつりぽつりと重なっていた。
「どこまで行けるかはわからないけど、こうして夢を語れる場所があるって、たぶん地球でいちばんすごいことだと思う」