4月10日(木):婦人参政記念日
夕食後の山本家リビングには、ほっとした空気が流れていた。テレビではニュース番組が流れている。
「1946年、今日は日本で初めて女性が選挙に参加した日なんだって」
愛がふとつぶやいた。
「へえ、婦人参政記念日か。すごいことだよな」
翔太が頷きながら、湯呑を片手に新聞を閉じる。
「でもさ、まだ100年も経ってないんだよね」
愛はテーブルの上に置いたスマホを見ながら続ける。「たった78年前。おばあちゃんの生まれた時代には、まだ女の人は投票できなかったんだ」
「そうよ。私の母の時代は、女性が政治を語るなんて、“ちょっとお行儀が悪い”と思われてたの」
澄江が静かに笑った。「でも、本当は“ちゃんと自分で考えて決める”って、すごく大事なことなのよね」
「おばあちゃん、初めて選挙行ったとき、どうだったの?」
海斗が興味津々に聞く。
「そうねぇ、緊張したけど、嬉しかったわよ。小さな紙に“自分の意思”を書くって、すごく重みがあるの。手が震えたくらい」
「政治って、なんか遠い世界って思ってたけど……今ってSNSでもみんな普通に意見を出すし、大学でも勉強してみようかな」
愛がぼそっと言うと、結衣がすぐに反応した。
「いいと思うよ。愛は言葉の選び方が丁寧だし、自分で調べて考えられる子だから」
「でも、政治って難しそうじゃない?派閥とか政党とか、正直まだよくわかんない」
「うん。でも、わからないから勉強するんでしょ?」
結衣がにこりと笑う。「大事なのは“自分の意見”を持とうとすること。それだけでもう、立派な一歩だと思うよ」
勝が口を開いた。「わしが校長をしていた頃も、生徒たちに“社会は誰かが勝手に動かしてるわけじゃない”って話をしたことがあるよ。投票も参加も、全部“自分の未来”の一部なんだ」
「へぇ……深い」
愛が、少し驚いたように頷く。
「じゃあ、僕も18歳になったら投票行くよ!」
海斗が勢いよく言うと、翔太が笑いながら突っ込んだ。
「その前に宿題にちゃんと参加してくれ」
「うっ、それは……参政権よりむずいかも……」
家族の笑い声が、春の夜にあたたかく響いた。
食後、愛はリビングの一角でスケッチブックを閉じ、ふと勝に尋ねた。
「おじいちゃん、政治の話って、授業でどんなふうにしてたの?」
「うん、難しい言葉は使わずに、“自分の周りのことをどうしたいか”から始めさせてたよ。教室をこうしたい、給食を変えたい。そういうことだって、“小さな政治”だからな」
「なるほど……じゃあ大学でも、自分の“半径5メートル”から始めればいいのかな」
「うん。それでいいんだ」
勝が頷いた。
夜が更け、海斗が寝静まったあと。結衣はテーブルに置かれたティーカップを片付けながら、ふと愛に言った。
「私ね、若いころ、選挙で名前を書くとき、少しドキドキしたの。自分の1票が、世界をちょっと変えるかもしれないって」
「今の時代は、政治に無関心って言われがちだけど……逆に、“どう関わるか”を選べる自由があるってことかもね」
「そう。だから、愛も“自分の考えを持つ人”でいてほしいの」
「うん。……ちょっと、大学の社会学の授業、申し込んでみようかな」
「たった1票でも、誰かの心でも、“自分の意思”が動くって、すごく強いことなんだね」
愛のその言葉に、澄江は静かにうなずいた。
「それを知ってる人が、次の時代をつくっていくのよ」