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4月2日(水):国際こどもの本の日

「おはよう! 今日は国際こどもの本の日だって、知ってた?」

朝のリビングで新聞を広げていた勝が、温かい微笑みを浮かべながら声をかける。時計はまだ7時前だが、山本家ではすでに家族が動き始めている。


「こどもの本の日? そんな日があるんだね」

テーブルに宿題道具を広げつつ朝食をかき込んでいる海斗が、スプーンを止めて首を傾げる。


「うん、国際的な日なんだって。子どもたちが本に親しめるように、読書文化を盛り上げるための日らしいわよ」

結衣が、焼き立てのパンを皿に載せながら補足する。


「へえ、なんかいいね。僕も図書室で面白そうな本探してみようかな」

海斗は少しわくわくした表情で手を叩く。


「海斗、パンばかり食べてないで、ちゃんとサラダも食べなさいよ」

愛がスマホをいじりながら少し呆れた口調で言う。


「お姉ちゃんもスマホばっかり見てないで、ご飯ちゃんと食べないと!」

海斗はすかさず言い返すが、愛はちらりと弟を見て肩をすくめる。


「はいはい。私だって食べるわよ。それより国際こどもの本の日なんだからさ、みんなで何か読む?」


「そうだなぁ、せっかくだから古い絵本でも引っぱり出そうか」

勝は椅子を立ち上がり、書斎に向かおうとする。そこへ澄江がふわりと笑って声をかける。


「勝さん、どこにしまってあるんだっけ? あなたが先生時代に使ってた児童文学の本、確か押し入れの奥にあったわよね」


「そうそう。ちょっと探してみるか。いやあ、懐かしいな」

勝は新聞を置き、張り切った様子で書斎へ向かう。


「お父さん、あまり散らかさないでよ。あとで片付けるの私なんですから」

結衣は苦笑しながら食器を片付け、父である勝のあとを目で追う。


「大丈夫大丈夫。ちゃんと戻すさ」

勝の声が書斎の方から返ってきた。


夕方。翔太が工場の仕事を終えて帰ってくると、リビングの様子がいつもと違う。床には古い児童文学や絵本が何冊も積まれ、家族がわいわいと騒いでいる。


「ただいま。おー、なんだなんだ、随分カラフルだな」

翔太がネクタイを緩めながら笑うと、海斗が飛びついてきた。


「お父さん、おかえり! おじいちゃんが昔使ってた本、見てこれ!」


海斗が手に持っているのは、表紙の角がすり切れた分厚い冒険物語の本。挿絵がレトロな雰囲気で、どこか懐かしい味がある。


「へえ、こんな本あったんだな。父さんの教員時代のか」


「そうそう。私が小学校の先生をしてた頃、図書室で人気だった一冊だよ。今の子どもたちにも読んでほしくてね、今日のために探してたんだ」

勝は本を手に取り、嬉しそうに背表紙をなでる。


「なんだか、ほんとに古い……」

愛がページを開いてみると、独特の紙の香りが広がった。イラストは線が細やかで、物語の世界観が絵だけでも伝わってくる。


「このイラスト、すごく上手。アナログでここまで描き込むって、職人技だよね」

愛はイラストが好きなので、食い入るように見つめる。


「そうなんだ。昔はパソコンなんてなかったからね。全部手描きだから、見るたびに味があるんだよ」

勝が少し誇らしげにうなずく。


すると、結衣が手を叩いて提案する。

「じゃあ夜ごはんのあと、みんなで読み聞かせタイムにしようか。愛も大学生になったけど、久しぶりに一緒に聞くのもいいんじゃない?」


「私、もう子どもじゃないから読み聞かせなんて……ま、でもたまにはいいかもね」

愛は照れくさそうに笑う。


「ほんと? やった! 僕、おじいちゃんの読み聞かせ大好きなんだ!」

海斗は大喜びでスキップするようにリビングを回る。


夜。夕食を終えた山本家のリビングには、本を囲んだ家族が集まっている。ソファには勝が腰かけ、海斗が隣にちょこんと座る。愛は少し離れた場所から見守るように座り、翔太と結衣、澄江がその周囲に。


「じゃあ、はじめようか」

勝がページを開き、静かに朗読を始めると、一気に空気が変わる。登場人物の会話や描写を、温かく、時にユーモアたっぷりに読み上げるその声は、かつて小学校でたくさんの子どもを虜にしただけあって引き込まれるものがある。


「うわあ、なんかドキドキする! ここで主人公、洞窟に入るのかな?」

海斗はページをのぞき込みながらはしゃぐ。


愛はいつの間にか携帯を置き、じっと勝の声に耳を傾けていた。「子どものころ、こうやって読んでもらったの思い出すな……」と心の中で呟いている。


翔太と結衣は顔を見合わせて微笑み、澄江は「あの頃と同じだね」と懐かしそうな表情をしている。


物語がクライマックスに差しかかると、勝の声も一段と静かに、そして情感を込めて語られていく。リビングの明かりがやわらかく照らし、家族全員がその世界観に浸っていた。


最後の一文を読み終えた勝が、そっと本を閉じると、海斗が感嘆の声を漏らした。

「すごい面白かった……もう一回読んで!」


「もう一回は勘弁してくれよ。おじいちゃん、のどが枯れちゃうからな」

勝は笑いながら目を細める。


「それなら、明日の夜は別の本にしようよ!」

海斗がそう提案すると、結衣が優しく頭をなでる。


「いいわね。せっかくたくさん見つけたんだし、しばらく夜は読書タイムにしようか」


「じゃあ、私も少し読んであげるよ。声の出し方はおじいちゃんには敵わないけどね」

愛がそう言うと、勝は「お、頼もしい。愛にもぜひ読んでほしいな」と嬉しそうに頷いた。


夜の山本家には、どこか懐かしくて、そして新鮮な空気が流れていた。古い児童文学のページをめくるたびに、家族みんなの記憶や想いが少しずつ重なっていく。


物語の世界に浸ったあと、海斗がはにかみながら言った。

「なんかね、こういう時間、すごくあったかいよ。読んでるだけなのに、みんなでいると楽しい」


愛も照れたように微笑む。「そうだね。本っていいな。たまにはこういうのも悪くないや」


家族全員でうなずき合い、ゆっくりとした夜が更けていく。物語を通して感じたやさしさと、みんなで過ごす尊さが、心を穏やかに満たしてくれた。


最後に勝が照れ隠しのように小さく咳払いしながら言う。

「国際こどもの本の日だからな。孫たちだけじゃなくて、おじいちゃんも読書の良さを再確認したよ」

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