3月31日(月):教育基本法公布記念日
「明日から4月だなあ。新生活のスタートか……」
朝食の席で翔太が新聞をたたみながらつぶやいた。リビングにはほどよい日差しが差し込み、山本家の温かな空気に溶け込んでいる。テーブルの上には母・結衣が焼いたトーストとスクランブルエッグ、そして澄江が淹れたての緑茶を並べていた。
「お父さん、4月って忙しくなるんじゃない?管理職っていろいろ大変でしょ」
そう言いながら愛がパンをちぎり、自分の皿へ落とす。4月から愛は大学生になる。緊張と期待が入り混じった顔つきで、まだ少し眠たそうだ。
「まあね。年度始めは新しいスタッフの教育とかスケジュール調整とか……やることいっぱいだよ。でもさ、どうせ忙しくなるなら、前向きに動いていきたいよな」
翔太が笑いながら答えると、勝がゆっくりうなずく。新聞を脇に置き、落ち着いた口調で言った。
「教育基本法公布記念日だろう。日本がみんなで学ぶ意義を再確認した日だ。愛も大学が始まるし、海斗も六年生になる。学ぶことの大切さを噛みしめるにはちょうどいい日じゃないか」
「そういえばおじいちゃん、教育基本法ってどんな内容なの?」
海斗が目をキラキラさせながら尋ねる。11歳の彼は、好奇心のかたまりだ。
「簡単に言えば、人間としてよりよく生きるために何を学ぶか、その基本方針を示した法律だな。学問の尊さや個人の尊厳など、大事なことが詰まっているんだよ」
勝の言葉に海斗はうなずくが、ちょっと難しそうな顔をしている。
「じゃあ僕たちはどうすればいいの?」
海斗が続けて聞くと、澄江が笑顔で口を開いた。
「勉強しなさい、って言って終わりじゃないのよ。自分が本当に何を学びたいか、どんな大人になりたいか、少しずつ考えていくの。学校で学ぶことも大事だけど、家の手伝いとか、人の役に立つことも学びの一つでしょう?」
「なるほどね。そっか……家でだって学ぶことはたくさんあるんだよな」
海斗が納得したように笑う。愛はその様子を見ながら、どこか嬉しそうだ。
「私も大学生になったら、もっと専門的にデザインのことを学びたいな。実践的なスキルもだけど、人の気持ちとか社会的な問題にも目を向けたい」
愛はそう言うと、スマホの画面に映したデザイン案をテーブルに広げて見せた。
「うわ、これお姉ちゃんが描いたの?すごい!」
海斗が素直に感嘆の声を上げると、愛は照れながら笑う。
「愛、いいじゃないか。なんだか成長した感じがするなあ」
結衣がエプロン姿でキッチンから戻ってきて、お茶を配りながら微笑む。
「お母さん、まだまだなんだけどね。でも、そうやって褒めてくれると嬉しいな」
愛は素直にそう返す。翔太も「いいじゃないか、やる気出るだろ」とうなずいた。
「でもさ、僕も負けてないからね。来年は中学生になるわけだし、六年生でしっかり上級生らしさを学ぶよ!学級委員にも挑戦してみようかな」
海斗が胸を張って言うと、勝がおどけた調子で拍手をする。
「おお、それは頼もしい。じゃあ毎朝早起きして、朝の挨拶運動でもするか?“おはようございます”って大きな声で呼びかけるんだ」
「いいかも!よし、やるぞ!」
海斗が意気込むと、愛が「三日坊主にならないでよ」とクスッと笑った。
「でも、こうやってみんなで“学ぶ大切さ”を改めて話すの、なんだか新鮮だよね」
結衣がしみじみと言うと、澄江が微笑みながらうなずく。
「そうね。大人になっても学びは続くし、学ぶことで人生が豊かになると思うわ」
「人生が豊かか……いいね。じゃあ俺も、このタイミングで資格の勉強でも始めようかな」
翔太が冗談半分に言ったが、その目はわりと本気のようだった。
「パパが資格の勉強?珍しいね。でも応援するよ!」
愛がうれしそうに言うと、海斗が「パパ、負けたら僕が勝っちゃうぞ!」と茶化す。
「はいはい、二人とも頑張ってくれ。俺も負けないぞ」
翔太は得意げに言うが、勝は吹き出すように笑った。
「大人も子どももみんな競い合いか。こりゃ山本家はにぎやかになるなあ」
夕方、愛は勉強を始めた。鉛筆の走る音が微かに聞こえる。結衣はキッチンで夕飯の準備をしながら「愛、応援してるよ」と小さく声をかけると、「うん、ありがとう」と返事がした。
一方、海斗はリビングで新学期の目標をノートに書き込んでいた。少しはにかんだ表情で「学級委員に挑戦する!」と太字で書いてある。勝はその様子を微笑ましく見つめながら、「せっかくなら堂々と書けばいいさ」と声をかけた。
夜、家族全員がリビングに集まって茶をすすりながら、明日の4月1日を思い描く。愛は「どうしよう。緊張するなあ」と言い、海斗は「僕は春休みの宿題がまだ終わってない!」と慌て始める。翔太は「あれ、パパも明日の会議資料がまだ……」と頭を抱える。結衣と澄江は「結局いつもこうなるんだから」と苦笑しあう。
しかし、みんなの顔には不思議な一体感と前向きな空気が満ちていた。教育基本法公布記念日――学ぶことの意義を再確認したこの一日は、山本家に「よし、やってみよう!」という気持ちをもたらしたようだ。
「みんな、それぞれの立場で頑張ろうね」
最後に結衣がそう言うと、家族全員が一斉に「おー!」と声を合わせた。
その瞬間、なんだかホッとするような温かさが部屋に広がった。海斗が照れたように言う。
「よーし、なんか僕、できる気がしてきた!」
その言葉に山本家のみんなは笑顔になった。学ぶことを大事にする家族の空気が、次の季節へ向かう力強い一歩を明るく後押ししているようだった。
「みんなで学んで、みんなで前に進めば、きっと笑顔の春がやってくるね。」