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3月24日(月):ホスピタリティ・デー

「ねえ、お母さん、今日って“ホスピタリティ・デー”なんだって知ってた?」

朝のリビングで、愛がスマホを眺めながら声をあげた。まだ少し寒さが残る3月下旬。カレンダーには「3月24日」と書かれている。


「ホスピタリティ・デー?」

結衣がキッチンから顔をのぞかせた。エプロン姿で、朝食の準備をしているところだ。


「うん。家族や友人、周りの人への感謝の気持ちを伝えたり、お互い支え合うことの大切さを再認識する日なんだって。」

愛はスマホの画面を指先で軽くスクロールしながら説明する。


「へえ、そうなんだ。いい記念日じゃない。ちょうど愛も大学入学の準備でいろいろ忙しくなるし、周りのサポートに感謝するにはぴったりかも。」


「お姉ちゃん、じゃあ僕に何かしてくれるの?」

食卓でトーストにジャムを塗っていた海斗が、いたずらっぽい笑みを浮かべて顔をあげる。


「何よ、いきなりそんなこと言わないでよ。ホスピタリティって、相手をもてなす気持ちとか、気配りをすることだよ? 私が海斗にしてあげてもいいし、海斗が私に何かしてくれてもいいんじゃないの?」


「えー、僕がするの? お姉ちゃん、いつも厳しいからなあ……でもたまにはやってあげるか!」

海斗は急に気合いを入れたように両腕を伸ばして大きく伸びをする。


そこへ、翔太が新聞を小脇に抱えてリビングに入ってきた。「おはよう。なんだなんだ、ホスピタリティ・デー? 朝から賑やかだな。」


「お父さん、おはよう。そうなの、今日は周りの人への感謝を伝える日なんだって。それで愛と海斗が、どっちが相手をもてなすかで少し盛り上がってたのよ。」

結衣が笑いながら説明する。


「なるほどな。じゃあ俺も積極的にみんなをもてなそうか? とはいえ、仕事があって昼間はいないけど……夜に何かおいしいもの買って帰ろうかな。」

翔太はそう言うと、新聞をテーブルに広げて見出しを追い始める。


「あら、お父さんが買ってきてくれるの? じゃあ、夜は久々に家族みんなでちょっとしたパーティーっていうのもいいかもね。」

結衣がにっこり微笑むと、「やったー!」と海斗が声を上げる。愛も「それなら、私も手伝うよ。」とうれしそうだ。


ちょうどそのとき、和室から勝と澄江が並んで姿を見せる。勝が軽く咳払いをして「朝から楽しそうだな。ホスピタリティ・デーか。昔はそういう記念日があるなんて知らんかったが、いいもんだ。」と言えば、澄江が続く。


「そうね。家族がお互いに感謝を伝えるって、簡単そうでなかなかできないもの。ちゃんと口に出して言うのが大事よね。」


「じゃあ、僕さっそくやっていい?」海斗が箸を置いて立ち上がった。「お姉ちゃん、いつも僕の宿題見てくれてありがとう! たまには素直に感謝してみる!」


「ちょ、なによ急に……」愛は顔を赤らめながら照れくさそうに笑う。「別に手伝いたいわけじゃなくて、自分の勉強の合間に見てるだけなんだけど……でも、嬉しいかも。」


「ほら、こういう感じでいいんじゃない?」海斗はドヤ顔だ。


「ふふ、海斗に先越されたわね。ありがとう、海斗。私も感謝してるよ。あんたがいるおかげで、家の中が賑やかだし。ちょっとイラっとするときもあるけどね。」


「なんだよそれ!」


二人のやり取りに、勝と澄江が「若いっていいねえ」と目を細めて微笑み、翔太と結衣も「でもこういう日があると素直に言えるからいいわね」と同時に頷く。


――その日の夜。


翔太は残業を早めに切り上げ、スーパーで普段より少し豪華な刺身とデザートを買って帰ってきた。結衣はそのタイミングに合わせてキッチンでシチューを煮込み、澄江が「今日はおいしいお茶をいれてあげるわ」と湯呑を用意する。勝はテーブルの上の空きを見て、ちょっとした花を飾ろうと庭に出ていた。


「やっぱり家族そろって食卓を囲むのっていいわね。しかも、お父さんが刺身を買ってきてくれるなんて珍しいじゃない?」

結衣がうれしそうに盛り付けをしながら声をかける。


「今日はホスピタリティ・デーだからな。日頃の感謝を形にしてみようと思って。大したものじゃないけど、みんなで食べればおいしさも倍増だろ。」

翔太が照れくさそうに笑うと、海斗が「わーい、マグロもある!」と喜ぶ。


愛はというと、夕方まで勉強していたのが嘘のようにくつろいだ表情でテーブルに向かう。「こういうとき、なんか安心するなあ。私、4月から新しい環境に行くし、不安もあるんだけど……。やっぱり家族がいるってありがたいね。」


「当たり前でしょ。いつでも帰ってきなさい。新幹線通学だって慣れれば気楽なものよ。」結衣がゆっくりと愛の背中をさする。


「そうそう、困ったらどんどん甘えていいんだから。ホスピタリティ・デーだけじゃなくて、毎日がそういう気持ちでいたいね。」勝が柔らかい声で続ける。


夕食が始まると、家族全員で「いただきます!」と声を合わせ、にぎやかな団らんが始まった。海斗はマグロに夢中、勝と澄江はシチューを「おいしいね」とほほ笑み合い、翔太は「たまにはこういうのもいいだろ?」と結衣に目配せする。愛はその光景を見て、小さく深呼吸した。


「うん、私、ここが一番落ち着くな。みんながいてくれるから、これからも大丈夫って思えるよ。」


頬張る食事の音と笑い声が混ざり合う食卓。外は薄暗い夜だけれど、山本家のリビングには穏やかな明かりと家族の温かさが広がっていた。


そして最後に、海斗がぽつりと言う。

「なんだか、毎日がホスピタリティ・デーでもいいのにな。」

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