12月12日:あるこう!の日
冬の朝、山本家の食卓は今日も賑やかだ。
「おばあちゃん、このシチュー、いつもより美味しい!」
海斗がスプーンを握りながら目を輝かせる。
「そうかい?今日は庭のタイムを入れてみたんだよ。」
澄江が微笑みながら答えると、翔太が新聞を置いて笑う。
「さすがだな、母さん。店を出したらいいんじゃないか?」
愛はそんな家族のやりとりを横目に、スマホをいじりながら呟いた。
「ねえ、今日って‘あるこう!の日’なんだって。」
「あるこう、の日?」
海斗が首をかしげる。
結衣がエプロンを外しながら説明する。
「そうよ、健康や家族の時間を大切にしましょうって意味で、みんなで歩く日らしいわ。」
「へえ。じゃあ、仕事帰りに駅から歩いて帰ろうかな。」
翔太が軽口を叩くと、愛がクスクス笑った。
「お父さん、どうせ途中で疲れるんじゃない?」
そんな中、勝が新聞をたたんで立ち上がった。
「じゃあ、今日は特別な日ということで、放課後に海斗と一緒に少し歩こうか。昔の話でもしながら。」
「ほんと!?行く行く!」
愛が苦笑いを浮かべる。
「いいなあ、私も混ざりたいけど、今日は部活で無理かも。」
「まあ、また別の日にね。今日は弟の特権だ。」
勝が孫の頭を撫でながら、優しく言った。
午後3時、学校が終わった海斗はランドセルを放り出すなり、勝の部屋に駆け込んだ。
「おじいちゃん、どこ行く?冒険の場所とかがいいな!」
「そうだな、ちょっと思い出の道に行こうか。」
勝は帽子をかぶり、手には小さな本を持っていた。
「それ、何の本?」
「昔、お父さんが君ぐらいの頃に話して聞かせた物語だよ。今日はそれを再現しようと思ってね。」
二人は家を出て、田んぼ道を歩き始めた。
「この辺はね、昔はもっと木が多くて、まるで森みたいだったんだよ。」
勝が指さす。
「えっ、こんなに開けてるのに?」
「そうさ。お父さんもここでよく遊んでいた。あそこの川で釣りをして、木に登って。」
話しながら歩いていると、ぽつんと立つ大きなケヤキの木にたどり着いた。
「おじいちゃん、ここすごい!なんか映画に出てきそう。」
海斗は目を輝かせながら木を見上げる。
勝はゆっくりとベンチに腰掛け、本を開いた。
「さて、ここで少し物語を語ろうか。」
「やった!冒険の話だね?」
勝は孫の期待に応えるように、低く温かい声で語り始めた。
「昔、この場所には一人の少年が住んでいてね…」
一方、家では結衣がキッチンで夕飯の準備をしていた。
愛が学校から帰ると、手にはスケッチブック。
「おかえり、愛。部活、どうだった?」
「まあまあ。でも、帰り道に面白いアイデアが浮かんだの。」
スケッチブックを見せると、そこにはケヤキの木をモデルにしたデザイン画が描かれていた。
「これ、家の庭にある木をモチーフにしてみたんだ。」
「素敵ね。庭の木も、きっと喜ぶわよ。」
母娘は笑いながら、ほっとした時間を共有した。
夕暮れが近づき、勝と海斗は家へ帰る途中だった。
「今日は楽しかった。おじいちゃん、また一緒に歩こう!」
「もちろんだとも。また次の‘あるこう!の日’にね。」
そんな温かい言葉と共に、一日がゆっくりと終わりを迎えていった。