『蝶』-独占欲の狂詩曲-
今日は久々の休日、私は趣味の陸上観戦に出掛けた。
私には応援している選手がいる。100mの選手だ。母校の後輩で、独特なフォームでとても力強い走りをする。
彼の組が始まる。
2階席の最前列でスタートを待つ。
「パーン!」
大地を踏み荒らすような豪快なスタート。雑で大振りなフォーム。がむしゃらに上位に食らいつく。ゴール。
(2位か、あの走り方にしてはいいほうだな。)
これで今日の目的は終了。
でも特にこの後の予定はないので、このまま他種目も観戦することにした。
100mハードル、3000m、リレー。
あまり興味はなく、自販機にコーヒーを買いに行く。
席に戻ると次の種目が始まっていた。
女子の走り高跳びだ。
なんとなく眺めていると、私は一人の選手に目を奪われた。
白い肌、長い手足、風になびく少し伸びたショートカット。
助走の前のしなやかなポージング。走る、力強く弾む細い体。跳ぶ、まるで優雅に舞う蝶。
美しかった。
ただ、こんなに美しい彼女がみんなの前で見せ物のようになってることだけが気に食わなかった。
私は怒りに近い恋心を抱いた。
この女をこのままにしておいていいのか。
愚かな問いを己に投げかける。
私はふと電光掲示板に目をやる。
[小柳理沙 北石高校]
私は席を立ち、階段を駆け降りる。
もうこの気持ちは止められない。ダメだと分かっていても止められないのは、それだけ本気だという証拠だ。
観客席下の通路を歩く。すると遠くから彼女が戻ってくるのが見える。
鼓動が高まる。
辺な気にさせるといけないから、まだ目を合わせない。
そして、すれ違う瞬間、私は彼女を横目で見る。
体に一瞬、電流が走った。
遠くで見るよりずっと美しい。
儚く優雅に歩くその姿。
ますます私の独占欲を刺激する。
だが私はこれで諦めるようにして帰った。
帰らないといけない。
典型的な"実らぬ恋"というやつだ。
私は遠くで見つめる観客なのだ。
家に着く。
私はテレビをつけ、茶を飲んで一服し、布団に寝転がる。
(ダメだ、まだ頭を離れない。)
あの横顔。
まだ私の邪魔をする。
(あ、そうだ。北石高校って。)
私は彼女の通っている高校が家から近いことを思い出す。
そういえば、あの近くの公園でランニングしてる高校生達がいたな。
私は悪い考えを頭によぎる。
いやいや、ダメだ。そんなことしたらストーカーと同じじゃないか。
私にはまだ良心はある。
私の頭の中ではいろんな感情が渦巻いていた。
一週間後。
今日は日曜日。仕事も休みだし、散歩に行くことにする。
数分歩く。
(ここで左に曲がれば陸上部が練習してるな)
私は少し見るだけと決め、左に曲がる。
ちらほらと練習してる学生が見える。
遠くで女子達がランニングをしている。
少しずつこちらに近づいてくる。
(あっ)
すれ違う刹那、あのときの彼女を見つけた。
殺生な鼓動。
残酷な別れを感じた。
声をかけることは許されない。
絶縁の悲しみ。
触れられない宝石。
突発的に全てが終わった気がした。
なんとしてでも手に入れたい。
私は家に帰った。
何かをカバンに入れた。
家を出て、自分が走ってるか歩いてるかも分からないスピードで向かう。
彼女の元に。
わからない。何がしたいんだ。
「夢を、返してくれ。」
いた。
彼女を見つけた。
来る。
私の夢が光の中を駆けて来る。
でもまた去って行く。
そんなこと、許せない。
地球の賛美を、誰にも渡したくない。
「ああ、
ああああああああああああああああああ」
手に持った銀色の光が彼女を突き刺す。
「もう、これで終わりだよ。」