25-3.友人たちとの出会い
「融さま! それに陸奥の姫君も!」 と蛍の方は叫んだ。
「わざわざお越しいただいて申し訳ありません。再会できてとても嬉しく思います」
井筒の姫君は、話のなかでだけ聞いていた、蛍の方の友人を目の前にしたことに驚いた。
――融さま、ということは!
井筒の姫君は、その高貴な身分に思い至ると、身が固まった。
源左大臣は、蛍の方に歩み寄ると、親しげに手を取って話をした。
気取りを含む口調に、あらかじめ用意されたような、わざとらしくも巧みで上品な言葉遣いを乗せて、仕草一つ取って見てもいかにも色好みといった雰囲気で、華やかな印象を損なうことは、いささかもなかった。
陸奥の方はというと、突然に姿を消した蛍の方への心配をよそに、本人が明るく振舞うのを見て、腹立たしさを感じていたけれども、自然な喜びのままに挨拶をされて、つい気を許してしまった。
毅然とした態度を取り繕いながらも、表情と物腰はずいぶん柔らかくなって、かえって彼女らしい恥ずかしさを伴う愛嬌がよく表れた。
陸奥の方は、威儀を正して、本題を述べた。
「わたし達は、在原中将のお使いでこちらまで来たんですよ。旅をする口実ができて、それなりに満足していますが」
源左大臣は、懐から手紙を取り出し、蛍の方に渡した。
手紙は一枚のごく簡単な内容だったようで、すぐに読み終えると、友人たちに感謝の言葉を伝えた。
「返事はなさらないのですか」 と陸奥の方は尋ねた。
「ええ、今はしません」 と蛍の方は云った。
「必ず再び対面する機会を得たときに、話をすると決めていますから」
使いの二人は、顔を見合わせて、納得した様子だった。
蛍の方が発した何気ない言葉に、井筒の姫君は心を暗くした。
――やはり別れの日は近づきつつあるみたいだ。
蛍の方は、客人たちに注意を向けたまま、長岡に滞在する予定を訊ねた。
きわめて残念そうな表情を浮かべた源左大臣が答えた。
「今日中には都に帰りたいと思っています。宮廷では基経卿の職位をめぐって、帝や他氏族との対立が続いており、なかなかに気詰まりなのですよ」
源左大臣は、多くを語りたがらない様子だったが、最後に付け加えた。
「わたしに何か野心があるわけではありません。ですが、不利な立場に置かれないように、夜の社交会や宴席には顔を出すようにしているのです。在原中将に全くそんな素振りはありませんがね」
「そうでしょうね」 と蛍の方は応じた。
再び手紙のほうに視線を落とすと、それを文机に片付けて云った。
「せめてお見送りをしましょう。朝堂院の旧跡はご覧になられますか」
見ましょう、見ましょう! と陸奥の方は繰り返した。
源左大臣は、少し悩んでから陽の高さを確認して、予定を決めた。
「平安京のものとは少し異なった、素晴らしい建物であると聴いております。これを見ずに帰るわけにはいかないでしょう」
三人は同意を得て、家の外に出た。
陸奥の方は、軽やかな足取りで、誰よりも先立った。
あとに二人が続くと、従者の男性たちの声が聴こえてきた。
井筒の姫君は、家の中で物思いに沈んだ。
一緒について行ってはならないような気がする。
自分にそんな権利はないし、何か良くないことが起きる予感がする。
今日という日が、井筒の姫君の生活を変える大きなきっかけをもたらすだろうことは、想像に難くない。
朝堂院を目にすれば、蛍の方は都での優雅な生活を思い出すに違いない。
もはや長岡に居続けられなくなって、すぐに別れの日がやって来る。
そして、二人は二度と会うことはないのだ――
家の外から自分を連れ出そうとする声が聴こえる。
大切な人が呼ぶ声だ。
いつもなら飛んで行くはずのところが、なんだか身体が重い。
「ありがとうございます」 と井筒の姫君は云った。
「この上なくありがたいお誘いです。わたしがご一緒してよろしいのでしょうか?」
陸奥の方が答えた。
「こういうのは人数の多いほうが楽しいんじゃありませんか」
源左大臣も同じ意見で、
「むしろ、貴女のおられるほうが、わたしは楽しいと感じます」 と付け加えた。
一行は明るく賑やかな雰囲気で、旧都の大通りをひたすら北へと進み始めた。




