24-3.都のたより
事実を証明できないままに得られた確信というのは、振り払うことも忘れることもできない以上、明白な答えよりも人を悩ませる。
蛍の方は、何も相談せずに出奔したことを謝罪するため、友人に手紙を書こうと決めた。
自分の本音には口を塞いで、聞き馴染みのいい言い訳を考えた。
自分のことをよく知ってくれている人物なら、きっと現状を見抜いて、わざわざこちらから訊かずとも、憶測に答えてくれるだろう。
文面を考えるうちに、気が付くと手許が暗くなっている日が何度も続いた。
どれだけ推敲しても、長ったらしく、どこか物悲しく、裏に隠された本心と、長岡の自然の美しさをめぐる情緒が、いっぱいに詰まったものとなった。
木々の梢は、まもなく芽吹こうとする兆しを見せ始めており、春の台頭を思わせた。
蛍の方は、文章に頭を悩ませながら、桂川沿いを散歩することが多くなった。
毎日、変わることのない表情と仕草で、投網をする漁師の姿を見ると、不思議と心が穏やかになる感じがした。
何も煩いのない、同じ生活の繰り返しが、どれほどの幸福をわたし達にもたらすのか、と考えてみたりした。
ある日、散歩から帰ってくると、文机の上に、都からの手紙が一通置かれているのが目に入った。
蛍の方は、部屋に入るまでの歩みを止め、息をのんだ。
周囲に誰もいないことを確認してから、まるで見られてはならない大切なものを隠すようにして、急いで手紙を袖の中に入れると、
ごく自然な表情を取り繕いながら、人とすれ違い、来た道を引き返し、東の森のよく陽が当たるところで、その分厚い手紙を開いて見た。
"在原"という署名に目がついたとき、呼吸が止まりそうになった。
文章は、在原中納言行平らしい実直で、仰々しさのある筆跡で綴られていた。
言葉遣いは努めて平静を装っていたが、こちらをひどく心配していることが伝わってきた。
中納言行平が、なぜ自分のことをこれほどに気遣ってくれるのか、
蛍の方は分からなかったけれども、書かれている内容は、彼女の苦悩にとって重要な情報ばかりだった。
二条の方は、置き手紙を読んだ上で、案外けろりとした様子で、焦らずともいつか蛍の方とは再会できると信じているらしい。
伊勢の更衣は、彼女に同調しつつも、本心のところでは心配しているようで、恬子内親王と話し込むことがあった。
源左大臣と陸奥の方は、楽天的な見立てを持っており、生活はほとんど変わらない。
それに比べると、紀氏の家族は、かなり動揺し、和琴の方は両親に何かの対応をするように強く迫ったのだとか。
惟喬親王からの支援には、彼女の意向が何か影響していたのかも知れない。
藤原の姫様方は、恋敵がいなくなり安心だと言っているが、
実際にその通りなのは草葉の姫君だけで、菊花の方は、事態が気がかりで元気を少し失い、桜花の方は、張り合いをなくして退屈そうにしている。
そして三芳野の姫君は、友人がいなくなってから、とにかくすごい有り様だった。
蛍の方がいなくなったと知ったとき、顔を真っ蒼にして、
「なんで! どうして!」 と声をあげ、身を震わせた。
そのまま目に涙を浮かべると、母親を亡くした子どものように泣き出した。
初めは自信を失い、頼りのない言葉ばかりをつぶやいていたけれども、
やがて自分になぜ相談してくれなかったのか、どうして何も告げずに一方的に別れを決めたのか、疑問が怒りへと代わって行き、蛍の方をひどく恨んでいるような様子だった。
数日もすると、平時はいつもの穏やかな彼女に戻ったものの、蛍の方に関しての話題になろうとすると、あからさまに不機嫌になって、言葉遣いも荒々しくなる。
怒りとは、ある種の活力であるから、宮廷での仕事は十分すぎるくらいにこなしているのだという。
蛍の方は、申し訳なさと安心感のようなものを同時に抱き、再会する日には、きちんと頭を下げようと決めた。
ところで、例の貴公子については、分かりやすく触れられることはなかった。
慌ただしい社交の日々を続けているようで、一見すると態度に変わるところはなく、中納言行平は非難めいた調子で、弟について語っていた。
ただし、西京の女君は、どういった意図で、何をしているのかは知れないが、在原中将を折りあるごとに呼び出しては、面会を重ねているらしい。
都から伝えられた近況は、大体この通りである。
蛍の方は、手紙をしまうと、自分の感情にどんな変化が生じたのか、時間をかけて考えて見た。
思いの外、冷静な自分がいて、事実をただ受け入れるとともに、一つの決心をした。
特定の誰かに手紙を書くのは辞めよう。
きちんと対面してから、各々に想いを伝えようと、蛍の方は決めた。




