表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/104

24-2.思いを探る

 (ほたる)(かた)が、温かく思いやりを持って井筒(いづつ)姫君(ひめぎみ)に接したことで、二人は(した)しくなって間もないにも関わらず、まるで(おさな)い頃からお互いのことをよく知っていたかのような関係になった。


 それは井筒(いづつ)姫君(ひめぎみ)にとって待望の差し出された救いの手だった。


 長らく不遇(ふぐう)な立場にあった人物が、情愛を尽くしてくれる相手にべったりするのは、ごく自然のことで、(ほたる)(かた)も悪い気はしなかった。


 実に可愛いらしい妹のような感じで、(ほたる)(かた)がうんと背伸びをしなければ届かないような女性たちとの交流によって押し潰された自尊心(じそんしん)や、相手への庇護欲(ひごよく)といったものがくすぐられ、休まり、(いや)される感じがした。


 (ほたる)(かた)は、じぶんの感情というのが、埋め合わせの一種なのだと気が付いていた。


 人の心に何らかの思いが生じるとき、それがいつ、どこから(あらわ)れるものであろうとも、その人に例の感情を育むだけの理由と力があるということなのだ。


 (ほたる)(かた)矜持(きょうじ)は、自覚なく喜んでいた。


 些細な優越感から生じた幸福を(なが)めていれば、少しずつ気分が晴れて行くだろう確信があった。


 この子を苦しみから遠ざけ、自分よりも楽しい生活を送らせてあげるために、いっそうの(あわ)れみを寄せようと決めた。


 愛情というのは、あらゆる感情の中で唯一、与え過ぎてもすぎることはない。


 日々のちょっとした細部への観察から、井筒(いづつ)姫君(ひめぎみ)の思いが見えてきた。


 掃除(そうじ)をしていた彼女の身体(からだ)が軽く触れたとき、着ている衣服の奥から優しい花のような香りがした。


 洗濯などで衣服が()れたときには、さらに(にお)い立った。


 どうやら気に入った花を()んで来ては、衣服の間に(はさ)み込んで、その香りを染み込ませているらしい。


 (ほたる)(かた)は化粧具の一部をあげて、一緒に顔㒵(かお)をつくる練習をした。


 日に日に成長していく変身に手を()しながら、興味と満足を以て井筒(いづつ)姫君(ひめぎみ)の姿を追った。


 控え目で内気な彼女のままでいながら、同時に年頃の女の子らしい愛嬌(あいきょう)を身に着けて行くさまを見るにつれ、(ほたる)(かた)は嬉しさを感じた。


 (ほたる)(かた)は、相手にごく穏やかな愛着を持っていた。


 二人の生活を楽しみながら、時に心を動かされたり、感謝したりした。


 幸せなら、どんなことでも面白く感じるように、毎日の小さな変化を(あじ)わった。


 井筒(いづつ)姫君(ひめぎみ)に感じるのは、無邪気な子どもや、近所のよく()れた猫に、なんとなく()かれて近づいて行くみたいな可愛いらしさだった。


 寂しさを(まぎ)らわせるには、十分すぎるくらいの魅力が彼女にあった。


 長らく心を占領していた例の貴公子(きこうし)が、目の前から突然に姿を消したことによって、寂しさはもたらされていたのだけれども、

 そうした経験によって一つ気付かされたのは、誰か好きな人の近くにいて、(した)しく言葉を交わすことを好むという打ち勝ちようのない思いだった。


 どんな場所にいても、あらゆる素敵な人は、ある種類の理想と繊細さを損なわずに、相手を()きつけるものだ。


 この二人は、かつての心の傷をお互いの優しさによって(なぐさ)め合いながら、肌で感じられるような(やわ)らかさで包み込んだ。


 季節の進み方みたいにゆっくりと、それでも確実に関係は前へと歩んで行った。


 長岡(ながおか)の若い女性たちは、(むつ)まじい姿を目にしては、憧憬(しょうけい)羨望(せんぼう)のまなざしを向けた。


 (ほたる)(かた)といえば、"あの方"と口にするだけで、彼女のことだと了解されるほどに、人びとの話題に上っていた。


 もちろん、評価に関しては賛否(さんぴ)の分かれるところであるが、最も注目されるべき人物と見なされていることは間違いなかった。


 (ほたる)(かた)は、見知らない人の噂説(うわさ)にさらされるのは、もはや慣れたもので、苦しみや葛藤(かっとう)を感じることも、過去の傷が痛むようなこともなかった。


 身近な人びとに愛され、幸せを感じられるなら、それ以外を考える必要なんてないはずだ。


 もし(ほたる)(かた)の心に、少しの波風を立てることがあるとしたら、ある人物にまつわる情報くらいかも知れない。


 在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)二条(にじょう)(かた)の名前が、(みやこ)社交界(しゃこうかい)で活躍した人物の一覧にならぶことがあった。


 ある日、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)が芸術好みの粋な女性と親しい間柄(あいだがら)にあるとの話を耳にした。


 (ほたる)(かた)を気遣ってか、人びとは表立ってその話題を口にすることはなかったものの、そうした配慮(はいりょ)によりかえって傷付いた。


 舞い戻った不安が、指先の皮のように何かに引っかかり、身を裂き始めるような感じがした。


 一つの想像が現実のものとなったことで、これからあれもこれも順番に()()げられて行くのではないかと考えさせられた。


 しかも、(みやこ)と距離が離れているだけに、次に起こる出来事の予感みたいなものを、何も(つか)むことができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ