24-2.思いを探る
蛍の方が、温かく思いやりを持って井筒の姫君に接したことで、二人は親しくなって間もないにも関わらず、まるで幼い頃からお互いのことをよく知っていたかのような関係になった。
それは井筒の姫君にとって待望の差し出された救いの手だった。
長らく不遇な立場にあった人物が、情愛を尽くしてくれる相手にべったりするのは、ごく自然のことで、蛍の方も悪い気はしなかった。
実に可愛いらしい妹のような感じで、蛍の方がうんと背伸びをしなければ届かないような女性たちとの交流によって押し潰された自尊心や、相手への庇護欲といったものがくすぐられ、休まり、癒される感じがした。
蛍の方は、じぶんの感情というのが、埋め合わせの一種なのだと気が付いていた。
人の心に何らかの思いが生じるとき、それがいつ、どこから現れるものであろうとも、その人に例の感情を育むだけの理由と力があるということなのだ。
蛍の方の矜持は、自覚なく喜んでいた。
些細な優越感から生じた幸福を眺めていれば、少しずつ気分が晴れて行くだろう確信があった。
この子を苦しみから遠ざけ、自分よりも楽しい生活を送らせてあげるために、いっそうの憐れみを寄せようと決めた。
愛情というのは、あらゆる感情の中で唯一、与え過ぎてもすぎることはない。
日々のちょっとした細部への観察から、井筒の姫君の思いが見えてきた。
掃除をしていた彼女の身体が軽く触れたとき、着ている衣服の奥から優しい花のような香りがした。
洗濯などで衣服が濡れたときには、さらに匂い立った。
どうやら気に入った花を摘んで来ては、衣服の間に挟み込んで、その香りを染み込ませているらしい。
蛍の方は化粧具の一部をあげて、一緒に顔㒵をつくる練習をした。
日に日に成長していく変身に手を貸しながら、興味と満足を以て井筒の姫君の姿を追った。
控え目で内気な彼女のままでいながら、同時に年頃の女の子らしい愛嬌を身に着けて行くさまを見るにつれ、蛍の方は嬉しさを感じた。
蛍の方は、相手にごく穏やかな愛着を持っていた。
二人の生活を楽しみながら、時に心を動かされたり、感謝したりした。
幸せなら、どんなことでも面白く感じるように、毎日の小さな変化を味わった。
井筒の姫君に感じるのは、無邪気な子どもや、近所のよく馴れた猫に、なんとなく惹かれて近づいて行くみたいな可愛いらしさだった。
寂しさを紛らわせるには、十分すぎるくらいの魅力が彼女にあった。
長らく心を占領していた例の貴公子が、目の前から突然に姿を消したことによって、寂しさはもたらされていたのだけれども、
そうした経験によって一つ気付かされたのは、誰か好きな人の近くにいて、親しく言葉を交わすことを好むという打ち勝ちようのない思いだった。
どんな場所にいても、あらゆる素敵な人は、ある種類の理想と繊細さを損なわずに、相手を惹きつけるものだ。
この二人は、かつての心の傷をお互いの優しさによって慰め合いながら、肌で感じられるような柔らかさで包み込んだ。
季節の進み方みたいにゆっくりと、それでも確実に関係は前へと歩んで行った。
長岡の若い女性たちは、睦まじい姿を目にしては、憧憬と羨望のまなざしを向けた。
蛍の方といえば、"あの方"と口にするだけで、彼女のことだと了解されるほどに、人びとの話題に上っていた。
もちろん、評価に関しては賛否の分かれるところであるが、最も注目されるべき人物と見なされていることは間違いなかった。
蛍の方は、見知らない人の噂説にさらされるのは、もはや慣れたもので、苦しみや葛藤を感じることも、過去の傷が痛むようなこともなかった。
身近な人びとに愛され、幸せを感じられるなら、それ以外を考える必要なんてないはずだ。
もし蛍の方の心に、少しの波風を立てることがあるとしたら、ある人物にまつわる情報くらいかも知れない。
在原中将や二条の方の名前が、都の社交界で活躍した人物の一覧にならぶことがあった。
ある日、在原中将が芸術好みの粋な女性と親しい間柄にあるとの話を耳にした。
蛍の方を気遣ってか、人びとは表立ってその話題を口にすることはなかったものの、そうした配慮によりかえって傷付いた。
舞い戻った不安が、指先の皮のように何かに引っかかり、身を裂き始めるような感じがした。
一つの想像が現実のものとなったことで、これからあれもこれも順番に成し遂げられて行くのではないかと考えさせられた。
しかも、都と距離が離れているだけに、次に起こる出来事の予感みたいなものを、何も掴むことができなかった。




