19-4.過去の罪
二人の芸術家は、絵巻を指さしながら、『竹取物語』のあらすじを順にたどって見せた。
◯
かぐや姫は、山野に住む老夫婦に養育された。
竹の中から三寸ばかりの身丈で現れたが、まさに竹の子のごとくすくすくと成長し、三月でこの世のものとは思えない美しさの女性になった。
彼女が家に来てからというもの、一家は利運に恵まれ、裕福になって行った。
世間の男性たちは、身分を問わず姫君との結婚を望んだ。
五人の色好みの貴公子たちは、昼夜を問わず求婚に押しかけ、その覚悟を証明するため、試練を受けた。
かぐや姫は、話にしか聞かないような珍しい宝を手に入れてくるようにお願いする。
貴公子たちは難題に挑むも、身上を破滅させたり、名誉を失ったり、ついには生命を亡くす者も現れたが、誰も達成することはできなかった。
その様子が時の帝にも伝わり、かぐや姫と会うために使者を送った。
何度も断られた上で、帝は一家の官位を約束するけれども、かぐや姫は、「畏れ多いと思わない」 と言って、姿を見せようともしない。
帝は、「これが多くの人を殺してきた心であるか」 と嘆きつつも、やはり諦めきれず、狩りの行幸を言い訳に、対面する機会を得た。
帝が山野の屋敷に入ると、光に満ちて清らかに座っている人を見た。
美しさに圧倒され、神輿を寄せて連れて行こうとしたが、姫君の身体は一瞬のうちに光となった。
――やはり地上の人間ではないのだ、と帝は悟ったが、いっそう気持ちを抑えがたくなり、魂をその場に残して帰るような心地がした。
それから三年、月を眺めては物思いに耽る姫君の姿があった。
八月の満月が近づくほどに涙を流すようになり、翁がその理由を訊ねると、月から迎えの使者がやってくるのだという。
わけを聞いた帝は、高野中将に軍勢を率いさせ、屋敷の守りをかためた。
翁は月からの使者に、激しい怒りを向けるが、かぐや姫は云う。
「わたしを閉じ込めて、守り戦う準備をしていても、あの国の人に対して戦うことはできないのです。弓矢で射ることもできないでしょう。わたしの心残りは、両親の愛情をわきまえず、お別れしようとすることです。月の都の人は、清らかで美しく、老いることもなければ、もの思いもありません。けれども、そのような所へ行くことは、嬉しいと思いません」
夜は更け、月が満ちた。
屋敷の周りが昼の明るさよりも光ると、月の都人が雲に乗って降りて来て、空中に立ち並んだ。
屋敷を護る人びとは、得体が知れない相手に襲われるようで、全身から力が抜けた。
高野中将も何かに酔わされたように倒れてしまった。
月の王は、翁に言う。
「そなたの善行に応じて、かぐやの姫君を下したところ、一家は見違えるほど豊かになった。かぐや姫は、月で罪をなしたので、このように賤しい身分の元にしばらくいたのだ。罪の期限は過ぎた。早く姫君を出されよ。穢れた地上にどうして長く居られるだろうか」
締め切っていた戸や格子が即座に開いた。
両親が抱きかかえて座っていたかぐや姫は、外へ出て行く。
かぐや姫は、「せめて天に上っていくのだけでも、お見送りください」 と言うが、両親は泣き伏してしまう。
見かねたかぐや姫は、手紙と羽衣、そして不死の薬を残し、地上を去った。
帰り際、姫君は地上の穢れを祓うため、天人の手にする薬を一口舐めた。
◯
これが『竹取物語』の大筋だった。
蛍の方は、何度聴いても、美しくて恐ろしい物語だと思う。
かぐや姫が、どのような想いで地上での生活を送り、また何の罪を得てやって来たのか――
いずれも物語では明かされていないため、いっそう奥床しく感じられるのだった。
高貴な人びとの心には、自分には理解のできない情緒の働きや、冷酷さのようなものがあるのだろうか。
"過去の罪"という言葉には、深く考えさせられる蛍の方だった。
隣に立つ中納言行平は、蛍の方の顔色が変化するのを見て取った。
どこか深刻さを伴う雰囲気があり、軽々しく声をかけても良いものなのか、判断が付かなかった。
陸奥の方が、絵巻のほうに身を乗り出すと、
「わたし、じつは初めてちゃんとこの物語の大筋を知ったわ。おもしろいのね」 と言った。
人びとは、表情に出さないよう努めたが、心中では彼女の無教養にあきれた。
「素晴らしい機会を作って差し上げられて良かったです。ありがとうございます」 と草葉の姫君は、笑顔で応じた。
それから、源左大臣に視線を向けると、
「貴殿のご友人でいらっしゃいますか」 と訊ねた。
「ええ、そうかも知れません」 と源左大臣は答えた。
陸奥の方は、明らかに不機嫌になりながらも、話しを続けた。
「けれども、何度見ても分からないわ。かぐや姫って何の罪があって地上に降りたのでしょう?」
草葉の姫君は、思わぬ質問に言葉を詰まらせた。
「それは分かりませんよ、月の都でのことですから。我が国の律令とは異なるはずでしょう」
これが草葉の姫君の答えだった。
巨勢氏の画家も、頭を悩ませる様子で、
「かぐや姫の表情をどのように描写するべきか、大いに考えさせられた箇所なのです」 と正直に言った。
源左大臣は、本心では言いたいことがあった。
――陸奥の姫君、よろしいですか。羞悪の心を知らないのは、立派な罪なのですよ、と。
けれども、ぐっと呑み込んで、一つ意見を述べた。
「これは流刑の一種でしょう。相当な遠流ですから、月の朝廷への叛逆を企てた、というのはいかがでしょうか」
この場に似つかわしくない少々過激な意見だったが、人びとを納得させるものがあった。
「貴殿は相変わらず剛直が過ぎる」 と中納言行平は云った。
「かぐや姫が月で成した罪とは、恋にまつわるものではありませんか? 彼女は多くの男性から求婚を受けるが、初めから成就するはずのない運命の許にある――この時に味わった苦痛こそが贖罪なのだと思います」
「"運命の許にあった"、とは言えないのではありませんか」 と源左大臣は応じた。
「かぐや姫は、地上での愛を知るのも選ぶことができたはずです。彼女は自らを変えようとせず、納得のいかない罪の上に安住してしまった。これもまた姫君の性格に備わる罪の一つではありませんか」
二人の議論をもとにして、絵巻の鑑賞会は盛況を見せてきた。
各々が自分の意見を語り、他人の言葉に耳を傾けた。
中納言行平は、主催者として大いに満足を得た。
――世評を通じて宮廷での地位を進めなければならない。そのためには使える手は使うのだ。
それから周囲の様子を見まわすと、蛍の姫君の姿が消えているのに気が付いた。




