表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/104

12-6.歌合の勝者

 惟喬親王(これたかしんのう)は、持論(じろん)の続きを述べたが、口調(くちょう)が先ほどより活きいきとしたものになったのは、あらゆる心遣いに長けた人物の例に()れず、(ほたる)(かた)擁護(ようご)しようという優しさからだった。


 二条(にじょう)(かた)は、すぐさま議論の主題をおもしろがって、自分も乗り気になって参加した。


 知性の(するど)(ひらめ)きと、感性の洒脱(しゃだつ)さにおいて、彼女の右に出る者はなかった。


 いくつかの発言によれば、ひどく(おろ)かしく思われている人間の悩みには、本質を突いたものが少なからず存在し、それらにいかに対応するのかによって人間性への(ふか)みが生じてくるとのことだった。


 問題から目を(そむ)けず、解決への努力を重ねるべきだと主張し、

 こうした意見は、特定の数名に対して、各々に違った形での称賛(しょうさん)説教(せっきょう)を含むものだった。


 在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)が、苦々しい微笑(びしょう)を浮かべるのに比べ、

 摂政基経(せっしょうもとつね)は、あからさまに不満そうだった。


 摂政基経(せっしょうもとつね)は、二条(にじょう)(かた)が宮中の女性たちの人事に、未だ影響力を有しているのを敵視(てきし)しており、それが政治にまつわる見解(けんかい)の違いと結び付き、両者の水面下での冷たい闘争(とうそう)へと発展していた。


 けれども、摂政基経(せっしょうもとつね)は彼女と口を()かないと決めていたのか、反論しなかった。


 和琴(わごん)(かた)は、(ほたる)姫君(ひめぎみ)にささやいた。


 「あの様子を、ご(らん)になって下さい」


 奇妙な関係が生じていた。


 在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)摂政基経(せっしょうもとつね)の二人は、同じように不愉快(ふゆかい)な表情で、お互いに牽制(けんせい)しつつも、眼差しによって(なぐさ)め合っている。


 彼らは何かの話しを始めた。


 全員が彼らの話題に注目したのは、二人の人間が向かい合う時間が長くなりすぎて、例え敵対(てきたい)する同士でもやりとりが単調になってくるような瞬間だった。


 摂政基経(せっしょうもとつね)は、口を開くなり、宮廷で立場ある人間としての批判を、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)へ対する全てに憤慨(ふんがい)した調子で、(せき)を切ったように語り始めた。


 それらは全部、確かに在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)に当てはまる話しだったし、懇切丁寧(こんせつていねい)に説いて聞かせるべき内容ではあったものの、祝宴(しゅくえん)という場で、ましては多くの人の注目(ちゅうもく)(あつ)まるところですべきものではなかった。


 摂政基経(せっしょうもとつね)は、あらゆる事態が思った通りに進まず、

 (あせ)りと苛立(いらだ)ちから、明らかに振舞いが傲慢(ごうまん)になっていた。


 話を聴いている在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)は、それだけの文句や非難を残らず飲み込める器量(きりょう)を備えた人物として映った。


 摂政基経(せっしょうもとつね)は、すでに祝宴(しゅくえん)の場をぶち壊しにするのを(あきら)め、とにかく敵にまわすと厄介(やっかい)な存在なのだという印象を与えるのに終始(しゅうし)すると決めたらしい。


 二人の話題に新たな火が()いた。


 二条(にじょう)(かた)は、在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)に対する批判に乗っかって、愛すべき貴公子(きこうし)の過去の失敗をいくつも蒸し返した。


 めでたい宴席(えんせき)を、これでもかというほどの笑いに(つつ)()み、他の客人たちも合流するよう合図(あいず)を送った。


 さらに話が白熱してくると、全員での明るい議論(ぎろん)となり、誰もが自分なりの思い出や意見を述べた。


 二条(にじょう)(かた)は、その中でもとりわけ、笑いを(さそ)う意見の裏側に、作り物らしい情感を(にじ)ませることで、最も(あざ)やかな盛り上げ役をやってのけた。


 本当にこの日の二条(にじょう)(かた)は大成功で、今までになく活発(かっぱつ)で、頭が切れて、そして綺麗(きれい)だった。


 けれども、(ほたる)(かた)は、自ら語るべき話を何も持ち合わせておらず、自分だけ輪の中に入れないような気がした。


 どれだけ着飾(きかざ)っても、満たされることのない空白に、(むね)(つぶ)されそうだった。


 この場に相応(ふさわ)しい微笑(びしょう)を浮かべて、やり過ごそうとするだけで、(さび)しさばかりが(つの)った。


 しばらくして摂政基経(せっしょうもとつね)は、申し訳ないが、公務のために忙しく辞去(じきょ)させて頂くと告げた。


 彼の一派と、今上(きんじょう)(みかど)もこれに同意した。 


 帰り際、話に夢中になる人びとの目を(ぬす)んで、

 今上(きんじょう)(みかど)は、(ほたる)(かた)にささやいた。


 「宮仕えのことだが、よく考えておいて頂きたい。率直に言って、わたしは貴女(あなた)にひどく興味を持った。親しくする機会を作らせて欲しい。それでは、必ずまた」


 (ほたる)(かた)が返事に迷う内に、今上(きんじょう)(みかど)は去って行った。


 ――一度もまともな返事をすることができないまま、(わか)れることになってしまった。


 葛藤し、俯向(うつむ)(ほたる)(かた)に、もう一人が声をかけてきた。


 「先ほどは妙な気遣(きづか)いをして申し訳ありませんでした」 と摂政基経(せっしょうもとつね)()った。

 「あまり口を開かず、祝宴(しゅくえん)を楽しんでおられない様子でしたので、つい出過(です)ぎたまねをしてしまいました」


 (ほたる)(かた)は、言葉を慎重に選びつつ継いだ。


 「とんでもありません、基経卿(もとつねきょう)。引っ込み思案なのは、わたしの改めるべきところですから」


 摂政基経(せっしょうもとつね)は、納得した様子で、切り出した。


 「ところで、宮仕えの件については、わたくしからも推薦(すいせん)させて頂きたいのです。帝も貴女(あなた)さまを大変お気に召しておられる様子。低くない地位をお約束しましょう」


 思いがけない言葉に、(ほたる)(かた)相槌(あいづち)を打つだけだった。


 「(みやこ)での華やかな生活が貴女(あなた)を待っていますよ、長岡(ながおか)姫君(ひめぎみ)


 摂政基経(せっしょうもとつね)からの呼びかけに、(ほたる)(かた)は驚愕した。


 ――基経卿(もとつねきょう)は、わたしのことを知っている!


 彼と対面したのは、今日が(はじ)めてだったし、出自(しゅつじ)について語る機会など、決してなかった。


 これは(おど)しなのだろうか?


 ――わたしはいつでも敵を監視(かんし)している、もちろん貴女(あなた)のこともね。

 摂政基経(せっしょうもとつね)の目の奥が、そう言って笑うように思われた。


 摂政基経(せっしょうもとつね)は、あからさまに今上(きんじょう)(みかど)とは異なる意図で、(ほたる)(かた)に宮仕えをさせようとしている。


 摂政基経(せっしょうもとつね)の思考を支配しているのは、どこまでも政治と権力への渇望(かつぼう)であり、敵対する勢力からの引き抜きを目論(もくろ)んでいるのだと(おも)った。


 二条(にじょう)(かた)と親しくする彼女に、(みかど)が関心を持った以上は、自ら機先(きせん)(せい)して両者の関係を取りもつことで、宮中での女性の人事に関して、(ほたる)(かた)手駒(てごま)の一つに加え、有利な局面(きょくめん)を作ろうという計画なのだろう。


 少なくとも、(ほたる)(かた)は直感として、そう信じた。


 人は自分の求めるものは、他人にとってもひどく価値のあるものだと考えてしまいがちである。


 摂政基経(せっしょうもとつね)にとってのそれは出世と名誉であり、

 (ほたる)(かた)にとってのそれは恋の成就(じょうじゅ)のはずだ。


 はっきり断言するのは難しくとも、

 摂政基経(せっしょうもとつね)のそれと明確に異なるのは、間違いなかった。


 (ほたる)(かた)にとって、栄達への願いとは、際限のない欲望(よくぼう)泥沼(どろぬま)であり、

 自らの父親を破滅させ、一家から(つつし)まやかな幸福すらも奪い去った、忌むべき感情だった。


 自ら好きこのんで出世――ましてや(みやこ)での出世を望むことだけは、あり得なかった。


 どれだけ自分に言い聞かせてみようとも、(みやこ)を好きになることはできない。


 (ほたる)(かた)の友人を苦しめる理由のほとんどは(みやこ)にある。


 そして、理由の中心にいるのが、権力者としての摂政基経(せっしょうもとつね)と、その一派なのだ。


 彼らは不遇にある人びとに(あま)誘惑(ゆうわく)をかけては、利用しつくし、自らの理想を叶えるための養分として、(しぼ)()ろうとしている。


 (ほたる)(かた)の心は、黒い憎悪(ぞうお)に満ち溢れた。


 まるで、父親の仇敵(かたき)であるかのように、摂政基経(せっしょうもとつね)物凄(ものすご)い視線を向けると、一つの和歌(わか)が口をついて出た。

 

  咲く花の 下に(かく)れる 人多み

    ()りしに()さる 藤のかげかも

 

 喧騒(けんそう)()み、全員の視線が(ほたる)(かた)に向けられた。


 藤原(ふじわらの)摂政基経(せっしょうもとつね)は、あまりの権幕(けんまく)にたじろいだ。


 (ほたる)(かた)は、自分の感情が取り返しのつかない結末をもたらしたことに気が付いたのは、摂政基経(せっしょうもとつね)がきまりの悪さに、飾り布をまくって庭園の外へ退いてからだった。


 在原(ありわらの)中将(ちゅうじょう)は、隠せない笑い声を上げると、宣言(せんげん)した。


 「これはこれは! わたしの予想は間違っていなかったようだ。歌合(うたあわせ)の勝者は、(ほたる)姫君(ひめぎみ)に決まりですね」 


 客人たちから喝采(かっさい)が飛び交った。


 危険な客人ばかりが参加する盛大な祝宴(しゅくえん)の、最も名誉ある勝者となった(ほたる)(かた)だった。


 二条(にじょう)(かた)は、笑い涙を浮かべて言った。


 「貴女(あなた)ったら最高だわ! 誰よりも頭のおかしな叛逆者(はんぎゃくしゃ)女王(じょうおう)になったのよ」 


 わたし達の姫君は、顔を()(さお)にして、茫然(ぼうぜん)としていた。


 菊花(きっか)(かた)は思わず、つぶやいた。


 「やるじゃない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ