7-4.情義なる源融
蛍の方は、考えを整理しながら、客間に入ると、
唐紅の束帯に太刀を佩いた源左大臣が、ものすごい権幕で、友人の陸奥の方と口論をしていた。
並々ならない様子から退出しようとしたけれど、陸奥の方に見つかって説得するよう頼まれた。
――わたしが引き下がるわけにはいかない、鬼を斬るのだ、と云って聞かなかった。
源左大臣融は、嵯峨帝の第十二子、文武に秀でた人物である。
母親はごく普通の地方官の娘で、子どもを高貴でありながら、親しみやすい性格に育て上げた。
蹴鞠や双六などの遊びを好み、人と競ったり勝負をしたりするのに純粋に目がないぶん、卑怯な戦いや曲がった根性は負けることより許せなかった。
かつての応天門の炎上には、不愉快な思い出を持っている。
宮中では、二人の政治家が官位を争っていた。
彼の異母兄にあたる源信と、時の大納言の伴善男である。
伴善男は、品格に優れた人物と評される一方で、謀略に長ける野心家だった。
源氏の謀反を疑う投文が出廻りはじめたのもこの頃のことで、源融は激怒した。
――こんなにも汚い手を使って、よくも涼しい顔をしていられるものだ。
多くの人間が忘れっぽいせいで枯らしてしまう羞悪の芽は、こういう訓練で育つのだった。
たった一つの同じことを、毎日生まれ変わる怒りに応じて繰り返すうちに、じぶんの熱意を煽ることになるのである。
――思慮のない勇気は、つまらない小勇に過ぎない、と孟子は曰った。
興奮した感情のやり場を見つけられず、武芸ばかりが達者になった源融は、自分自身の心に点けた炎に身を焼かれ、堪えられない思いを表現するだけの方法を見あやまろうとしていた。
なにしろ怒りというものは、往々にして生まれた瞬間の産声よりも、知性をつけて日々成長して行くものの方が危険なのだ。
応天門が炎上したのは、生温い春風の吹く夜だった。
宮中は大騒ぎで、すぐに東寺の僧侶を呼び寄せると加持祈祷を行わせた。
伴善男は、まもなく参内し、
――これは源氏一門からの挑戦である、と奏上した。
応天門を造営したのは、神代から天皇家に忠義を尽くしてきた伴氏であり、奴等はあるべき治世への冒涜をしたのだ、と訴えた。
朝庭は、源信の捕縛を命じて兵を出し、屋敷を包囲した。
源信の一族は、心覚えのない罪の追及に大いに悲しんだが、やがて兵は退いて行った。
藤原摂家は、伴善男に政治の表舞台から消えてもらうことを望んでいたのである。
参議基経は、応天門への放火は、伴善男の自作自演であると断じ、
彼の一族および連座していた紀氏の数名を流罪とした。
源融は、こうした決断に我慢ならなかった。
検非違使にまともに調べさせもせず、御簾の奥からの指示一つで転がされてしまう真実など認められるはずがない。
源融は、このような高揚に自らを置きつづけ、行動によって自分の血を熱しながら、一つきりの考えを心に宿していた結果、少しずつこの現世に対する生きいきとした感覚のようなものを失って行った。
初めに目に映った通りに判断することを止め、自分の心の是非を介してしか世間を見なくなってしまった。
そして夜ごと、うなされる感情の全てが彼にとっての真実となって行った。
朝庭への出仕を辞めて、日課となっていた武芸の訓練により、源左大臣は夢見た真実の姿を暴力のうちに見出すようになった。
有力者の相次ぐ失脚によりまわってきた肩書きばかりの自分の官位に納得できなかった。
かつての抵抗感も、参議基経がしめす明らかな征服欲を前にして崩れ落ちた。
宮中の政治家たちは、お互い口に出すことはないものの、間違いなく誰よりも参議基経をひいきにしており、その態度を本人に包み隠さず見せていた。
源左大臣は、狂気じみた期待を抱いて、武芸に勤しみながら、『孟子』に込められたあやうい思想に魅せられて行った。
――千万人が非難しようとも、正しい道をわたしは行こう。
源左大臣は、自らの正義を信じて疑わなった。
在原中将と二条の方の道ならない恋が露見したのは、ちょうどこの時だった。
源左大臣は、こうした風説を耳にして、
――なかなかひどい生き方をしている人物がいるものだ、と思った。
あの平城帝の皇孫といえば、夢見がちで、病的な顔をした詰まらない男なのだろう。
ところが、在原中将の方は、彼の訪問を素朴な喜びとともに受け止め、その境遇に理解をしめした。
源左大臣にとって、今まで誰一人としてこんなふうに、慎み深い沈黙を保ちながら褒めちぎり愛おしんでくれた者はいなかった。
彼らの先祖は皇位をめぐって争い、一方は勝利し、敗北したにも関わらず、今では均しく敗者なのだった。
二人は初対面でありながら、酒を酌み交わし、涙に疲れて寝所を同じくした。
何より特別なのは、在原中将がそれについて全く口にしないことである。
まるで自分でも知らないでいるかのように自然に接し、二人の親しい関係をはぐくむ慈雨のように優しい感情については一言も触れないのだ。
源左大臣は、もちろん愛の言葉ならこれまでいくらでも貰ったことはあるけれど、それらの多くはもっと無遠慮で切羽詰まった督促を連想させるものだった。
在原中将の沈黙こそが彼にとっての最高の贈り物であり、濃やかで艶っぽい言葉ばかりが並べられた恋文などは、東国への旅立ちに際して全て焼き捨ててしまった。
源左大臣は、周囲の人間が同じく辛く、不条理な目に遭わされるのは赦せなかった。
在原中将が敬愛する惟喬親王の出家には、当然ながら皇位をめぐる藤原摂家の意志が絡んでいる。
そうした決定を覆えさせるため、源左大臣は帯刀して殿上に乗り込もうというのだ。
「在原中将も久しぶりに都へ行くようだ。わたしも供回りを連れて、ぜひ参上したい」
源左大臣は叫んでいた。
「わたしたちは二人で基経卿の非道を誅戮し、政道を取り戻してみせる。そうでなければ、わたしが皇位に即くぞ」
二条の方も悪戯っぽく、
「良いでしょう、やってしまいなさい」 と焚きつけるのだから始末に負えない。
今や摂政となった藤原基経は、人から分け前を手に入れるように、一枚の小さな皿を日に日に積み重ねることで、源左大臣の心を少しずつ奪って行く。
それでも、彼らを血縁とする皇子の誕生会や、東三条殿での宴会には、必ず彼にも声が掛けられた。
侵略者ならではの満足感を見せつけるために引き入れ、心にもないお世辞を云わせるのが、そんなにも愉快なのだろうか。
源左大臣は、自らの意志を折られた上に、変に大事にされることが不愉快だった。
そして、もはや高熱に浮かされては身を燃やし、欲望と反抗の熱狂のなかにいた。
「融さま、」 と蛍の方は低い声で云った。
「在原中将は京に行かれる予定があるのですか」
似つかわしくない怒りを含んだ声に、源左大臣はやや冷静さを取り戻した。
ひとは自分より激しい感情に襲われている人物を目にすると、にわかに目を覚すものである。
――在原中将を問い質さなければならない。
桂川での約束を裏切られた蛍の方は、重く床をならしながら、客間を抜けて行った。
「貴方のせいで、ひどいことになってしまいそうよ」 と陸奥の方は言った。




